ふかふかダンジョンでエンジョイ&エキサイティング!   作:RAP

64 / 153
人気の高いニク=ドレ卿の再登場です。


第64話 原作開始前・答え合わせ

 

 その必要があると判断したなら、領兵を皆殺しにしてでもニク=ドレ卿のところに辿り着く。

 ハーベラ領に辿り着くまでは、そんな想いに満ちあふれていたのだけれど。

 ハーベラ領の関所において、若い関所番にこんな事を言われてしまった。

 

「愛息のユーリ様が関をお通りになられる際は、『無事だ』と伝えるよう厳命されております」

「……愛息、ねぇ?」

「必ず『愛息』をつけるように、との最優先命令です」

「最優先にするところ間違えてねぇかな……」

 

 僕が馬車内でため息をつくと、若い関所番が姿勢を正した。

 

「私の父を含め閣下に殉ずると決意した者は、全員がビジョレ坊ちゃまに同行いたしました。今ハーベラ領にいる領兵は、愛息のユーリ様が御力を示していただければ以後は愛息のユーリ様に従うと決めている者達です。できますれば領兵の命は取らず、治る程度の怪我にとどめておいていただければ幸いです」

「閣下に殉ずる、か……そんな連中でもなきゃ、ドラゴン相手に立ち回ろうとかしないよねぇ」

「ハーベラ領は閣下に手を差し伸べられた領民で満ちており、領兵もまた同様に、閣下の指示に命を救われた者が多いのです。閣下がお出しになった『愛息のユーリ様を素通しせよ』という指示に対し、命令違反をしても構わないと思う者が多い程に」

「貴方はどうします? 僕と一戦やりますか?」

「御力を試させていただこうと思っておりましたが、そう思った瞬間に潰されるとわかりました。どうぞお通り下さい、愛息のユーリ様」

「……貴方は関所番とかやってていい人材じゃないから、もし代替わりするような事になったら隊長格としてこき使うからよろしくね?」

「ご随意になされませ」

 

 アレだな。名将と言われる歴史上の人物達の部下だ。

 死者を最小限に抑え、最大の戦果をもぎ取る。

 例え自分が死んでも、自軍に勝利をもたらしてくれると信じているから命を託す。

 ハーベラ領軍は、そういう人達が多すぎるのだろう。

 

 関所番にひらひらと手を振り、僕達は関所を通過する。

 この馬車内は、僕とセスレとバーチェだけだ。

 馬車の外の風景を眺めながら、セスレが遠い目をする。

 

「素通し指示に対して、命令違反をしてでも閣下を護る、だって。ニク=ドレ卿は愛されてるわねェ……」

「……手加減、苦手なんだよなぁ」

 

 僕は頭を抱える。

 古武術って壊すか殺すかを突き詰めているから、手加減が難しいのだ。

 『とりあえず剣を持つ指を斬り落としておくね』『大動脈斬っとくね』『急所刺しとくね』。

 この世界の創世神がこだわる『即時無力化』ではなくて。

 『相手を壊しちゃえばそのうち死ぬからそれでよくない?』という思想です。

 

量産板金鎧(マスプロデュースド・プレートアーマー)、だっけ? それをつけてるから大丈夫なんじゃないの?」

「逆だよセスレ。鎧をつけてるからこそ余計に手加減が難しいんだ。鎧がなくても手加減は難しいんだけど」

「どっちも駄目じゃない」

「ですよねー」

 

 竹水筒を開けて、ちびちびと水分補給をしていたエルフ耳のバーチェが呟く。

 

「最終的に怪我が完治すれば良いのだと考えるのはどうでしょうか?」

「うげ。それヤバくない?」

「おっ。染まってきたねぇバーチェ」

 

 ストレス溜まってるし、それもいいかなぁ……?

 

「腕の二本や三本ぐらい、許して貰えるよね」

「腕は三本無いんだけど……?」

「三本目の足よりはマシでしょ」

「……三本目の足?」

 

 しばらく考えて顔を真っ赤にしたセスレに、僕はどつかれた。

 

 

 * * *

 

 

 前世の僕は、エロ漫画家さんの『商業化の初単行本』を買うのが好きだった。

 基本的にエロ漫画なんて性癖や絵柄の好みに沿うのを買うのが当たり前だけど、商業化の初単行本はその作家さんが必死にデビューするまでの思いや、単行本の分量が溜まるまで懸命にあーでもないこーでもないと考えた全力の(へき)が詰まった物語が濃縮されている率が高くて、僕はそういう濃縮された想いを見るのが大好きだった。

 もちろん色々なパターンがあるから、必ずしも初単行本が良いわけではない。2~3冊出してから開花する人や、出版社と担当が変わってから化ける人も沢山いる。とはいえ、それでも僕は『商業化の初単行本』を読むのが好きだった。

 きい神の『放課後バニラ』、響樹はじめ神の『少女ポルノ』、堀出井靖水神の『父と娘の性愛白書』、小岩エータ神の『睡眠姦淫』、えーとそれから以下略。

 

 何故こんな話をするかというと、僕は宮本武蔵の『五輪書』より『兵道鏡』の方が好きなのだ。

 

 待って欲しい。エロ漫画から宮本武蔵に突然話が飛んだからといって通報はしないでほしい。

 これは実は繋がっている話なんだ。僕はまだ狂ってない。眼鏡っ娘は大好きです。離して下さい刑事さんッ!

 

 話の前置きとして、前世で僕が学んでいた古武術から説明しないといけない。 

 明治5年(1872)頃、山東新十郎清武という人が熊本県で道場を開き、二天一流と楊心流柔術を教え始めたが、明治10年に閉場した。何故閉場したかというと、明治10年(1877)の西南戦争の折り、山東新十郎清武は西郷軍に加わって戦うことにしたからである。この西南戦争の際、政府軍をブッ殺しすぎて我に返った山東新十郎清武の弟子の一人が九州から関東のド田舎にまで逃亡し、そしらぬ振りで二天一流と楊心流柔術をひとまとめにして西南戦争で閃いた技や術理を追加して勝手に創流した道場を開設したのが僕の学んでいた古武術道場の起こりだ。

 つまり、剣の方は二天一流ベースなので宮本武蔵。無手の楊心流柔術の方はなんと三国志の曹操にまで遡る。……と、師匠や兄弟子達は必死に言い張っていた。宮本武蔵はまだともかく、曹操じゃなくて曹操の家臣ってWikipediaに書いてあったんだけど? マジで超うさんくさい。武術は金にならないから、必死にお金にしようとしたんだね、わかるよ。だが許さん。開祖どん、敵前逃亡は介錯しもす! 合掌ばい!

 

 この「宮本武蔵・二天一流・五輪書」っていう三つの単語は、武術に興味が無い人でも知っている人が多いぐらいに知名度が高い、と思う。でも、ここで悲しい現実が襲いかかる。

 宮本武蔵もお金を稼いで生きていかないといけなかったから、色々しがらみがあったわけですよ。かの有名な『五輪書』(ペンネーム新免武蔵守・藤原玄信)には、実は多少の政治的配慮が混ざっている。晩年の宮本武蔵が、熊本藩主の細川忠利に客分として招かれて兵法書を書くように命じられたからこそ『五輪書』は生まれたんだけど、問題はその細川忠利が柳生新陰流の印可を受けていたこと。『五輪書』は柳生宗矩の『兵法家伝書』、つまり柳生新陰流の影響を受けた上で配慮して書かれてるわけです。

 

 そこでイラストも描けてフィギュアも作れる多芸な宮本武蔵クンの初同人誌『兵道鏡』の紹介です。24才の宮本武蔵クンが、熱い情熱(パトス)をそのままに勢いで想いを書き散らした名著。二天一流を名乗る前、23才で吉岡一門との三度に渡る決闘に勝利した興奮のままに円明流を創流し、その勢いで翌年に『兵道鏡』を書き、情熱(パトス)が溢れすぎて二年後に増補改訂版『兵道鏡 ver.2』を出したぐらいの熱い想いです。シャッター前壁サーだったのか、島端サークルだったのかは不明です。当時のコミックマーケットの資料が残っていることに期待しましょう。

 

 余談だけど柳生新陰流は、柳生宗厳が「(ケツ)をすぼむる」、柳生宗矩が「(ケツ)を張る」、柳生十兵衛三厳が「(ケツ)をすぼめたるよりは張りたる(のが俺の好み)」と三世代に渡って(ケツ)について熱く語っている。要は肛門を締めると仙骨が締まって、連動して背骨が立って重心がぶれなくなるという意味なんだけど、武術は秘伝を隠さないといけないので凄くわかりにくい言い方をする。そして指導役の説明も遠回しで意味不明なものが連綿と受け継がれていたりする。その最たるものが柳生新陰流の基本にして奥義の「エマす」だ。明確な動作定義が存在しないため、感覚的に解釈するしかない言葉「エマす」。「エマす」ってなんだよ(ぶち切れ)。『十兵衛ちゃん ~ラブリー眼帯の秘密~』の主人公、菜ノ花自由ちゃんは常日頃から肛門を締める鍛錬をしてるからアナルが凄い。略して「エマす」とか、そういう意味にしようよ。その方が絶対わかりやすい。

 

 

 話が明後日にそれた。ごめん、何の話をしてたっけ。

 そうそう。前世の僕のベース、日本刀と脇差し(小太刀)の二刀流こと二天一流。

 正確には一刀と合気の二刀なんだけど、そこまで知ってる人は少ない。

 異世界だから僕が雷光流としてパクるけどいいよね? 返事は聞いてない。

 

 いやそうじゃなくて。

 ニク=ドレ卿の原点とか、僕と一つになりたいとはどういうことなのか、とか。

 幾ら考えても本気で全然わからなかったので。

 せめて僕ぐらいは原点に返るか、と今世で二刀流を解禁することにしたのだ。

 一応、ハーベラ領の兵士達への僕なりの誠意で、情熱(パトス)のつもりだ。

 

 

 * * *

 

 

「愛息のユーリ様。閣下への命令違反ではございますが、御力を試させていただくご無礼、どうかお許し下さい」

 

 セルヨーネ侯爵家の本邸を囲う壁、その入り口たる門。

 量産板金鎧(マスプロデュースド・プレートアーマー)をつけた領兵達が本邸への道の両側に並んでいる。

 代表のリーダー格っぽいおっちゃんが、まさしく騎士とばかりに一礼をしてみせた。

 

「……手加減は苦手だ。命を惜しむ者は、ここから去れとは言わないが静かに見ていてくれ」

「代表して三名を一人ずつでよろしゅうございますか」

「その三名全員、まとめてかかって来い」

 

 僕はそう言って、二刀を引き抜く。

 二天一流は五法の構えと言って、上段・中段・下段・右脇構・左脇構と五種類の形がある。

 だが僕は、その五法のどれでもない構えをとった。

 

 二天一流における上段の構えは、左刀を傾けて正中を護りつつ、右刀を頭の横で立てる形だ。

 この姿勢に相対するだけで、相手はどうやって入ればいいのかわからなくなる。

 僕がとった構えは、そこからさらに極端に変形したもの。

 左刀を右脇の下で水平に。右手は頭の横だが、右刀の切っ先は背中に隠した形。

 

「では遠慮無く」

 

 そう言って、量産板金鎧(マスプロデュースド・プレートアーマー)の三人がロングソードを抜き放つ。

 

「雷光流宗家、ユーリ・アイダ・ハサマール。参る」

 

 三人が、じわじわと僕の周囲に回り込む。

 冒険者的表現をするなら、前右(まえみぎ)左方(ひだほー)左後(ひだあと)だ。

 傍目から見た僕は『右から斬るよ』という構えなので、相手の配置が左寄りになった。

 

 三人同時に、振り下ろし、斬りあげ、突き(見えなくてもわかるよ)をしてきた。

 

 膝抜きから右斜め前へ移動。同時に左刀を、前右の兵士の剣に当てる。

 仙骨を崩してよろめいた所を右刀で右から斬り、顔面装甲(スカル)を斬り飛ばす。

 前右の兵士の左頬から鼻にかけて紅い筋が走る。

 前右がよろめいたせいで、左方との間に前右が入ってしまい壁となる。

 

 運足により半回転しながら前右の兵士の足の間に右足をいれつつ、左後からの突きを回避。

 同時に身を沈ませて勁を足から肩に。(カオ)により前右の兵士を左方の兵士に向かって吹き飛ばす。

 右足を足の間に入れていたので、前右兵士は重心を崩して倒れ込むように吹き飛んだ。

 

 左後、今や前左となった兵士が踏み込みながら振り下ろしてくる。

 右刀を下から振り上げ、自分は沈ませた身を立たせ右刀を相手の剣の腹にそっと当てるように。

 合気ではなく、太極拳の化勁の技法で剣のベクトルを真横に逸らす。

 踏み込みながら左刀で前左兵士の右脇を右に薙ぐ……ように、わざと鎧の部分を斬る。

 

「大動脈切断、死亡!」

 

 そう告げながら、挙げた右刀の切っ先を背中に回す。

 この時、僕の構えは()()()()()()()()

 すなわち、左刀を右脇の下で水平に。右手は頭の横だが、右刀の切っ先は背中に隠した形。

 

 最初に左方に居た兵士は、前右に居た兵士の下敷きとなり起き上がれずにいる。

 これは鎧が重いせいもある。僕は下段の構えに変更しながら近づく。

 下敷きになっている兵士の右肘を折る振りでその真横を踏みつけ、右刀を彼の顔面装甲(スカル)の真下に捻じ込むように。

 

「死亡判定で……いいよね?」

「……参りました、愛息のユーリ様」

 

 下敷きになっていた兵士は、息を荒げながら顔面装甲(スカル)をあげ、言う。

 僕の(カオ)を受けた兵士は気絶している。

 

「代替わりしたとして、最初の命令は『愛息の』という最優先命令を解除することになりそうだ」

 

 僕は苦笑しながら納刀する。

 

「これ以上立ちはだかる者は、問答無用で斬り捨てる。覚悟せよ」

「閣下がお待ちです。愛息のユーリ様に、会いたがっておられました」

「知ってる」

 

 僕はセスレとバーチェのみを供に、セルヨーネ侯爵家の本邸へと歩き出した。

 

 

 * * *

 

 

 セルヨーネ侯爵家、本邸の応接室。

 僕達が足を踏み入れると、目を疑う光景がそこにあった。

 

 まず見えたのは、ゆったりとした綺麗なドレスを着ているバトさん。

 ソファに座って、真剣な顔で静かに何かの飲み物を飲んでいる。

 次に、社交デビューでもするかのようなドレスを着たミルヒとカカオ。

 困り顔で、ちょこんとソファに座っている。

 

 壁の端には、以前のようにメイドさんが一人。

 

 銀髪の赤ん坊……女の子? を優しく胸に抱いた、島田流家元……じゃなくて。

 ニク=ドレ卿の奥さん? が、ご機嫌の鼻歌を赤子に聴かせている。

 

 そして。

 高位貴族で、位人臣(くらいじんしん)を極めた軍務大臣にして憂国烈士。

 ニク=ドレ・ハーベラ・セルヨーネ侯爵が。

 デレデレのだらしない顔で、べろべろばー、と顔芸をしている。

 銀髪の赤子は、それを見て嬉しそうにキャッキャと笑っている。

 

 僕達の入室に気がつくと、ニク=ドレ卿は恥ずかしそうに振り返って。

 CV:井上和彦なイケボで、挨拶をしてくる。

 

「やあ、やあ、やあ。待っていたよ、ユーリ君。あの子は本懐を遂げたのかい?」

「やだ、あなた。先に私を紹介してくださらないと」

「ああ、そうだった。すまないね。ユーリ君、私の妻のミーナだ」

「ミーナですわ。カーテシーは省略させてくださいませ」

 

 ……なんでこんなにテンション高いんだ。

 僕は懐から、ビジョレが使っていた扇を取り出す。

 ゆっくりと歩み寄って、テーブルに扇を縦に立てるように置く。

 立てた扇を、人差し指で押さえながら。

 

「ビジョレ……ビケワ? まぁどっちでもいいか。彼はこれ以上ない、最高のタイミングで裏切ってくれました。おかげで僕は死にかけたし、大切な家族も失いました。色々と思うところがあり、義父上(ちちうえ)にはこの世から永遠に蟄居していただこうと罷り越した次第です」

「うん、うん。()()()()()()()()()。思いのほか、答え合わせの準備に時間がかかってしまってね。孫娘をこの手に抱くこともできたし、結果が楽しみで仕方が無い」

 

 ……話が噛み合ってない気がする。

 僕は人差し指を離す。扇が倒れる。

 

「僕の話、ちゃんと伝わってますか?」

「問題ないとも、ユーリ君! いや、せっかく義父上(ちちうえ)と呼んでもらったのだから、ここはやはり愛息と呼ばせていただこうか」

「愛息! いいわねぇ。私もミーナって気軽に呼んでちょうだいね、愛息のユーリ君!」

 

 何言ってんだこの島田流家元。

 

「無事ですか、バトさん。来るのが遅れてすみません」

「……ウチは大丈夫やで。ミルヒも、カカオも。大切にされとる」

 

 バトさんは、僕の方が大丈夫ではないような言い方をした。

 なんだろう?

 

「愛息のユーリ君を動かすためとはいえ、ビジョレが本当にすまないことをした。ここから彼女達を出せなかった事以外、なに一つ不自由はさせていないから安心したまえ。というか、こうでもしないと初孫を抱く前に私の首を刎ねられそうだと思い直してね。これはこれでいいかと、ビジョレの無茶を受け入れることにしたんだ」

 

 そう言いながら、ニク=ドレ卿は懐から何枚かの折りたたまれた紙を取り出す。

 

「これはビケワの死亡届。これはビジョレの死亡届。二人とも事故死にしてある。これは私の死亡届と、ユーリ君に侯爵を相続するための書類。ああ、私の死亡原因は空欄にしてある。あと念のために、ミーナの死亡届も用意させてもらったよ」

「まぁ、あなた。嬉しいわ!」

 

 そう言って、ミーナ夫人は銀髪の赤子を深く抱き寄せ、ほっぺにキスをする。

 

「……随分用意がいいじゃないか。お望み通りに――」

 

 僕が左手で刀の鯉口を切ると、ニク=ドレ卿は笑う。

 

「いや、いや、いや。君の娘に、血を見せるのはまだ早いと思わないかい? それに、まだ答え合わせが済んでいない。私がどれだけ愛息のユーリ君のことを思い続けてきたのか、どこまで君と一つになれたのか。その答え合わせのためになら、私は喜んでこの首を差し出そう」

「ああ、その件。ビジョレも言っていた。僕と一つになりたいとかなんとか。生憎と僕はノーマルなんでね、抱くのも抱かれるのも男はお断りだ」

「違う。違うよ、愛息のユーリ君。それでは君と一つになれない」

 

 暗く濁った瞳で、ニク=ドレ卿はメイドに「アレを」と告げる。

 メイドは一礼してから、超高級そうなワインを運んでくる。

 

「賭けをしよう、愛息のユーリ君。私が賭けに勝ったら、私は二つ貰おう。初孫の命名権と、病死の権利だ。その時は勝利の報酬として思い残すことなく、このワインを飲むよ。……ああ、初孫を変な名前にはしないよ? 君と一つになるということは、君をずっと愛し続けて、君をずっと壊し続けるということだ。君達を照らす希望で、私達を照らす希望の子供。ヒカリちゃん、とかどうかな? これでも妻と一生懸命、良い名前をと考えたんだ。ヒカリ、ヒカリと君たちが子供の名を呼ぶ度に、私のことを思い出して貰えたら……ああ、それを想うだけで達してしまいそうだ」

「……何言ってんだ。狂ったアンタにこれ以上付き合うつもりは無い」

「待ちぃ。待ちぃ、ユーリ」

 

 真顔のバトさんが、僕を止める。

 

「賭けにのった方がエエ。()()()()()()()でコイツが出した答えをユーリが見られるんは、多分、ずっと、遙かにマシや。子供の名前も、普通に呑めるまともな奴やしな……」

「バトさん……?」

 

 バトさんは首を左右に振る。

 

「言えへん。ウチが見たもんをユーリに話した瞬間に、夫人は躊躇なしにあの子の首をへし折る」

 

 ミーナ夫人は、銀髪の赤子の頭を笑顔で優しく撫でている。

 ……クソが。

 

「賭けを受けてくれるのなら、誓う、と言って欲しい。勝っても負けても私は死ぬのだから、安心したまえよ。無能なビケワも、無能なビジョレもどうでもいい。無能極まりない私が、愛らしい顔立ちで有能なユーリ君の心に永遠に残ることができるかどうか、私が気にかけているのはもはやそれだけなのだから!」

「……誓う」

「素晴らしい! さあ、さあ、さあ! そうと決まれば、早速答え合わせをしようじゃないか!」

「はい、いきましょうねぇ~。ふふふっ」

 

 赤子を抱きかかえたまま、ミーナ夫人が立ち上がる。

 僕は叫びたくなったが、必死に声をおさえる。

 

「……何の答えだよ。何を知りたいってんだよ」

「来たまえ。地下に用意してある。歩きながら話そうじゃないか」

 

 嬉しそうに、ニク=ドレ卿はノリノリで踊りながら歩き始める。

 映画『パルプ・フィクション』で、ジョン・トラボルタがレストランでダンスした時のように。

 その後ろを、超高級ワインを抱えたメイドと、僕の子を抱いたミーナ夫人がついていく。

 残った僕達は、仕方なく彼らの後をついていった。

 

 

 * * *

 

 

 隠し扉を抜け、隠し階段を降りながら、ニク=ドレ卿は語っていく。

 

「はじめてユーリ君に会った時のことだ。今でも鮮明に思い返せる。君は『革命』という力で、聖王国どころか中央大陸の全てを愛せるのだと証明した。本当に衝撃だったよ。それだけでもユーリ君を欲しくなって、横紙破りまでしてしまったというのに」

 

 はぁ……と、遠距離恋愛の相手を想うかのようなため息をついて。

 

「この屋敷で、ユーリ君と再会し、二人で話したあの時……私はわかったんだ。君は世界を愛するだけでなく、その気になれば世界を壊せてしまうのだと!」

 

 んんん~! 両手の握りこぶしを、嬉しそうに震わせる!

 

「私は本当に不器用でね。誰かを愛すると壊してしまうんだ。だから、世界を愛しながらも壊せてしまうユーリ君を愛息とできることに、改めて感動したんだ。嬉しかった……ビジョレもビケワも、育て方を間違えてしまったから。横紙破りをしたのは大正解だったと、心の底から感じたよ。愛息のユーリ君、キミは本当にセルヨーネ侯爵家の全てを受け継ぐに相応しい」

 

 ニク=ドレ卿は自分の身体を抱きしめて、悲しそうに語る。

 

「だからこそ……だからこそ。ユーリ君はどうやって世界を壊すのだろうと考えてしまったんだ。明らかに、意図的に……かくあれかしという強靱な意志のみで、禁忌を使わず、どうやって世界を壊す!?」

 

 ぞくり。背筋を悪寒が伝う。

 

「考えた。本当に考えた。この答えを得ることができれば、私はユーリ君と一つになれると思ったんだ。愛息のユーリ君がしたことを可能な限り調べ、ユーリ君になりきって……考えて、考えて、考え続けたんだ」

 

 それさえわかれば、ビジョレもビケワもミーナも領民も聖王国も、どうでも良かったんだ。

 そう呟いて、大きな扉の前でニク=ドレ卿は立ち止まる。

 指示すら無いのに、メイドはグラスにワインを注ぎはじめる。

 

「さあ、答え合わせをしよう。これが扉の鍵だ。もうこの瞬間から、この家も、ハーベラ領も、ミーナの命も、領民も。全てがキミのものだ、愛息のユーリ君」

 

 ニク=ドレ卿は僕に鍵を手渡す。

 同時に、ワイングラスを手に取り。

 さあ。いつでも開けてお入りよ、という仕草をしてみせる。

 

 僕はミーナ夫人が愛しそうに抱く銀髪の赤子をちらりと見てから。

 鍵穴に鍵を差し込み、そして。

 ゆっくりと、扉を開けていく。

 

 

 * * *

 

 

 セルヨーネ侯爵家の地下室は、少し前までは妾達を愛して壊す場所だった。

 奇跡的に子供ができれば出産できるように、清潔な分娩室まで用意されていた。

 でも、今はもう違う。

 ユーリの為だけに、念入りに時間をかけて準備をされ、綺麗にされたそこは。

 

「……ニク=ドレ卿。いや、()()()()()()()()

「なんだい?」

「あんたの勝ちだ。飲むなら早く飲んでくれ。でないと僕は、子供の前だろうがなんだろうが……その首をいますぐ刎ねてしまうよ」

「ふっ。ふふっ。それは良かった。無能な私でも、最後の最後に正解できた」

 

 ニク=ドレ卿は、入り口そばに設置されている長椅子……この地下室を一望できると計算されて置かれたその場所に座ると。

 仁王立ちで地下室を睥睨(へいげい)するユーリの姿を肴に、笑顔で毒杯を呷った。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()。私はずっと君を愛して、壊し続けよう。永遠(とわ)なる想いを、(ヒカリ)に篭めて」

 

 

 ユーリの目の前。

 セルヨーネ侯爵家の、広い地下室には。

 

 芸術家が全てのそれに、完璧で美麗なポーズをとらせたような。

 

 地下室を埋め尽くさんばかりに沢山の。

 

 美しいハルピュイアの剥製の数々が、美術館のように展示されていた。

 

 

 皮肉なことに、『革命』の資本金となり、中央大陸の全ての人口を増やすきっかけとなった、あの美少女ハルピュイアの剥製が。

 ユーリの真正面で、ユーリを見るように、ユーリに微笑んでいた。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。