ふかふかダンジョンでエンジョイ&エキサイティング!   作:RAP

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第22話 原作開始前・グラスちゃん

 一般的に、貴族であれば聖都に屋敷を所持している。だから屋敷から学校に通うという建前。

 とはいえ皆が皆、学校のそばに屋敷があるわけでもない。聖都は広いのだ。

 ゆえに貴族寮が用意されている。屋敷との往復が面倒なら金を払って寮を借りてね。

 平民は平民寮ほぼ一択になる。貴族のノブレス・オブリージュによる寄付金により平民寮は成り立っている。

 ああ、なんという慈悲深い貴族の御心か。平民は這いつくばって貴族の靴を舐めろ。

 

 貴族学校、および貴族寮には、申請することで借りられる談話室エリアが存在する。

 エリア内には複数の談話室が用意されているぐらいには、貴族は内密な会話をすることが多い。

 時には婚前交渉として男女のお突き合いも発生するそうだ。貴族同士なら、どっちかの屋敷に行けばいいじゃん? という簡単な話にはならない。

 人の心は摩訶不思議、禁忌の場所で禁忌の行為をするのは、不倫や浮気のスパイスとして便利であるからして、まあ、その。

 学校側は見て見ぬ振りを続ける無法地帯となる。学校への寄付金を減らされたくないからね。

 

 

 放課後、貴族寮へと戻ったグラスちゃんを捕まえて、談話室エリアの一室へと連れ込んだ。

 セルヨーネ侯爵の兄妹達に、何を言われたのかを正直に伝えるためだ。

 

 グラスちゃんは一通り説明を聞くと顔面蒼白、吐きそうになって口元を押さえた。

 僕は近寄って背中をさする。水をゆっくり飲んでもらって、それでようやく落ち着いた。

 

 対面で話を聞くつもりだったが、予定変更。向かい合った椅子とテーブルではなく、部屋脇に置かれているソファにグラスちゃんを誘導する。彼女を座らせて、僕も隣に座る。彼女の手を握り、肩を寄せる。グラスちゃんの頭が、こてんと僕の肩に倒れる。僕の肩に頭を預けたまま、グラスちゃんはぽつりぽつりと、事情を話し始めてくれた。

 

 

 * * *

 

 

 タレーメ領は、過去にドラゴンの気まぐれにより壊滅的な被害を受け、復旧も困難で国からの助成金も足りず、貴族籍を返還して平民に没落する寸前までガタガタになってしまったそうだ。

 そんな時にマンセー子爵に手を差し伸べてくれたのが、ニク=ドレ・ハーベラ・セルヨーネ侯爵、現・軍務大臣。寄親寄子の関係となり、多額の金を借り受け、その金で人材を補充し、なんとか領地経営の体裁を保てるようになった。

 だが、膨らんだ借金は簡単に返せるような額ではない。少しずつ返済してはいるが、完済まではほど遠い。そのため、セルヨーネ侯爵から何か()()()をされたら、きっと断れない。

 

 ニク=ドレ卿はノブレス・オブリージュを大事にしているようだが、かといって善意のみで形作られている人間ではない。表向きは側室嫌いの愛妻として通っているが、裏の趣味として、気に入ったメイドや領民を妾として囲い、飽きたら捨てているという噂は有名だ。

 一時的にであれ、平民を妾として迎えてあげる善意。捨てられた後の女性が、全員子宮を破壊されて二度と子が産めなくなっていたとしても、それは立派な慈善事業なのだろう。

 善きことも悪きことも、両方ともやる。だって人間だもの。貴族だもの。思ったことを全て実行に移せる権力を産まれた時から所持しているから、その力をごく当然のように使いこなしているだけ。そんなニク=ドレ卿の薫陶を受けているから、ビジョレもビケワも同じ事をする。この親にしてこの子あり。

 

 元々、望まぬ寄親寄子関係だった。幸い、今まで「お願い」をされたことはなかったが、今後いつ「お願い」をされるかわからない。

 ハーベラ領の美女に飽きたから、タレーメ領の美女を寄こせと言われても従うしかない。平民を1人貰う代わりに、平民を3人やろうと言われれば、それはタレーメ領を支えるノブレス・オブリージュとなる。

 

 少しでも状況を変えようとマンセー子爵が目をつけたのが、金のあるハサマール子爵家だった。三男のユーリ令息とであれば、一人娘のグラスと年齢が同じ。うまく婚姻関係を結ぶことが出来れば、ハサマール子爵家から援助を得て、借金を返済できるかもしれない。だが、5歳の時に急いで婚約を申し込んだものの、断られてしまった。しかもユーリ令息はお茶会の類に決して出てこず、隙がない。ならば狙うは、デビュタントに絞られる。

 ユーリ令息には婚約者がいないから、ファーストダンスは近親となる。ならば狙い目はセカンドダンスだ。

 

 グラス令嬢は、周囲の邪魔にならぬよう舞踏場の端っこに立ち、父から聞いていた外見特徴を元にユーリ令息を必死に探していた。

 だが、進行していた視力低下のこともあり、会場内にいるはずのユーリ令息を見つけることができず、内心焦りまくっていた。

 実家にお金があんまり無いのはわかっていたから、眼鏡を使いたいと言い出しにくかった。

 どうしよう、どうしよう。全然見えない。ユーリ令息が見つからなかったら、どうしよう。

 

 色々考え事をしていたら、自分に手を伸ばしてくれたのが僕、ユーリ・アイダ・ハサマール子爵令息だった……というジャックポット。

 

 思い返せば、初対面時の挨拶は少し違和感があった。

 『わたくしが年上の旦那様の後妻にならぬよう、お祈りを頂ければ幸いです』

 貴族の挨拶としては、なくもない範疇だ。だが、今の話を聞いた後では印象が全く変わる。

 グラスちゃんは、ビジョレ令息どころかその上のニク=ドレ卿に「お前を肉奴隷として妾に欲しい」と言われても、断ることができない立場にあったのだ。

 

 マンセー子爵はとても喜んだ。娘がとても良い笑顔だったからと、断りにくい理由を添えてハサマール家に改めて婚約の打診をした。

 それが偶然にも、僕の扱いを掴みかねていたハサマール家の悩みと噛み合った。

 竜か虎かは知らないが、秘めたるものが強そうな子供には、何重もの首輪をつけるに限る。グラスちゃんは有効な首輪になりうると、僕の家族達は判断した。政略結婚なんてそんなものだ。

 

 

 僕と婚約が成立したあとも、グラスちゃんは政略結婚()()となる可能性にずっと怯え続けていた。同じ子爵家のはずなのに、経済力をはじめとして格に違いがありすぎる。

 デートのお茶会にしても、マンセー家はかなりの無理をしている。見せかけのハリボテ、精一杯の背伸び。できれば恋愛結婚が良かったが、そんな願いは贅沢だ。どうかまともな政略結婚でありますようにと祈る。

 初夜に「お前を愛することはない」と夫に言われてしまう小説を読んでボロボロ泣いた。

 パーティ中に突然「婚約破棄だ!」と言われるヒロインを自分に重ねてボロボロ泣いた。

 

 お付きのメイドが、「これだから男は!」とグラスちゃんの代わりに怒ってくれる。 

 そんなメイドの慰めに、グラスちゃんは涙を拭いて無理矢理笑うようにしていたらしい。

 

 

 * * *

 

 

「だからこそ、ユーリ様の愛情が嬉しかったのです。例え最後に、サンゼバー男爵令嬢にユーリ様を奪われてしまうのだとしても……とはいえ今回は、ビジョレ・ハーベラ・セルヨーネ侯爵令息の側室になれとのことですから、顔も知らない年上の旦那様の後妻となるよりは、幾らかマシなのでしょう」

 

 心の内を一気に吐き出したグラスちゃんは、少し長めの深呼吸をして。

 僕の肩から頭を離し、姿勢を正して。子爵令嬢として、精一杯の誇りを胸に。

 

「……幻滅したでしょう? 醜い、浅ましい女だと……」

 

 そう言って彼女は、自嘲の笑みを浮かべる。

 長い告白ではあったが、僕は小首を傾げた。

 

「……なんでクコロの名前が?」

「お気づきになられていないのですか、ユーリ様? 私はユーリ様を呼び捨てにできていません」

「ああ、なんだ、そんなこと……」

 

 そんなことではないです、とムッとするグラスちゃん。

 僕はやれやれとばかりに、ため息をついた。

 

「クコロ・カンド・サンゼバー男爵令嬢は、無理して側室、いいとこ妾。僕の親、つまり商家貴族たるハサマール家なら、政略結婚であれ拒否を選ぶ。伯爵位への陞爵すらありうる今のハサマール家には、武家の子女、しかも男爵次女を選ぶ理由が、欠片も無い」

 

 武家との縁を手に入れる理由が本気で無い。

 むしろ、下手に武力の向上を見せつけたら絶対に難癖をつけられる。

 

「だから彼女への呼び捨ては、最大限の友誼であり……同時に拒絶でもある。友人以上の縁を決して結ぶことができないクコロ嬢に対する、せめてもの誠意」

「では、グラス()というのは?」

「うーん、それなんだけどね」

 

 僕は苦笑する。

 

「照れ隠し……になるのかなぁ?」

「照れ隠し……ですか?」

「別にね、僕の事はユーリ様でもユーリでも、好きに呼んでくれて良かったんだよ? 勘違いさせちゃってたのは、ごめんね」

 

 まぁ、と驚くグラスちゃん。

 

「僕の中では、グラスという呼び捨ては、なんか違うなって感じだったんだよね。グラス嬢との結婚生活を夢想したとして、グラスと呼び捨てにするかという話になると、ちょっと微妙かな」

「それでは、ユーリ様の中で私はなんと呼ばれているのですか? 私をどう呼びたいのですか?」

「グラスちゃん」

 

 言われて、グラスちゃんの頬が染まる。

 

「うん、グラスちゃん。今も、5年後も、10年後も……お婆ちゃんになっても。グラスちゃんという呼び方が、僕の中で一番しっくり来る」

「……グラス、ちゃん」

「呼び捨てでも、様付けでもいいんだけどさ。ユーリ君、とか言われたら、僕は絶対に照れる」

「そうなんですか?」

「そうなんだよ。……幻滅した?」

「いえ、そんな……ふふっ」

「あー、やっと笑ってくれた……まあそういうわけなんですよ、グラスちゃん」

 

 僕は疲れたアピール的に、ソファに身を預ける。

 行儀の悪い僕の行動に、くすくすと彼女は笑い。

 

「そういうわけなんですか、ユーリ君」

 

 僕は照れて、苦笑いを浮かべた。

 でも、言わなくてはならないことを思い出し、すぐに真顔に変化する。

 

「聞いてくれ、グラスちゃん。今回の件は、戦争だ。殺し合いなんだ」

「戦争で、殺し合い……?」

「今回の話を聞いた時、僕は死んでいてもおかしくなかった。セルヨーネ侯爵令息に対して少しでも悪意のある行動を見せていたら、僕は即座に護衛のモーブ男爵令息に首を刎ねられていただろう。理由なんてどうとでも後付けできる。僕が殴りかかったから仕方なく殺した、それで全てが無かったことになる」

「まさか、そんな」

「冗談でもなんでもない。向こうは婚約成立後にそれを破棄するという横紙破りが可能なのだと宣言までしている。戦力比も酷い。向こうは下手すれば軍すら動かせるが、僕達は実家を動かせない。せめてあと1年、できれば2年欲しかった。準備時間も何もかも足りてない。不利を超えて、割と絶望的な戦いだ」

「……1~2年あったら、どうにかできちゃうんですか?」

「うーん。多分? それまでは撤退戦……いや、遅滞戦術を強いられると思うけど」

「そんな事を言えちゃうユーリ君だから、取り込まれるんじゃないんですか?」

「『革命』とかやっちゃったからね、仕方ない!」

 

 ふふふ。あはは。二人で笑う。

 

「それでね、グラスちゃん」

「はい、ユーリ君」

「真面目にちょっと読めないんだ。最低でも半年から一年は粘れるトラップの案はあるけど、その間どうされるか、どうなるか、本気でわからない。僕とグラスちゃんは婚約破棄されて、セルヨーネ家に取り込まれるかもしれない。ギリギリのギリギリで回避できるかもしれない。僕がグラスちゃんを迎えに行くまでに、5年か10年か、とにかく結構時間がかかるかもしれない。政治的な事情で、正妻ではなく、側室として迎えるのが限界になるかもしれない」

 

 グラスちゃんの瞳をまっすぐ見つめながら、僕は告げる。

 

「きっと、僕の手は血で染まる。それなりに人を殺すことになる。向こうが理不尽な戦争を押しつけてくる以上、これはもうどうしようもない。だからね、グラスちゃん。僕は聞きたいんだ」

 

 グラスちゃんは、僕の瞳をまっすぐに見つめる。僕は続ける。

 

「君はそれでも、僕を待てるかい? 何年経つかもわからないし、正妻ですらないかも。両手を真っ赤に染め、ただ君が欲しいと乞い願うだけの、醜く浅ましい僕を、待ち続けることができるかい? 年上の旦那様の後妻になることを受け入れた方が、遙かにマシかもしれないよ?」

 

 グラスちゃんの髪に触れる。原作とは違うロングヘア。

 彼女の髪を手で梳く。やっぱ可愛いなあ、グラスちゃん。

 

「……お婆ちゃんに、なっても」

「ん?」

「お婆ちゃんになっても、グラスちゃんと呼んでくれるんですよね?」

「うん」

「……それなら、待ちます。ユーリ君。貴方を、ずっと」

「そっか」

「ユーリ君」

「なに?」

 

 グラスちゃんが、僕を抱きしめて口づけをした。

 舌を入れる発想なんて無いのだろう。普通の、本当に普通のキス。

 僕はそっと、抱きしめ返す。彼女が僕に身を寄せ、預ける。

 

「ん……ふ……っ」

 

 彼女の精一杯のキス。純粋に想うだけのキス。

 僕は彼女の唇を優しく甘噛みし、慈しむようについばんだ。

 

「……んっ……んぅ」

 

 彼女は僕をより強く抱きしめながら、唇を重ねてくる。

 あむあむと、つたなく唇を甘噛み返してくる。

 お互いに唇をついばみあう、ただそれだけの。

 

「んぁ、はっ……」

 

 彼女を抱きしめたまま、ゆっくりと唇を離す。

 完全に上気した彼女の顔は、女の色気で満ちていた。

 妖艶さを纏った瞳が、僕をまっすぐ見続けている。

 

 僕は右手でそっと、彼女の頬を撫でる。

 くすぐったそうに、彼女は受け入れる。

 

 

 好きだよ、とか。愛してる、とか。

 なんかそういう言葉を伝え忘れたけれど。

 少なくとも、君の「好き」は受け取ったから。   

 

 ……ちょっと、軽く戦争してくるね。

 

 

 

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