ふかふかダンジョンでエンジョイ&エキサイティング!   作:RAP

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第8話 原作開始前・ハルピュイア

 グラスちゃんを押し倒したい、ユーリ・アイダ・ハサマール子爵令息です。精通はしてません。

 

 デート帰りの馬車の中、僕は色々と思案していた。

 

 商品開発のために、国内外を含めた市場調査を徹底的におこないたい。

 何があって、何が無いのか。無いとして、取り寄せは可能なのか。

 

 米に麦、砂糖に酢、酒、牛や鶏などがあるのは『科学的に存在しうるクリーチャー娘の観察日記』で判明している。我らがジャン君は生石灰チートを使ってる。制海権はなくとも暗黒大陸への輸送航路を確立しているぐらいだから、海の全てが危険というわけではないのもわかる。我らが織津江パイセンは、オサマ王国にたどり着くまでは海関係で地獄を味わっていたが、魔王国の支配者となってからは気軽に海と往復して大量に資源を持ち帰ってすらいる。

 

 竹林と大豆畑はハサマール領に存在していた。でも大量に運用するには相応の資金が必要だ。

 ムクロジの実や麻、火山灰に硫黄、原油(禁忌の「燃える水」だ!)と出会えるだろうか?

 特に原油は、暗黒大陸において最優先かつ、内密に確保しないといけない。 

 装備、特に攻撃手段の本格化は暗黒大陸での現地調達で全てどうにかする必要がある。原作がはじまってもなお制海権を確保できていない以上、中央大陸で作った何かを暗黒大陸まで輸送するのは現実的ではない。

 

 金を増やすために必要なのは、金だ。とにかく金! 歯車を回すための初期費用が足りない!

 

 活版印刷会社に原稿を持ち込んで書籍出版してもいいが、この世界の顧客たりうる人間の母数が不明なうえに「原稿を書く」というのはかなりの時間をもっていかれる行為だ。つまり書籍関係はコストパフォーマンスがあまりに未知数すぎる。少なくとも、最初の歯車を回したい時に実行する手段にはなりえない。後回し要素だな。

 

 

 タレーメ領からアイダ領に向かう途中に、大きめの橋と、川がある。

 馬車内の窓からぼんやり景色を眺めていた僕は、あることに気づいて馬車を緊急停止させた。

 

「御者と護衛騎士はここで待機。アイリスとバーチェは僕と一緒に。やや離れた位置で、決して僕に近づかないで。待機中は笑顔を徹底。できる?」

「何をなさるのですか、ユーリ様?」

 

 焦った早口で、バーチェが問うてくる。僕は両手の人差し指を口の横に添えて、ぐいっと頬を押しあげて、微笑を浮かべた。

 

「笑顔だよ、バーチェ。できる?」

「そっ、それはっ」

 

 僕が何を見て馬車を止めたのか、バーチェはその原因に気がついたらしく、鉄面皮を崩す。

 ……今回は、バーチェは駄目だな。命令を修正。

 

「バーチェも待機だ。アイリスだけついて来て。笑顔でね」

「うっ」

「はっ、はい!」

 

 青ざめるバーチェ。乾いた笑顔を無理矢理浮かべるアイリス。

 馬車から出た僕は、アイリスと一緒に橋を離れ、川辺へと向かっていく。

 

 ハルピュイア。人間の腕が鳥の羽根に置き換わり、下半身は水鳥のように。ふさふさの長耳を備えた、ギリシャ神話に登場する半人半鳥の怪物。ふかふかダンジョン世界においては、自由を体現する空の民にして『真の最強種』だと創世神に断言され、愛されている。

 そのハルピュイアが一匹(『科学的に存在しうるクリーチャー娘の観察日記』の栗結パイセンがハルピュイアは人間の仲間だと鑑定しているから、正確な数え方は「一人」かもしれない)、川で行水をしていた。

 雌のハルピュイアの行水。おっぱいも局部も丸見えの全裸美少女が、さらにその柔肌に水滴を幾筋も垂らしているという、エロスの極致。水もしたたるなんとやらですよ。

 

「うわっ、ハルピュイアさん! 凄いや、本物だ! こんな近くに!」

「ん? なんにゃ、人間?」

 

 不機嫌そうにハルピュイアは返事をする。

 実のところ、この挨拶はそれ自体が賭け(ベット)だ。さしづめ掛け金(コイン)は僕の命。

 

 『科学的に存在しうるクリーチャー娘の観察日記』とは違い、この『ふかふかダンジョン攻略記〜俺の異世界転生冒険譚〜』の世界では、人類は明確に亜人を敵と定めてしまっている。

 だが、ここは悪意と殺意の強い暗黒大陸ではない。さらに言えば、ハルピュイアの堪忍袋の緒が切れるまで、原作的にあと八年程度の猶予が存在する。

 だから、中央大陸にいるハルピュイアなら可能性はある。僕はそう判断していた。

 目の前のハルピュイアはいつでも僕を殺せる。だから余裕たっぷり。人類の主要生存圏たる中央大陸で堂々と、しかも一人で水浴び。殺意ではなく不機嫌。僕は賭け金を上乗せ(レイズ)する。

 

「……あの……あのね? 綺麗なハルピュイアさん、触っていい?」

 

 にこっと笑う。アイリス、ちゃんと笑えてる? 笑顔だよ、笑顔。

 ハルピュイアはため息をつくと、こっちへ来いとばかりに、羽根をくいくい動かした。

 

「仕方ねーにゃ。少しだけだぞ? 変なことをしたらいつでも殺すにゃ」

 

 ニヤリと笑い、ハルピュイアは片足を軽くあげて、かぎ爪をわざとらしくわきわき動かす。

 その姿勢だとあなたの局部が丸見えどころか、くぱぁしちゃってるけどOK?

 くそエロイな美少女ハルピュイア。ニコニコ笑顔で近づいていく。そっと羽根に触れる。

 

「うわぁ、ふさふさ、もこもこ! ほら、アイリスもおいで? 一緒に触らせてもらおうよ!」

「にゃんだお前。本当に変な人間だにゃ。空に運んで、落としてやろうかにゃ?」

 

 とことことアイリスが歩いてきて、必死に笑って僕と一緒にハルピュイアに触れる。

 いけるか? 全額投入(オールイン)だ。

 

「ハルピュイアさん、その素敵なお顔も触っていいですか?」

「……フン! 少しだけにゃ!」

 

 照れたハルピュイアが、もう好きにしろよ人間とばかりに身を任せてくれる。

 背の低い僕たちに合わせて、彼女は少しかがんで顔の高さを合わせてくれた。

 僕はおそるおそるハルピュイアの顔に手を伸ばす。可愛いね。美少女だね。

 

 ねぇ、ジャン君。転生モノの物語でよくある話の続きだけれど、魔物や動物の類は率先して殺していたくせに、いざ二本脚の人型生物と相対すると突然博愛主義になって剣先が鈍ったり、ぼくには出来ないとか言い出したり、殺した後にわんわん泣いたりする、そういう主人公って多いよね? ねぇジャン君、聞いてる? 思い出してよ。日本だって歴史を少し遡れば特攻とかして相手がドン引きするような戦争をしていたし、さらに言えば、刀と槍と銃を手に日本人同士でひたすら殺し合っていた時期だってあったよね? 君だって感じていたはずだ。剣を素振りする時、弓を的に向けて撃つ時、真の最終目的はなんなのかって事を! わかるかいジャン君。僕たちに必要なのは、ちょっとした歴史の勉強と、()()()()だ。

 ねぇジャン君、確かに君はゴブリン師匠に色々教えて貰ったみたいだけれど、全然足りてないんだ。ジャン君。ジャン君! 思い出して! ()()()()()()()()()()()()()

 だから、僕と一緒に先祖返りしようよ! ねぇ! ジャン君ッ!

 

 

 人体反射という生理学の概念がある。外部からの刺激に対して、身体が自動的に行う防御反応。詳しい説明は適当に検索してもらうとして、大事なのは「外部からの刺激を認識すると身体が勝手に防御する」という本質。人は押されれば元に戻ろうとするし、悪意のある刺激からは逃げようとする。しかし、人体反射には2つほど弱点がある。脳が刺激を認識するまでのごく短い時間、具体的には平均0.25秒以下の行為には反応できないというのが1つ。そして2つめは。

 

 僕はハルピュイアの顎先から左頬を覆うように右手でそっと触れ、ゆっくり撫でる。くすぐったそうな彼女。沢山の情報が手のひらから伝わってくる。肌。頬骨。その奥。いた。僕は撫でる速度を維持したまま、頸椎を軸に彼女の顔が回るように優しく撫でる。優しく撫でたから、反射は起こらなかった。

 

 人体反射は、悪意が無いと脳が認識している動作に対応できない。頸椎の一点を中心としたテコの原理が発生し、当然のように頸椎は折れ、ハルピュイアの頭は不自然な向きに回る。力は全然込めてない。むしろ力業で強引に実行すれば反射が発生し、即座に抵抗され、僕は即死しただろう。接触技法の存在する武術において、師から「こういう事もできるけど絶対やっちゃ駄目だよ。知識として知っておくだけにしといてね」と存在だけ示唆される技法。

 

 もう一度言う。ハルピュイアは人間の仲間だと栗結パイセンは言った。外見は全く違えども、根っこが人間の仲間であるのなら、当然、人体反射だってあるはずだ。僕は賭けに勝った。

 

 何が起きたのか信じられない、わけがわからない、どうしてこうなった。

 そんな表情でハルピュイアは膝から崩れ、派手な水音と共に倒れ伏し、羽根が宙に散らばった。

 生きているかもしれないけれど、頸椎が折れているから、君はもう何もできない。

 

 目の前の出来事を受け入れきれず、アイリスの腰が抜けて、川辺にへたりこんだ。

 アイリスのメイド服の股間付近がじんわりと濡れはじめ、アンモニア臭が漂ってくる。

 

「アイリス」

「……は、はいぃ」

「短剣術の指導、はじまってたよね? ナイフ、だして」

 

 アイリスは震える手でスカートをめくり、太ももに仕込まれたベルトからナイフを取り出す。

 可愛いパンツも見えるけど、案の定おしっこ漏れてる。ここは川辺だし、簡単に洗えるよ。

 

「うん、川辺で良かった。……バーチェ! こっちに来て!」

 

 大声でバーチェを呼ぶ。御者も護衛騎士も、みんな混乱している。

 足下のハルピュイアを見やる。彼女の瞳が動いて、僕を見る。まだ生きてるんだ。しぶといね。

 

「おめでとう。君はこれから、僕の()()()になる」

 

 アイリスからナイフを受け取った僕は、わざとらしくナイフを舐めてみた。

 うーん、ナイフ味。鉄っぽいです。あんまり意味の無い動作だねこれ。

 慌てて駆け寄ったバーチェが、息も荒く尋ねてくる。

 

「な、なにをなさろうというのですか、ユーリ様」

「ん? 剥製だよ。血抜きと内臓の処理をするから、手伝って」

 

 外傷はほぼ無し。鮮度は抜群。……金貨五十枚、いけるかな?

 

 ふふっ。あはは。あはははは!

 

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