ふかふかダンジョンでエンジョイ&エキサイティング! 作:RAP
小さな滝を落ちた先は洞窟型になっており、緩やかな水流と小さなカーブ状になっていた。
そのおかげで、僕とアイリスは川縁に流れ着くことができた。
流れ着くことはできたが、目は見えないし右手首から先の感覚が無い。
しかし川の水のおかげで蜂毒が弱まったのか、少しだけ身体が動く。
毒と卵を植え付けられた感覚があったのは、右の首筋。
右僧帽筋のあたりから鎖骨の上を通って右大胸筋鎖骨部へ移動中……か?
僕は震える左手で脇差しを抜き、右胸に添える。
意を決して右胸に刃を突き刺し、切り開く。血しぶきの感覚。
……身体の中を食い荒らそうとしていた蛆虫を刺し殺し、脇差しと共に投げ捨てる。
脇差しが地面に落ちる音。
生まれたばかりの癖に大きな蛆虫がびちびちと跳ねる音。
アイリスの呼吸音が聞こえる。まだ、彼女は生きている。
身体に力がうまく入らない。それでも、移動が必要だ。
せめて少しでも奥へ。右手首は激痛を越えて既に痛みはない。
だが新しくできた右胸の傷は、削られた体内の肉と共に痛みの危険信号を発している。
アイリスを抱き寄せる。
ずるり、ずるりと岩肌の上を這っていく。
髪や服から垂れた水滴が、岩肌を濡らしていく。
岩壁を椅子代わりに、寄りかかって座る。
気を失ったままのアイリスを僕の膝枕……腿枕?に。
少しでも体力を回復させるべく、呼吸を整えようと努力する。
前世の僕が死んだ後の原作最新話で、ジャン君は剣を着火させる炎の剣を使用した。
それはまさに光の剣として、白面金毛を驚かせるに至った。
わざわざ創世神が、その情報を僕にインプットしてきたから知っている。
だから、まあ。なんていうか。
その程度の力だけでも引き出すことができればと願い、光の剣をイメージして力を掴んだ。
……紅い炎のイメージなら良かったのか?
確かにそれは、光の剣かもしれないけどさ!
というか、禁忌はこういう、強大なエネルギーの発生をさせないためのものだ。
あのノリで長時間、強いエネルギーを顕現させ続けていたら、今頃「シロミミズリュウモドキ(仮)」が僕達の目の前にこんにちはしていたかもしれない。
逆の発想ならどうだろう。
ゼロとか、マイナス方向の。
かつん。かつん。
洞窟に相応しくないヒール音が、反響する。
「ああ、やはり。おられましたか、ユーリ様」
ビケワなビジョレの声と同時に、クロスボウの発射音。
回避もへったくれもあったものではない。
僕の左肩に、深々と
「……復讐かい? ビジョレ」
なんとか、どうにか、かろうじて。
僕の喉は、音声を紡ぎ出すことができた。
返事がわりに、クロスボウのレバーを引く音が聞こえる。
「見事な指揮だった。まさか、あのタイミングで撃ってくるとは」
クロスボウの発射音。
アイリスを避けてはくれたが、僕の右腿を的確に岩肌に縫い止めた。
僕の左肩と右腿が動かなくなる。
「『初手に協力後、状況を加味して支援の判断』。蜂の毒でユーリ様が動けなくなったので、作戦前の指示通りに撃った。……それだけの話ですわ」
「全ては、軍務大臣閣下の絵図面かい?」
ビジョレの靴が、僕の顔面に回し蹴りをたたき込んだ。
縫い止められた左肩の
「失敬な。わたしの独断ですわ。全部」
ヒールのつま先が、僕の顎先をクイと持ち上げる。
「あの人がしてくれたのは、精々が領兵の忠誠心をそのままに預けてくれた、それだけ。あの人は、私よりも母上よりも……ユーリ様といかにして一つになるか、そればかり」
「一つになるなら、僕は女の人がいいんだけどなぁ」
「あら?」
ヒールのつま先が、僕の顎先を上下させて遊んでいる。
「わたしはビケワとなった際に、女になりましたから。お望みなら、お相手できましてよ?」
「えぇ……おぶっ」
どすり、とつま先が僕の胸に蹴り込まれる。
「旦那様と結ばれたいという、愛しき妻のささやかな願いではありませんか」
クロスボウのレバーを引く音。
反響音から、セットされたクロスボウが僕の額を狙っているとわかる。
「ユーリ様ッ!」
バーチェの叫び声。ビジョレの意識が逸れる。
僕はズボンのポケットに左手を突っ込む。
クロスボウがバーチェに向かって放たれる。命中音。
バーチェが脚を引きずる音。負傷しているのか?
だがその足取りは、確実に僕達の方に向かっているとわかる。
僕は現状の自分にできる限りの優しい声で微笑んだ。
「ねぇ、
「えっ?」
そんな優しい声かけをされると思っていなかったビジョレが、思わず振り向く。
僕は左手の
「あうぐっ!?」
運がいい。ビジョレの左目に鉄釘が刺さり、ビジョレが顔面を押さえる。
クロスボウで身体を射られながらも、バーチェが必死に移動する音。
傷めていない脚を軸足に、傷めている足での跳び蹴り。
ビジョレのクロスボウを狙った跳び蹴りは成功し、彼の手から弾き飛ばされる。
「う、ぐううう! おのれッ!」
バーチェは蹴りの後、すかさず太股のベルトからナイフを取り出す。
ビジョレは予備の
ナイフを構えたバーチェは、何もかもを引き換えにしてビジョレに突進する。
撃てども刺せども斬れども止まらぬ。
的を追い、外さぬ肉の誘導弾と化し、死ぬまで殺すまで組み付き斬る、生身の特攻機。
散るが定めと、生き死に越えたる境地が成し得る『桜花の剣』。
だがこれは、原作一巻のゴブリンではない。
手にしているのもティーチ教官の剣ではなく、暗器としての小さなナイフ。
相手は女装しているだけで、体格や骨、筋肉も含めて紛れもない男だ。
女の細腕では、肋骨でナイフが止まる可能性すらある。
バーチェは、雷光流の『触れて崩して斬る』がまだわからない。
武家のクコロが身につけた術理も、バーチェにはさっぱりわからなかった。
だが、わからなかったからこそ。
ユーリの発言を全て記憶し、彼女なりに雷光流に向かい合ってきたからこそ。
『打撃という行為は、突き詰めていくと体当たりと表現するのが一番わかりやすい』
『雷光流は剣や槍など、手にして戦う武器は全て手の延長とみなして扱う』
女性の細腕の力のみで刺すのではなく。
腕の力は、体当たりの勢い全てを支え伝える為のものとして。
バーチェのナイフが肋骨を貫通し、深々とビジョレの胸に突き刺さる。
だが死なない。ビジョレを殺しきれない。
ビジョレは発狂さながらに、バーチェの首や脇、背中に
何度も、何度も、何度も。
身体中を激しく突かれ、大量の血を流しながら、それでもバーチェはビジョレにナイフを押し込んでいく。
「……しゃがめっ、バーチェ!」
僕の叫びに、バーチェは崩れ落ちるかの勢いでしゃがみこむ。
手にした血塗れの
僕のベルトに偽装された、ぐにゃぐにゃの。
カラリパヤットの武器ウルミがごとく、鞭のようにしなる剣。
ヨルムンガンドという物語で「ペラペラに薄い日本刀ですよぉ!」と感動されていたそれ。
ビジョレの首は、八割が切断され。
物凄い勢いで、血が噴き出し始めた。
何かを言おうと口がパクパクしていたが、聞こえるわけもなく。
やがてビジョレは、ビケワのドレスを真っ赤に染めながら倒れ、動かなくなった。
* * *
「ユーリ、様」
四つん這いのまま、バーチェがよろよろと近づいてくる。
首も脇も背中も、何度も刺されたバーチェは血塗れだ。
そもそも身体にクロスボウボルトが刺さったまま。
色々と無理を重ねたのか、片脚も動かせていない。両手と片膝だけで移動している。
僕は、右腿に刺さった
案の定、右腿から大量に血が溢れはじめて止まらない。
こういう時は抜いちゃいけないとは聞いていたけど、知ったことか。
「……馬鹿だなぁ、バーチェ。おいで……」
限界なのか、バーチェが僕の身体に飛び込むように倒れ込んだ。
僕はバトさんにいつもそうされていたように。
バーチェの顔を、左手でぺたぺたと触った。
……ああ、これは。
バトさんが好きなのも、わかるなぁ。
僕の血でバーチェの顔を染めているのも同然のぺたぺたなのに。
顎を撫でられてご機嫌の猫がごとく、バーチェは微笑を浮かべている。
うん、これは。公衆の面前でのディープキスも同然だよ。
ぴくり、とアイリスの指先が動き。
ゆっくりと顔を上げたと思ったら。
ずるずると這って、僕の膝枕をなんとか確保して。
うにゃうにゃと口を歪ませて、幸せそうにしはじめた。
「僕の死につきあってくれてありがとう、アイリス。ありがとう、バーチェ」
僕はアイリスの頭を左手で撫でる。
……ああ、後頭部が酷いな。焼けたり、破片で傷ついたり、ぐちゃぐちゃだ。
撫でる気はないけど、背中はもっと酷そうだ。
アイリスの頬を撫でると、アイリスが僕の左手を握ってくる。
こんなに小さな手で、頑張ってくれたんだね。
アイリスは僕の手を握ったまま、口を開いた。
「うん、いいよ、うにょうにょさん。それが多分、一番いいと思う」
「……アイリス?」
「驚かないでくださいね、ユーリ様」
アイリスは僕の手に頬ずりしてから、黙り込む。
暫くの沈黙のあと、ソレはアイリスの声でおもむろに話し始めた。
「オトモダチたるアイリスの音声信号を使用し、代表として頭脳階級がゴシュジンサマのユーリに伝える」
「……頭脳階級、だって?」
僕は混乱する。
「いや、そんな、まさか。だってアイリスの身体は温かいし、走れるし、火だって」
「我々はオトモダチのアイリスと共生関係にある。一部を間借りしているに過ぎない」
「共生!? 共生……ああ、そうか、だから……線が、繋がる」
「可愛いの毀損について、オトモダチのアイリスと研究していた。幾年も共生していく中で、我々は我々なりに『愛』という感情を理解するに至った」
「ユーリ様、これは……一体?」
バーチェが驚きの声をあげる。
僕は答える。
「アイリスの言う、うにょうにょさんは……僕達で言うところの、スライムだ」
「スライム……!?」
「話を続ける、ゴシュジンサマのユーリ。我々はいま『愛に殉じてアイリスと共に死ぬ派』と『アイリスが見たかった世界を見る為に生き続ける派』に別れている」
「……随分進化したんだな。人間以外が殉死を選ぶなんて話は、はじめて聞いた」
「どちらにせよ、生存派に立ちはだかっている問題を解決する必要がある。そしてこれは相談ではなく、通達なのだと先に言っておく」
「待ってくれ、何をしようとしている?」
「簡単な話だ。いま、四つの命が失われようとしている。二つの命を使い、二つの命を補う。ゴシュジンサマのユーリと、ネエサマのバーチェを助ける」
「四つ? 四つだって? 一つ足りないじゃないか!」
「ユーリ様」
直感でわかってしまうが、わかりたくない。
バーチェが顔をしかめる。
「アイリスは、妊娠しています……」
「……あれは!? あの死体、ビジョレの身体はっ」
「ゴシュジンサマのユーリも、ネエサマのバーチェも、血と体温が足りない。それを補うのにアレを使う。アイリスとアイリスの子供、二つの命と肉を材料として修復を実行する」
「待て、待ってくれ、スラッ」
アイリスの妊娠の件をはじめて知って動揺し、僕は大混乱に陥った。
そんな僕の唇を、僕の頭を引き寄せたアイリスが塞ぐ。
僕の口から、何かがするりと侵入してくるのがわかる。
アイリスはしばらく僕とのキスを続けてから、にっこり微笑んだ。
「これで、私達はずっと家族です。『安心』しましたか? ユーリ様」
「……奥義なんて、使わなくても」
涙が溢れて、止まらない。
「アイリスはずっと、僕の家族だよ」
「バーチェ姉様」
「はい」
「ユーリ様を、よろしくお願いします」
「わかりました、アイリス」
バーチェも泣いている。
「我々の半分はオトモダチのアイリスに殉じるが、半分はお前達の身体に残る。ゴシュジンサマのユーリ、うまく使ってアイリスの分まで生き延びろ」
「舐めんなよ馬鹿野郎」
僕は泣きながら笑う。
「俺TUEEEにも程がある」
「オレツエエ? それは知らない概念だ。研究のしがいがある」
一度目を閉じたアイリスが、再び目を開いて。
「最期に、一つだけ」
「なんだい、アイリス」
「聖教会での体験会。聖女様のお話。聖典の言葉。ずっと考えていました。私は果たして人なのか、魔物なのかと」
バーチェが歯がみする。
「……不正に人を模した邪悪な魔物は……妊婦・幼児・赤子に至るまで、一切の容赦なく……主の正義の名のもとに、殺害し、地上から駆逐せよ……」
とてもありがたい聖典のお言葉。
「ユーリ様、バーチェ姉様。同じ悩みを抱えさせてしまうこと、ごめんなさい」
「いいんだ。いいんだよ、アイリス。些細なことだ」
僕はバーチェとアイリスに。
アイリスは、僕とバーチェに。
バーチェは、僕とアイリスに。
各々が各々に寄り添い、抱き合い、少しでも近づこうとする。
「少し前までの僕なら『それがどうした』って言っていたんだけどね。でもこれは他人の言葉で、僕の言葉じゃない」
銀英伝のアッテンボロー。いいキャラだよね。
「最近の僕は、どうもこの言葉が気に入ってるようなんだ。だから、その言葉を言うよ」
「ふふっ、アレですね、ユーリ様」
「なんかセスレ様にも
バーチェとアイリスが苦笑する。
せーの。
「「「知ったことか」」」
三人で楽しく笑ったあと。
血を流しすぎていた僕達は、静かに意識を失った。