ふかふかダンジョンでエンジョイ&エキサイティング!   作:RAP

134 / 153
第134話 ??時間軸・永久機関と一之太刀

 

 密室という割りには広く、異様な室内だった。

 宇宙の真空および熱的環境における人工衛星の耐環境性を試験するような部屋。

 

 その室内に、モデルかと錯覚するような中性的な顔立ちの美青年が立っていた。

 ブランドの服をあっさり着こなすコーデを含め、映画か何かの撮影と言われても納得できる。

 青年は、青年自身を撮影しているカメラに気がつくと、指を差して尋ねる。

 

「あれ? もう回ってる?」

 

 良く見れば、青年は片耳のみのイヤフォンマイクをつけている。

 彼は一瞬、げんなりした顔を見せる。

 

「ふーん、パノラマじゃなくて空間(エリア)撮影……この世界のAVどうなってんだ(小声)」

 

 青年はカメラに向かって中指と薬指を曲げたるーみっくポーズ(高橋留美子系漫画キャラの登場人物がよくやるやつ)を無駄に格好良いポーズでしてみせる。

 さっきまで物静かな青年だったのに、突然豹変したような感じだ。

 

「うぇーい! オタク君、物理学者君、工学者君、エネルギー関連企業の技術者と研究開発者君、科学ジャーナリスト君、懐疑論者団体君、SF作家君、その他諸々、見てるぅ~?」

 

 青年は得意げに、金の風車を手にドヤ顔をする。

 

「今からこの筑波宇宙センターでぇ、熱力学第一法則を寝取っちゃいまーす♡」

 

 青年は一歩横に動いて、室内をよく見せる。

 

「この部屋はぁ、政府主導で筑波宇宙センターに用意してもらった『動力足りうるいかなる波動も遮断可能な実験場』でーす♡」

 

 挑戦的な顔をする青年。

 

「ここに、近所の100円ショップでも用意できる『普通の紙に金箔を貼った風車』をご用意しました♡」

 

 だーいそー、だいそー♪ と歌いながら青年が金の風車をカメラに見せつける。

 

「さてこの風車、見ればわかりますが風が正面から当たると時計方向に回ります。今から息を吹いて回します。観測機器はOK? ……了解。回します」

 

 青年は、金の風車に向かって正面から息を吹きかけた。

 当たり前のように、風車がくるくると回る。

 

「今、息を吹きかけたので、空気の移動や温度も含めて観測装置に観測されたはずです。当然裏を返せば……同じように吹いても風車は回りません」

 

 青年はカメラに金の風車を向ける。

 

「さて、これからこの金箔の部分で流れを受け止められるようにします。しました。よろしいでしょうか。たった今、この金の風車は第一種永久機関も同様になりました」

 

 青年はそう説明すると、事前に用意されていた風車置き場に風車を置いた。

 そして、二歩程離れる。

 

「これは魔法でも永久機関でもありません。喩えるなら水車や風車のような、流体の力を受けて羽を回転させる極めて原始的な仕組みです。皆さんにはその流れが見えていないし、感じることも観測することもできないから、まるで勝手に周り続ける永久機関のように見えるだけ」

 

 無風状態なのに、風車が回り始めた。

 全ての計測機器が、風をはじめとして動力足りうるものは何もない部屋だと示している。

 だが、風車は回り続けている。

 

「この宇宙と重なる別の宇宙の間に、大きな、それこそ宇宙規模に大きなあらゆる方向への非物質的な存在の流れがあると考えてください。その流れに風車を当てることができれば……当然回ります」

 

 見えている景色と、観測機器が告げる数値が、違う。 

 

「その気になれば、宇宙の膨張速度を受け止めたり、あるいはもっと違う何か……重力の特異点で以下略云々することも可能です。多分観測機器が追いつかないでしょうけど」

 

 宇宙の膨張速度は光速の三倍以上とも言われている。

 重力の特異点は、つまりブラックホール。

 

「というわけで熱力学第一法則のアヘ顔でしたー♡ 今から五分間だけ金箔に流れを当てておくので、オタク君達は風車ちゃんを好きにしてね♡ じゃぁね、ちゃお♡」

 

 銀髪の青年が、そう言って部屋から出て行った。

 無人無風の部屋の中、金の風車が回り続けている。

 しばらくして、色んなものをレイプされちゃった沢山のオタク君達が、物凄い勢いで実験室に侵入した。

 

 風車はその場で分解され、徹底的に調査されたがいかなる動力も確認できなかった。

 切り刻まれた紙の一片それぞれが、無風にもかかわらずつむじ風に吹かれたように飛び回り捕まえるのに苦労した。

 金箔がはがれた場合金箔だけが飛び、紙は落ちた。

 彼が言う通り、金箔部分が何らかの力を受け止めているのは明らかだった。

 

 そしてその祭りは、きっちり五分経過した後、終わりを告げた。

 オタク君達は、熱力学第一法則ちゃんを寝取られたことに歯がみするしかなかった。

 

 

 * * *

 

 

「狭間さんッ! これは局所的現象ですか、それとも宇宙全体で成り立つ法則ですか?」

「エントロピーの変化はどうなっていますか? 第二法則はどうなるのです?」

「量子力学的な不確定性原理との整合性は?」

「狭間さんは異世界転移者だと伺いました。我々の統一場理論をどう修正すべきですか?」

「宇宙の熱的死の概念はどうなりますか、E=mc²との関係は?」

「も、もう一度! もう一度やってくださいプリーズ!」

「あと999回やって試行回数1000いってみましょう、三徹つきあいます!」

 

 筑波宇宙センターから立ち去ろうとするユーリに対し、多くの研究者達が群がる。

 しかしユーリはすたすたと歩き続け、財前の車へと向かっていく。

 ユーリは一度だけ振り向くと、研究者達に投げキスをした。

 

「アーサー・C・クラークの三法則の3。十分に高度な科学技術は、魔法と区別できない。既に原理の説明はしました。今のあなた達に、見る手段と掴む技術が無いだけです」

「私はこの手の詐欺を追求するジャーナリストだがね! この詐欺師め、何が第一種永久機関だ! ならば何故広めない、金に換えようとしない、人類の役に立てようとしない!」

 

 激高した一人が、突然大声で喚き始めた。

 面白いことを言うねキミ、という顔でユーリは発言者を見る。

 

「はぁ、ジャーナリストさん。逆に聞きますが、広めてどうするのです?」

「……はぁ?」

「仮に世界中に第一種永久機関が広まったとして、かつてない規模の戦争が始まって地球滅亡こんにちはだと思うんですけど。あと換金なんて出来ないんじゃないんですか? 一体幾らで売ればいいんですか。そして誰がその金を支払えるんです?」

「な、な、な、なにを」

「エネルギー産業の大企業が一夜で無価値化。石油・ガス・電力会社の株価が大暴落。中東諸国など資源依存国の経済崩壊。大量失業と社会不安の発生、技術を独占するな派と我々が管理すべき派の対立?」

 

 ユーリの発言内容が深刻過ぎて、周囲の全員が無言になった。

 うーん、と腕組みをしたユーリが首を傾げる。

 

「でも第一種永久機関があれば、戦争する経済的理由が激減するのか。資源争奪戦が不要になって、豊富なエネルギーで環境問題も解決。海水の淡水化や、ありえない距離や量の輸送が無制限に可能になる。石油、ガス、水源地の戦略的価値が消失して領土の価値観が激変する。結果として争う理由が減る……」

 

 首を左右に、かくん、かくんと傾けて悩むユーリ。

 

「……といいですね。みんなで楽観論者(オプティミスト)になりましょう。面倒臭いんで、詐欺師が詐欺をした感じで処理しちゃってください。第三惑星地球の未来に興味がないので」

 

 じゃぁねー、と笑顔で手を振って、ユーリは車に乗った。

 嵐のように来た嵐は、嵐のように去って行った。

 

 研究者の一人が、ユーリを詐欺師となじった人間に尋ねた。

 

「なぁ、ジャーナリスト。仮に彼が手品師か詐欺師だったとしよう。『動力足りうるいかなる波動も遮断可能な実験場』で、部屋から退出後に観測装置の類を一切反応させずに風を吹かせ、紙を舞い散らせるトリックはどうすれば再現可能なのか、教えて欲しい」

 

 誰もその問いに答えられなかった。

 熱力学第一法則ちゃんは、観測データにアヘ顔ダブルピースを晒していた。

 

 

 * * *

 

 

(BGM:「ボレロ/Boléro」作曲・モーリス・ラヴェル)

 

 茨城県鹿嶋市、鹿島神宮。

 ユーリにとっては色々な意味がある。

 

 鹿島神宮は、建御雷神(たけみかづちのかみ)一柱を祭神とする、本家本元の神社だ。

 加護に対するお礼の意味も込め、一度参拝し、御祈祷もしてもらいたかった。

 

 武術的には、失伝した一之太刀(ひとつのたち)の謎が眠る土地でもある。

 鹿島神宮は、千葉県の香取神宮と深い関係にあり『鹿島・香取』と並び称される一対の存在だ。

 そして双方に、現在でも伝わる武術の流派がある。

 

 ・鹿島神流(茨城県鹿嶋市・鹿島神宮に伝わる古流武術):剣術と柔術を中心に、抜刀術、薙刀術、懐剣術、杖術、槍術、棒術なども行う総合武術

 ・天真正伝香取神道流(千葉県香取市・香取神宮に伝わる古流武術):剣術、居合、柔術、棒術、槍術、薙刀術、手裏剣術等に加えて、築城、風水、忍術等も伝承されている総合武術

 

 鹿島神宮の神官の息子だった塚原卜伝(ぼくでん)は、実父から鹿島神流、義父から天真正伝香取神道流を学んだ。鹿島神宮は、幼少期の塚原卜伝の遊び場だった。

 武者修行の末、塚原卜伝は鹿島神宮に千日間参籠(さんろう)し、鹿島の太刀の極意を悟った。

 極意を悟った塚原卜伝は、鹿島新當流(しんとうりゅう)を創流する。

 そして一番大事な鹿島の太刀の極意を、一之太刀(ひとつのたち)と名付けた。

 鹿島新當流(しんとうりゅう)の価値を高める為に、一之太刀(ひとつのたち)は『唯授一人(ゆいじゅいちにん)』とした。

 『唯授一人(ゆいじゅいちにん)』。一之太刀(ひとつのたち)を受け継ぐことができるのは一人だけという意味だ。

 

 無敗の剣豪・塚原卜伝は鹿島新當流(しんとうりゅう)の価値を高めることに成功した。

 だから鹿島新當流(しんとうりゅう)の弟子には、そうそうたるメンツが並ぶ。

 足利義輝、今川氏真、上泉信綱、北畠具教、山本勘助など。

 信長の野望シリーズを遊べば余裕で該当キャラが登場してしまう。

 

 しかし『唯授一人(ゆいじゅいちにん)』としてしまった為に、一之太刀(ひとつのたち)は余裕で失伝してしまった。

 口伝による一子相伝には色々と無理があった。北斗神拳は頑張った。

 

 一之太刀(ひとつのたち)はわりと早い時期に失伝したこともあり、言及するものも少なく、また触れていたとしても要領を得ないものがほとんど。

 『本朝武芸小伝』『甲陽軍鑑』『関八州古軍録』にはこうある。

 

 ・右の太刀に、一つの位、一つの太刀、一の太刀、斯くの如く太刀一つを三段に見分け候。第一は天の時。第二は地の利。天地を合はする太刀なり。第三至極は一つ太刀。是は人の和と工夫の所なり。

 

 天の時・最適なタイミングを見極め、地の時・地形や環境を活かし、人の和と工夫・技量や知恵をこらせ。

 そんなのどんな武術だって同じじゃん。ふわっとしてる。ふわふわです。 

 國摩真人(くになづのまひと)が創始したものを一つの位(ひとつのくらい)、松本備前守(びぜんのかみ)のものを一つの太刀(ひとつのたち)、塚原卜伝(ぼくでん)の極意を一の太刀(いちのたち)と呼ぶ説もある。

 先行研究や『兵法自観照』、吉川家文書では一之太刀(ひとつのたち)と呼ばれているが、結局ふわふわしているのでふわふわさせておく。

 

 今は後世の歴史家達が、様々な文献を参考にあーでもないこーでもないと一之太刀(ひとつのたち)について議論している。勿体ぶらずに、一之太刀(ひとつのたち)を後世に伝えてから死んで欲しかった。

 そういう意味では後世の剣術関係者に恨まれている塚原卜伝だが、鹿嶋市のゆるキャラ『ぼくでんくん』として生まれ変わって頑張っているので画像検索だけはやめてあげて欲しい。

 

 

 塚原卜伝は、生涯で三度の廻国修行を行なっている。

 『卜伝百首』には『真剣の試合を十九度、戦場のはたらきが三十七度、一度も不覚をとらず、矢傷六ヶ所以外に傷一つ受けず、討ち取った敵が二百十二人』とあるが、その殆どが一回目の廻国修行時の逸話だ。塚原卜伝が一之太刀(ひとつのたち)を開眼した参籠修行を行なったのは、この一回目の廻国修行から帰国直後のこと。つまり鹿島神宮に参籠する以前に、既に相当の実力者であり、向かうところ敵なしの技術をもっていた。

 

 そんな強者の塚原卜伝が、なお苦しい修行をして獲得した鹿島の太刀の極意。

 これが、単なる剣を振るう技術であったのだろうか?

 

 『兵法自観照』不開伝五部書公上一巴伝法之巻に、こんな一文がある。

 

 ・一之太刀(ひとつのたち)とは心が表れたものであり、剣と心が二つになることはない。理を説くといえども実は心をいっており、気を説くといえどもつまるところ心をいっている。剣術は心術を尽くすべきものである。

 

 『鹿嶋大神宮新当流相続卜伝手筋採䔤集』には、こうもある。

 

 ・神宮において斎戒沐浴(さいかいもくよく)し、一之太刀(ひとつのたち)の妙理を得ようと祈ること百日。神人が夢に現れて「実相無二の心法を授けるから来なさい」と言った。

 

 心法、とずばり言ってしまっている(参籠修行が千日ではなく百日となっているが記述通りであり、誤りではない)。

 

 『鹿島新當流切合和歌』には、次のようにある。

 

 ・【唯授一人之大事】 左右をば 切るも払ふも 打ち捨てて 人の心は すぐにこそ行け 

 

 塚原卜伝が作ったとされる百首の和歌集『卜伝百首』の記述だと、こう。

 

 ・武士(もののふ)の いかに心の たけくとも 知らぬ事には 不覚あるべし

 

 

 心術、心法、人の心。

 あげく『どれだけ強い武士だろうと、知らなければ不覚をとる』と断言している。

 一之太刀(ひとつのたち)は、単なる操剣の技術ではなく高度な心法を含んでいる可能性が高い。

 

 織津江照志(てるし)が見せてくれた『手品・裏』に、相通ずるものがある。

 鹿島神宮を目指したこのタイミングで『手品・裏』を体験できたことには何か意味があるのではないだろうか、ユーリはそうも考える。

 

 

 塚原卜伝が父親から習った鹿島神流の流祖は、松本備前守(びぜんのかみ)紀政元(きのまさもと)

 卜伝の一之太刀(ひとつのたち)の源流は、この松本備前守(びぜんのかみ)にある。

 そして、鹿島神流は、当時『神流(しんりゅう)』と呼ばれていた。

 『神流(しんりゅう)』は、心流(しんりゅう)とも置き換えられる。

 そしてこの手のダブルミーニングを、当時の武術者は好んでおこなっていた。

 

 鹿島神流の大元は、鹿島神宮の神官だった國摩真人(くになづのまひと)が鹿島大神の神降ろしをうけて、武甕槌命(たけみかづちのみこと)の祓太刀『鹿島の太刀』を武人の戦闘術『神妙剣』に改変する際に創案した韴霊(ふつのみたま)の法則の真理に基づいて作られたとされている。それから1200年程の時代を経て、鹿島神宮の神職にあった松本備前守(びぜんのかみ)紀政元(きのまさもと)が神武の顕現を願い、鹿島の神前に奉仕して神示を仰ぐ日々を経て、備前守(びぜんのかみ)一之太刀(ひとつのたち)を頂点とする武道大系としての鹿島神流を完成させた。そこからさらに塚原卜伝(ぼくでん)が参籠修行の末一之太刀(ひとつのたち)に磨きをかけ、鹿島新當流(しんとうりゅう)を創流することになる。

 

 つまりまとめるとこう。

 

 ・國摩真人(くになづのまひと)……鹿島大神の神降ろしで『鹿島の太刀』を得た

 ・松本備前守(びぜんのかみ)紀政元(きのまさもと)……神示を仰ぐ日々で『鹿島の太刀』を磨いた

 ・塚原卜伝(ぼくでん)……鹿島神宮に千日間参籠(さんろう)で『鹿島の太刀』の神髄を悟った

 

 『鹿島の太刀=一之太刀(ひとつのたち)』なので、こうして整理していくと一之太刀(ひとつのたち)建御雷神(たけみかづちのかみ)韴霊剣(ふつのみたまのつるぎ)にまで遡ってしまう。神などいないと笑い飛ばせれば良かったのだが、あいにくユーリは神が実在すると知ってしまっている。

 

 歴代の彼らは、一体何を見たのだろうか。

 

 そしてだからこそ、思うことがある。

 自分のような加護持ちを含め、セイやカタナと言った特殊能力持ちがいることをユーリは知っている。この地球の歴史上ですら、転生神が例に挙げたシモ・ヘイヘやルーデル大佐や源為朝その他、頭のおかしい、もとい、キチガイ、もとい、リアルチートがごろごろしている。

 塚原卜伝(ぼくでん)だって十二分にチートキャラだ。

 

 そんなチートキャラが散々苦労して開発した技を、そう簡単に伝授しただの覚えただの、言えてしまうものなのだろうか?

 唯授一人(ゆいじゅいちにん)としたから失伝した、のではなく。

 そもそも失伝して当たり前のような、当人しかできない技だったのではなかろうか?

 

 

 * * *

 

 

 例えば、こうだ。

 ハンス・ウルリッヒ・ルーデルに、戦果を挙げるにはどうすれば良いのか、と尋ねた。

 

「牛乳だ! 牛乳を飲んで体操をすればイワン共の戦車を破壊できるぞ! さあ出撃だ戦友、牛乳を飲んで出撃だ!」

 

 そして貴方は特に何もしていないのにルーデルの弟子と呼ばれるようになった。

 投降後、ルーデルは貴方の隣の部屋で尋問されながら首を傾げている。

 

「そんなに不思議なのかね? 私にはこれという秘訣は無かったのだが……」

 

 駄目だコイツ、話にならない。

 尋問担当はきっと弟子のあなたを睨みつけるだろう。

 しかしあなたはこう言うしかないのだ。

 

「……彼の秘訣は牛乳です」

「そうだ、牛乳だ! 牛乳を飲むんだ!」

「ちょっと黙っててくださいルーデル大佐ァ!」

 

 

 セイちゃんは言うだろう。

 

「相手の動きを読んで、思い切りぶん殴ればいいんですよー」

 

 カタナちゃんは言うだろう。

 

「ん。近づいて斬ればいい。簡単」

 

 ユーリも言うだろう。

 

「靱帯と腱の収縮をドミノ倒しのようにやれば合気捕りができるので、相手が二足歩行する生物なら理論上誰が相手でも勝てます」

 

 さあ、これであなたもルーデル大佐やセイちゃんやカタナちゃんやユーリのようになれる!

 明日から真似してみよう! 

 合気捕りはYoutubeに見本動画が沢山あるからいつでも練習開始できまぁす!

 

 

 * * *

 

 

 牛乳飲んでハンス・ウルリッヒ・ルーデルになれたら誰も苦労はしないよね。

 それはともかく、韴霊(ふつのみたま)の法則の真理って、なんやねん。

 

 そんな事をぼんやり考えながら、ユーリは鹿島神宮の大鳥居前で、軽く一礼をした。

 まず見ない美形の青年、しかも銀髪碧眼なので、周囲の人間が思わず二度見していく。

 ユーリのそばを歩いている財前豊子は、自慢げだ。

 

 そしてユーリは、鳥居の端から参道へと入っていった。

 外人さんなのに、よぅ知っとるの、という顔で参拝客は眺めた。

 

 ユーリ達が参道を進むと、大きな朱色の楼門が目に飛び込んできた。

 筥崎宮(はこざきぐう)、阿蘇神社とともに日本三大楼門のひとつに数えられている、美しい楼門だ。

 楼門の横に、手水舎が見える。

 

「……手水(ちょうず)の作法、忘れちゃったよ」

「ふふっ。私の真似をして、悠里君。左手、右手、口、左手の順よ」

 

 年齢差の凄いカップルが、いちゃいちゃしている。

 なんかあるんだろうけど、聞くに聞けない。

 周囲の参拝客はもやもやしながら、無断でユーリを撮影したりしていた。

 

 高房社を参拝し、御本殿を参拝する。

 二礼二拍手一礼。

 

 何か凄いイベントが発生したりはしなかった。

 そんな簡単に、神様と会えたりはしない。 

 ユーリは苦笑しながら振り返る。

 

 本殿に参拝した後に振り返ると、ちょうど視界に宝物館の建物が見えた。

 鹿島神宮宝物館は2018年より解体工事が行われており、ユーリの前世たる狭間悠里が死んだ2025年でも工事を継続していたが、2043年では工事が終了していたようだ。

 ここには国宝たる日本最古最大の直刀(金銅黒漆平文拵・附刀唐櫃)や、その他文化財が色々飾られている。

 

 鹿島神宮の宝物に、全長2.7メートルを超える長大な直刀がある。

 これは二代目の韴霊剣(ふつのみたまのつるぎ)とされている。

 初代の韴霊剣(ふつのみたまのつるぎ)は、奈良県天理市の石上神宮の神体山に埋め納められている。

 

 そしてこの二代目の韴霊剣(ふつのみたまのつるぎ)が、宝物館で閲覧可能になっている。

 看板を見ればミニイベントとして、鹿島高等学校・附属中学校の美術部の子達が描いた、建御雷神(たけみかづちのかみ)神話をイラスト化したものが飾られているという。

 

「宝物館、気になるの?」

「ああうん、()()は工事中だったから」

「祈祷殿に行く前に、行ってみましょ」

 

 ユーリは、軽い気持ちで新しい宝物館に立ち寄ってみた。

 

 

 * * *

 

 

 二代目の韴霊剣(ふつのみたまのつるぎ)を眺めて、適当に回って建物を出るつもりだった。

 ところが、妙に気になるものがある。

 中学校の子達が描いた、建御雷神(たけみかづちのかみ)神話のイラストだ。

 その中でも、有名な国譲りの場面の絵が気になって仕方が無い。

 大国主神(おおくにぬしのかみ)に対して、建御雷神(たけみかづちのかみ)経津主神(ふつぬしのかみ)が国を譲れと脅す場面。

 なにか、なにかが引っかかる。なんだろう?

 

「悠里君、どうしたの?」

「いや、うん、なんか……この絵が引っかかって」

「どうなされました?」

 

 ユーリと財前の二人の前に、宝物館の係員が丁寧に尋ねた。

 眼鏡をかけた、優しそうな中年男性だ。

 

「ああ、ええと、この絵に違和感があって……」

「なるほど。()()()()()()()()点が引っかかったのでしょう。日本書紀での建御雷神(たけみかづちのかみ)の国譲りは、剣を抜き逆さまにして、柄を下にして突き立て、その剣の切っ先の上にあぐらを組んで座ったとされる場面が有名です。ですが、この鹿島神宮の周辺……宮司を含めた鹿島神宮関係者、鹿島市在住の郷土史研究家、鹿島新當流の師範代など、とにかくこの周辺では日本書紀の伝承に対して否定的な話が受け継がれております。どちらが正しい、というわけではなく、日本書紀とは違う伝承もあるとして受け止めて貰えればと思います」

 

 そう言って、係員は改めてユーリが引っかかったイラストを見やる。

 そこには、建御雷神(たけみかづちのかみ)が剣の柄を握って切っ先を下にして地に突き刺し、更に剣を後ろにして国譲りを迫るイラストが描かれていた。

 ユーリは、思わず聞いてしまう。

 

「あの、該当部分が文献で残されていたりはしますか?」

「もちろん残っております。鹿島新當流『兵法自観照』や、鹿島神宮の宮司であった東実さんが著した『鹿島神宮』などでしょうか。コピーがありますので少々お待ちを」

 

 係員はそう言って退席して、暫くして分厚い紙の束を持ってきた。

 

「『兵法自観照』不開伝五部書鹿嶋太刀大根之巻。これです。ええと……」

 

 係員は、パラパラと紙の束をめくっていく。

 

「神代より今に、剣の座と云て祭りの事業、当社に在ル、是ヲ当伝深秘て伝、兵法剣術極無上一乃位、一乃太刀の位と伝也……ここじゃない、もう少し後ろですね」

 

 なんでもないように、係員は紙をめくっていく。

 だがユーリは、脳天をカチ割られたような衝撃を受けた。

 建御雷神(たけみかづちのかみ)、鹿島神宮、塚原卜伝(ぼくでん)一之太刀(ひとつのたち)

 日本書紀とは違う鹿島神宮周辺独自の伝承。

 一つの位、一つの太刀、一の太刀、斯くの如く太刀一つを三段に見分け候。

 

「ああ、ここです」

 

 思わずユーリは、係員の横に回って『兵法自観照』を読んでしまう。

 

「如書紀、倒植於地踞其ノ鋒瑞、神変を現シ賜ふに非ス、倒とは(ツカ)(ニキ)りて鋒瑞(キツサキ)を地に衝立(ツキタテ)て、剣を後にして身を前進て踞賜を云……」

「流暢すぎる日本語だとは思っていましたが、これ読めるんですか!?」

 

 すらすらと読んだユーリに係員は驚く。

 その後に書かれていた文章が、ユーリにとって二度目のハンマーだった。

 

「昔より今に当流の仕習(シナシ)とて、身(フカ)(アタエ)、太刀浅残而教示伝事、初習より奥の位迄、一と貫に示す……!?」

 

 鹿島新當流は甲冑武道を基礎として想定された実戦的古武道だ。『身は深く与え、太刀は浅く残して、心はいつも懸りにて在り』が鹿島新當流の特徴にして基本。

 

 ユーリは、件の引っかかったイラストを改めて見た。

 建御雷神(たけみかづちのかみ)が剣の柄を握って切っ先を下にして地に突き刺し、更に剣を後ろにしている。

 描き手の中学生に、鹿島新當流の知識は無いだろう。

 

 だがこの、日本書紀とは全く違う、鹿島神宮の周辺地域にのみ伝承されている話を鹿島新當流の特徴にして基本と照らし合わせると、全く違う何かが浮かび上がってくる!

 鹿島の太刀、建御雷神(たけみかづちのかみ)韴霊(ふつのみたま)の法則、國摩真人(くになづのまひと)、松本備前守(びぜんのかみ)紀政元(きのまさもと)、塚原卜伝(ぼくでん)……!

 

 思い出せ、思い出せ、思い出せ。

 建御雷神(たけみかづちのかみ)のイラストを睨みつけるように、ユーリは必死に考える。

 

 塚原卜伝(ぼくでん)の前に、一つあるじゃないか!

 塚原卜伝(ぼくでん)は、実父から鹿島神流、義父から天真正伝香取神道流を学んだ!

 

「そうか、鹿島神流だけじゃない、香取神道流……!」

「香取って、香取神宮よね? 千葉県だけど鹿島神宮(ココ)からは近いはず」

 

 財前が首を傾げると、係員のおじさんは眼鏡をクイッとした。

 

「何をお探しかは存じませんが、今日に限っては千葉まで行く必要はございません」

 

 おじさんが懐からチラシを取り出し、ユーリに渡す。

 

「宝物館の裏手に回ると道場がございます。本日、日本古武道の術技交流研修会ということで鹿島神流、天真正伝香取神道流、鹿島新當流、天然理心流、戸田派武甲流薙刀術、多摩杖道会、鞍馬流習成館、宝蔵院流高田派槍術など30以上の流派が集まっております。今まさに皆さん集まっておられるでしょうから、お話の一つぐらいは聞けるのではないでしょうか?」

 

 鹿島神宮には、武徳殿と呼ばれる道場があり、弓道場まである。

 剣道や柔道の練習、古武術の交流会などに貸し出しもされている。

 

 そして今日は何故か()()にも、古武術の交流会がおこなわれているらしい。

 ごめんね、神様。

 凄いイベント、用意されてたや。

 

「とよちゃん、予定変更。祈祷殿はスルー。武徳殿に行く」

「わかったわ。悠里君も好きねぇ」

 

 ユーリは、背筋のぞくぞくが止まらなかった。

 地球の最新を知ることができるかもしれない。

 自分の最新を試せるかもしれない。

 

 なにか、大きな流れに乗っている気がする。

 にやけが止まらず、思わずユーリは自分の頬を揉んだ。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。