ふかふかダンジョンでエンジョイ&エキサイティング! 作:RAP
聖都、セルヨーネ侯爵屋敷のリビング。
学校でカスメを抱くという生徒会長の仕事を終え、先にひとっ風呂浴びてから。
夕食を味わった後のまったりタイム。
僕は自分の愛娘ヒカリを胸に抱いて、幸せな気分に浸っていた。
バトさんの赤ちゃん時代を銀髪にしたら、ヒカリになるかな?
首も据わってきて、よく笑うようになった。
前世では子供を作れなかったので、今でも信じられない気分というか。
何度見ても、何度抱いても。ふんわりしていて、実感が湧かない。
夢の中にいるかのような。
でも感触はちゃんとあって。
確かにヒカリはバトさん似だけど、僕に似た特徴も確かにあって。
えっ? ヒカリの名付け親?
すいません、なんのことだかさっぱり……ちょっとやめてもらえます?
ヒカリの名は僕とバトさんで一生懸命考えたんですよ!
「お父さんが抱くと子供が泣いちゃうなんて話を聞いてたから。笑ってくれてなによりだよ」
「そのうち嫌がられるようになるかもしれんで? パパと一緒に下着洗わんといてー、とかな」
バトさんのニヤニヤ笑いに、何かが心に刺さる。
「ハグとかキスを受けてくれるうちはいいと思うんですけど」
「『お父さんお口くさーい』(甲高い声)」
ミルヒとカカオの口撃。僕は死にかけた。
致命傷である。声が震えて青ざめる。
「や、やめ……やめて、お願い……」
「そうだ、ユーリ。サンゼバー家から、ようやく返事の手紙が来てたわよ」
セスレの台詞に、気を取り直す。
ヒカリをバトさんに戻して。
「見る見る。随分返事が遅かったなぁ?」
「これでようやく、クコロと合流かぁ……」
セスレも感慨深そうだ。
子爵令息時代はハサマール家の意向がどうしても絡むから、クコロを妾に迎えることすら難しかった。でも、今は。正式に侯爵になった今なら、以前セスレに言われたように、男爵令嬢のクコロを側室に迎えようとする僕の意向は誰にも邪魔できない。
なので侯爵を継いですぐ、サンゼバー男爵家に「クコロ・カンド・サンゼバー男爵令嬢を侯爵家の側室に迎えたいのでよろしくお願いします(内容の大意)」という手紙を出していたのだ。
ただ、返事が来るのが異様に遅かった。
直接サンゼバー男爵家に乗り込んでやろうかと何度も考えたぐらいには。
「もしかしたら。もしかしたら……ヒカリの弟か妹が、産まれているかもしれないんだ」
封蝋印をされた手紙を受け取りながら、僕はもう片方の手で指を折っていく。
もし命中していたなら、丁度今頃は出産前か、出産直後か。
「クコロが決闘をしたあの日に……うん、まぁ。クコロを抱いたからさ……」
「「「いやいやいや」」」
恥ずかしそうに告白した僕だったが。
聞いてた全員が、手を左右に振った。
「みんな気づいとったらしいで? 着替え用の狭い部屋で二人きり、飯も食わんと朝まで籠もっとったんやろ? みんなでかわりばんこに何度か様子を見に行っとったらしいけど、クコロのあえぎ声が凄すぎて、みんな顔を真っ赤にして帰ってくるしかなかったって聞いたでぇ」
「あれは……ちょっと、ねぇ? 声かけらんなかったわよ」
バトさんが嬉しそうにニヒヒと笑い、セスレが照れる。
ミルヒとカカオも思い出したのか、顔を真っ赤にする。
おうお前等、ベッドで鳴かすどオラァン!?
バーチェがおずおずと、ペーパーナイフを渡してくれる。
「あの、ユーリ様、やはり……声があると男の人は嬉しいのでしょうか」
「うんバーチェ、今はその話題はやめようか」
バーチェは声を出すのが恥ずかしくて恥ずかしくて、色々我慢しちゃうけど結局静かに声が漏れちゃうタイプなので、僕の大好物です。
いやそんな話は今はいい。
僕はナイフでさっと手紙を開封する。
サンゼバー男爵家の封蝋印がついた正式な手紙なので、僕しか開封を許されていないのだ。
手紙を読んで、もう一回読んで、一回閉じて、もう一回開いて読んだ。
『クコロ・カンド・サンゼバー男爵令嬢なるふしだらな者は、激しい男遊びの末に父のわからぬ子を成すという武家にあるまじき行いをし子細も申さぬので、当家を勘当とした。よってクコロなる者は当家におらず、貴家と婚姻関係を結ぶことはできない。新興にして雲上人なる貴家との繋がりもわからぬゆえ、今後の当家との付き合いも遠慮願いたく候(内容の大意)』
「なんだァ? てめェ……」
ユーリ、キレた!
僕から手紙を奪うように受け取って読んだセスレが、その太眉をひそめる。
「えっ? なにこれ、ちょっと……」
手紙が回されていく。読んだ全員が、怪訝な顔になっていく。
内容を説明されたバトさんも、困り顔になる。
「北に……暗黒大陸に、行ったのかも。女騎士として」
もしや原作ルートなのか?
僕は唸る。
女騎士、しかも指揮官級になる予定だったセスレが補足説明をする。
「女性メインの集団だから、一応、託児所は普通にあるんだよね……」
戦場の女性が、同じ任務先の男性とくっつくなんてのは良くある話で。
女騎士が処女である必要も無いので、彼氏や子供がいても不思議ではない。
ただ本来は、子供が出来たのなら軍を辞めるか、後方に異動するのが普通で。
最前線たる伝令兵(女騎士)の託児所は、あってないようなものだという。
伝令兵ではない女性兵士もいるので、その辺とひとまとめにされるのだとか。
「最前線に武家の令嬢がいるのなら、たとえ勘当された者でも、誉れにはなるかも」
「なーにが誉れだ、ふざけんな」
誉れは浜で死んだんだよ!
「あのね、ユーリ。公爵家のツテで調べてはみるけれど……勘当ってことは貴族籍も抜かれてるはず。平民も同然の状態で、さらに偽名まで使われていたら……ちょっと追い切れないかも」
「はぁ……決闘後に妊娠が発覚してすぐ、家を追い出された可能性が高いな……お腹が膨らんで色々隠しきれなくなる前に、クコロかサンゼバー男爵家の意向、あるいは双方の同意で『そういうことにした』のかも。僕達がドラゴン戦の真実を全て公表するわけにはいかなかったように、クコロの方でも色々あったんだろうね」
この調子だと、直接男爵家に乗り込んでも何も吐きそうに無い。
仮に拷問にかけたとしても、何一つ言わねぇだろうな。
僕はがっくりとうなだれ、テーブルに突っ伏す。
顔を横にして、ぐんにゃりしながら。
「あのね。何度でも言うけど、そのうち僕は皆を引き連れて暗黒大陸に行くつもり。金稼ぎや名誉のためじゃない。そもそも貴族で侯爵家だからお金はあるし、ドラゴンスレイヤーの称号まである僕がこれ以上名誉を得てどうするって話だ。でもそうじゃない。そういう問題じゃない。世界最大最悪の超巨大ダンジョン、ロマンと危険と未知の塊、
本当はダンジョンじゃなくてラスボスだとか、そういうのもわかってる。
わかっては、いるのだけれど。
こればかりは、どうにも。どうにも止められない。
「でも、セスレには城壁都市アイギスか、僕が新設する予定の港街のどっちかに常駐して貰おうと思ってる。情報収集面ではアイギス、安全面では港街になるかな。現地を見て、セスレ自身に選んで貰おうと思ってる。これは色々な意味があって、嫁の中でも公爵家が絡むセスレの生存確率は少しでもあげておきたいというのがやっぱりあるのと、僕の嫁達の統括役というか、みんなの子供の世話や教育、あるいは情報収集や兵站、店舗経営を含めた後方支援を全て担って貰おうと思ってる。これは女騎士の指揮官級として教育を受けていたセスレしか本気で適任がいない。生存確率云々でセスレは怒るかもしれないけれど、こればかりは最善を求めた結果行き着いた思考だから、こらえて欲しい」
「……もう、わかってるわよ……産まれたばかりの仔馬の中にとってもよさそうな子がいるから、一緒に連れていくつもり。アイギスと港街の往復に使うぐらいは、いいでしょ?」
仔馬の名前はハルジオンかな、と僕は思った。
僕はゆっくり身を起こす。
「家族計画というか、妊娠や出産に関しても今後はある程度計算にいれるよ。乳母を使わず、どうしても自分の母乳で育てたいのならなおさらね。乳母を使って良いのなら多少の融通は利く。僕のパーティはバーチェ・バトさん・ミルヒ・カカオを軸に、『音見ができる』という点を前面に出してガンガン攻めるつもりだ。だから今言った面々は、二年以内に子供が産まれなかったらそれ以降は避妊していくつもり。セスレにはそういう縛りは関係ないから、出産予定が船の移動に重ならなければ多分大丈夫。……お金に困っている平民ならともかく、僕達は貴族だ。はじめて冒険した時もそうだったけど、他の人達のようにモンスターの死体を何匹分もまるごと持ち帰って売却するとか、お金稼ぎに対して無理をするつもりは無い。むしろ余計な荷物を増やしたくないから、パーティメンバーの食料となる分を除いてモンスターの死体は軒並み廃棄するぐらいで丁度いいと思ってる」
僕は肩をすくめる。
「そもそも女性冒険者の多くは報われない。どうしたって男女の性差が絡む。ミルヒとカカオ以外はギルドから冒険者証を貰ったよね? 冒険者等級という制度が冒険者にはあって、女性は残念ながら上の等級を目指せない。音見の関係で全員S級にはなれるかもしれない。でもそれ以上は無理だ。例えばバトさんならF級より上にはなれない。つまり『SのF級』みたく、最初からゴール地点が見えてる」
「確か、C級以上がめんどいんやったな」
バトさんに頷いて答える。
「倒れて意識の無い男性の成人を輸送できないと、基本的にC級以上にはあがれない。だから、SのD級あたりがミルヒやカカオ達の限界になると思う。言い換えると、女性陣は無理して冒険者等級をあげようとしなくても、暗黒大陸で冒険者になって多少活動しただけですぐに上限に達してしまう」
「Sっていうのがつくだけで凄いんですよね?
「なんか特別扱いで格好よさそう」
ミルヒとカカオに頷く。
「S級は特殊技能持ちという意味。そしてそれは『音見』だけで取得可能だ。中央大陸には無いけど、暗黒大陸の冒険者にはZ級っていう制度もあってね。Z級はパーティの男が望んだら股を開いてセックスしないといけない。それでようやく報酬全額貰える、みたいな制度だ。そして残念ながら女性冒険者の大半がZ級とすら言われている。Z級が嫌なら報酬は半額、なんて話もよくあるみたいだ」
「世知辛い制度やな」
「生きるか死ぬかの状況に陥った時に、背負って走って貰えるかどうかって大事だからね。冒険者等級は二つ名も含めて個人の情報が割れすぎるから、本当は
「お一人で……ですか? どちらへ行かれるのですか?」
心配そうに、バーチェが声をかけてくる。
「一回皆で行った、コマクサのところ。あのねセスレ、明日、ハーベラ山のコマクサの花の採取依頼を冒険者ギルドに出しておいてくれない? 僕への個人指名依頼として」
「えっ、もしかして……マッチポンプ?」
「もしかしなくても、そうだよ」
皆が呆れる中、苦笑する。
「ビケワの墓参りぐらいはしてあげようと思ってたんだ。冒険者等級稼ぎに丁度いいし」
なお『織津江はSのAで、栗結はSのF』とSNSで創世神が……いえ何でも無いです。
僕は織津江パイセンを目指しているので、是非ともSのAになっておきたい。
「……正妻サマのお墓参り、ねえ」
「死を招く行為をしたのは彼女自身だけど、僕が背中を軽く押してあげたのも事実なんだよ。サクッと一人で行ってサクッと花を供えて帰ってくるつもり。コマクサは初夏の花だから、咲くのが今のタイミングなんだ。ついでだからミーナ夫人の様子も見てくる。ミルヒとカカオは聖教会でラケットメイス術を頑張って欲しい。セスレは下着と生理用品のお店の下準備、なんなら店名も考えてくれていいよ。バーチェはアイギスの港街を一から全部作ると仮定した上で、候補となる土地と価格を調べておいて。バトさんはヒカリの世話が少しでもきついと思ったら乳母やメイドの雇用を真面目に検討してね? みんな忘れかけてるけど、ウチは侯爵家なんだよ? お金に余裕はあるというか、むしろ雇用しないといけない立場なんだから」
そう言って、バトさんの腕の中ですやすや寝ているヒカリを優しく撫でる。
「なんだか駄目だなぁ。娘が産まれてここにいる、という実感が全然湧いてこないんだ。父親失格だよね。……将来ヒカリに嫌われないように、僕も若返りの秘薬を毎日使うよ。男だって秘薬の効果は出るんだぜ?」
「ふっ……ふふっ、うふふ」
耐えきれないとばかりに、バーチェがくすくす笑い出した。
ここまで笑うのが珍しいので、思わずバーチェを見る。
「アイリスの言う通り、ユーリ様は女の子になったほうが早そうです」
「髪、もっと伸ばしてみたら? 絶対似合うと思う」
「似合いすぎて、嫁やのうて、男が増えるかもしれへん」
「ユーリ様って押し倒す方なんでしょうか」
「押し倒される方じゃ? 女の子なんだし」
嫁達はアハハと笑ったけど。
僕は全然笑えなかった。
やめて。本当やめて。
「侯爵級だと、嫁の数が最終的に何人になるのかよくわからない。クコロと、グラスちゃんの二人は増えるにしても、どちらも今は行方不明……冒険者なのか、連合国軍なのか。流石に場末の飲み屋で娼婦をしているとか、そういう線は考えたくもないけれど。でもグラスちゃんの方は事実上誘拐されてるようなものだし、クコロはクコロでお腹の中に僕の子供がいるのを承知で姿を消した可能性が高いし、今はなんとも言えない。今後も二人の情報は集めていくけれど、上位の冒険者等級になっておくのは趣味以外に情報収集という実利面もある。それこそA級冒険者なら、情報の方から集まってくるはずだから」
一旦吐き出したあと、僕は考える。
「髪の毛は、戦闘で相手ともつれ合った時に相手に髪をつかまれないように短くするのが基本といえば基本なんだけど……斬り合い撃ち合いだから攻撃なんて受けた瞬間死ぬようなもんだし、音見ができれば視界確保にあんまり意味がなくなるし、雷光流創始者の僕が相手に掴まれてたら世話ないし、開き直ってデザイン優先してロングヘアにしちゃうのはアリかもね。女性冒険者の長髪は、亜人達に敗北した際に犯して貰えるメリットがあるかもしれないが……男性冒険者の長髪は、ただの自滅だ。余程自分の生存に自信があるか、あるいはただの馬鹿でないと、ロングヘアの男性冒険者なんてとてもではないが生き残れないだろう」
「ユーリ様が髪を伸ばすとしたら、どちらなのでしょう?」
バーチェの問いに、僕はニヤリと笑う。
「自信があって、馬鹿だから伸ばす」
前世のとき、なんとなく髪を伸ばしていた時期もあったが、弓王ボーゲンぐらいの『ちょっとしたポニー』程度が正直限界だった。なにしろ洗髪が面倒臭い。洗うのも、乾かすのも。ロングヘアの女性は、髪の手入れとかよくやるなぁと本気で思う。
でも今世の僕は貴族だから、洗髪どころかお風呂丸ごとが他人任せなんだよね。
最悪、寝て起きれば全部終わってる。贅沢に慣れすぎて怖い。
ソロの冒険をすることで『危険な夜を過ごす』肌感覚を思い出しておきたい側面はあった。
……カスメがついてくるかもしれんけど!
真面目な話、ヒカリはこれからどんどん活発的になって、すくすく成長していくことだろう。
前世で子供を抱けなかった自分が、今世でどれだけ親馬鹿になってしまうのか想像がつかない。
まして子供は、ヒカリだけではなく、もっともっと増えていく予定なのだ。
ただのダンジョンなら、天秤にかけた瞬間に嫁と子供の方が勝つのだけれど……。
ラスボスなんだよなぁ。
迂闊にスルーして惑星ごと滅びましたとか言われても困る。
無視して通り過ぎるわけにはいかない。
グラスちゃんとクコロのこともある。
なおのこと暗黒大陸には行ってみないといけない。
とりあえず、アイギス周辺の魔改造からだな。
織津江&栗結の両パイセン、およびオーク帝国の技術とか全部投入するから。
暗黒大陸の物流でも支配してやろうか? ククク……。
僕は悪い顔で、冒険の支度をはじめた。