ふかふかダンジョンでエンジョイ&エキサイティング!   作:RAP

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第55話 原作開始前・雷切とビジョレ

 貴族学校の敷地の奥の方。

 セスレ、クコロ、バーチェ、アイリス、ミルヒ、カカオの6人を相手に、僕は雷光流の指導をしていた。当然、僕の二年生の必須科目の授業免除試験はRTAで終わり。

 

 セスレは学校卒業済みだが、暗黒大陸まではともかく将来的にダンジョンに連れていく気は無い。これは側室が別格なのもあるが、全ての嫁に生まれた子供を管理教育して貰いたい意向がある。暗黒大陸でのセスレにはせめてアイギスか、新設予定の港街のどちらかに常駐してもらうつもりだ。それでもある程度の自衛手段は必要だろうと、雷光流の指導を受けてもらっている。

 

「オサン流などは良い例だが、相手に当たりそうだから斬るとか、殴れそうだから殴るとか、そういう事を言う流派は多い。これは決してオサン流を貶めているわけではなく、相手に隙があるなら斬るのは当たり前の話だ。しかし雷光流の場合、考え方が少々変わってくる。雷光流は人と亜人とモンスターの全てを仮想敵としている以上、より多くの状況を想定しないといけない。例えば人間なら、隙の無い達人かもしれないし量産板金鎧(マスプロデュースド・プレートアーマー)などで全身を鎧で固めているかもしれない。亜人はただでさえ人間より強いのに、人間同様に知恵もあるし鎧をつけているし、武器に毒すら塗っている。モンスターは言わずもがな。相手によっては全長5mだの10mだの、よくわからないことになっている」

 

 僕は事前に用意しておいた木製のマネキンに、量産板金鎧(マスプロデュースド・プレートアーマー)を着せたものを皆の前に出す。コンコン、と鎧を軽く叩く。

 

「剣の達人とて、鎧を着た敵を相手にするのは難しい。鎧を着ている相手を迂闊に斬ると切れないし、鎧で滑って刃が立たない。じゃぁ鎧を斬れるぐらいの達人になれるかっていうと、無理だよね? 何もかも捨てて全ての生活を剣に捧げた世捨て人がごとき剣の達人を目指したとして、じゃあ鎧ごと相手を切断できる領域になるには何年かかる? 女性剣士でも同じことはできるの? 剣の達人が敵を一刀両断、小説みたいで格好いいよね。でも、相手が鎧を着ていないのならまだともかく、鎧を着た相手に一刀両断は少々無理がある。亜人相手もモンスター相手も同じこと。そして僕達には、悠長に何十年も剣の達人を目指す余裕は欠片もない。ならばどうすればいいのか」

 

 皆、静かに僕の話を聞いている。

 特にクコロの真剣さは物凄い。

 

「相手の隙を待つのではない。相手の隙をこちらから作り、究極的には相手から斬られにきてもらう。つまり雷光流の基本にして奥義は『触れて崩して斬る』。何事にも例外はあるから、状況や相手によっては触れずとも崩せるかもしれないが、今はそういうことは考えず、『触れて崩して斬る』が基本だと思ってくれていい」

 

 前世でいう、新陰流の手法。新陰流は、相手を斬る動作ではなく、相手を崩す。

 刀をメスに見立て、具足の隙間や、相手の大動脈を斬る甲冑戦術の思想。

 だから新陰流の刀は直刀に近い。中国拳法の剣も同じ。

 

「僕が刀と脇差しの二本を用意しているのは、距離に応じて使い分けるわけでも、予備として所持しているわけでもない。『触れて崩して斬る』ためのものさ」

 

 かの宮本武蔵の二天一流は、勘違いされやすい。

 腕力を鍛えた男が両手に刀を持ち、剛剣でぶった斬る二刀流と思われている。

 だが、違う。二天一流の本質は、一刀と合気の二刀流だ。

 二天一流の本質もまた、『触れて崩して斬る』なのだ。

 

「ここで『殴る』の話に戻る。雷光流の場合は、相手に隙ができたから殴るのではない。相手を崩した結果、相手との距離、自分と相手の体勢を考慮して『斬るより当身(あてみ)の方が効率が良い』と判断した時にそうする。いま、僕は殴るのではなく当身と称したが、雷光流の打撃に類する体術は拳や肘、肩、背中、どれも当身と呼称する。『相手の身に当てるから当身(あてみ)』という意味もあるが、『自分の身を当てるから当身(あてみ)』という意味もある。つまり打撃という行為は、突き詰めていくと体当たりと表現するのが一番わかりやすい」

 

 僕はわざと腕をふりかぶって殴りかかるモーションを皆に見せる。

 

「殴るからといって、腕力に頼って殴ろうとすると肩や全身が動いて『今からお前を殴る』というわかりやすい意思表示になる。今からお前を殴る! っていう思いが相手に伝わると、防御反射っていうんだけど、人間は相手の攻撃を察知して対応しようと脳みそが頑張るから、避けられたり反撃されたりする。だから腕で殴るのではなく、体当たりによって発生する力を相手に伝える時に……拳が最適だから拳で伝えた。肘が最適だから肘で伝えた。背中が最適だから背中で伝えた……と考えてもらった方が早いし、なにより技の起こりを消すことができる」

 

 鉄山靠(てつざんこう)も寸勁も勘違いされまくっている。

 背中を当てたいから背中で攻撃するのではなく、背中を当てるのが最適な位置関係と距離だから背中を当てるのが鉄山靠(てつざんこう)だ。

 肩を当てた方が早いなら肩を当てるし、そういう技もちゃんとある。

 動画で見る寸勁も、わかりやすい演出として手を伸ばした状態でやってみせる事が多い。()()()()()()()()。接触技法の距離において、相手を崩す際の当身や、攻撃を防ぎながら相手の部位を破壊するのに寸勁は使用される。

 

 僕は量産板金鎧(マスプロデュースド・プレートアーマー)の顔面部分に拳をそえる。

 

「最短で最適な伝え方をする。相手が鎧を着ている部分に伝えるのなら、鎧を通す伝え方をする。そこに距離は関係ない。例えばこれは零距離の当身」

 

 全身から発生した体当たりと加速の力を、拳から伝える。

 物凄い音がして、量産板金鎧(マスプロデュースド・プレートアーマー)の顔面部分がぐちゃぐちゃに破壊される。

 

「肩を動かさないから予備動作がわかりにくい。技の起こりを相手に伝えずに一方的に攻撃しつつ、最大効率のダメージを相手に与えることができる。……とはいえ、剣なり刀なりを持っているのなら、やっぱり斬った方が早い」

 

 僕は鎧の腕部分を持ち上げ、脇の下を見せる。

 

「鎧にはどうしても守れない部分がある。例えば今見せている脇の下。ここには腋窩(えきか)動脈という弱点がある。自分が剣を手にしているのなら、ここを斬れば相手は死ぬ。当身より楽で早い」

 

 鎧から手を離し、僕は左手を腰の刀に添える。

 

「剣、刀、槍。武器も同じ。技の起こりを消すのは当身と変わらない。例えば抜刀は腕で抜くのではなく、股関節で抜く」

 

 僕は内心で黒田鉄山インストールと加護にお願いしてから抜刀動作をする。

 技の起こりが一切無いまま、0.1秒以下で抜刀される。

 

「この抜刀動作は、僕だけじゃなくてバトさんもできる。誰にでもできる。()()()()

 

 抜刀の早さに、クコロの顔色が変わる。

 

「五点捕りも同じ。あれもパッと見は意味不明かもしれないけど、推手(すいしゅ)を練習してもらえれば必ず理解し、辿り着ける。あれができるようになると、媒体は手である必要性すらないとわかる。剣だろうが棒だろうが、要は相手に触れてさえいればどうとでもなるのだとわかってしまえば……クコロ、こっちに来て剣を抜いて」

 

 クコロにロングソードを抜いてもらい、右手で真正面に構えさせる。

 僕はクコロが構えた剣に、右手に持った刀を寝かせて添える。

 

「いい? みんなよく見て」

 

 添えた刀からロングソードを経由してクコロの情報を入手する。

 手、肘、肩、首、背骨、腰……いた。

 

 僕はクコロの仙骨をずらす。

 しっかり構えをとっていたはずのクコロが前によろめいた。

 右手の刀は剣の上をスライドさせ、そのままクコロの喉元に添える。

 左手はクコロの身体を支えて倒れすぎないように。

 

 結果として、自分から首を斬られにやってきたクコロの図が完成した。

 

「雷光流奥義・雷切(らいきり)

 

 合気捕りと呼称するのもなんだか味気ないので、戸次鑑連(立花道雪)の愛剣名をなんとなく採用。……雷光流的には、自傷技のネーミングになるかもしれないが無視。

 え? こんな事できるのかって? Youtubeを以下略!

 こんな奥義が動画で全世界公開されてる意味不明な前世だったよ!

 

 

 喉元に刀を添えられているというのに、クコロが興奮しているのがわかる。

 顔が語っている。

 ここだ。私の目指すべき場所は、ここだと。

 

「ねぇユーリ、滅茶苦茶怪しいんだけど? なんかやってる?」

「やってるけどやってませんー」

 

 クコロの体勢を戻していると、セスレがいちゃもんをつけてきた。

 セスレは雷光流をはじめたばかりだから、仕方が無いのだ。

 

「いやほら、クコロに裏でなんかお願いしてたり……」

「お願いしてませんー」

「ユーリ様の『メイド流護身術』は理にかなった大変わかりやすいものですが、雷光流は何がどうなっているのかさっぱりわからなくて……」

 

 バーチェが哀しそうな顔で告げる。

 

 まぁ、そうよね。一度見てしまえば、3Dモーションキャプチャーのように薙刀の型を暗記できる記憶力のバーチェでもさ。

 『作用点を相手の仙骨の内側に定め、手掌腱膜の収縮の力を伝えて崩す軽い当て身が雷切の正体です』と言ってもちんぷんかんぷんだろう。

 何しろ見てもよくわからないんだから。

 

「とりあえず、今日も套路(とうろ)をなぞってもらってから、みんなで推手(すいしゅ)を練習して……」

「ユーリ様」

 

 聞いたことはあるけど聞いたことのない声色。

 全く悪意が無かったので、接近にギリギリまで気づけなかった。

 

 僕は振り向いて、絶句した。

 

 

 * * *

 

 

 ソーコラ・テキト・モーブ男爵令息は、すぐにわかった。

 護衛とて、側付きが校内で帯剣を許されることはほぼ無い。

 今の僕達ですら、剣術の自習時間として帯剣の書類申請をしているぐらいだ。

 

 問題は、その後ろに立っている人物。

 たった今、僕に声をかけた人物。

 

 ニク=ドレ・ハーベラ・セルヨーネ侯爵が一子、ビジョレ・ハーベラ・セルヨーネ侯爵令息。

 ……の、はず。はずなんだけど。

 

 細身で美麗な金髪赤目のセミロングはそのままに。

 ビケワ・ハーベラ・セルヨーネ侯爵令嬢のドレスを着たビジョレが。

 女装というには生々しいほどに()()()()の。

 

 身長差もあるし、縦ロールでもない。

 立ち方、歩き方一つとっても、男と女では全く違う。

 

 なのに、彼の装いは。

 化粧だけでなく、その立ち方も。立ち振る舞いも、台詞の抑揚も。

 

 その全てが、ビケワ・ハーベラ・セルヨーネ侯爵令嬢、そのものだった。

 

「ビケワ嬢……いえ、ビジョレ・ハーベラ・セルヨーネ侯爵令息?」

「まあ! まあまあまあ!」

 

 ビジョレは、いつかのビケワ嬢のように驚いて。

 笑顔で一歩前に出ると。

 

「ビケワでよろしくてよ、ユーリ様!」

 

 綺麗なカーテシーで返される。

 

 

「……うっ……そでしょ?」

 

 かろうじてなんとか、セスレが声を絞り出す。

 女装の領域を越えた、完全なビケワ嬢のコピー。

 元が男性だし身長も違うから、そういう点に差違こそあれど。

 

 それ以外に瑕疵の無い、ビケワ嬢の雰囲気を纏ったビジョレがそこに居た。

 セスレの発言を聞いて、ビジョレはすまし顔で微笑む。

 

「セスレ・マイゴーノ・アドリ=ブヨーワ公爵令嬢」

「は、はい」

「側室ごときが、正妻より先に式を挙げようなどと。……烏滸(おこ)がましいとは、思いませんか?」

「えっ? えええっ?」

 

 ビジョレは左手の手袋を外して、セスレに投げつける。

 手袋はセスレの胸元に当たってから、ポトリと落ちた。

 

「決闘ですわ。()()()()()()()()()()()()()。私は代理人として、モーブ男爵令息を指名します」

 

 モーブ男爵令息は、心底くだらない茶番だとばかりにため息をつく。

 彼の目はあきらかに僕を見て、お前を斬りたかったという顔をしている。

 ……そうだよね。僕を斬ったら式とか挙げられないもんね。

 

 僕があまりの驚愕で動けずにいると、落ちた手袋を拾う人がいた。クコロだ。

 クコロは手袋を相手に見せつけながら、不敵に笑う。

 

「その決闘、クコロ・カンド・サンゼバー男爵令嬢が代理人を引き受けた」

 

 クコロの殺意。モーブ男爵令息はつまらなさそうに。

 

「出しゃばるな、雑魚が。決闘の意味をわかっているのか」

「公爵令嬢を害して公爵家に喧嘩を売るよりは、遙かにマシでしょう」

 

 クコロが手袋を投げつける。

 モーブ男爵令息が躱さなかったので、その手袋は彼の顔面に当たり、地面に落ちた。

 

「四肢を切り落として、泣き叫ぶお前を公衆の面前で犯してやろうか」

「役立たずのお前のモノを切り取って、その口にねじ込んで縫い合わせてやる」

「お前の尻を蹴るのではなく、子など産めぬ身体にするのも一興だな」

「顔も玉も棒も、全てぐしゃぐしゃにしてさしあげますわ、モーブ閣下」

 

 舌戦がはじまる中、ビケワなビジョレがにこやかに告げた。

 

「決闘は一週間後、場所はここで、時間も今にしましょう。よろしくて?」

「……わかった」

 

 なんとか僕が答えると、ビケワなビジョレは再度のカーテシー。

 

「それでは皆様、ごきげんよう!」

 

 

 * * *

 

 

 聖都の公爵家屋敷のリビング、最近のやすらぎ場所。

 

 改めて調べてみたが、ビケワ嬢の死は公表されていないどころではなく、死亡届自体が提出されていなかった。

 公爵家の調査パワーってすごいな、と思いつつも、僕はため息をつく。

 

「なんなんだ、一体……」

「ユーリ」

 

 クコロが声をかけてくる。僕はぼんやり、彼女の方を見る。

 

「多分、何かがはじまっていて、何かを仕掛けられている。私の頭は良くないから、全てはわからないけど。でも、一つだけわかるよ」

「クコロ?」

「一週間後の決闘。勝っても負けても私は排除される」

 

 模擬戦ではなく、決闘。

 正式な手順を踏まれおこなわれる、貴族同士の殺し合い。

 ……書類も完璧なので、誰にも止められない。

 

 クコロが負けた場合、決闘場で死ねればまだマシだ。

 四肢を切り落とされてレイプされたとて「反撃されるかもしれなかった」の一言で無かったことにされる。

 

 クコロが勝った場合、モーブ男爵令息は死ぬ。

 というより、寸止めなどしても相手は絶対に敗北を認めない。

 「寸止めに気がつかなかった」として、平然とクコロを殺そうとしてくる。

 だから()るしかないのだ。相手が動かなくなるまで。

 

 問題はその後だ。

 決闘とはいえ、モーブ男爵令息を殺した()()()()()()()()を、サンゼバー男爵は許さない。

 連合国軍の伝令兵、つまり女騎士への加入を早めて武家子女の名誉とさせるはずだ。

 

 僕が侯爵ならどうとでもできた。

 おたくの娘さんをくださいと、サンゼバー男爵に命じることすら出来た。

 

 でも今の僕は子爵令息の三男で、ハサマール家の庇護下にある。

 商家貴族と武家貴族の相性は悪い。貴族籍を抜いて妾がギリギリだろうか。

 

「公爵家も、何もできない。強引に何かすれば、横紙破りとして武家を舐めたと解釈される」

 

 セスレが静かにアイスティーを飲みながら続ける。

 

「バーチェをはじめとした平民出身の皆にも、何もできない。これは貴族の問題だから」

 

 なにか見えない手が、僕の首に伸びている。

 愛しているから殺したいのだと言わんばかりの手が、僕の首に。

 ……やれることを、やるしかない。

 

「クコロ。明日から特別メニューだ。徹底的に付き合う。今夜は採寸をしてくれ。僕用に用意していた当世具足(とうせいぐそく)という新型鎧を、クコロ用に仕立て直す。新しい刀は間に合わないだろうから……クコロが奥義・雷切(らいきり)の習得に成功したら雷光流の免許皆伝とみなし、僕の刀と脇差しを与える」

「そっか。それじゃあ、貸し二つ、だね」

 

 クコロは、ニカッと笑う。

 ピースサインのように、指を二本突きだして。

 

「免許皆伝をした一番弟子にご褒美で貸し一つ。決闘に勝ったご褒美でさらに貸し一つ……これはセスレじゃなくて、ユーリから取り立てるから、よろしくね?」

「二つかぁ……いいよ」

「商談成立!」

「みんな聞いてたね? 明日からしばらく、僕はクコロに付きっきりになる。料理長に命じて、クコロの食事用に肉と魚を多めに用意させてほしい」

 

 僕はなんとなく、腰のベルトを見た。

 

 ……まったくさ、モーブ男爵令息。予定が狂いまくりだよ。

 誰のために、わざわざ腰帯剣(ヤオダイジャン)を作ったと思ってるんだい?

 

 まぁ、安心しなよ、モーブ男爵令息。

 万に一つの勝ち目も無いほどに、クコロを仕上げるつもりだけれど。

 億に一つの勝ち目を掴んで、お前がクコロを殺したのなら。

 

 

 ――僕が念入りに、お前を殺してやる。

 

 

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