ふかふかダンジョンでエンジョイ&エキサイティング!   作:RAP

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第36話 原作開始前・クコロ嬢

「燃える水からナフサと灯油を精製するのは禁忌のグレーゾーン案件だから、ジャン君に伝授しといたwwwヨロシクwww」

「クソが! 迂闊に近づいたら死刑になる禁忌案件の燃える水を研究して精製しても投獄されない理由を言え! あと前世知識チートが薄い設定のジャン君がナフサを理解してる理由も!」

「考察勢乙www主人公補正は格好良ければ何をしても全部許されるwww」

「ナフサと灯油を分けられる精度の温度計とか温度管理とかどうしろっちゅーんじゃボケ!」

「無知乙wwwお前が知らないだけwww炎の剣を光の剣と言うwww格好いいよねwww」

「あれは物凄い勢いで剣がズタボロになるんですけど? 剣の廃棄処分を覚悟なんですけど!?」

「夜の街灯はナフサ精製時の余剰ガスを使ったガス灯で、街はガス管完備ってことでwww」

「そんなにナフサと灯油を大量精製してるんなら、亜人もドラゴンも一掃できるだろ!」

「いいからジャン君とアロちゃんのセックス妄想で抜いとけよwwwエロいだろwww」

「確かにエロいシチュだけど、そろそろ白面金毛に手痛い反撃かましとけよクソがあああ」

 

 

 * * *

 

 

「……ぁぁあッ!」

 

 がばっ。

 創世神がゲラゲラ笑っている悪夢を見て、僕は汗だくで跳ね起きた。 

 前世の僕が死んだ後の原作展開を流し込まれたような、妙な感覚。

 

 

 深夜の貴族寮、僕の寝室。

 隣で寝ていた全裸のアイリスが釣られて起きて、僕を静かにそっと抱きしめる。

 いい子いい子、とばかりに、僕の頭を撫でてくれる。

 

「……ありがとうアイリス、落ち着いたよ……」

 

 アイリスはにっこり笑ったあと、少し困ったように。

 

「あの……あのですね、ユーリ様?」

「なんだい?」

「お嫁さん、三人増えるんですよね?」

「うん、そうだね……そのうち側室とか、さらに増えると思う」

「普通に皆さん、抱かれるんですよね?」

「頃合いを見て、ね。特にバトさんは年齢のこともあるから、できるだけ早く子供を――」

「ユーリ様」

 

 アイリスが、頭を押しつけるようにして僕を抱きしめる。

 その顔は僕の胸に(うず)もれて、よく見えない。

 

「気にされていた『ざまぁ』は、もう良いのですね?」

「そうだね。少なくとも、入学当初のような警戒は、もういらない」

「私が妊娠した時、私の身体が出産に耐えられるかどうかを気にされているんですよね?」

「……アイリス、まさか」

「お願いです、ユーリ様。そろそろ私を、普通に抱いてくださいませ」

「アイリス……」

「私にも、子供を。私だけの、家族を。ユーリ様は優しく愛してくださいます、でも」

 

 顔をあげたアイリスは、ぽろぽろと涙を流している。

 

「ユーリ様は、()()()()ですから。私だけのユーリ様では、ありませんから。私だけの家族が欲しいと願うのは、いけないことですか?」

「いけなくないよ、アイリス。わかった。次からは、普通にアイリスを抱く。それでいいかい?」

「別に私は今からでも、」

「それは駄目。今日はもう遅いし、それに……」

 

 僕はアイリスの涙を、指先で拭く。

 

「泣いているアイリスを抱きたくない。さあ、もう寝よう。アイリス、おいで」

 

 全裸のアイリスが、僕に絡みつくようにしがみつく。

 彼女の肌のすべすべとか、柔らかさとか、体温とか、香りとか、密着感は凄いけど。

 

 僕を抱きしめながら、お父さん、お母さんと繰り返すように呟く彼女。

 ……うん、流石に勃たないよ、アイリス。無理だ。

 

 ミルヒとカカオの両親に、双子を妾に迎える件で挨拶をしに行った時。

 両親と子供が幸せそうな笑顔で暮らす、家族の理想像がそこにあって。

 

 アイリスの過去。暴力的な両親からの育児放棄(ネグレクト)

 前世日本ですら、児童虐待からの子供死亡のニュースはよくある話で。

 今世のこの世界では、なおのこと日常茶飯事なのだろう、でも。

 

 育児放棄(ネグレクト)されてようがなんだろうが、親は親だ。

 双子の両親達が、笑顔でミルヒとカカオを送り出したあの光景を。

 アイリスは一体、どんな気持ちで眺めていたのだろう。

 

 ……なんだか、うまくいかないなぁ。

 彼女を泣かせるつもりは、一切無かったのに。

 いつも笑顔のアイリスが、こんなにも負の感情を露わにするなんて。

 

 僕はアイリスに軽く口づけをして、彼女の頭を撫でてから寝た。

 

 

 * * *

 

 

 久しぶりに出た剣術の授業に、ソーコラ・テキト・モーブ男爵令息が出席していた。

 ビジョレ兄様の姿は見えない。モーブ男爵令息が非常に苛立っているのがわかる。

 不甲斐ない(あるじ)に、失望しているのだろうか?

 

 剣を用いた自由組手。剣術の授業に参加している数少ない女性陣から、黄色い歓声があがる。

 相手にわざと攻撃させて、ギリギリで回避する訓練をしていた僕は、振り返って納得する。

 

 クコロ嬢が、男子生徒相手に三人抜きを達成していた。

 聖剣の勇者セイがティーチ教官に勝った時のように、女性陣は大盛り上がりだ。

 

 クコロ嬢の目の前には、彼女に屈した男子生徒達が悔しそうに座り込んでいる。

 傷めた箇所をさすりながら、顔を真っ赤にしてクコロ嬢を睨みつけていた。

 

 女子生徒が男子生徒に勝つのは、基本的に不可能に近い。

 体格、筋肉、剣術へのモチベーション、全てにおいて差がある。

 原作のアロが絶望していたように、チェスト関ヶ原を実行できるぐらい女を捨てないと駄目だ。

 

 

 女性陣の盛り上がりに水を差すように、モーブ男爵令息がクコロ嬢の前に歩み出た。

 彼は手にした剣をクコロ嬢に突きつけながら言う。

 

「クコロ・カンド・サンゼバー男爵令嬢。お手合わせを願う」

「……っ、承知した。ソーコラ・テキト・モーブ男爵令息」

 

 クコロ嬢が正眼に構える。モーブ男爵令息は脇構えだ。

 

 クコロ嬢が、長く、細く息を整えていく。

 

 刹那、彼女が飛び出し、全力の突きを繰り出した。

 

 交差。モーブ男爵令息はクコロ嬢の剣を斜め上から叩くように弾き、その反動を利用して彼女の喉元に剣先を飛ばす。

 

 勝負あり。彼女の喉をいつでも斬れると言わんばかりに、彼の剣が寸止めされている。

 クコロ嬢が悔しさに顔を歪めた、その一瞬。

 

 モーブ男爵令息の脚のつま先が、クコロ嬢の腹に食い込んだ。

 三日月蹴りとも言われるそれを受け、彼女は悶絶して身体が前に倒れ込む。

 

 追い打ち。返された剣の柄頭が、彼女の背中を強打する。

 崩れ落ち、腹を抱えて地面に転がるクコロ嬢。

 苦痛の表情を浮かべ、動けなくなったクコロ嬢の尻を、モーブ男爵令息が勢いよく蹴りつけた。

 彼女をより貶めるべく、尻を蹴った音が大きく周囲に響くように調整された蹴り。

 

「女ごときが、いきがるなァ!」

 

 苛立ちを隠さず、モーブ男爵令息は足早に立ち去っていく。

 女性陣は悲鳴すらあげることができず、その場にへたりこんだ。

 慌てて教師が駆け寄り、クコロ嬢の身体をチェックしていく。

 クコロ嬢は、カハッと呻いて血の混じった胃液を吐きだし、気絶した。

 

 僕は彼女に近づき、慌てふためく教師をどかす。

 

「(保健室……はこの世界には無いから)治療所に連れていくよ。それじゃ」

 

 クコロ嬢をお姫様抱っこして、僕は校舎に向かって歩き始めた。

 医者ぐらい常駐させとけよ。フローレンス・ナイチンゲールに謝れ。

 

 

 * * *

 

 

 バーチェ達を呼びに行く時間も惜しかったので、クコロ嬢には申し訳ないが、服を脱がした。

 この状況下で被害女性の裸を見て欲情するヤツは死んでいい。

 打ち身や内出血に効く薬を彼女の身体に塗り、湿布を貼って包帯を巻いていく。

 応急手当を終え、ベッドに横たわる彼女に毛布をかけていると、うっすら彼女の目が開く。

 

「気がついた? クコロ」

「……ゆ、り……」

「無理に喋らないで。治療の邪魔だったから、服は脱がせてもらったよ。ごめんね」

 

 彼女は首を小さく左右に振る。

 治療所には、僕と彼女しかいない。

 

 彼女は、最初は小さく、やがて大きく、泣き始めた。

  

 武家貴族として生まれ、親に言われるがまま、愚直に鍛え上げてきた。

 一般的な女性が好む趣味すら捨てて、何千何万と素振りを繰り返してきた。

 彼女は彼女なりに努力を重ね、一歩ずつ技量を高めてきた。

 

 それを全て、一瞬で否定された。

 男との差を見せつけるように。強烈に刻み込むように。

 学校という場でなかったら、そのままレイプされてもおかしくはなかった。

 

 彼女の涙と、泣き声が止まらない。

 こういう時は、好きなだけ泣かせた方がいい。

 

 僕は前世では禁断の……今世ではそうでもない、女性の頭を撫でる行為を。

 クコロ嬢をいたわるように、優しく撫でようとして……()めた。

 

「ねぇ、聞いて、クコロ」

 

 彼女はしゃくりあげながら泣きつつも、僕の方を見る。

 

「僕はこのままクコロを撫でて慰めることもできるけど、君を強くすることもできる」

 

 彼女の前で巫山戯るように、右手をわきわきさせて。

 

「中央大陸中の武術を調査したんだけど、どうにも僕が望むものがなくてね。要は人間より体格が優れていて、筋肉もすごくて、俊敏性も段違いな、人間より格上の亜人やモンスターとの戦いを視野に入れた流派が無いんだ。仕方が無いから、僕自身がそういう目的の流派を創設するつもりだった。その名も『雷光流』。格好いいでしょ?」

 

 ウインク。彼女はぼんやりと、僕を見ている。

 

「『雷光流』の一番弟子……この場合は、最も優れた弟子って意味ね? その一番弟子候補としてクコロを誘うために、僕は今日の授業に出たんだ。だからまぁ、結果として僕はここにいるし、無事にクコロを治療できている。いや、こんな言葉は不要か。正直に言う。聞いて、クコロ」

 

 僕は真剣な瞳でクコロ嬢を見る。彼女の目も、まっすぐ僕を見ている。

 

「モーブ男爵令息を倒すには、クコロとの力量差がありすぎる。でも、寸止めの模擬戦ではなく、殺し合いの決闘……命を賭ける場での戦いで良いのなら。半年か、長くて一年。僕を信じてくれるのなら、クコロの剣をあいつの心臓に届かせることができる。男女間のどうしようもない戦力差は、そのまま人間と亜人の戦いなのだと思考を切り替えればいい。ただ、殺し合いに勝ってしまったのなら……退校は免れない。あいつの後ろ盾は、侯爵家だから」

 

 僕はもう一回、彼女の目の前で右手をわきわきさせる。

 

「クコロ、どっちがいい? 優しく撫でて、慰めて貰いたい? それとも、あいつを殺してでも勝ちたい?」

「両方」

「……両方かぁ……」

 

 僕は仕方なく、クコロ嬢を撫でる。彼女はくすぐったそうに受け入れる。

 彼女は撫でられながら、遠い目でこぼした。

 

「もし、あいつに勝てたら……」

「勝てたら?」

「一番弟子に、ご褒美はある?」

「もちろん。免許皆伝のお祝いだもの、師匠は弟子を褒めないとね」

「ふふっ。楽しみだなぁ……」

 

 貴族子女モードではない、素の彼女との会話。

 

「……大丈夫だよ。軍に入るのが、少し早まるだけだから……」

「そっか」

「ねぇ、ユーリ」

「なに?」

「私のお尻、柔らかかった?」

「……純粋な治療行為として、無罪を主張します」

「うふふっ。冗談。冗談だよ。『雷光流』、楽しみだなぁ……」 

 

 言いながら、彼女の目がとろんとしてくる。

 うん、とりあえず今の君は寝た方がいい。

 僕はペースト状の液体が入った瓶を、彼女の横に置く。

 

「これ、痛み止めに効く薬。スプーンでひとさじ。甘さも調整済み」

「ありが、と……」

「うん。おやすみ、クコロ」

 

 僕は仕事をサボっている治療所の担当を探すべく、教員室へと向かった。

 

 ああ、もう。本当に、うまくいかないなぁ……。

 

 

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