ふかふかダンジョンでエンジョイ&エキサイティング!   作:RAP

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第57話 原作開始前・日常の終焉

 

 クコロ・カンド・サンゼバー男爵令嬢は、決闘の代理人として貴族学校の生徒を殺した。

 ビケワ・ハーベラ・セルヨーネ侯爵令嬢の護衛として帯刀まで許されたソーコラ・テキト・モーブ男爵令息の死に対して、セルヨーネ侯爵家がなにかしら言ってくることでサンゼバー男爵令嬢が退校に追いやられるものだと、誰しもが思っていた。

 蓋を開ければ、セルヨーネ侯爵家は動かなかった。

 ただ静かに、サンゼバー男爵令嬢の退学届が提出され、受理された。

 

 風の噂では、男遊びの激しいふしだらな娘が、父親のわからない子を妊娠した状態で帰宅したため、サンゼバー男爵家は大騒ぎになったとかならないとか。

 真実は闇の中だが、サンゼバー男爵家は次女のことをひた隠しにし、誰にも言わず聞かれても答えないという。

 

 四月に発表された側室セスレとの結婚式は、十月におこなわれることになった。

 本来なら一年間準備にかけるところを半分の期間、しかも公爵家の格式。

 セスレも含めたアドリ=ブヨーワ公爵家と、僕の実家のハサマール子爵家は打ち合わせなどで滅茶苦茶忙しくなり。一方の僕は、セスレの髪と瞳のイメージに合わせた結婚式用の服の採寸が終わると特にやることが無かった。

 

 ニク=ドレ卿やビケワなビジョレに色々と思うことはあっても、現段階で直接害するようなことはできない。『ハーベラ領の事を知って欲しい』というニク=ドレ卿の申し出を断り切れず、ハーベラ領の巡察をしたりした。

 

 ……領兵の士気が異様に高い気がした。なんだったんだろう、アレは。

 

 ハーベラ領は綿花の栽培が盛んで、マイゴーノ領は海に面している土地がある。

 仮にも僕は侯爵家と公爵家の義理の息子なので、領地の勉強がてら適当な土地を研究開発用に使わせてもらおうと決意。 

 すぐに打診すると、両家とも快く承諾してくれた。

 

 

 * * *

 

 

 結婚式までに時間が出来たのと、色々と思うことがあって、研究を進めることにした。

 バトさんの出産の事を考えれば、病院ごと建設しても良いぐらいなのだけれど。

 

 マイゴーノ領の海沿いでソルベー法を試行することにより、200気圧さんの研究を進める。

 高圧空気ボンベの技術ツリーの壁をどうにか乗り越えたい。

 暗黒大陸に行く頃には、戦荷車(ウォーワゴン)に隠し武器として大型空気機関銃を仕込めるようにしたい。

 織津江パイセンが対ドラゴン用に開発した圧縮空気狙撃砲まで辿り着いておきたい。

 

 弓胎弓(ひごゆみ)とコンパウンドボウの開発はいい感じに成功していた。

 統合技術ツリーの先にある原作最強武器の一つ、大弓槍及び返らずの矢の開発に移行する。

 開発に成功すれば、個人用携帯弓はこれ一つあれば十分になる。

 

 ラケットメイス改は、開き直って少々大型化して、ラケットメイスモードと砲撃(カノン)モードと拘束(バインド)モードを切り替えられるようにした。

 火炎放射器とボーラシューターを内臓した魔改造ラケットメイス、略してレイジングハートである。中型盾をいちいち地面に落とすのは駄目だろうということで、腕に装着するタイプの小型バックラーに変更した。レイジングハートは大型化した分取り扱いが多少難しくなったが、小型バックラーとの組み合わせなら対弓矢などは問題ないそうだ。

 

 

 バトさんの妊娠と、セスレとの結婚予定をきっかけに女性のことを考えた。

 

 まず、前世型ブラジャーとショーツの開発。

 幾ら創世神の加護があって形が垂れなかろうと、ブラジャーとショーツのエロスには関係ない。

 ブラジャーワイヤーの製作にはセルロースナノファイバーの技術が応用できる。

 一般庶民にまで伝わるのはもっと先だとしても、せめて貴族層に広まるぐらいにしたい。

 若返りの秘薬と同時に売り込めば、より高値で売れるだろう。

 

 前世日本で初めて生まれた「アンネナプキン」を参考に、生理用ナプキンの研究に着手した。

 アンネナプキンは、脱脂綿とパルプ紙綿の組み合わせで作られている。

 ハーベラ領の綿花と、マイゴーノ領でのソルベー法で作ったソーダ灰を組み合わせて脱脂綿。

 パルプ紙綿の製作は、これもセルロースナノファイバーの製作技術が応用できる。

 

 前世と違って海の危険度が高く、またどれぐらい海綿が確保できるか不明だ。

 ゆえに海綿を生理用品として使うのは難易度が高いし、さらにいえばペッサリーの材料とも被る。下手をすれば一瞬で海綿が消え去ってしまうので、数年単位で流通量変化を見たい。

 

 ペニシリンや、天然痘ワクチンの開発は素直に諦めた。

 地味に注射器の開発難易度が高い。

 経口補水液でも十分チートの範疇だろう。

 

 この世界の人達は全裸で泳ぐのが普通だから、水着を作っても広まらないだろうな。

 プールの発想も無いから、内陸部は川で泳ぐしかないし。

 そんな呑気なことも考えた。

 

 ……この時はまだ、そういうことを考えていられた。

 公爵家方面で孕ませた女性も全員順調らしく、僕も心理的に余裕があった。

 

 裏で何が進行しているのか少しでも知っていれば、そんな余裕は無かっただろう。

 知ったら僕は血相を変えて武器を手に飛び出したはずだ。

 知らなかったから、呑気に色々研究していた。それだけの話だ。

 

 

 * * *

 

 

 夏が過ぎ初秋となり、バトさんのお腹も随分大きくなった。

 もうすぐセスレとの結婚式だが、バトさんは妊娠7~8ヶ月あたりだろうか?

 ミルヒとカカオは嬉しそうに、バトさんのお世話をしている。

 「時々こん子がお腹蹴ってくるから、わかるで?」と嬉しそうにバトさんは笑う。

 流石にこの状態のバトさんを動かせないので、結婚式には不参加だ。

 セスレ以外に、バーチェとアイリスが出るだけで結婚式は十分だろう。

 ミルヒとカカオも、綺麗な服を着て堅苦しい式に出て胃を痛めるよりは、幸せそうなバトさんをお世話していたいとのことで、留守番に回ってもらうことにした。

 行ってらっしゃい、楽しんできてねと三人が笑い。

 行ってきますと僕達が笑った。

 

 

 セスレとの結婚式は、ある意味面白かった。

 

 お腹が大きくなっている妊婦のオカサ夫人が、オットー卿と仲良く腕組みで出席。

 せっかくの娘の晴れ舞台だからと、もしもの為に医者まで同行させている。

 傍目には、娘が二人とも結婚してしまったので新しく子供を産んでしまったおしどり夫婦だ。

 出席している貴族の人達に色々な意味で祝福の声をかけられ、公爵夫妻はニコニコだった。

 

 さらには、同じようにお腹を膨らませたセスアーネ・ラーレ・タクラーン辺境伯夫人が、妹夫婦を祝うためにネイト・ラーレ・タクラーン辺境伯令息と共に出席。

 ネイト義兄さんは、心からの笑顔でセスアーネ義姉さんと仲良くしていらして、時折彼女のお腹をさすったりして大変幸せそうだった。

 めっちゃがっしりした体型の義兄は、前世ならフィットネスジムでトレーナーとして働きながらボディビル大会に出てそうな肉付き。マッチョメン!

 セスアーネ義姉さんは「落ち着いたらいつでも遊びに来てね」と、黒いチョーカーをつけたままで微笑んできた。姉夫婦の闇が深い。触れないでおこうと僕は思った。

 

 バーチェとアイリスの気合いが入った晴れ姿の美しさに、会場の男達は呆然としていた。

 実のところ、僕がただの無能だった場合、バーチェはノマカップ大兄の妾に、アイリスはネティル小兄の妾になると決まっていたらしい。

 バーチェもアイリスも凄い美人だから、僕達の妾になればそれはそれで嬉しかっただろうけれど、もしそうなってしまったらハサマール家に血の雨が降っていたかもしれなかったし、これはこれで良かったのだと思うよ、と僕の兄二人はしみじみと言った。実際僕もそう思う。ハサマール家には、晴れ時々血の雨が振るでしょう。ザムアーノ父様からは、お前が学校卒業後に侯爵になったら、ハサマール家は伯爵への陞爵を断る理由が無くなるとため息をつかれた。バーラ母様は、あなたを煽りすぎたわ、と後悔していた。知らんがな。

 

 そして、幸せな日常はそこまでだった。

 

 

 * * *

 

 

 結婚式の日は、アドリ=ブヨーワ公爵家の聖都屋敷の警備が最も薄くなる日でもあった。

 なにしろ公爵夫妻も姉夫婦も結婚式に出席しており、奥方二人は妊婦でもある以上、会場の警備は厳戒態勢でなければならない。

 

 結婚式を終え、今夜は初夜だとニタニタ笑っていたセスレを連れて。

 会場の後片付けを任せ、一足先に屋敷に戻った僕達が見たものは。

 

 血だまりに倒れて皆殺しにされている、数少ない留守番組の警備兵とメイド達の姿と。

 

 屋敷のどこにもいない、妊婦のバトさんと。

 同じくどこにもいない、ミルヒとカカオの双子。

 

 お腹の膨れたバトさんが、休んでいた痕跡はある。

 ミルヒとカカオが色々と世話をしていた痕跡もある。

 突然その三人だけを景色から取り除いたかのような。

 

 

 初夜どころではなくなり、必死に捜索をはじめた僕達だったが、全く手がかりが掴めず。

 全力の調査をはじめて一ヶ月が経過した頃、三つの速報が飛び込んできた。

 

 一つ。タレーメ領にて、大規模な森林火災が発生。

 一つ。タレーメ領にドラゴン襲来。街を一つ破壊し、なおもタレーメ領周辺に潜んでいる。

 

 一つ。冒険者ギルドから届いた、D級パーティ『鳴神(なるかみ)』に対する緊急指名依頼。

 依頼内容は、タレーメ領のドラゴン退治。期限は依頼書受領より一ヶ月以内。

 報酬欄には「ドラゴンの死体または入手部位の引き渡しをもって報酬となす」と書いてある。

 依頼人の名前には、グラス・タレーメ・マンセー子爵令嬢のサイン。

 何があったのかは知らないが、そのサインは震えていて。

 涙が何滴も落ちた痕跡だろうか、じんわりと文字が(にじ)んでいた。

 

 当然、ドラゴン退治だろうがなんだろうが、それは軍隊がやるべきものだ。

 そこを飛び越えて冒険者パーティに依頼なんて正気の沙汰ではない。

 しかもたかだかD級。依頼解決実績はたったの一件のみ。

 

 僕は、過去に自分が言った台詞を思い出す。

 『聞いてくれ、グラスちゃん。今回の件は、戦争だ。殺し合いなんだ』

 

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 * * *

 

 

 アドリ=ブヨーワ公爵家、聖都屋敷の応接室。

 

 緊急指名依頼を届けに来てくれた冒険者ギルドの聖都支部のお姉さんが、ソファで足を組んで真顔の僕を前に冷や汗をだらだら流している。

 当然依頼内容も知っているし、中身の無茶苦茶さも知っているのだろう。

 受付なのだから行ってこい、と上司に無茶ぶりでもされたのか。

 お姉さんの服装は、ギルドでよく見る受付のスーツ姿のままだ。

 

「……お姉さん。質問があります」

「はっ、はいぃ!」

 

 直立不動の敬礼で返すお姉さんに、とって喰いはしませんよと僕は告げる。

 

「ドラゴンの種類はわかりますか?」

 

 受付のお姉さんは、その質問に青ざめて。

 あーとかうーとか言ってから、覚悟を決めて。

 

「『虐殺王』シャイニングドラゴン、ですぅ……」

 

 よりによって。

 よりによって、あのクソ野郎を。

 僕達だけで、どうにかしろだって?

 

 どこか他の地からタレーメ領に誘導でもしましたか、軍務大臣閣下。

 それとも、過去に襲撃してきたドラゴンはまだタレーメ領周辺に棲息していると知っていたから、森林火災で呼びつけたのですか。

 

「くくっ」

「……くく?」

「うふふっ。あははっ。あーはっはっはっは!」

 

 出張してきただけの受付のお姉さんは、顔を引きつらせた。

 

 笑う。(わら)う。(わら)う。

 

 湧き上がる殺意と。

 受け取った殺意に。

 

 僕は、楽しくて、楽しくて、楽しくて。

 口角が上がったまま、戻らなかった。

 

 

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