ふかふかダンジョンでエンジョイ&エキサイティング! 作:RAP
クコロ・カンド・サンゼバー男爵令嬢が舞踏会を心底嫌悪している理由は、ダンスのために手を繋いですぐに理解できた。武家の子女として真面目に鍛錬しているから、掌は堅くなっているし、剣ダコもうっすら浮かんでいる。
舞踏会じゃなくて、武闘会に出たいんだね。
僕の視線が彼女の手を見ているのがわかったのか、クコロちゃんは顔を
ダンスの演奏がはじまる。
僕たちは両手を合わせ、腕を開き、密着し、ゆっくり踊りはじめる。
「世辞ではありませんよ、サンゼバー男爵令嬢。貴女は美しい」
「……だから、世辞など」
いらつきを吐き出される。不機嫌MAXだ。
だから、クコロちゃんの顔を見上げて、精一杯微笑む。
ダンスのエスコートも、優しくね。
「この手からは、貴女の真面目な性格がとてもよく伝わってきます。愚直に、何千、何万と素振りを繰り返しているとわかる――美しい」
彼女の目が大きく開かれる。
彼女の手を、
ぎゅっぎゅっ。
「貴女の中心線は綺麗に立っている。踊っていても、身体の軸が全くブレない。丁寧に鍛えられているとわかります――美しい」
彼女の頬が染まる。
僕の身体の動きに合わせて、蠱惑的な身体が揺れていく。
ターンの時に、わざと強めに回転した。
でも彼女は崩れない。重心が安定しているから。
「乗馬でしょうか? 腰も細く、下半身がお強い。サンゼバー男爵令嬢、貴女はもっと自信を持っていい。――惜しむらくは、」
「惜しむらくは?」
クコロちゃんの瞳が、まっすぐ僕を見つめている。
貴女は将来、亜人達に敗北し虜囚となり、陵辱され、孕み袋となり、やがて亜人の子を育て、魂すら人類の敵に回ることになる。それを『惜しい』と表現するのは、亜人側として生きると決意した貴女の信念を侮辱する言葉となるのも理解はしている。
でも、今の僕は病気猿的思考が抜けたわけじゃないから。
『惜しい』とも『勿体ない』とも感じちゃうんだ。
「……武家の男爵次女との婚姻を、商家子爵たるわたくしの両親は恐らく許さない」
「それは、その……惜しいですね。残念です」
嘘です。多分本気で望めば側室なら希望は通ります。言わないけど。
ダンスが終わり、ボウ・アンド・スクレープとカーテシーが向かい合う。
「夫にはなれぬやもしれませんが、友にはなれると思いますよ、サンゼバー男爵令嬢」
10歳同士の会話じゃねぇよなぁ。
でも貴族なんで。そういう教育されてるんで。
顔をあげてウインクすると、クコロちゃんは寂しそうに微笑む。
「クコロ、と。友であるのなら、そうお呼びください。呼び捨てで」
「ではわたくしの……いえ。僕のことは、ユーリ、と。呼び捨てで」
「はい、ユーリ。またいつか」
「はい、クコロ。またいずれ」
どうせ学校で会えると思う。知らんけど。
会場の端に用意されている豪奢なソファで、母上が座って休んでいた。
母上の隣に座り、テーブルに用意されているグラスエールをちびちび飲む。
……アルコール度数が低い。3%も無い、か?
10歳の自分的には、それでも十分だけど。
そして、アルコールを摂取しても母上は何も言わない。
アルコールは水扱いだからね。
僕は、ゆっくりと深く長いため息をつき、そっと天井を見上げた。
気疲れが半端ない。
「流石のあなたも疲れましたか? ユーリ」
「お披露目以降は、茶会への出席を解禁すると宣言したことを後悔しています」
「……あなたさえ良ければ、必要最小限の回数に抑えることはできますよ」
ちらりと横を見れば、母上がにこにこしている。
なんだろう? ご機嫌だな。
「どういうことです?」
「マンセー子爵より、ご息女であるグラス令嬢とあなたの婚約について改めて打診されました。踊っている時の、娘の笑顔が決め手だったそうですよ」
はぁ、そういうことか。
ソファに頭を預け、身体ごと沈ませる。
いわゆる、お行儀の悪い行為。
「……アイリスとバーチェの扱いは?」
「好きにしなさい、と言いたいところですが。あなたを動かすために、こう命じます」
続けて? と言わんばかりに、軽く頭を向けて、僕は母上を見やる、
「女の勉強として、抱くことまでは許しましょう。その先を望むのであれば、ハサマール家が彼女たちを購入した価格の三倍で二人を身請けしなさい。店舗に関しては、従業員として働くのなら給与は出します。それ以外、つまり、会社設立や商品開発など、資本金や運転資金諸々、お金が必要なこと全て、あなたが自力で全てどうにかしなさい。……ああ、婚約者との交流や学校関係の費用は全て家が負担するから、そこは何も気にせず結構」
「……父上はこのことを?」
「
過去に僕が言った台詞を口に出して、母上はくすくす笑う。
ほーん。そう来たのね。ほーん。
アイリスとバーチェの価格、恐らく日本円換算で億単位だな? それを三倍で買い戻せと。普通に下働きなんてしてたら永久に手が届かない。ハサマール子爵家の後継者にでもなれば話は別になるだろうけど。わかりやすく言い換えると、兄上達がアイリスとバーチェ達を妾にしようとしたら、今の僕はそれを阻止できない。目の前で発生するNTRを、指をくわえて見ているしかなくなる。五年もかけて、僕に彼女たちへの情を強く植え付けたくせに。
母上を見る目が、ジト目になる。
ふーん? そこまでする? そこまでしちゃうんだー。
小遣いとか貰ってないから自己資金ゼロですわよ。
何かが欲しいと思ったら全部揃う環境だし。
僕のジト目を受けて、母上は苦笑する。
「……あなたの教育費用、幾らかかったと思ってるのよ。仮にもウチは商家貴族なのよ?」
「あい・あい・まむ。質問が幾つか」
「伺いましょう」
姿勢を正した母上が、僕を見る。僕は無感情に見返す。
「グラス嬢以降の政略結婚は拒否して大丈夫?」
「あなたの兄達が無事に生きてさえいれば」
「未使用、または放棄地に類する土地の使用許可は?」
「面積に応じて費用を算出。当然前払い」
「資金融資に関しては?」
「担保となるものがあれば」
「ハサマール商会での素材買い取り、または商品販売の代理依頼」
「確実に売れると判断できるものであれば」
「陞爵しちゃっても大丈夫?」
「……っ、ええ、いいでしょう。その時は割り切ります」
「質問は以上です、母上」
テーブルに手を伸ばし、グラスエールを一気に飲み干した。
母上は悩ましげに、困った顔で僕を見てくる。
「1つだけ聞かせて、ユーリ。あなたはハサマール家を継ぎたいの?」
「いいえ」
視線を動かす。高位貴族や、王族達が集まって談話している方向をちらりと見やって。
「楽しめそうにも、興奮できそうもないので」
弓王ボーゲンの逸話を再現するルートがあまりに魅力的すぎて悩んでるような僕が、ハサマール家を継いでも意味が無い。
エンジョイ&エキサイティング!