ふかふかダンジョンでエンジョイ&エキサイティング!   作:RAP

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第76話 原作開始前・新革命のご提案

 

 前世日本では冷夏とみなされてしまうような今世の真夏。

 セスレの妊娠が発覚し、セルヨーネ侯爵屋敷は祭りとなった。

 二人目の子供なので、そりゃもう屋敷内は大騒ぎである。

 貴族的には男の子なら完璧、と言わないといけないところなんだけど。

 母子無事に産まれてさえくれれば、ぶっちゃけ性別なんてどちらでもいいのだ。

 

 ハーベラ領本邸やアドリ=ブヨーワ公爵家にも急ぎ伝え、ミーナ夫人からも公爵家の皆さんからも祝辞を貰い。セスアーネ・ラーレ・タクラーン辺境伯夫人からは「産まれたら当家に赤ちゃんを見せに来てください」と手紙を頂いた。産まれた赤ちゃんを見せに姉夫婦のところに行くと、辺境伯に家族が増えるんですね、わかります。

 

 ハンティ爺さんのリクエストもあり、元々やろうと思っていた『革命 ver2』計画ではあったが。セスレの妊娠祝いも兼ねて、想定より規模を拡大したうえで予定を前倒しにして実行することを決意。

 

 四年前のように急ぐ必要も無いし、プレゼンのために複製を作りまくる必要も無い。

 奏上ができるのだから、直接王城でアピールすればいい。

 そして侯爵というのは、問題無くそれができる地位だ。

 

 だから楽しんで、盛りだくさんに詰めてみた。

 

 バージョン2だと伝わりにくいので、『新革命』とでも名付けようか。

 前世的には「シン革命」とか言いたくなるけど誰にも伝わらないからやらない。

 『新革命』の内容は『オーク帝国と織津江&栗結パイセン達をいいとこどりした上で、働き手を急激に奪いすぎないもの』。

 全体的には10~20年先、あるいは100年先すら見越した大事業になるだろう。

 まずはハーベラ領とハサマール領で先行モデルを完成させ、次いで聖都。

 聖都に広まればイコール聖王国に広まり、やがて中央大陸全体に広がっていくだろう。

 暗黒大陸は……なんだったら僕自身がやってもいい。札束ビンタで大改造。

 

 インフラ関係。

 上下水道の整備強化の提案と、ゴミ処理システムの提案だ。

 上下水道っぽいのは、現状でもあるにはある。

 前世の紀元前2000年頃、モヘンジョダロには水道、汚水の排水システム、個人用の浴室、公衆浴場などがすでに存在していた。水洗便所と排水溝でつながった地下浸透桝、下水道設備として路面下の管路枝網や人孔、沈殿池などがモヘンジョダロ遺跡に確認されている。

 

 そこで、ローマ水道を参考に上水道を整備・敷設していく。

 亜人やモンスターの対策が不要な街規模の都市なら、サイフォンを用いて水を高所に持ち上げる水道橋設置も可能だろう。

 

 陶管による下水道敷設、下水処理場の設置。

 下水の濾過に関しては通常の濾過手順に加えて、スライムを併用するファンタジー手法。

 あいつらウンコも食べるからマジで問題無い。塩と毒以外はスライムにお任せ。

 下水を耕作地へ導き入れ、濾過・浄化させる灌漑法の併用も合わせて提案する。

 

 その上で、街路への汚物投棄を禁じる法律も時期をみて発布させる。

 『革命』により人口が増えて人類が発展するのは良いが、汚物投棄でネズミが増えたりして、コレラやペストが大発生しましたとか言ってたら洒落にならない。

 

 ゴミ処理に関してはキチンと税金をとりつつ、現代のゴミ収集のシステムを導入。

 日本でも、江戸時代には既にゴミ処理の意識が高く、不法投棄を取り締まる役職まであった。

 民営でゴミ処理をするよりは、統治者にゴミ処理をさせたほうがいいだろう。

 

 ……で、ここで面白いことが判明した。

 上下水道やゴミ処理に関しては「ある程度やればそれでいい」というとんでもない事実だ。

 もっとわかりやすく言うと、上下水道やゴミ処理など「この世界を物語的に俯瞰して見た場合、除外して構わない要素だと創世神が判断したもの」に関して、思考してもふんわり忘れるように封じられている。

 僕がどれだけ頑張っても無駄と言えるし、こっちの方面で頑張る必要は無いと世界からはっきり拒絶されたとも言える。

 

 まぁ、二階の窓から突然汚物シャワーが降ってくるようなことさえ無ければそれでいい。

 道ばたのウンコが原因で疫病が広がりましたとか言われなければそれでいい。

 ……どうでもいいことはどうでもいいんだよ、と創世神が言うのなら、どうでもいいんだよ。

 

 これは多分、だけど。

 死体を投げ込んだりウンコを投げ込んだりするような戦争がはじまって、そこではじめて世界のゴミや汚物システムがONになるんだと思う。

 意図的にそういう戦争をしようと思わない限りは、忘れてていいよということなんだろう。

 

 さて、『新革命』の話を進める。

 

 住居関係。

 「ダイスケハウス&貴族屋敷カスタム」の提案。

 ダイスケハウスという名前にはできないから、「新革命ハウス」「新革命屋敷」という名称。

 亜人に技術を盗まれると面倒臭いので、セルロースナノファイバー関連だけ取り除いてある。

 CNF様が無かろうが、床暖房、壁暖房、天井冷房、自動清掃、照明、水道、台所一式(これは革命でやってある)、風呂、トイレ、防音水車小屋、水力コンセントと一式揃っている。

 アナログでルンバを越えた! とか栗結パイセンがウキウキしてたやつね。

 で、実はこの住居関係の提案が問題になって後日アロちゃんがウチにやってくる事になるのだけれど、今回は割愛。

 

 鍛冶関係。

 栗結パイセンの「二連高炉」と、オーク帝国の「斜面高炉」の二つ。

 高炉の設置場所によって切り替えてね、という話。

 排ガスを燃やして投入前の鉄鉱石を余熱しておく「余熱炉」と、余熱炉の中に送風管を通して高温空気を高炉に送り込む「加熱送風管」も合わせた提案だ。

 木炭消費量が減って、鉄鉱石と同重量程度の木炭で銑鉄ができるようになる。

 また、石灰炉、炭焼き、鍛治の廃熱を使った給湯システムを統合。

 排ガス中の残留可燃物を燃やして水を温め、公衆浴場と公共地下暖房の熱源に使う。

 これで薪と木炭の消費量がさらに減る。

 もっとも新革命ハウスと新革命屋敷の建設で木材消費量が増えるから、相殺されてトントンか。

 これは革命の時と同様なので気にしないことにする。

 

 農業関係の「風力農業機械」は、現時点ではあえて提案しない。

 農業の働き手を急激に失ったとして、受け皿がうまく働くのかどうかが不透明だからだ。

 これは様子見しようと思う。

 

 軍事関係。

 連合国軍は狼煙通信を使ってるのに亜人だけ光通信ってのも間抜け過ぎる(原作13巻128P)ので、光通信の概念を提案。

 また、モンスター語の解析についていつでも協力できるという提案。モンスター語自体は既に解析できているが、聖教会が絡んできそうな案件なのでわざと一歩引いてある。

 ジャン君には申し訳ないけど、生石灰と水の反応熱による温めチートも合わせて提案。

 温かい軍事糧食は、ジャン君が想像している以上に軍隊の士気向上に役立つからね。

 生石灰温めチートを秘匿しておく理由がないんだなこれが。

 

 輸送関係。

 高速馬車の提案。馬用の自転車だ。

 上り坂と下り坂と平地を組み合わせた街道整備が必要になるが、それだけ移動が早くなる。

 原作では触れていなかったが、馬の飼い葉と飲み水の補給地点も意識すれば都市開発も早まる。

 マカダム舗装と組み合わせれば、かなりの高速移動が見込めるだろう。

 

 地方都市または村用に「水力巻き上げ場」「下り坂」を組み合わせた「水力車両」の提案。

 場所を選ぶし坂道の選定や整備が必要だが、馬より速くいくらでも走れる水力車両は、人や物資、果てはゴミの輸送など、アイデア次第でなんでもできる。

 サビレ村は、ハーベラ領の中でも水力車両のモデルケースにぴったりだ。

 

 そして最重要、『新革命』の目玉。民需も軍需も双方兼ね備えた「鋼道車」の提案。

 水力列車でまずは聖王国中を繋ぎ、いずれは中央大陸中を列車で繋ぐ。

 モンスターの生息地を避けたルートを考えなければならないが、見返りが大きい。

 特に港街と接続できれば、今後の暗黒大陸も含めてかなり物流が活発になる。

 

 オーク帝国のテオが、人類より十年先んじて技術革新を進めてるから、こっちも多少はやっておかないとバランスがとれない。

 原作の人類は本当にハンデを背負いまくりだと思う。

 

 まぁ、そんな僕とてセルロースナノファイバー系技術ツリーは完全秘匿したままだ。

 人類丸ごと裏切るルートになる可能性もあるし、本当に一寸先は闇だからね。

 その気になれば誰が相手だろうがやる。

 その意思を可能とする力を、僕は入手しつつあるから。

 

 

 * * *

 

 

 秋。

 なかなか妊娠しないので落ち込んでいるバーチェを慰めたり。

 ジャン君に雷光流を少しずつ伝授しはじめたり。

 ハンティ爺さんの卓越した狩人の技量に皆でぶっ飛んだり。

 セスレのつわりが軽くて助かったけど果物ばかり食べるようになって栄養バランスが心配になったり。雷切(らいきり)が出来るようになったバトさんが、起こりの消し方を覚え始めてわりと洒落にならない強さになってきたり。ミルヒとカカオの初潮がはじまったけど、年齢的に産ませて良いものかどうか皆で悩んで相談しあったり。

 ヒカリはつかまり立ちや伝い歩きをするようになり、名前を呼ぶと笑顔で「あー♪」と言ってくれるようになった。

 

 王城には、『新革命』の件で話があると既に先触れを送り済みで、その返事待ちだ。

 

 『新革命』に関しては設計図でわかりにくいものが多く、小さな模型見本を見せるにもジオラマを組むしかない大がかりなものばかり。

 仕方なく前世のガンプラ作りとか思い出しながら、新革命の各種提案物の見本を盛り込んだジオラマを作り始めたんだけど……これが案外本格的で大がかりなものとなっちゃって。

 小麦粉を水で溶かして煮てデンプン糊まで作って、ディティールにこだわりながらジオラマ作ってたら二ヶ月もかかった。

 なお『新革命』関係の資料製作期間は一ヶ月です。

 皆に「なぜそこまでやるのか。相手に伝われば良いのではないか」と何度も言われまくった。

 確かに僕は、発泡スチロールってどうやって作るんだとか、汚れ(ウェザリング)どうしようとか、透明レジンとコルクボードが欲しいとか、「ジャン君ちょっと100均でハサミとカッターとボンドとピンセット買ってきて、ボンドは速乾タイプなら何でもいいから」と口走りそうになったりとか、思い返せば侯爵としてもっと他にやるべきことがあったのではないかとほんの少しだけ感じなくもないようなことばかりだったけれど。

 

 王城からの返事は『ドラゴンの呪いを確認したいので、バーチェというメイドを一緒に連れてきて欲しい』という、ちょっと首を傾げる感じのお手紙だった。

 えっ、『新革命』の説明になんでドラゴンの呪いの確認が必要なの?

 

 

 * * *

 

 

 仕方が無いので数日後、指定通りの時間に王城へと行くと。

 謁見の場でもなく会議室でもなく、なんか適当な部屋へと案内されて。

 僕は侯爵なのに、低位貴族のように何時間も待たされたあげく。

 

 ようやく誰かがやってきたかと思えば、変なおっさんと、妙なおっさんと、同い年か少し年下っぽい少年が一人。

 おっさんズはわからんけど、少年は王子様っぽい服装?

 あとなんか、三人の後ろからぞろぞろと近衛兵っぽい連中が何人も。

 

 面倒臭いけど、貴族のマナーでもあることだし。

 僕は内心でため息をつきながらソファから立ち上がり、簡易貴族礼をとる。

 

「お初にお目にかかります。ユーリ・ハーベラ・セルヨーネ侯爵と申します。このたびは『新革命』のご提案につきまして……」

 

 言ってる途中から、無遠慮に遮られる。

 

「ふむん、貴方がセルヨーネ侯爵ですな? 『新革命』の資料は全てわたくしめが預かりましょう。ほら、こちらに寄こしなさい」

「ニク=ドレ卿の後継者というわりには、随分と……なるほど、尻で侯爵位を買われましたか」

 

 僕の姿勢が、簡易貴族礼のままでピタリと止まる。

 おい。お前。お前だよ、お前。

 今なんつった? もう一度言ってみろ。

 

「副宰相、軍務大臣、良いではないか。これで私は王太子が確約されたに等しいのだから!」

 

 僕を無視して通り過ぎた少年が、ずかずかとバーチェに歩み寄り、フードを脱がす。

 

「……おお、素晴らしい! 呪いというのは本当なのだな! セルヨーネ侯爵、()()()()()! 是非とも欲しい!」

「セルヨーネ侯爵、第二王子がお望みだ。この『新革命』の提案書と呪いのエルフを献上してくれればそれでよい。第二王子が王太子となれば、ほれ、そなたの空席となっている正妻枠に、第一王女を据えてあげよう」

「おお、なんという名誉! ニク=ドレ卿への忠義厚き領兵50人と、勇気ある彼の息子こそがドラゴンを倒した真の英雄だというのに、その英雄達の死を犠牲にドラゴンスレイヤーを名乗りし者が第一王女まで得られるなど……素晴らしい幸運ですな、羨ましい限り!」

 

 バーチェは僕が簡易貴族礼のまま動かないので、お辞儀姿勢のまま動いていない。

 第二王子とやらは、お辞儀姿勢で動かないバーチェの乳や尻を揉み始める。

 

「私は知っているぞ、セルヨーネ侯爵。ニク=ドレ卿は病死ではなく毒殺、つまり卿の暗殺なのだろう?」

 

 ニヤニヤ笑いながら、第二王子はバーチェのスカートに手を入れ、脚を撫ではじめる。

 僕が全く動かないことに気を良くしたのか、副宰相と軍務大臣とやらはべらべら喋り始める。

 

「やはり正解か。ニク=ドレ卿の墓をあばいて調べたかいがありましたの」

「彼に初恋の君を奪われてしまった私としては、あっさりと抱けて拍子抜けでしたな」

「二人も産んだとは思えぬ程美人でしたなぁ。私は尻にしか入れておりませんが」

「夫亡き後、貞淑など投げ捨てたのでしょう。前はゆるゆるであまり楽しめませんでした。きっと若い男を何本も咥えこんでいたのでしょう、ハハハ!」

「それなら今度は後ろで楽しまれればよろしい。後ろは普通でしたぞ? セルヨーネ侯爵の第二王子派閥入りを祝って、ハーベラ領にまた旅行といきましょう!」

 

 私達は、セルヨーネ侯爵が先代達を謀殺して家を乗っ取った罪を全部知っているぞ。

 全部知っているから、『新革命』を提案する栄誉と、呪いを受けたエルフを差し出せ。

 それだけで第二王子は王太子となり、セルヨーネ侯爵は第一王女の身体を好きにできる。

 英雄50人の死と引き換えに作られた偽物のドラゴンスレイヤー様は、大人しく置物として飾られていればいい。

 ほれ、このように。近衛の10人もいれば、侯爵閣下も先代夫人のように何もできますまい。

 

 三人の顔に、そう書いてある。

 あの。僕はこんなことを読み取るために、織津江アイを鍛えていたわけじゃないんですけど。

 似たような目を持つ聖剣の勇者セイとか、オークヒーロー・ヒィロと戦うことになった時のために鍛錬してるんですけど。

 

 陛下。お宅のお子さん、どういう教育してらっしゃるの。

 あと多分こいつら、僕以外の連中にもやらかしてるよね。

 手口と実行に遠慮がなさすぎる。

 

 つーか新しい軍務大臣、お前だよお前。

 有能なあの人にミーナ夫人まで奪われて、嫉妬してたのはわかるけどさ。

 あの人とは格が違いすぎるというか、比べるだけ失礼だからさ。

 お前マジでいい加減黙ってろよ、なぁ?

 あの人はそこに「居る」だけで周囲の空気が変わってたんだぜ?

 僕は結局あの人に勝ててねぇんだよ、勝ち逃げされてんだよ!

 

 

 まあ、いいか。

 陛下は一つ、ご英断をなされましたね。

 

 ビジョレ・ハーベラ・セルヨーネ侯爵令息とはじめて会ったあの時は、僕は無手で。

 ソーコラ・テキト・モーブ男爵令息の剣に勝てるかわからず、困りましたが。

 今回は状況が全然違うと申しますか。

 

 僕はいま、陛下のおかげで、王城内で帯刀を許されていますから。

 着ている貴公子服も、CNFの上位素材TKG編み込み済みなんですよ。

 だから許します。僕は全てを許します。

 

「おひとつ、よろしいですか」

 

 簡易貴族礼を崩さぬまま、僕が問う。

 バーチェの生足を撫でてご機嫌の第二王子が答える。

 

「なにかねセルヨーネ侯爵? ああ、彼女の脚はいいな! 尻もいい、最高だ!」

「近衛の10人では全く足りません。今からでも増やされてはいかがですか」

「……は?」

「10数えて待ちますので」

「はぁ」

「いーち」

 

 僕は簡易貴族礼から、上半身を起こして元に戻し。

 

「にーい」

 

 抱拳礼。右手を拳にして、左手で包み込むように合わせる。

 

「さーん」

 

 礼を解除。無極の姿勢からの開立歩(カイリーブー)。少しだけ足を開く。

 

「よーん」

 

 予備式(ユウベイシー)。両手で円を描くように、下から横、頭の先。

 

「ごー」

 

 ゆっくりと、両手をおろして丹田の前に。

 

「ろーく」

 

 起勢(チーシー)。手の甲と手首を肩の高さまで挙げ。

 

「しーち」

 

 両手の虎口(フーコウ)(親指と人差し指)を開いたまま、丹田の付近まで降ろす。

 

「はーち」

 

 野馬分鬃(イエマーフェンゾン)。腰を右から左に捻りつつ右脇に円圏から抱球を作る。 

 

「きゅー」

 

 左脚を軽く前に出す。左手を少し前に出しながら、引力にまかせた右手で抱球を分けて開くように。そこでぴたり、とユーリの動きが止まる。

 

 右手は外旋、左手は内旋。

 ニュートラルだった身体の内臓は下に落ち、気鬱(ダウナー)なメンタルに。

 背骨の歪みを抜き、身体中に球と螺旋の力が発生している。

 ()()()()()()()()()()()。 

 

 いま、ユーリが何をしたのかを簡単に説明すると。

 ラジオ体操と柔軟体操を終え、身体を丹念にほぐしたあと、陸上のクラウチングスタートの体勢をしている状況である。

 やったのは太極拳の基本動作の冒頭ではあるが、これは雷光流套路(とうろ)の開始動作と全く同じだ。

 雷光流は積極的にユーリの前世武術をパクっているが、それだけではない。

 太極拳の野馬分鬃(イエマーフェンゾン)までの流れは、武術の基礎が凝縮されている。

 特に、纏絲勁とはなにか、というのを理解するのに大変適している動作だとユーリは考える。

 どうせ異世界だ。やりたい放題にパクって、やりたい放題にいいとこどりをすればいいのだ。

 

 でも、わからない。

 副宰相にも、軍務大臣にも、第二王子にもわからない。

 追い詰められて気の触れたセルヨーネ侯爵が突然踊り出してしまった。

 まぁ、よくはわかりませんが。

 頭が壊れてしまったのなら、新興の侯爵家など有効活用してさしあげましょう!

 

 

 * * *

 

 

 バーチェは、震えていた。

 第二王子のセクハラに対してではない。

 

 ユーリから漂いはじめていた殺気が、ユーリが雷光流の套路(とうろ)をはじめた瞬間から消え失せてしまったのだ。

 

 バーチェはユーリの斜め後ろに控えていたので、ユーリを通り過ぎてバーチェの前に来た第二王子は、位置関係的にはユーリの真横にいることになる。

 私の身体を触ることに夢中になっている、この第二王子様とやらは。

 どうして、この恐ろしい状況に首を傾げていられるのだろうか。 

 

 バーチェはバーチェなりに武と向き合っているから、殺気があればそれは『思う』となり、起こりとして初動に表れてしまう……ぐらいはわかる。

 なんだかんだで10年近くユーリの鍛錬に付き合っているバーチェは、合気捕りはわからずとも、それなりに身体を動かせるようになっている。

 だからこそ余計に怖い。怖くて怖くてたまらない。

 

 ユーリ様が次に何をしようとしているのか、さっぱりわからない!

 

 

 * * *

 

 

 日本の古武術と中国拳法の大きな違いは、悪意の差だ。

 中国人はマジで何でもやってくるから、悪意も桁が違う。

 

 一番差が出ているのは、一対多や、暗器関係の対策。

 「武士の一分」なんて概念は大陸の連中には関係が無い。

 数でボコってなんぼ、不意打ちしてなんぼ、毒殺してなんぼ。

 日本サイドもそこそこ闇は深いのだけれど、大陸側はヤバイとしか言えない。

 

 歴史も文化も戦場も違うから、当然だが思想や運用にも差がある。

 日本の古武術は割と綺麗に無力化したり、殺そうとする。

 殺し合いの技術の中に、美すら求めているのではないかと思う瞬間すらある。

 一方で、擒拿(チンナ)は筋肉や指を引き裂き、淡々と人生を無力化する。

 仮に生き残っていても復帰は絶望的だ。そもそも心がへし折れる。

 

 だから日本の古武術だけでは足りなかった。

 中国拳法の術理と、中国人の悪意を取り入れる必要があった。

 混ぜるぐらいで丁度いいと、アラフォーの狭間悠里(はざまゆうり)は呑気に考えていた。

 

 娘の美人女子大生を犯しまくるクソ男を始末するべく努力した彼女の父親が、最終的に高級外車アタックをするしかなかった理由。

 殺しを依頼したヤクザも、偽装したSP集団も、全く役に立たなかっただけの話だ。

 

 

「じゅう」

 

 無表情のユーリが、野馬分鬃(イエマーフェンゾン)の姿勢のまま真正面を見据えた。

 

 一つ残念なことがあるとすれば。

 ここは異世界で、王城内で。

 ユーリに突撃させる高級外車が無いことぐらいだ。

 

 

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