ふかふかダンジョンでエンジョイ&エキサイティング!   作:RAP

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第131話 原作時間軸・真の死神

 

「お願いします」

 

 翌日のアイギス港街、セルヨーネ侯爵家邸における朝食の後。

 嫁勢全員の前で、セイはそれでもゆりこちゃんに頭を下げた。

 考えても、考えても、考えても、セイには良い方法が思い浮かばなかった。

 

 ゆりこちゃんはため息一つ。

 

「連合国軍が助かった人数分、聖騎士や教会兵が減るとしても?」

「……はい。聖教会側は、ユーリ君が立てた計画における条件の中では優先目標である、自ら望んで戦線に立つ人が多いです。今は大司教様が怪我の治療中で前線に立てないので、なおさら止まりません。連合国軍の人達は仕事であるとか、お金のためと割り切っている人の方が多いです。命令を出している人に仕方なく従っている人が多いので、それなら……」

 

 ユーリの計画では、殺すべき対象として大きく二種類に分けている。

 もちろん戦場の中で殺す対象を選別できるわけではない。

 戦略の時点で(ふるい)にかけ、殺せるなら殺す。

 

 1.信仰心、復讐心、殺戮欲、強姦欲

 2.命令、仕事、金儲け、しがらみ

 

 命令や仕事など、要は『状況的に仕方なく参戦している』者は見逃せる。

 だが、信仰心や復讐心など『自ら望んで参戦している』者は殺した方が早い。

 殺すよりは生かした方が使える人物、例えばアーク大司教やオークエンペラー・テオ級になってはじめて『まぁ許したろか』という選択肢が発生する。

 オークヒーローのヒィロは、殺戮欲と強姦欲の権化なので殺すしかない。

 

「……まぁ、いいでしょう。ただの善意や優しさ、正義などといった不明瞭なものから『兵士達を殺したくない』と言い出したのであれば、無視するつもりでしたが。一方的に命を選別するという傲慢極まりないこの計画の実行において、私のように思考を放棄してただ殺し続けるのではなく。考えて考えて考え抜いた上で、それでも助けられる命は助けたいと考えたのであれば。セイさんの意思を尊重した修正案を提示することは、やぶさかではありません」

「ありがとうございます」

 

 頭を再度下げたセイだったが、ゆりこちゃんはじっと見つめる。

 

「多少は死なない作戦を提案してあげましょう。連合国軍の代わりに聖教会の人間が多く死ぬよう誘導してあげましょう。しかし連合国軍の兵士全てを生かすとは言いません。そして選別における実行部隊も貴女ではありません。でも命を選別するのは貴女。誰が生き、誰が死ぬと定めるのは貴女。私は誰かの手に剣を握らせる。貴女はその誰かに、剣を振り下ろせと命じるだけです。だから殺すのは、どこまでいっても貴女の意思。貴女の手は綺麗なままですが、貴女の心は血で染まるでしょう。それでも、と前を向けますか? 貴女の夫が考えた、人間と亜人が手を取り合う計画のために、うるさい黙れと他人の命を踏みにじることができますか?」

 

 セイは、結婚式を思い出す。

 聖騎士に結婚式を邪魔され、あげく禁忌で自爆テロをされそうになり、それでも夫のユーリは教会兵を助けようと色々指示を出したが、聖騎士も教会兵も指示を全て無視して勝手に死んでいった。大司教様すら守らず、守れず、自分勝手に動いて自分勝手に場を引っかき回していった。

 

 ユーリは言っていた。

 『投げられる悪意が、セイちゃんまでで止まる保証は何一つ無い。溢れた殺意がマユリちゃんにまで飛び火した時に、マユリちゃんを守り切れるとは限らない』

 投げられた悪意も、溢れた殺意も、マユリには飛ばなかった。

 夫のユーリに飛び火して、そして彼を守り切れなかった。

 ユーリはセイを突き飛ばし、自分だけが槍の犠牲になる道を選んだ。

 

 ぼくを囮にしようとするだけなら、我慢できたのに。

 ユーリ君もマユリちゃんもリリィちゃんも大司教様も、全員巻き込むなんて。

 

 セイは暗い顔になる。

 セイの囮どころか、夫すら飛び越えて、アイギスの街ごと滅ぼすような選択をされたのだ。

 関係者全員も、無関係な住民も、まとめて皆殺しになる寸前だったのだ。

 

「……前を向きます。心を血で染めます。お願いします」

 

 ゆりこちゃんは半分嫌がらせでセイに言っていた。

 自分の平行宇宙では、セイは真正面から勝つことを断念した相手だったから。

 なのに彼女はこの平行宇宙では結婚式まで挙げている。

 おのれゴルゴム! ゆ゛る゛さ゛ん゛!

 私だって! 私だって幸せになりたい! むきぃーっ!

 

 ゆりこちゃんは内心を気取られることなく、真顔で語る。

 セイだけが、ゴルゴムってなんだろうと思った。

 

「わかりました。作戦はジャンパーティも含めてのものです。私は今回、積極的に動かないようにします。セイさんをはじめとする、男の私を選んだ妻達の決意を見せてもらいます」

「……あの、質問があります」

 

 アロがゆりこちゃんに尋ねる。

 

「アロさん、なんですか?」

「そちらの世界で、ゆりこちゃんはジャンを口説いたりはしなかったんですか? そちらのジャンも、こっちと同じメンバーでハーレムって言ってましたけど」

 

 アロがそう尋ねると、ゆりこちゃんの動きが止まった。

 

「……解釈違いなんです……」

「えっ?」

 

 震え声を絞り出す。ゆりこちゃんは涙目になった。

 

「ジャンパの箱推しなんです。私が入ってしまうのは解釈違いなんです……ナギさんとウォルさん相手に、いつ冒険が終わるともしれぬ膣内射精(なかだし)セックスをするジャン君。ナァルさんには結婚までアナルセックスを継続し、ナァルさんの処女を大切にするジャン君。お母さんとお姉さんのあえぎ声を聞かされて我慢できなくなり、おじいちゃん伯爵のことを思い出しながら一人で慰めるも満足できないアロさん。そして結局ジャン君にセックスを要求し、あげく膣内射精(なかだし)さえされなければそれでいいと開き直ってジャン君に竿覆い無しの本番までせがむアロさん……ああ、全てが尊い……駄目、私が割り込むなんて許されない。箱が尊い。後はクロス君だけでジャン君はコンプです。ジャンxクロ、いえリバもあり? どちらも捨てがたい……」

「……あ、そっちの私はジャンとセックスするんだ……」

 

 箱推しとか、解釈違いとか、ジャンxクロとか、リバとか、よくわからない単語がゆりこちゃんから飛び出してきたが、誰も理解できなかった。

 この世界のジャンでも前半二つしかわからない。全てを理解できるのはユーリだけだ。

 ユーリが聞けば『クロス君はお尻でヤる文化のない国の出身だけど』と答えただろうが、そんなのは関係ないしどうでもいいのだ。

 原作の中で一度も出会っていない、または会話する時間もヤってるような時間も無いカップリングは星の数ほど存在する。そのあたりに触れると、戦争がはじまってしまう。

 

「さっ、作戦を! ゆりこちゃんの作戦を聞かせて下さい!」

 

 セスレが慌ててフォローする。

 

「あっはい。作戦は大きくわけて三段階ありまして……」

 

 ゆりこちゃんの真面目な作戦説明がはじまった。

 思いのほかしっかりとした作戦で、隙の無い作戦だった。

 ポンコツのユーリとは違いますねと誰もが言おうとしたが、その誰もが『この人の異性関係はポンコツすぎるからやっぱり駄目かも』と口に出すのを断念した。

 ゆりこちゃんは『一見格好いいけど、異性関係どころか友人関係含めてポンコツ』だった。

 早く旦那様帰ってこないかなぁ、と皆が遠い目を浮かべた。

 

 

 * * *

 

 

 ある日の嘆きの街、小雨が降る夕方の頃合い。

 連合国軍の、指揮官級の兵士達が寝泊まりする宿舎。

 

 眼鏡をかけたメイドが、ワゴンを傍らに置いて作業をしていた。

 彼女は、ひとつひとつのランプを丁寧に交換していた。

 

 通りすがりの兵士達がちらりとメイドを見るが、武器も持っていないし、鍛えてすらいない。

 どう見てもスパイの類ではない。大人しそうなメイドが灯油を補充している、それだけ。

 兵士達に会釈をしながら、眼鏡メイドは作業を終え、ワゴンと共に去って行った。

 

 彼女は、メイド服を着たグラスである。

 実のところ、グラス以外のユーリの嫁達は全員それなりに戦える。

 リリィですら戦闘訓練をおこなっていて、ちゃんと回避能力が高い。

 ゆえに、ギルドで冒険者の説明を受けただけで、全く戦えないグラスは適任だった。

 

 だから。

 可愛くて、ドジっ娘属性すらありそうな、眼鏡で巨乳のメイドさんが。

 特殊部隊が部屋に突入する前に、閃光手榴弾(フラッシュバン)を投げ込むに等しいことをしているだなんて。

 指揮官級のベテラン兵士といえど、気づけなかったのだ。

 

 

 * * *

 

 

(BGM: 攻殻機動隊 STANDALONE COMPLEX「run rabbit junk」

 

「……雨か。嫌な夜だ」

 

 窓の外は完全に暗く、静かに雨が降り続ける。

 いつになっても、居残り残業はしたくない。

 月夜の光と共に作業をしたかったが、雨となれば仕方が無い。

 灯油ランプの明かりのみを頼りに、とっとと書類を片付けよう。

 

「おーい、アジェさん……」

 

 連合国軍『嘆きの街』大隊の大隊長は、相棒の副官を呼びかけた。

 ああ、彼女(アジェ)は連合国軍を辞めたんだった。

 副官として有能だったのに、あっさり貴族のところに行ってしまった。

 ……そりゃ高給で福利厚生もしっかりしてて玉の輿も狙えるとなれば転職するわな。

 俺だってそんな条件提示されたら転職しちゃうかも。なんてな。

 

 ここ暫くは築城訓練に力を入れていたので、築城速度に自信がついた。

 我が部隊ながら惚れ惚れする練度だ、と大隊長はニンマリする。

 補充物資を含めて数をチェックしていたところ、突然明かりが消えた。

 あれ、メイドさんが灯油を満タンにしてくれてたのに。

 

 大隊長は首を傾げながら、灯油ランプがあったあたりに手を伸ばした。

 真っ暗闇だが場所は覚えていたので、それぐらいはできる。

 

 灯油ランプを手にした際に、大隊長は違和感を覚えた。

 重さが違う。灯油特有の匂いがしない。

 鼻を近づけてみるが、無臭だ。灯油ではない。

 ……まさか、水?

 

 カチャリ。

 キィ……

 

 雨の音に紛れて、かすかにドアが開く音。

 修理を要請していた安普請だが、その安普請が役に立った。

 

「誰かね」

 

 大隊長は暗闇の中、立ち上がりながら剣の柄に手をかける。

 雨の音が余計だ。

 ドアが開いた音だけはわかったが、その他の音が聞こえない。

 

 どこだ。

 どこだ、どこだ、どこだ。

 

 焦った大隊長が、何も無い空間に対して抜刀、一閃した。

 灯油の染みこんだ糸だけで、他は水だった灯油ランプが二つに斬れた。

 

 ずぷり。

 

 鋭い直刀が、背後から大隊長の喉を貫通した。

 馬鹿な。この暗闇の中で、きっちりと刃を立て、頸椎を貫くだと?

 声をあげようとしたが、声が出ない。

 ぜひゅ、とした空気が、喉から漏れる。

 刃を抜こうとしたが、腕すら動かない。

 

 仕方なく大隊長は前に倒れて刃を抜いたが、そのまま何もできず、死んだ。

 大隊長が倒れた音が真っ暗な室内に響いたが、雨の音にかき消される。

 

「その『アジェさん』が、ココの見取り図を書いてくれたんやで?」

 

 大隊長のマントで、直刀についた血を拭いながら暗殺者は言った。

 全盲のSのF級、「盲導人」バト。

 真の闇の中、夜の死神レッドキャップを殺すのが趣味のちょっとお茶目な26才、二児の母。

 

 元連合国軍『嘆きの街』大隊・大隊長副官アジェは密かに妾入りを希望していたので、嫁達の要請に二つ返事で承諾した。

 大隊長が全幅の信頼を置いていた副官自らが宿舎の見取り図を書いたため、潜入は簡単だった。

 グラスの潜入工作すら、貴族のお仕事体験という名目で人事にアジェが挨拶したら一発だった。

 

 雨の音があるから、舌打ちすら不要だ。

 次の部屋の鍵は、バーチェが開けてくれている。

 ミルヒとカカオは、手分けして下士官達を殺して回っている。

 

 外は雨、真の闇の中という状況下でバトの暗殺に対応できるのはユーリや織津江大志など、ごく限られた者しかいない。

 そしてユーリも織津江大志も暗黒大陸にはいないので、事実上誰も対応できない。

 レッドキャップなど歯牙にもかけぬ、真の死神。

 

 バトは、六年前の自分の台詞を思い出す。

 『誰を殺せばエエんや?』

 まさか連合国軍の大隊長や隊長達を殺すことになるとは、思ってもみなかった。

 

 こっちのウチはこーんなに幸せやで、平行宇宙(そっち)のウチ?

 アホンダラの童貞王ボーゲンと、ゴブリン娘やったか?

 そういやゴブリン娘の名前聞いとらんかったな。まぁどうでもエエな。

 こっちは幸せにやっとるから、そっちも幸せにな!

 

 バトは上機嫌で、次の部屋を目指した。

 

 

 * * *

 

 

 連合国軍の宿舎が、ナフサと灯油を利用した炎で燃えはじめた。

 ナフサと灯油は引火性の液体なので、水での消火は難しい。

 泡や二酸化炭素などによる窒息消火が有効とされている。

 

 燃える水の水車(内燃機関)が禁忌で、燃える水に関しては近づくだけでアウトなはず。

 なのにどうして燃える水を精製しているのかよくわからない。

 ユーリはしきりに首を傾げるが、ナフサと灯油がそこにあるのだから仕方が無い。

 普通にお店で売ってるし、購入の際に許可の類も必要ない。

 

 だから、こんな雨の夜に全ての証拠ごと宿舎を燃やすには便利だった。

 雨の降る真の暗闇の中、四人の女性が静かに宿舎を立ち去った。

 誰にも気づかれることなく、連合国軍大隊への斬首作戦は成功をおさめた。

 

 

 隊長格の大半を殺された連合国軍『嘆きの街』大隊と、それを知った嘆きの街のギルドマスターが混乱し調査に走る中、二日と間を置かず嘆きの街に凶報が入ることになる。

 冒険者のジャンパーティが『ドラゴンに類するもの』ヒュドラを発見したが、そのヒュドラが嘆きの街を狙っており、連中との戦争がはじまろうとしているという凶報だった。

 

 だが、凶報だけではなかった。

 嘆きの街に、聖剣の勇者セイ率いる教会軍が()()到着したのだ。

 指揮官級を軒並み失った連合国軍は、数こそいるが指揮官級が足りず、軍としてまともに行動できない。連合国軍『嘆きの街』大隊は仕方なく、臨時で聖剣の勇者セイ達の指揮下に入り、ヒュドラと戦う道を選んだ。

 アーク大司教は、アイギスがモンスター・スタンピードに襲われた時に負傷してしまい、今は勇者達が教会軍の指揮権を握っているとのこと。だが、作戦を決め、実行し命令するカリスマと立場ある者が指揮してくれるのであれば、ぶっちゃけ誰でもいいのだ。

 その『カリスマと立場ある者』が少ないだけの話だ。

 

 今回は、セルヨーネ侯爵家の『妹の(シスター)ユーリ』が勇者の補佐についているという。

 よくわからないが、何かあればセルヨーネ侯爵家に責任をなすりつければいいだろう。

 

 そんな流れで、嘆きの街vsヒュドラ戦がはじまろうとしていた。

 

 

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