ふかふかダンジョンでエンジョイ&エキサイティング! 作:RAP
7530・マイナス5780木造基地。
深き不可知の迷宮における人間の施設は城塞都市アイギスだけではない。
各地に前線基地として開拓村や砦などが多数存在している。
これらは冒険者や連合国軍が居住、補給や休息、避難に使用する軍事施設であり、連合国軍が管理している。
大型の古い基地はアイギスに似た石造りの要塞と化し、軍人や冒険者だけでなくそこで生まれた子が住人として住んでいる城塞都市だ。「木造基地」とは、まだ石造りになっていない建設中の基地であるが、それ故に居るのは軍人か冒険者のみ。
ただ、何事にも例外はある。
石造りの要塞ですら生まれた子が住人として住んでいるのだから。
木造基地で男女が働いていて娯楽が少ない以上、ヤればできる。
表向き子供はいないことになっているが、託児所は堂々と存在している。
医療施設内に、出産用の場所すら用意されていた。
これは、
木造基地の戦闘力自体は石造りの要塞となんら変わらないこともあり、最前線の基地で子育てをする兵士達が増えていた。
軍の規律は簡単に変えられないが、見逃すことは安易だ。
その見逃しが積み重なった結果の託児所であり、出産用の場所の用意である。
ゆえに、表向きは木造基地に赤子や子供はいない。いるけど。
だから、連合国軍第19伝令隊所属の女騎士
クッコロは苦笑しながら、女騎士鎧の内側に隠し持っている甘い飴玉を取り出す。
軍の鍛錬は厳しいので、糖分補給は大事だ。甘味はストレスも解消してくれる。
子供をあやす金髪碧眼の女性に近づき、声をかける。
クッコロと彼女は似た外見だけれど、クッコロは赤いリボンが好き。彼女は青いリボンが好き。
「シオン、これ」
クッコロはそう言うと飴玉を口に含み、歯で小さめに砕いた。
飴玉で子供に窒息死などされてはたまらない。
小さくなった飴玉のかけらを、一度母親に見せてから、子供の口に入れる。
「……ありがとう、クッコロ」
シフトの関係で休憩中だった私服のシオンは、クッコロの好意に喜ぶ。
突然子供に泣かれてしまうと、どうすればいいのかわからなくなるケースは多い。
「飴玉もらって良かったねぇ、ユウ君。おいしい?」
ユウと呼ばれた銀髪の子供は、無言で頷く。
飴の甘味に満足して、泣き止んだようだ。
クッコロも飴の甘さに満足である。
「はー、ユウ君可愛い。貰っちゃっていいですか?」
「だーめ、あげません。……っと、光信号だ」
木造基地内の物見櫓に設置された明かりが、一定の間隔で明滅を繰り返す。
シオンとクッコロは、それを見て眉をひそめる。
「準警報?」
「……レッドキャップとオーク、ゴブリン共が周辺に確認されています。拒馬槍を抜かれるんじゃないかって、ピリピリしてますよ」
「お母さん、怖いよ。何か、くる」
飴玉で泣き止んだものの、まだ4才位のユウが真剣な顔で言う。
シオンとクッコロが顔を見合わせ、改めて外に目を向けると。
この世界には無い概念だが、連発速射型の打ち上げ花火が一斉に発射されたように。
大量の紅点が夜空を駆け上がり、綺麗な放物線を描いて――
木造基地を埋め尽くす勢いで、
(BGM:アンデッドガール・マーダーファルス「天変地異 」)
轟音、破壊、絶叫、爆発、悲鳴、炸裂、着弾、破壊、轟音、着弾。
木造基地の大半が一瞬で破壊され、当たれば即死を免れない巨大な火矢が現在進行形で雨のように降り注ぎ続ける。
クッコロ、シオン、ユウがいたテントも、半分が一瞬で潰され、炎に包まれた。
託児所代わりに使われていたので、つまりそれだけ多くの子供が即死したことになる。
だが、目の前に広がる惨状は。
この後、亜人達の本隊が乗り込んでくるのだと、兵士なら誰にでもわかるものだった。
「退避! 退避だ!」
「バリスタで狙撃されてる!」
「馬鹿な……そんな馬鹿な……」
「矢の雨が来るぞ!」
「敵弓兵部隊接近、総数不明!」
生存者達が、口々に報告をあげはじめる。
クッコロが混乱し、どう動くべきか悩んだ瞬間、指揮官の怒号が響く。
「森に逃げ込むぞ、密集せず全方位防御! 一気に突破する、伝令兵は本体を囮に突破しろ!」
伝令兵。つまり女騎士であり、クッコロであり、シオンである。
しかし。シオンの衣装箱は半壊して散らばり、シオンの女騎士鎧はテントと共に燃えている。
だが同時に、衣装箱にしまいこんでいた
……そうか。ここが私の死地なんだ。
「行って。行きなさい、クッコロ!」
「シオン!」
外からは、なおも男達の絶叫が聞こえてくる。
「怯むな、火を放て! 踏み潰せ!」
「突撃! 突撃! 突撃!」
「畜生……畜生があああああああッ!」
「くそっ、くそっ!」
クッコロはごくりと唾を飲み、シオンを見る。
「……
「
厩舎に向かって駆けだしたクッコロを眺めながら、私服のシオンは半壊した衣装箱から綺麗な布を取り出し、息子のユウに上着のようにかけた。
白と金の刺繍がほどこされた青地の陣羽織。
「お母さん」
「聞いてユウ。あっちの方向。あっちに真っ直ぐ走るの。一番近い別の基地がそこにある。結構走るかもしれないけど、大丈夫。……ユウのお父さんの名前、教えてあげる。基地の人にお父さんの名前を言うの。お父さんに会いたいって言えば、きっと……なんとかなる」
「お母さん、お母さんは!?」
「お母さんには、やらなくちゃいけないことがあるの」
シオンの視界の隅。
燃えさかる木造基地に侵入を果たしたレッドキャップ達の投槍が、盾と鎧ごと指揮官を貫いたのが見えた。弓を手にしたゴブリン達の姿も見える。
夜のレッドキャップ、夜のゴブリン。どちらも月夜の晩では、人間にとっての死神だ。
特にレッドキャップは、相手が子供だろうが平然と人間を殺すだろう。
「貴方も行くの、ユウ! 走って! 早く! さあ!」
「お母さんっ!」
月夜の中、泣きながら走り出した息子の背を、優しい瞳で見守って。
シオンは振り返り、燃えさかるテントの中に入っていく。
まだ着られるかな?
こんな状況なのに、シオンは苦笑しながら衣装箱の残り半分を装着しはじめる。
元々男用のものを女用に仕立て直したおかげで、何カ所か紐を緩めるだけで大丈夫だった。
漆黒の
炎によって熱せられた空気が気流に変化し、風となりはじめた。
シオンの白めいた金髪が、紅蓮の炎を背景に、風に流れてたなびく。
「毒矢ぁっ、いやだっ!」
「ちくしょう殺してやるぁ!」
「ぐっ……げぁっ……」
暗がりから兵士達の鎧の隙間を正確に狙撃していたゴブリンが、シオンに目をつける。
黒い鎧を着た変な人間。髪が長いから、女か?
だが女なら、女騎士を捕らえに行った連中が確保するはず。
不気味だから、この鎧女は殺してしまおう。
そう思ったゴブリンは、防具で護られていないシオンの顔面に向かって弓を放つ。
だが、弓矢は鎧女の顔面をすり抜けた。
馬鹿な、当たったはず!
焦ったゴブリンは二射三射と放つが、鎧女が軽く手を添えただけでまたも弓矢はすり抜けた。
「雷光流『
何でも無いように、シオンが言い放つ。
ユーリが聞いていたら両手で顔面を覆っただろう。
クコロ・カンド・サンゼバー、と名乗ってみたかったけど。
もうサンゼバー家の人間ではないし、クコロとクッコロで名前が似ててわかりにくい。
シオンと名乗り、シオンとして過ごしてきた。
ユウを産んだのも、シオンと名乗り初めてからだ。
それならば、もう。
シオンでいいじゃない。
「雷光流・免許皆伝、シオン。推して参る」
時速250km近い速度で、レッドキャップの投槍(正確には矢)が三本、シオンに向かって飛んできた。約400~600ジュールという拳銃弾レベルのエネルギー量を誇るこの投槍は、一般的な鎧や盾を完全に無効化する。
シオンは膝を抜き、秒速9.8 mの助力を得た急激な前傾姿勢変化で投槍をかわしながら、全速で前に向かって落ちていく。
極限状態の壮絶な笑みが、シオンの美しい顔を彩った。
シオン。その花言葉は「追憶」「あなたを忘れない」。
もう一度、ユーリに会いたかったな。
流れるような挙動でレッドキャップの首を刎ねながら、シオンはそう思った。