ふかふかダンジョンでエンジョイ&エキサイティング!   作:RAP

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第25話 原作開始前・オサン流

 何度でも言うけど、亜人側には武の術理が欠けている。

 織津江パイセンがオーク素手無双後に「格闘の技術はまったくない」と感想を漏らしているし、白面金毛やヒィロというネームド連中ですら拳打に対して「なんだこれ状態」だった。

 ハルピュイアのワシ&タカと織津江パイセンの模擬戦時に、僕が言うところの「意の念」が初登場している。織津江パイセンが「『思う』だけで反応してくれる人は久しぶりです」と笑ってたそれが、意の念のことね。

 さらに織津江パイセンは姿を消していたワシ&タカの気配を「呼吸音か体温。他者の存在による他生物の行動の変化と風の音」で察知していたが、これは意の念の応用編と言っていい。

 ハルピュイアの武人層の上澄みが意の念に反応できる。言い換えると、その程度の上澄みしか、亜人達は武の術理を知らない。

 

 どう動いて、どこを狙うか。どう躱して、どう詰めるか。

 この『思う』を察知する能力が人間には備わっている。

 フィクションでもなんでもなく、人間は鍛錬でこの能力を育て、鍛え上げることができる。

 

 前世では、Youtubeで格闘家と武術家の交流をきっかけとして、武術家側の技術公開が盛んに流行していた。動画で技術を公開することで再生数と認知とお金に繋がり、弟子が増える好循環。

 それまでは、道場に通わないと教えて貰えなかったような武術の秘匿技術が、どんどん動画で公開されていく。再生数を狙う迷惑tuberが非常識なことをするように、結構ヤバい技術まで公開しちゃう達人までいた。

 僕がハルピュイア相手にやったあの技術は、再生数をほしがる達人が公開していたから、実は誰でも見られる。……子供が真似したら、どうするんだろうね?

 

 『思う』を察知する技術や鍛錬風景まで公開されるようになって、前世の僕は苦笑していた。

 

 目隠しをした人の周囲を、円陣を組むかのように複数人で取り囲み、剣を模した柔らかめの武器を手にして。円陣側は中心に居る目隠しをした人の周囲をぐるぐる回りながら、背後からだろうが突然不意打ちで攻撃する。目隠し側は、どの方向から攻撃されるかわからないそれを、気配として察知し、対応する訓練をする。

 そういうのを積み重ねていくと、色々わかるようになってくる。決してチートではない。

 地道な鍛錬で、誰もが出来るようになる努力の結晶だ。エコーロケーションも同じこと。

 

 僕はモーブ男爵令息に対してかなりの警戒をしているが、それは彼が武家の子息として真面目に鍛錬をし、どこまでが自身の剣の間合いなのかをミリ単位で把握し、意の念の察知まで習得していると判断できたからだ。

 無手で武器持ちに勝つのは大変難易度が高い。刀が槍を相手にするのも同じように難易度が高い。リーチ差は重要なのだ。

 ふかダン4巻の薙刀説明コラム中に「剣道の有段者と薙刀の級位者の試合とか面白い」とある。

 これには「竹刀と薙刀のリーチ差」と「剣道側に下段の概念はないが薙刀側には下段攻撃の概念がある」という意味が込められている。下段の概念の有無もあるが、リーチ差は「有段者と級位者」と創世神に言われてしまうぐらいに難易度に違いがでてしまうのだ。

 

 一応、この世界の人類側には、オサン流や蛮族斬り、薩摩アタック的武術があるにはある。

 ある……が、わりと偏っている。だいたいモンスターの脅威のせい。

 

 例えば拳打でいうなら「ボクシング的拳闘技術は未発達」「戦闘用の格闘技術は保険程度で練度が低いのが一般的」と説明されている。

 オサン流には「拳で顎を殴るんだ!」と二度も説明される程度には教えがある。右手で顎を横から殴れ。鍔迫り合いの時に手が届くなら顎を殴って脳みそ揺らせ。

 ジャン君の師匠は拳打を念入りにジャン君に仕込み、ジャン君は前世チートのなんちゃってボクシング技術を組み込んで強化した、とコラムに書かれていた。

 

 ……ジャン君、グローブで手を包み、なおかつ禁止ルールでガチガチに縛られているボクシングをこの世界で参考にするのは、程ほどにね?

 マウントをとった後に格闘技試合のように殴り続けるんじゃなくて、相手の脳みそが揺れたとわかった時点で、白面金毛の両目に両手の親指突っ込んでマスクごと頭を固定して後頭部を何度も地面に叩きつけるぐらいはして良かったんだ。

 

 長々と話したけれど、これは全部愚痴だ。愚痴なんだ。

 僕はただ、ジャン君以外のオサン流が見たかった、ただそれだけの、軽い気持ちだったのに。

 

 

 * * *

 

 

 学校の敷地内。かろうじて校内ではあるものの、森林帯に隠れた運動場エリアの端の端。

 その気になれば女の子を連れ込んでレイプしても誰にもわからないぐらい人気の無い場所。

 僕は、あの時見かけなかったビジョレの取り巻きの一人、ザコエー男爵令息と相対していた。

 

 彼は、事前の調査でオサン流を学んでいることがわかっている。

 モーブ男爵令息ほどでないにせよ、手練れである可能性は高い。

 つまり、これは試金石だ。この世界の武術の一端を知るための、その布石。

 

「……俺を呼び出してどうしようというんだ、ユーリ・アイダ・ハサマール子爵令息」

 

 左腰に帯剣したザコエー男爵令息が、僕を睨む。男前なモブ顔だ。

 僕は開いた鉄扇で顔をあおぎながら、彼をニヤニヤと見下すように眺める。

 

「僕とビケワ・ハーベラ・セルヨーネ侯爵令嬢が婚約して、僕のセルヨーネ家入りが認められたら。ビジョレ兄様にお願いして、キミを僕の取り巻きにしてあげてもいいんだけど……」

 

 ピクリ、とザコエー男爵令息が反応する。

 僕は鉄扇をパチリと閉じて、ザコエー男爵令息に向ける。

 

「君の婚約者と……妹さん。どちらも()()よねぇ。惹かれるなぁ」

「何が、言いたい」

「ククッ」

 

 わざとらしく笑ってみせる。いやらしく。

 あ、これ全部演出です。

 だって彼の婚約者と妹の名前、覚えてないもん。

 

「二人とも……僕の妾にしたいなあ。横紙破り、僕にも権利はあるよね?」

「……なっ!?」

「ノブレス・オブリージュ。セルヨーネ家が望むぐらい高貴な僕の種を、彼女たちに仕込んであげる。こう、腰を抱えて、ガッツリ中だししてさぁ。何度もメスイキさせて……ユーリ様、ユーリ様って言わせるんだ。そしたら僕はキミの元婚約者に聞いてあげる。『ザコエー男爵令息とは残念だったね』って哀しそうに……ああ、妹さんと一緒にお掃除フェラをさせながら聞くのも興奮しそうだね! 二人の股間からは僕の精液があふれてて……その状態で二人に僕のモノを、手を使わずに口だけで綺麗にしてもらうんだ。いいよね……話しているだけで、勃起しそうだよ……」

「テメェ……」

 

 殺意に満ちたザコエー男爵令息が、右手で剣を抜き放ち、左手に持ち替える。

 左手の剣を前に構え、左半身。剣の持ち手は、端のギリギリを手にしている。

 

 ……ああ、そうだよねえ! オサン流だもんねえ! 左手は剣、右手はフリーの構えだよねえ!

 端っこを持つのもオサン流の特徴! 少しでもリーチを長くするんだよねえ!

 

「心配そうに、優しく声をかけてあげるのもいい! 『不慮の事故で亡くなってしまったザコエーお兄様のぶんまで、君たちを愛するよ』って!」

「『不慮の事故』、だと……?」

 

 一撃で僕の頭を割るのかい? それとも一瞬で僕の首を刎ねるのかい?

 不意打ちの「突き」? 斬り合いに見せかけてからの右手顎フック?

 

「だってそうでしょ? どう考えてもキミがいない方が話が早いもんね! 取り巻きとしてキミを侍らせるより、キミの婚約者と妹を妾という名の肉奴隷として侍らせる方が、おおいに! とても! 活用できるじゃないか!」

 

 ……嗚呼、興奮をおさえきれない! キミは僕をどう殺してくれるんだい?

 わざわざ、剣術の授業後の、借りた剣の返却前に呼び出したんだからさあ!

 見せてくれよ! ザコエー男爵令息! キミのオサン流を!

 

「キミはこのあと、失踪してしまうのさ……わかるだろう?」

「うおおおおおッ!」

 

 叫びながら、ザコエー男爵令息が踏み込んで全力の突き! 狙いは僕の顔面だ!

 わかるよ! クソ生意気な事を吐くこの僕の顔面を串刺しにしてやりたかったんだよね!

 

 

 僕は哀しくなった。しょんぼりした。

 

 叫ぶ、という「今から攻撃しますよ」という宣言。猿叫(えんきょう)ですらない。

 声が無かったとしても、身体中の意が「今から顔面を攻撃する」と言っていて。

 「突き」という点を狙う攻撃なのに、広い胸や腹ではなく、狭い顔を狙う意向。

 ジークンドーのように、歩法で半歩分の間合いを錯覚させたりもしない愚直な突き。

 相手が回避できないと確定してから腕を伸ばすのではなく、最初から腕を突き出していて。

 膝抜きもない。縮地的動作ではなく、普通に走り出す動作。

 

 『何をやってもいいので、とにかく先に当てろ』の実行だね? わかるよ!

 『最小で最速の動きに全身の力と重みをもたせろ』だっけ? すごい!

 突きは『不意打ちかトドメ用だけどあまり頼るな』だから、不意打ちだね!

 予備動作は消せてないけど『全身の筋肉を一度に動かし』てる。偉いね!

 

 そういえば、オサン流の剣は左手で使って右手はサポートってコラムにあったのに。

 左腰から右手で抜いてわざわざ左手に持ち替える必要、あった?

 左手剣の活用なら、右腰帯剣でもいいような……?

 

 思えば、ジャン君は左腰に帯剣して、右手で剣を握って、左手をサポートにしている。

 白面金毛やヒィロを殴ったのも、たしか双方とも左手での拳打だった。

 ……ジャン君の利き腕が右だから、左右を逆にした?

 

 え? 利き腕程度で左右の構えを入れ替えちゃっていいぐらいの術理なの?

 剣が左手で、サポートが右手でなければならないオサン流の思想があるんじゃないの?

 左半身の左手剣を活かした歩法は? 攻撃は? 空いた右手を活用するための術理は?

 両手に剣を持った時も、右手剣は左手剣をサポートするためってコラムさん言ってたよね?

 利き腕を右から強制的に左に変更させるぐらいの、なんかそういう教えとかはないの?

 

 

 僕は少し下がって、突き出された剣を鉄扇で軽く撫でて、左に逸らした。

 ザコエー男爵令息の全力の「突き」、伸ばされた腕と左手剣が僕の左側に誘導される。

 つまり、彼は僕の眼前に隙だらけの身体を晒していることになる。

 

 僕は考える。

 

 ・腕をとって関節を極めて重力で(たい)を落として制圧。

 ・肘の内側の経絡を押さえて激痛を走らせて金的、同時に腕の筋を裂く。

 ・かわして踏み込んで脇に肘を入れてから目潰しと金的、金的で下がった顔面に掌底。

 ・後ろに回り込みながら脇に一撃、後頭部に一撃、同時に足を払って顔面から落とす。

 ・剣を持つ手首を押さえて肘ごと丸め込み、自分の剣で自分の足を斬る誘導。

 ・剣の持ち手の小指側を鉄扇で殴打、小指を折ってから踏み込んで水月に一突き。 

 

 ……うーん、どうとでもできちゃうなぁ、これ。

 

 

「はぁ、はぁ……よくぞ躱した」

 

 ザコエー男爵令息が、キメ顔でそう言った。

 全力で「突き」をしたのはわかるけど、なんでもう息切れしてるのさ。

 

「……もう一度攻撃されたら、厳しいかもね……」

 

 僕は右手を震わせて、鉄扇を落とす。悔しそうな顔を見せる。

 キミの凄い突きの威力に負けて、武器を落としてしまったんだ。

 哀しいね。絶体絶命の僕。

 

「ならば……もう一度、やってやろう」

 

 騎士が剣の誓いをするかのように、ザコエー男爵令息は胸の前で剣を垂直に立てて構える。

 ……そうか、再度の「突き」の宣言なんだね。

 これから僕は同じ「突き」をしますよ、っていう……。 

 

「きなよ。……いちか、ばちかだ」

「武器も無しに、よく吠えたァ!」

 

 ザコエー男爵令息の全力の「突き」が、再度放たれる!

 僕は! 絶体絶命の僕は! ()()()()()()

 

「今ッッ!」

 

 右に踏みこんで「突き」を躱し、彼の左腕を両腕で抱えながら!

 僕は右上段足刀(そくとう)蹴りのような姿勢で飛び跳ね!

 彼の後頭部に右脚の膝裏をひっかけて……挟み込むように左膝を彼の顔面にたたき込む!

 痛みの衝撃で彼は思わず左手の剣を落とす!

 左膝蹴りの勢いを利用し、彼の腕と肩を使ってブランコのように彼の肩に僕は乗り!

 同時に彼の左腕を伸ばして極め、彼の左手首を曲げて押し込むように!

 彼の重心が耐えきれず身体が崩れ落ちるのと同時に、彼の首の後ろを右膝で押さえる!

 彼が顔面から落ちる!

 身体が地面に落ちた衝撃を利用、彼の首の骨と左手首と左肩が同時に破壊される!

 

 虎・王・完・了!

 

 

 そこまでやる必要は全く無い、オーバーキルまったなしの、正直疲れるだけの技。

 元ネタの「餓狼伝」のみならず、刃牙とか、ベン・トーとか、波打際のむろみさんとか、検索すれば色々でてくるぐらいには沢山の作品で使われている「虎王」。

 

 なんというか。どこをどう考えても瞬殺してしまうから。

 仕方なく。本当に仕方なく。無理矢理やってみた。

 むなしい……。

 

 

 ザコエー男爵令息の死体を前に、バーチェ達はうまくやってるかなぁと、僕は遠い目をした。

 

 

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