ふかふかダンジョンでエンジョイ&エキサイティング! 作:RAP
織津江流古武術の道場内。
織津江大志の祖父であろう老人と、ユーリは対峙していた。
財前豊子は、邪魔にならない端の方で見学している。
科学的13巻において、ハイエルフのルフが手品を披露するシーンが掲載されている。
相手の思考と動きを読み、認識の隙間と死角を突く『手品』。
すぐ側に相手がいようとも、手品の種を知っていようとも。
『手品』は、相手の視界から一瞬のうちにして消えてしまう。
織津江流古武術が研究し、織津江大志が長年修行して身につけた技だ。
原作では、相手の死角に回って友人達を翻弄する織津江大志の姿が描かれている。
空間
織津江大志同様、大抵の不意打ちにユーリは対応する自信がある。
だが老人は、本物だ。一切の油断はできない。
本物に、年齢なんて関係ない。
ミスディレクション。
本来の意図とは異なる方向に注意を向けさせ、不注意による見落としを発生させる技術。
・視覚的ミスディレクション:何かを指差したり、特定のものに注目を促したりして、観客の視覚を誘導する。
・心理的ミスディレクション:常識や思い込み、先入観を利用して、観客の判断を意図した方向に誘導する。
・時間的ミスディレクション:観客の記憶をコントロールするために、事象の順番を巧みにずらす手法。
一流の手品師ならば、ミスディレクションを呼吸するように使いこなす。
そのミスディレクションを武術に応用したのが、織津江流古武術が『手品』と呼んでいるものだ。これは虚実の攻防でも使われるものだが、織津江流古武術の『手品』はひと味違う。
恐らくは、これらを全力で使用した隠れん坊なのだろう。
ユーリは、空間
織津江大志は言う。
『20m先の死角からエアガンで狙われたって肌と耳で気づける』。
ユーリも変わらない。空気の移動と音があればだいたいわかる。
意の念があればなおさらだ。
意の念、思念、『思う』。
織津江大志は、ハルピュイアのタカ達に「『思う』だけで反応してくれる人は久しぶりです」と言った。その『思う』だけで反応できる人が目の前の老人だ。
ユーリだって意の念の察知は磨いている。
エロ方面からの入手と熟達だったが、織津江アイ的な能力もあるにはある。
脱力、という日本語だと少し違う。
抜力、
力を入れるべきところにいれ、抜くところは抜く。
完全な自然体。構えないという構えをユーリはとった。
老人は、にんまりと笑う。
「ほっほ。外人さん、あなたに『手品』は不要そうですがのぅ?」
「真似事はできましょう。真逆の道を歩んできたという意味では、不要かもしれません」
触れて崩す。つまり相手の前に出る。
雷光流は隠れない。織津江流は隠れる。
侍方面の雷光流、忍者方面の織津江流。
どちらが正しいとかは無い。山を登る道筋が違うだけ。
織津江大志は、オルトロス相手に織津江流棒術の『遠間の拳』を使用していた。
だがユーリ的には、あの『遠間の拳』は少し物足りない。
ユーリならば沈墜勁も足してオルトロスをさらに地面に叩きつけるか、十字勁と纏絲勁で貫通力を増大させている。
二天一流を土台としている雷光流は、二天一流同様、一刀と合気の二刀流だ。
今のユーリは無手だが、両手は独特の握りをしている。
薬指を曲げると、中指も勝手に曲がる。
その上で、小指を曲げて薬指につけている。
合気には『朝顔の手』と呼ばれる手の形がある。
これは小指を90曲げる。そうすると薬指も勝手に曲がる。
手掌腱膜を使い、相手と繋がり、相手を捕るときの手の形だ。
これは剣や棒、杖などの道具にも応用できる。
そして、合気だって時代の流れと共に進化する。
薬指を手のひらにつけ、小指を薬指に乗せる。中指は自然に曲がる。
令和最新にして最終バージョン『合氣の手』。
この『合氣の手』に、相手の身体のどこかが触れた瞬間に相手はユーリと繋がってしまい、重心と軸が共有されてしまう。
そうなると殴る必要も蹴る必要もなく、相手は一瞬で制圧されてしまう。
防御反射が誤作動を起こし、どうにもならなくなるのだ。
極論、相手に接触すればいい。ガード不可の酷い技である。
「ふぅむ。そろそろ山頂とのこと、嘘偽りなき
『手品・裏』。
老人はそう告げると、手にしていた杖から手を離した。
老人が手を離したので、当然杖は支えを失い、地面に倒れる。
カラン。
ほんの一瞬、わずかな音。
杖が倒れた音をユーリが聞いて認識した。
縮地。
膝を抜いた高速移動で、老人がユーリに近づく。
真っ直ぐ来るだけの相手だ。
触れて捕る。
この運足で蹴りは無い。
突きだ。
ユーリは老人を捕ろうと、動こうとした。
しかし、身体が言うことを聞いてくれない。
馬鹿な!
腕が動かない、足が動かない、重心があがっている!?
* * *
二つの事例を紹介する。
これらの事例は、Youtubeにちゃんと動画がアップされている。
一つ目は、非接触での丹田操作技術だ。
丹田、つまり重心の位置をずらしてしまうので、当然のように体軸が崩れる。
重心があがれば投げられやすくなり、当て身に対し踏ん張れず弱くなる。
上丹田(頭)、中丹田(胸)、
察して構えたりすることで人は重心を臍下丹田に落とし、攻撃に対して踏ん張ることができる。
それを非接触で一瞬のうちに上丹田側に重心をあげてしまうので、一瞬で防御力が減退する。
もちろん重心を下げて相手の防御力を上げることもできる。まず使わないが。
二つ目、AMC(アクティブメンタルコントロール)。
武術家達と親しいだけでなく、自身も合気道の段位を所持しているマジシャンがいる。
そのマジシャンは、武術の達人達の目の前で、達人から腕時計をスリ捕ったりできる。
その彼が、AMC(アクティブメンタルコントロール)と呼んでいる技術がある。
肘が突然動かなくなる。
首が固まって動かせなくなる。
声が出せなくなる。
真っ直ぐ立っているつもりが、後ろや横に倒れてしまう。
座っているだけなのに、立とうとしても立てない。
素人相手ならやらせと勘違いされるかもしれない。
しかしマジシャンは、武術の達人達から平然と声を奪ったりしてしまう。
つまり、変わらないのだ。
武術の達人といえど、人間だ。
丹田はあるし、二足歩行という無茶をする。
目と耳と鼻と口があり、考える頭がある。
武術の達人だろうが、関係ない。
人間だから。
生きているから。
* * *
ユーリの身体に、人間が非接触で発生しうることの全てが同時に起きた。
重心が上丹田側にあがった。
肘が動かなくなった。
首が動かせなくなった。
声が出せなくなった。
足が動かなくなった。
ユーリが軽く肘を曲げ、運足で移動し、老人に接触すればそれで終わるはずだった。
なのに、肝心の肘が曲がらない。
足が動かない。
驚愕の声すらあげられない。
ユーリがいつも、弟子達にやっていたことが起きた。
老人の人差し指が、ぴとりとユーリの喉元に触れていた。
参りました、と言うことすらできない。
口が動かない。
これが暗殺であれば、悲鳴すらあげることができなかっただろう。
やがて、老人が軽く、とん、とユーリの喉をついた。
「山の反対側の景色は、見えましたかの?」
ユーリの身体が、突然動くようになった。
呆然と老人を眺め、次に自分の手を見て、喉を触る。
口が動くのを確認し、ユーリはようやく発言できた。
「……隠れる場所が無い時の、織津江流の秘奥……」
「ほっほ。地の利が常にあるとは、限りませんからのぅ。その手、二刀の合気と見受けましたが『朝顔の手』ではない。この歳になってまだ勉強できるとは思いませなんだ。『手品・裏』は、その手の礼と思ってくだされ」
ユーリは、老人がYoutubeの類をやっていないことに感謝した。
令和最新にして最終バージョンの『合氣の手』ではあったが、それはあくまでユーリが存命時の最新であり、その動画がアップされたのは2024年。
そしてこの世界は2043年。老人の横の繋がり次第では、知られていてもおかしくなかった。
ユーリは、抱拳礼をとった。
「雷光流、狭間悠里。『手品・裏』、確かに見せていただきました。その手は、『合氣の手』と申します。どうぞお使い下さい」
老人は両手を合わせ、拝むポーズをとる。
「織津江流古武術、織津江
「『手品・裏』の価値からすると、こちらが貰いすぎなんですが」
そう言ってユーリが苦笑すると、老人は手を顎に当てて考え込んだ。
「ふぅむ。それなら、もし狭間さんが儂の孫にお会いしたら、『手品・裏』で一発ぶん殴ってやってくだされ」
いつも所持しているのだろう。
老人は、懐から『探しています』と書かれたチラシを取り出した。
そのチラシには、犬二匹を抱えて笑う織津江大志の22歳当時の写真が印刷されている。
「わかりました。もしお会いできたら、必ず」
チラシを両手で受け取り、ユーリは畳んで懐にしまいこんだ。
* * *
「 茨城県つくば市。筑波宇宙センターに向かいます」
財前の高級車に戻ると、運転手が淡々と告げた。
緊張が一気に抜けたのか、後部座席のユーリはずるずると横に倒れ込んだ。
そのまま、財前の膝枕を堪能する体勢になる。
財前はユーリの頭を撫でながら、苦笑した。
「……何が起きてるのか、さっぱりわからなかったわ。杖が倒れて、お爺さんが近づいて、悠里君の喉にあてた。それだけだったもの」
「だいたい合ってる。それだけとも言えるし、それが全てとも言える。現代に生きる忍者の頂点だよ。正直、まだ手が震えてる。こっちで死を覚悟することになるなんて、思ってなかった」
ユーリは、相手に接触すればいいガード不可技を使った。
触れたら終わると判断した織津江照志は、非接触のガード不可技を使った。
どちらもエグくて酷い。相手は死ぬ。
「筑波宇宙センターまで、どれぐらい?」
財前が運転手に尋ねる。
運転手が答える。
「大宮経由で常磐自動車道を通って約一時間半。渋滞次第ですが、二時間はかからないかと」
「悠里君、軽く寝たら?」
「うん、お言葉に甘えさせてもらうよ……」
言うや否や、ユーリはすやすやと寝始めた。
緊張からの安心の落差が酷すぎて、疲労が一気に来た。
財前はユーリの銀髪を、微笑と共に撫で続けた。