ふかふかダンジョンでエンジョイ&エキサイティング! 作:RAP
なんという、幻想的な光景だろうか。
額の中央に一本の角を生やした芦毛馬、美麗なる一角獣。
数々の物語の中に登場し、その美しさを褒め称えられる伝説のモンスター、ユニコーン。
そのユニコーンの背に、美しき少女が乗っている。
嬉しそうに微笑む少女の名は、ビケワ。
ビケワ・ハーベラ・セルヨーネ侯爵令嬢がユニコーンを操り、東アイギス草原を疾走させている。護衛の領兵達は離れた場所でそれを見守りつつ、涙すら流している。
開拓城壁都市アイギスと、東アイギスとの間にある平原地帯。
冒険者の案内に従い、護衛の領兵と共に訪れたそこで。
美しきユニコーンの集団と、セルヨーネ侯爵家遠征隊は無事に出会うことができたのだ。
大きいサイズの紙の束を抱えた私の、木炭を動かす手が止まらない。
パン屑で線を消す時間すら勿体ない。
『しょせん女の絵』と、性別だけで嘲笑されがちな私の絵だが。
今回に限っては、自分の性別に感謝しなければならない。
私が女性画家であるからこそ、今回の旅に同行を許されたのだから。
「あははっ! 素敵! なんて素敵なのかしら!」
両手を離して、それでも彼らは私を振り落とさないのよ、とアピールするビケワ様。
ひたすら無邪気に、嬉しそうに。
時にユニコーンの首に抱きついて、
まさに。まさに伝説の光景。
美しく駆けるユニコーンの背にのった美少女が、彼らに愛されているのがわかる。
愛されているからこそ、多少手荒な乗り方でも、彼らは笑って受け入れてくれているのだ。
止まらない。私の手が止まらない。
必死に木炭を走らせる。
ああ、もう。本当にもどかしい。
何枚だって。何枚だって描ける。
私の脳みそよ、この幻想的な景色を焼き付けろ!
そして、この視界に映る全てを、そっくりそのまま描き起こすのだ!
栄光が見える。きっとビケワ様は、私にとっての幸運の天使だ。
ビケワ様とユニコーンが戯れる姿が、大量に飾られた絵画展。
セルヨーネ侯爵家は喜んで出資してくれるだろう。
そして私の名前は、中央大陸中に広がるのだ。
「ユーリ様! もうすぐ! もうすぐあなたのビケワが、会いに行きます!」
ビケワ様は、本当に嬉しそうに。
「ユーリ様、ユーリ様、愛しの旦那様! きゃー!」
ビケワ様が笑う。護衛が笑う。私も笑う。
案内してくれた冒険者達だけが、肩をすくめて、それでも笑ってくれていた。
* * *
開拓城壁都市アイギスに帰還した私達は、高級食堂を貸し切って。
ビケワ様も、護衛の領兵も、冒険者達も、そして私も。
食べ放題、飲み放題の宴会をおこなった。
ラフスケッチを描きすぎて疲れていた私は、それでもにやけ顔が止まらなかった。
私が描いたラフをもとに、主線を入れて絵の具で色をつけるだけで。
『しょせん女の絵』と嘲笑されていた私は、奴らを見返すことができる。
個展! あこがれの個展!
皆が私の絵を見に来て、私を褒め称えるのだ!
悔しそうに歯がみする、私を罵倒した連中を見て!
私はにっこり笑顔で、連中に「お安くしますよ?」と私の絵を売りつけてやるんだ!
「あ、そうだ」
丁寧に肉を切り分けながら、礼儀正しく食事をしていたビケワ様が。
「あの子、欲しいわ。あの仔馬。いたでしょう?」
「いましたね」
私が答える。ビケワ様に一番甘えていた、あの仔馬。
「ねぇ、貴方達。依頼をしたら、受けてくれるのでしょう?」
「え、俺たちスか?」
案内をしてくれた冒険者達が答える。
「冒険者ギルド? っていうのを通さないと駄目かしら?」
「いえいえそんな事は無いッスよ、直接でOKッス」
むしろギルドに中抜きされちまう、と彼らは笑う。
みんな楽しそうに笑う。
「相場がわからないんだけど……金貨20枚(200万円)で足りるかしら?」
「金貨20枚!? 本当にいいんで?」
「いいの。セルヨーネ侯爵家が吝嗇だと思われたくないもの」
「あざッス! ユニコーンの仔馬の依頼、引き受けたッス!」
こりゃいい。流石お貴族様、ラクな商売だ。
冒険者達は、ほくそ笑む。
「私はここで待っていればいいのよね?」
「ええ、お嬢様は中央大陸に帰る準備でもしててください。お嬢様が明日の便で帰る頃には、ユニコーンの仔馬をお届けにあがります」
冒険者の一人が、ド下手なボウ・アンド・スクレープをしてみせる。
ビケワは思わず笑ってしまう。
「ふっ、ふふ、あなた、無理して貴族礼をしなくてもいいのよ?」
「おっ、ツボに入ったみたいッスね、お嬢様」
「でもありがとう。思ったより早く帰れて、幸せよ」
ビケワの脳裏に、完璧なボウ・アンド・スクレープが浮かび上がる。
脳裏の旦那様は、にっこり笑ってビケワだけに微笑んだ。
「うふふ、帰ったら婚約式だけど、もうそんなのどうでもいいわ。結婚式にしましょうって、お父様にお願いするの」
「『革命』の旦那様と、『伝説』のお嬢様! 絶対お似合いです!」
私が握りこぶしで力説する。
ビケワ様は、嬉しそうに。
「あら、それは違うわ? お嬢様ではなく、奥方様だから」
「ああ、もう! 酷いですビケワ様、そののろけ! わたしも彼氏が欲しい!」
「お? 俺なんかどうだい、姉ちゃん」
「……冒険者の方はちょっと……定期収入の方がいいです」
「あはは、そりゃしょうがねえ! 振られちまった!」
「あははは!」
みんなが笑う。楽しそうに笑う。
開拓城壁都市アイギスの夜はふけていく。
「本当に幸せ! 私、とっても幸せよ!」
ビケワ様の心からの言葉が、店内に響いた。
* * *
次の日、ビケワ様が中央大陸に戻ろうと。
開拓城壁都市アイギスから出て、冒険者達との待ち合わせ場所に向かおうとした、その瞬間。
私の目の前で、ビケワ様は。
東アイギス行きのキャラバン隊に、ずっと語り継がれるような。
そんな、永遠の伝説となられた。
私の周囲にいた領兵達はみんな彼らに轢かれて、地に倒れてうめき声をあげて。
私は私で、私が抱えていた紙の束ごと。
大量の返り血と、ビケワ様のどこの部位かもわからぬ肉片があちこちにこびりついて全身が真っ赤に染まり、飛んできた骨の破片すらあちこちに沢山刺さって
綺麗な瞳でじっとこちらを見据えるユニコーンの軍勢を前に、ただただへたりこんで。
涙やら小水やら、色々なものを垂れ流す選択肢しか、私には残されていなかった。