ふかふかダンジョンでエンジョイ&エキサイティング!   作:RAP

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第60話 原作開始前・視察と準備

 

 タレーメ領の中でもっとも山寄り、森のそばにある街ニアフォ。

 ニアフォの街は今や半壊し、がれきの山と死体処理に奔走する兵士達、そして生き残ってしまった人々の嘆きで満ちあふれていた。

 

 血の残り香がうっすら漂う中、地図を片手に街中を歩いて行く。

 冬の山間部だけあって流石に冷える。

 僕、バーチェ、アイリス、セスレの四人は、ヤツが街に侵入する直前につけた、大きな草の凹みを発見する。

 

 恐竜のことには詳しくないが、足跡が丸いから竜脚類、だったか。

 それにしてもでかい凹みだ。80センチ大はある。

 ブラキオサウルスとかで1.5メートル以上の足跡だったか? この辺の記憶薄いなぁ。

 

「流石にでかいな。全高は5メートル位か? 全長は尻尾こみで15メートル以上……頭だけで僕並の大きさ、か」

「ユーリ様、スォームの死骸もあります」

 

 アイリスが蜂の死骸を持ってくる。でかい。

 セスレがため息をつく。

 

「……何コレ。こんなのが人を食いちぎろうとしてくるの?」

「神経毒もだし、卵も植え付けようとしてくるみたいだね」

 

 シャイニングドラゴンの蜂が神経毒を持っていて、筋肉麻痺に陥ってしまうのはわかるとして。

 蜂の幼虫の苗床になった被害者は恐怖で()()()()ってどういうこと?

 筋肉麻痺に至るほどの毒なら、通常は呼吸不全や心停止に至ってもおかしくはない。

 

 筋肉弛緩剤を用いたレイプ漫画に対して、医者が「それ呼吸できる?」と質問するようなもの。

 筋肉が麻痺してるのに、どうやって呼吸してどうやって絶叫してるのか、という疑問は湧く。

 そういや、アナフィラキシーショックも無いのかな?

 

「シャイニングドラゴンの伝承や、実際に戦った兵士達から聞いた話で僕達が()()()()()()()()()()()()()()()よりは、神経毒は弱いのかもしれない。即死するような強さでもないし、バジリスクのように完全に動けなくなるようなものでもない」

「比較対象が、バジリスクなのですか?」

「毒の強さとして単純に判断するのなら、ね」

 

 バーチェの疑問に答える。

 ヤバい毒ってマジで即死級だから、どうしてもそっちが比較対象になっちゃう。

 

「蜂毒は一般的に水に弱いと言われている。川などの水辺に誘導できればいいけど」

 

 なおシャイニングドラゴンの蜂毒が、一般的な蜂毒と同じ保証は全く無い。

 半壊したニアフォの街を振り返って、セスレが遠い目をする。

 

「沢山の命と引き換えに、例え一時的であれ、撃退させたタレーメ領の兵士に感謝ね」

「セスレ、聞いてくれ」

「なに?」

「恐らく、マイゴーノ領とハーベラ領に半々ずつ領兵を出して貰う流れになると思う。というか、そういう風に僕が話を持って行く。地図を見る限り、そんなに多くは配置できない。いいとこ実働100人、兵站抜きの数字でね。つまり50と50。この50を……マイゴーノ領の領兵を、セスレに率いて貰いたい」

「私が率いないといけない理由があるのね?」

「うん。実働50のうち10か20は重装馬を隠しておいて、重騎兵に移行できるようにしてほしい。最悪中の最悪に備えておきたい」

 

 僕は地図と景色を照らし合わせる。

 今僕達が立っているこの先に、もはや戦略的にそこしかないという空白の草原地帯がある。

 草原地帯の西には川。東には崖のように切り立った山。北には、恐らく今もヤツが隠れてる森。

 

 僕は遠眼鏡をとりだし、東を見る。

 バーチェに遠眼鏡をトス。

 東側の崖山の途中に見える、大きな岩を指さす。バーチェは遠眼鏡を覗き込む。

 

「バーチェ、あそこ。500メートルぐらい先の……あの大岩。見える?」

「はい、ユーリ様。見えます」

「試作品の狙撃砲は、地味に重い。バーチェの筋力や体力を考慮すると、滑車を使って輸送をアシストしたとしても二丁が限界だと思う。つまり二回だ。その二回のチャンスを、バーチェに任せたい。流石に試射は別の場所でやってもらうけど、当日は単独行動であそこの岩に狙撃砲を運んでもらって、隠れて狙撃してもらう」

「わかりました」

 

 シャイニングドラゴンの足跡を逆に辿るように、歩いて行く。

 中途半端な空白の草原地帯。

 そしてこの向こう側の森林に、今もヤツは隠れている。

 

「……思ったより、川まで距離があるな。いや、距離があるからこそ、逆に利用できると思えば」

 

 塹壕、盛り土、一夜城……どれも駄目だな。意味が無いか。

 もっと……もっとこう、罠には見えないが、罠となるものを。

 

「アイリス」

「はい、ユーリ様」

「一度仕掛けておびき寄せた後、この場所で二人きりで粘ることになると思う。そうならないように頑張るけれど、もしもの時は……僕と一緒に死んでくれ」

「はいっ、ユーリ様!」

 

 アイリスがあまりに元気に返事をするものだから、僕は苦笑する。

 セスレが肩をすくめる。

 

「顔に『羨ましい』って書いてあるわね、バーチェ?」

「はい、セスレ様。ユーリ様と共に死ねるのは、羨ましいです」

 

 僕は恥ずかしくなって、照れ顔で言う。

 

「……蜂からの防護服を作って戦うとかも考えたんだけどね。肝心の蜂の攻撃力がわからない。仮に防護服を作ったとしても、呼吸や視界のことを考えると色々と不利だし、なによりシャイニングドラゴンが撤退する可能性もある。ここは長袖で戦うぐらいで我慢して、あとはもう個人の技術でどうにかするしかない」

「ちゃんと領兵も使うんでしょ?」

「最初だけね。おびき寄せと、次の一撃だけ。下手に『来なくていい』とか言っちゃうと、逆に沢山来ちゃう恐れもあるから。……それならそれで、最初から数を指定して、山岳地帯だからと動員数を諦めてもらう方が早い」

「ハーベラの領兵が全く信用できないのに、用いざるを得ないってのが、むかつくわ」

 

 セスレがぷりぷり怒っている。

 

「来週は打ち合わせ。本番は……依頼書の最終期限日だ」

「ちゃんと私も抱いておいてよね?」

「……白い結婚のままなら、再婚もラクだろうに」

「ユーリじゃないけど、それこそ『知ったことか』よ」

「後悔するなよ、お姫様」

 

 下校時刻に仲良しグループが帰宅するかのようなノリだ。

 ここが戦場候補地とは思えない。

 

「おっ、柿じゃーん」

 

 改めて街の周辺を見渡せば、柿の木が多い。

 タレーメ領の山間部は柿の産地だったのか。

 柿の実の時期よりは多少遅いはずだが、寒さで少し遅れている?

 

「……まだ渋柿も残ってるのか」

 

 僕はなんとなく渋柿を一つもいで、持ち帰った。

 

 

 * * *

 

 

 ニアフォの街の生存者から希望者を募って、罠設置に協力してもらった。

 戦場予定地の西にある川沿いに、木枠を格子状に組み上げてもらう。

 1メートル角の空間を形作る大きさの枠が奥行き10個分、横に30個分ほど。

 格子状のマス目が300個分、しかも一つが1メートル角だから結構大がかりだ。

 高さは15cm程度。人間もドラゴンも、ひょいと軽く跨いで歩けちゃう。

 

 木枠の中に、鉄腕DASHで有名になった和製コンクリートこと三和土(たたき)を流し込んでいく。

 赤土や砂利に消石灰とにがりを混ぜて練ると、三和土(たたき)ができあがる。

 にがりはマイゴーノ領から全力輸送だ。札束ビンタ万歳、ってね。

 

 その上で、戦場予定地から川に向かった時に必ず通過するような場所を選んで、1メートル級の巨大なトラバサミを設置していく。

 格子枠の中にも、ランダムで適当に設置する。

 1メートル級のトラバサミなので、もちろん人間がかかったら即死する威力。かかればね?

 

 木枠にしろ、三和土(たたき)にしろ、トラバサミにしろ、全て単純作業なので、人海戦術によってかなりの早さで仕上がっていく。

 とはいうものの、見ている全員は何をやらされているのかと、首を傾げている。

 

「お貴族様、こりゃァ、罠なんですかい?」

 

 罠設置作業の休憩がてら、全体を眺めていた狩人が首を傾げて聞いてくる。

 僕はふふっと笑う。

 

「罠に見えないでしょう。本当は落とし穴のように穴を掘ってから、もっと小型化した格子状の鉄枠を蓋のように穴にかぶせるんです。テキサスゲートっていうんですけど、鹿とか猪がハマると一発の罠なんですよ」

「……ははぁ、なるほど。そりゃぁ、鹿や猪ならハマるでしょうな。でも、穴は掘ってないし、これは大きな枠をただ置いてるだけのものだ。肝心のドラゴン様に、効果はあるんですかい?」

「無いでしょうねぇ。人間より頭がいいらしいですから、どんな罠だって引っかかりませんよ」

「はあ。それなのに、罠を設置してるんで?」

「罠じゃないから設置してるんですよ」

「ははっ。お貴族様の考えることはわかんねぇや。まぁ、金が貰えるんならやりまさぁ」

「直接の復興ではないけれど、街にお金が落ちるんならってことで許してくださいよ」

 

 ははは、と二人で笑い合う。

 

 

 * * *

 

 

 ユーリと狩人が楽しそうに会話しているのが、遠目に見える。

 セスレとバーチェは、森の中でお花を摘んでいる友人を隠すように、二人並んで木のそばに立っている。女性二人がわざわざ見張りに立っているのだから、そういうことなのだろうと、作業員達も気を利かせて近寄らない。

 

 ユーリから見えないように、アイリスは木の裏で胃液を吐いていた。

 アイリスが悪阻に苦しんでいるのをユーリから隠して、バーチェとセスレは声をかける。

 

「……本当によろしいのですか、アイリス。あんなに願っていた家族ではありませんか」

「今なら、ユーリだって作戦行動から貴女を外すわ」

「いいのです」

 

 アイリスはハンカチで口を拭い、証拠隠滅とばかりに捨てる。

 

「死ぬ時は一緒だと、ユーリ様が望んでくださいましたので」

 

 心の底から羨ましいと思い、バーチェは唇を嚙む。

 ただでさえバーチェは、ずっと避妊をしているのだ。

 

「ごめんなさい、セスレ様、バーチェ姉様。でも、こればかりは譲れないんです」

「わかってるわ。全部取りでいきましょ」

 

 セスレは微笑む。

 

「みんな助けて、みんな生き延びて、敵なんて皆殺しにすればいいのよ」

「なんと今なら、おまけにドラゴンスレイヤーの称号までついてきます」

 

 バーチェの珍しい冗談に、セスレとアイリスは笑った。

 

 

 * * *

 

 

「兵站を除いた実働兵を50人ずつ、か」

 

 ソファに座っているオットー卿が、腕組みをして唸る。

 ここはタレーメ領のマンセー子爵本邸の応接室。

 マンセー子爵家の本邸を、僕達『鳴神(なるかみ)』と侯爵軍、公爵軍の合同待機所に使わせて貰っている。

 子爵をはじめとした子爵家の兵士は大半が死ぬか大怪我を負っていて、動こうにも動けない。

 

「思ったよりは広いが思ったよりは狭い、というのが現地の感想です。山岳地帯と、兵站の限界ですね。ニアフォは街規模の大きさとはいえ、普段は馬車が行き来できればそれで十分だったんでしょう。ゆえに、実働100を二つで割って互いの軍に担当してもらう。さらにいえば、互いの領兵に協力してもらうのは最初のおびき寄せと、初手の一撃のみ。基本的には僕達『鳴神(なるかみ)』が先陣を維持し、主たる戦いを担当します。後は僕達が駄目そうな時か、あるいはもう一押しでどうにかできそうな時、その状況を加味した上で、僕達ごと弓で射るかドラゴンを集中して射るかどうかを判断してください」

「……先陣といっても、君たちはたった三人じゃないか」

「初手に協力後、状況を加味して支援の判断。承りましたわ」

 

 心配そうなオットー卿に対し、扇を口元に携えたビジョレが、ビケワ姿で答える。

 オットー卿が公爵軍のトップなら、ビジョレは侯爵軍のトップだ。

 ゆえにビジョレはソファに座り、トップ三人での打ち合わせに参加している。

 ニク=ドレ卿は、本格的な冬を前に動きの鈍った亜人達を討伐すべく、聖王国軍の指揮を執っている……らしい。

 どうでもいい。今は聖王国軍のことを調べている余裕も、構っている余裕もない。

 

「……本当に、マンセー子爵家側の費用負担は無しでよろしいのですか、ユーリ様」

 

 話を聞きながらずっと下を向いていたグラスちゃん。

 目の下のクマが濃く、疲労が全く抜けていない。不眠不休で、孤軍奮闘しているのだろう。

 そして様々な状況が『ユーリ君』と僕を呼ぶことを許さない。

 僕も『グラスちゃん』と彼女を呼ぶことを許されない。

 あくまでも、親しい友人が限界。特に名目上の婚約者ビジョレが同席している、この場では。

 

「はい、グラス嬢。マンセー子爵家に限らず、侯爵軍、公爵軍、今回の作戦にかかる全ての費用を僕の『鳴神(なるかみ)』名義で負担します。報酬としてドラゴンの死体を全て頂けるとのこと、これ以上の誉れはありますまい」

 

 僕はニッコリ笑顔で、グラスちゃんに告げる。

 オットー卿は困り顔で頭をかく。

 

「もはや費用の問題では、ないと思うのだがね」

「何も問題はありませんわ、アドリ=ブヨーワ公爵。冒険者パーティ『鳴神(なるかみ)』にマンセー子爵令嬢から指名依頼があり、それをパーティリーダーであるユーリ様が受諾なされた。お心の広いユーリ様は領軍すら動かし、全ての軍費を負担なされるという宣言すらしました。ドラゴンの死体がどれほどの価値になるかは存じませんが、ドラゴンの売却額を考慮してもなお、個人負担とは思えぬ相当額の出費となることでしょう。嗚呼、なんという英雄譚。美しい物語ではございませんか。それほどまでに愛されているマンセー子爵令嬢が、羨ましゅうございます」

 

 ビジョレは答えると、立ち上がってカーテシーをした。

 

「それではまた、作戦当日にお会いしましょう。幸運を(Godspeed)

「……幸運を(Godspeed)

幸運を(Godspeed)

 

 オットー卿と僕も立ち上がり、揃って簡易貴族礼をとる。

 ビジョレが去るのを眺めながら、オットー卿は言う。

 

「まだ新婚なんだ。娘を未亡人にはしないでくれよ」

「おおせのままに、パパ上……あだっ」

「パパの呼び名は娘にしか許さん」

 

 穴兄弟(ブラザー)よりはいいじゃんかよう。

 軽く殴られた頭をさすりながら、僕は苦笑した。

 

 決戦の日は、確実に近づきつつあった。

 

 

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