ふかふかダンジョンでエンジョイ&エキサイティング! 作:RAP
鹿島神宮敷地内、武徳殿。
ここはいわゆる道場だ。
日本古武道の術技交流研修会が行われているということで、ユーリはたまらず駆けつけた。
もしかしたら……もしかしたら!
謎とされている
銀髪の青年の乱入を、古武道の研修会の面々は温かく受け入れてくれた。
青年の正中が立っており、研鑽が積まれているとわかる体躯をしていたからである。
天真正伝香取神道流。
師範達は、笑顔で教えてくれた。
「神道流の特長は『相手の攻撃に対し一瞬早い攻撃により必ず倒す』ことです。後の先の究極を目指す、といったところですかな?」
「神道流は『受ける間があれば斬れ』と口を酸っぱくして言われます」
「うちは『血振るい』の動作が独特です。納刀時に刀を回し柄を叩く動作が入ります」
神道流独特の、しゃがみ状態から飛び跳ねつつ抜刀する演舞も見せてくれた。
血振るいの動作(刀を横に一回転させ、柄を叩いて血を払う)も教えてもらった。
あ、これ格好いい。雷光流に取り入れることを検討しよう、とユーリは思った。
だって二天一流の血振るいは、普通に剣を払う所作だけなんだもん!
(二刀流なので仕方がない)
鹿島神流。
現代剣道の基礎となった剣術流派の一つである鹿島
だが関係者は、大変申し訳ない、という顔でユーリに相対してくれた。
ユーリは一通り話を聞いて、驚く。
「八代目が色々やらかしてて、四代目も七代目も怪しくて、他も色々怪しい!?」
「ええ、表向きの話をちょっと整理してみましょうか」
苦笑しながら、
・初代の松本
・二代の上泉
・三代の奥山休賀斎が
・四代の小笠原源信斎が
・五代の神谷伝心斎が「この術は元より神伝の術であるから、無理な業のある筈がない。天然自然の理に従い、赤子の心のように無我無心の生まれついたままの直き心が本意である」として『新陰直心流』に変更
・六代の高橋弾正左衛門重治の頃は剣の流派が300以上と多く、いい加減な流派も多かったために由緒ある正統の流派と示すべく『直心正統流』に変更
・七代の山田平左衛門光徳は、代々流名を改めたが陰・影の尊称は消えなかったこと、直心とは神の心に通ずることから『直心影流』に変更
・八代は長沼四郎左衛門国郷。防具や竹刀を改良し、修行方法を形本位から実戦稽古にきりかえ、入門者を激増させた。
「まずこのように、初代から七代まで全て流派の名前が変わっております」
ユーリは、四代目が中国に渡って中国拳法の術理を導入していたことに驚く。
「……僕も中国拳法の術理を取り入れましたが、同じ事を何百年も前にやってる人がいたんですねぇ」
「四代は中国拳法の術理を組み込んだ『八寸の延金』という技を発明しましたが、失伝は当然として今では読み方すらわかっていません。ただ螺旋の術理は、
「楊心流柔術じゃなくて、鹿島神流を習っておけば良かったかな?」
ユーリは苦笑する。
「今から話すことを全て聞かれた後に、その答えをもう一度伺ってみましょう。……例えば上泉
「……っはぁ~、えー。マジですか……やってますね色々……」
「はい、やっちゃってるんです。資料がそう物語っています」
鹿島
「本来であれば、
「左太刀……そういえば、左太刀を使う相手を挑発した逸話がありましたね」
ある時、塚原
「あの逸話は、自分の得意技ができなくて苛ついただけなんじゃないでしょうかね。『刀法録』にも『塚原卜伝、天下の名人なりしが数度の他流試合には必ず左太刀にて勝ちしとなり』とありますし」
「命を賭けた誘い……一寸のはずれ、五分のはずれ、か」
敵の打ってくる太刀がわが身から一寸以上はなれて来れば取りあわない。
五分以内の近くに来れば、踏み込んで斬る。
これを一寸のはずれ、五分のはずれと云う。
人間は本質的には臆病であるが、精神力でカバー出来る。
一寸離れていれば辛抱できも五分では反射的に避けようとしたがるものだ。
そこを避けないで逆に踏み込み、毛抜き合せ(密着)のつもりで斬る。(『図説・古武道史』)
「『卜伝百首』にもありますでしょう。
武士能学不教ハ押並天、其之究尓は死の一川奈利。
柳生新陰流。
開口一番、ユーリは師範にこう言われた。
「エマしましょう」
「あっはい」
「真面目な話、柳生新陰流で左太刀なんて聞かれたら
「なるほど……確かに、上泉
「狭間さん、くねり打ちも抜刀もできるでしょう?」
柳生新陰流は抜き打ちの一本を大事にするので『居合』とは言わない。
『抜刀勢法』という。
筋力任せではない最小の連動で、0から突然の100の速度で抜き打つが柳生新陰流。
「できます。ベースは二天一流ですが、エマすのもわかります」
「であれば、柳生石舟斎が上泉
カラを忘れる。
捨て身になる、ということ(柳生新陰流用語)。
ただ待っている相手には、わかってしまう。
だから本気で攻めていかなければならない。
本気で攻めなければ、相手は動いてくれない。
くねり打ちが円の打ち込みなら、奥義之太刀『向上』は最小の円。
もはや点とも言える、最小の円だった。
* * *
帰りの車の中。
既に陽は沈みかけていた。
ユーリは財前の膝枕を堪能しながら、色々と思い返していた。
武徳殿に行く前は、
行ってみれば、最後はエマしていたしカラを忘れていた。
よくわからない日本語だが、柳生語なので仕方が無い。
同時に、大嫌いな聖教会の聖典の文章が、脳裏に浮かんでいた。
聖典第一項前文『旅人への啓示』。
道に迷い立ち止まったとき、あなたは何故それをするのか振り返るがよい。
答えは常にそこにあるから。
ユーリ的な原点でいえば、やはり二天一流になってしまう。
二天一流、つまり宮本武蔵。
宮本武蔵の極意は、年齢に応じて三段階に分かれている。
・24才時の極意「
・50才時の極意「万里の一空」……相手の起こりの見えないうちに打つ(口伝)
・晩年の極意「
漫画『グラップラー刃牙』シリーズ第4部『刃牙道』において、現代に復活した宮本武蔵が「武と云うよりは舞、舞踊だな」と愚地独歩に言い、「なんだァ? てめェ……」と独歩にキレられる有名なネットミームがある。
しかし宮本武蔵の伝記書『武公伝』には、武蔵の動きはあたかも仕舞のように静かなものだった、と記されている。
仕舞。つまり宮本武蔵の動きは、能のような舞だった、ということだ。
・鍛錬をもって
・太刀はふりよき程に静かにふろ心也
・上手のする事は緩々にと見へて、間のぬけざる所也
宮本武蔵が何をどうしているのかわからない人達にとって、間抜けな動きに見えてしまう。
起こりを消した動作が、挨拶をするような動きとなってしまうように。
足の踵だけを浮かせて立つとか、知らない人から見れば変なポーズだ。
・手と肩の力を抜いて腰強く 飛ばず
・兵法はやはらかにして強くあれ きつく弱きは下手のふるまい(新陰流剣術)
・りきみなくよわきを
・手の内は唯和らかに
なんか、みんな同じことを言ってるな。
ユーリはそう思い、苦笑した。
ただ、鹿島神宮周辺独自の国譲りの伝承は、大いに参考になった。
……あれは。あの絵は。
織津江
* * *
車の窓から、月夜が見える。
財前が、携帯電話を手に取った。
何度かのやりとりの後、財前は携帯電話をしまう。
「悠里君。刀ができたみたい。いつでも取りに来て欲しいって」
「……そっか。とよちゃん、明日取りに行って、それで」
「それで……お別れ?」
「うん」
短いやりとりだった。
財前は微笑んで、ユーリの銀髪を撫でた。
「多分、妊娠してると思うんだけど……念のため、今日は寝かせないから」
「寝かせてよ」
微笑を浮かべるユーリを抱きかかえるように背を丸め、財前はユーリに口づけをした。
* * *
翌日の昼すぎ。
ホテルで散々絞られたユーリは、財前と共に刀の受け取り場所に向かった。
・2043年の最新鋼材と理論を使ったもの
・折れないことを最優先、切れ味は二の次
・居合刀ではなく実戦想定の刀
・刃渡りは、大は二尺四寸五分、小は一尺八寸
・反りは抑えめ、重ね厚め、
・
・
・二天一流の師範代級が納得する出来映えのもの
「日本製鉄をはじめとした各方面の一流どころがキチガイスケジュールで仕上げました。ド素人が力任せに何百回も叩き斬って車のドアを切断できたそうです。何故車のドアで試し切りをしたのかは不明です。ダイヤモンドの粉を使わないと研ごうにも研げないはずだから、手入れはほとんど不要とのこと。弾性限界、引張試験、圧縮試験、曲げ試験の全てで限界性能、引張強度を含め鋼材配合も何もかも機密の塊なので内緒だそうです。不眠不休で頑張ってた職人の皆さんがガンギマリの目で『この仕事をさせてくれてありがとう』と言い残して全員ぶっ倒れました」
「なんでそんな無茶させたの……道理で完成が早いと思った」
「予算無制限と伝えた時点で職人が止まらなくなりました。政府は無実です」
「……はぁ~、それにしても……すげぇ刀身だこと……」
ユーリは、一目でわかる凄まじい刀身に惚れ惚れとする。
この二本の日本刀に、軽く数千万円かかっているらしい。
値段のことは、あまり気にしないことにする。
だがユーリにとっては、
「派手な装飾は不要とのことでしたので、黒蝋色塗鞘大小拵を参考に鞘は黒。また
「パーフェクト」
「三日貰えれば、名前を彫れるとのことでしたが」
「いや、向こうの言語で名付けるから大丈夫。ありがとね」
打刀はクコロ・
脇差はアイリス・
ファッションショーのモデルのように、銀髪碧眼が似合う服をユーリは着ている。
そこに、無理矢理に日本刀の大小を下げた。
中性的で美形のユーリの顔立ちも相成って、映画の撮影にしか思えない。
革製の鞘に入れられた短刀を、政府の人が差し出してきた。
「こちらは
「うお、豪華なオマケだ」
剥ぎ取りをするかどうかはともかく、あって損は無い。
ユーリはありがたく短刀を受け取った。
名付けは……また今度。
「行くの? 悠里君」
「コンビニに寄ってからね」
* * *
「ライターと、煙草のマルボロ1カートンと……カップ麺を、複数?」
「うん、念のために。お土産用さ」
僕が
既に泣きそうな顔になっている財前を見ながら、ユーリはできるだけ微笑む。
「気軽に来られるかは、わからないけれど。遊びに来れそうなら、来るよ。僕のお金を年利3%ぐらいで運用しといて貰えると嬉しい」
「……まったく、もう。いつでも帰って来て。待ってるから」
コンビニの駐車場。
ユーリと財前は、抱き合って深くキスをした。
「じゃぁね、とよちゃん」
「うん。またね。悠里君」
ユーリは、財前豊子から数歩離れた。
そして、さよならとばかりに手を振って。
手を振ったまま、姿を消した。
財前は、しばらくその場で立ち尽くしていた。
涙は、なんとか我慢できた。
* * *
「ぶぇっきしゅ!」
目を開けると、雪景色の森の中にいた。
うえー、いいとこ春服だよ、僕?
鼻水が出そうだなぁ、と身体をさすりながら歩く。
ざしゅ。ざしゅ。
雪を踏みしめながら、転ばないように気をつける。
幸いにも、ここは道だ。
道の上に、雪が積もっている。
暫く歩くと、人里のようなものが見えてきた。
木で作られた、高い壁と門がある。
「さっむぅ……」
ちょっと洒落になってないな、これ。
門へ向かおうとすると、門の上から
「そこで止まれ、青年!」
「何者か、そして何用か!」
二人のアラクネ女が、
だから僕は、日本語で答える。
「すいませーん、ここはラァ族の里で合ってますかー?」
「合っている!」
「ここはラァ族の里だ!」
「僕の名前はユーリと言います! 栗結パイセ……栗結さんと取引に来ました!」
門番たる二人のアラクネ女性は、顔を見合わせている。
「……ぶぇっくしょ!」
「あっ、お待ちを」
「今開けますので」
寒そうに震えていたら、流石のアラクネ女性。
優しさゆえに、門を開けてくれるようだ。
こんな真冬に春の格好だもんね。アホだよね。わかるよ。
こっちが雪だってわかってたら僕だってもっとやりようがさァ!?
「すいません、挨拶は室内でいいですか? 弓とか向けてていいですから」
「いえ大丈夫です、とりあえず中へどうぞ」
「寒いでしょう、温かい飲み物を用意しますので」
うう。アラクネ女性の優しさが身に染みるぜ。
案内された家で、出されたお茶を飲みながら待っていると。
僕だけが一方的に知っている人が、大勢のクリ娘達を侍らせながら現れた。
その黒髪眼鏡の日本人男性は、白衣のようなロングコートを着こなしている。
そして自分を右手親指で指し、例の台詞をのたまった。
「俺は栗結大輔。クリ娘ハーレム王になる男だ」
サインください。
僕は思わず、そう言いかけた。