ふかふかダンジョンでエンジョイ&エキサイティング! 作:RAP
カタナへの解法は幾つか思いつくが、今回は条件が特殊だ。
・殺し合いではなく、寸止め試合
・日本刀vsスプリング刀ではなく、鞘vs鞘
・二刀vs二刀ではなく、一刀vs一刀
・カタナが上半身裸(=鎧を着ていない)
メインで想定していたのは日本刀vsスプリング刀による殺し合いだった。
まぁ、このケースはこのケースで解法はある。
初動でわかったが、カタナには縮地的術理も起こりを消す術理もない。
起こりを消す発想自体が無いから、居合いの術理もない。
雷光流のように、二刀でなければならない明確な理由もない。
仮にケンタウロス拳法とかがあったとしても人間のカタナは習得できない。
そして亜人は、剣の術理を系統立ててまとめていないし継承もしていない。
連中の頭にあるのは、弓のことだけだ。
結局のところ、彼女の二刀流は身体スペック頼りの
原作10巻45Pのコラムでも「スタイルとしては極めてオーソドックスな剣術」とある。
彼女が特殊武器こと『90度近く曲げられても戻るし横から殴られても折れないスプリング刀』を使っている理由は、緊急で無理矢理抜刀しなければいけない状況――6巻108ページの対レピア戦で見せたような――において、力業で解決するためだと推測される。つまり無理矢理に刀を引き抜くことで結果として居合いを実現するためのもの。『時を遅く見る目』があるからこそ可能な独自進化。目に頼れば殺せるから、目に頼ってきた。今までもそうやって勝ち続け、生き延びてきたのだから、それで何も問題は無い。
ユーリは努めて冷静に分析していく。
相手にとって、全てがスローモーションとして見えるというのなら。
数百年に渡り同族で殺し合いをしてきた人間が辿り着いた答えのうちの一つ。
……見えない術理を、お見せしよう。
* * *
ユーリはわざと見せつけるように、自分の鞘刀をカタナに向ける。
カタナは急接近をやめて、ユーリの直前で停止するしかなかった。
じりじりと近づくように様子を窺う。
自分に向けられた鞘刀を迂回しようと、カタナは軽く左右に動く。
ユーリはカタナの動きに合わせ、鞘刀の先端をカタナの身体から外さないように動かす。
斬るでも突くでもなく、カタナに剣を向けているだけ。
柄を固く握るでもなく、添えるように柔らかい握りで鞘刀を持っている。
刀の先端を相手に向け、相手の動きに合わせて外さない。
これは日本の剣術ではなく、中国拳法の剣術でよく使われる手法だ。
触れれば斬れる刀を、面積の大きな部分に向け続けることで相手の動きを制限する。
ユーリがただ斬ろうとしただけならば、カタナにとっては簡単に躱せただろう。
だが行き先を防ぐように鞘刀の先端を向けられると、それだけで近づけない壁となる。
……つまらない小細工をする。
ユーリの戦法に、カタナは苛立つ。
剣先を向けられ続けるという、単純なこの動作だけで大幅に選択肢が制限された。
『時を遅く見る目』は使っているが、正確にカタナの身体を追尾してくる。
この時、カタナの上半身が裸だというのが余計にネックだった。
全てがゆっくりに見えるにしろ、サイボーグ009のような加速装置があるわけではない。
今でこそ鞘に包まれているが、本来なら触れただけで斬れる刀だ。
振りかぶって下ろすという「斬る」挙動をする必要なく、万が一回避に失敗して剣先が身体に触れたら、カタナの柔肌は切り刻まれてあっという間に血だらけだ。
……痛いのはヤダな、という嫌悪がカタナの心に湧く。
* * *
足のはこび様の事、つまさきをすこしうけて、きびすをつよく踏むべし。
(五輪書 水之巻)
足の運び方は、爪先を少し浮かせて、
五輪書において、宮本武蔵は足の使い方に触れている。
二天一流を腕力のみの
だが、二天一流の本質は一刀と合気の二刀であると理解するに至った段階の者が読むと、この文章はまったく別の姿を見せ始める。
人間の腕の骨は、
同様に、膝から足首までの骨は
この
人間は二足歩行という無茶をしはじめたので、基本的に
腕の
一方で、
『
足の小指の付け根部分だけで立つ技術。
それが宮本武蔵が説明する、足の使い方の本質だ。
この技術を習得すると、相手に触れさえすればよくなるので、極論、上半身が添え物になる。
剣術の「撞木の足」、空手の「四股立ち」の先にある技術。
以前ユーリは、弟子達に「
『腓骨立ち』はそのどれでもない、足裏の
ユーリが伝えなかったのは、弟子の理解度の段階に合わせて教えていきたかった、それだけだ。
本来は袴でさらに足を隠す。『
貴族礼服姿のユーリの場合、お洒落ポーズで剣を構えているようにしか見えない。
衣装による錯覚、ごまかし。先入観から相手を油断させるフェイク。
つまり異世界版の袴だ。『
* * *
カタナはいつも、スプリング刀の腹部分で攻撃をはじく。
邪魔で仕方が無い
実際には斬られないが、裸の上半身を斬られたらイヤだという嫌悪感もあり。
カタナは、鞘刀をはじいて一瞬で踏み込み、切り伏せる選択肢をとった。
最短最速のカタナの機動力が、反則技とも言える彼女の目と共に発揮される。
小細工のユーリ。
はじいて、斬って、終わり。
いつものように、いつものごとく――
ゆえにカタナは、鞘刀で鞘刀をはじこうとした。
合気捕りの手で鞘刀を構えているユーリに対し、もっともしてはいけない行為。
鞘刀と鞘刀を通じて、ユーリとカタナが繋がってしまう。
瞬間、ユーリが
「
ユーリの『不安定』が、カタナに転写される。
転びかけたユーリが、カタナにすがりついた時に発生すること全部。
妙な表現ではあるが『強固な不安定』が、カタナの身体に襲いかかった。
ケンタウロスの思想は持っていても、カタナはケンタウロスではない。
二足歩行をする立派な人間だ。
だから逃れられない。転写された『強固な不安定』から逃れられない。
* * *
燃えさかる炎を背景に戦う二人を見ていた亜人達や捕虜は、自分の目を疑った。
カタナが突然つま先立ちになり、右手を高々と挙げたのだ。
カタナが左手に持った鞘刀は、ユーリの右手の鞘刀から離れない。
この世界にはいないが、バレエダンサーがつま先立ちで舞うような姿勢。
ユーリから見て時計回りに、つま先立ちでひょこひょこと歩くようにカタナの身体が回る。
ユーリとカタナが、ほぼ背中合わせとなって。
カタナの右手が決めポーズのように、大きく広がった。
別に決めポーズではなく、本人は必死にバランスをとっているだけ、なのだが。
そんなカタナのポーズに合わせるように、ユーリが左手を広げてしまったので。
ユーリが貴族礼服を着ているのもあり、それはさながら舞踏会で踊っているかのよう。
不参加のテオを除き、拠点にいた全ての亜人は、カタナとの寸止め試合で瞬殺されている。
青ざめながら無言で何度も自分の首を確認したほどに、徹底的にわからされている。
戦った誰もが死を錯覚したほど、上半身裸のカタナにフルボッコにされた。
そんなカタナが両足をつま先立ちさせ、手を大きく広げ、身体を震わせている。
カタナは半泣きで、顔は恐怖に引きつっている。
二人で事前に打ち合わせをしていました。
こういう演舞をしようと決めていました。
後でそう言われたとしても、首を傾げざるを得ないレベルの不自然過ぎる挙動だ。
しかし、だからといって。
眼前に広がっている光景は、素直に受け入れられるようなものではない。
二度見、三度見。
どれだけ疑ってかかっても、不可思議な光景が続いていることに変わりはなかった。
* * *
ソードマスターでもソードセイントでもなく、わざわざ造語で上位称号が与えられた理由。
弓王ボーゲンに合わせて
剣禅一如を無理矢理英訳したような二つ名になってしまった理由。
A級昇格審査時に、試験官をカタナ同様に木刀だけで踊らせてしまったからだ。
ユーリが行使する技は、その大半がネット検索で確認できる。
『腓骨立ちからの不安定転写ダンス』も実演動画がある。
人間が持っているポテンシャルの高さは、凄いのだ。
灘神影流・
* * *
「あ、あ、あ……」
両手を大きく広げ、つま先立ちのカタナは。
今や背中を大きくのけぞらせ、後ろに落ちようとしていた。
上半身裸で後ろに反っているので、彼女の乳房も上向きとなって震えている。
涙目なので、エロティック以前に見てて可哀想という感情の方が強くなる。
崩れたバランスを、ただ直そうとしているだけなのに。
姿勢を制御しようとすればするほど、今のようなポーズになってしまう。
つま先立ちのまま大きく後ろにのけぞったカタナは、やがてバランスが取れなくなり。
そのままどすんと、尻餅をついた。
こつん。
カタナの頭に、ユーリの鞘刀が軽く当たる。
「僕の勝ちだね、カタナちゃん」
鞘刀の紐をほどき、左腰に戻しながらの、いつものユーリの笑顔。
気がつけば、拠点内であんなに燃えさかっていた炎も全て消えていた。
……これは、夢? それとも、現実?
混乱の中、ユーリの笑顔に仲直りが出来たと錯覚したカタナは、
この時のユーリの脳内は「ちんちん亭語録で煽り損ねたな」だったのですれ違いが凄い。
「ほら、立てる?」
「ん……」
尻餅をついているカタナに、ユーリは優しく手を差し伸べてくれた。
ユーリはユーリだ。変わってなかった。嬉しい……。
カタナは嬉しくなって、ユーリの手を取り、立ち上がろうと――
「第一から第三頸椎でミスると呼吸困難で死亡、第四頸椎以下でミスると四肢の麻痺の可能性。脳を揺らすのも頸動脈圧迫も迷走神経反射も首トンも、どれもこれも一歩間違えると死んだり後遺症が残ったり、
「……ん?」
「良かったねカタナちゃん。お許しが出たみたいだよ」
「ユーリ、なんの話?」
ユーリの目線が、微妙にカタナから外れている。
カタナの横の空間に、ユーリにしか視認できない謎のユーザーインターフェースが浮かんでいることなどカタナは知りようもない。
『【青年漫画1位アザース(о´∀`о)】
強姦目的時に限り、呪文詠唱後30秒以内の失神想定攻撃に成功すると傷害致死及び後遺症発生確率が0%になります。呪文は「小中ロック1・2・シェイカー」です。
【ふかふかダンジョン攻略記17巻発売でーす(●´ω`●)】』
ユーリの手をとって立ち上がりかけたカタナの耳元で、共通語でも亜人語でもない、カタナが聞いたことの無い言語でユーリが囁いた。
「ショウチュウロックワンツー・シェイカー」
ユーリに軽く腕を引かれ、元に戻ろうとした防御反射でカタナの頭が後ろに少しのけぞった。
その瞬間、カタナにとっての死角、真下から無拍子の掌底がカタナの顎に命中する。
掌底後、ユーリは流れるようにカタナの顔面を掴んで押さえ、大外刈りの要領でカタナの後頭部を勢いよく地面に叩きつけた。
ドグワシャァ!
顎で脳を揺らされ、後頭部で脳を揺らされ。
ユーリを信じ切っていた所に凶悪な不意打ちを受けたカタナは、一瞬で気を失った。
死角からの攻撃だったので『時を遅く見る目』もへったくれもなかった。
首返し。
自衛隊などの軍隊格闘術でも使用される、古流系の危険な技だ。
良くて失神、悪くて死亡。さらに身体を返して拘束、腕折り、踏みつけ、エトセトラ。
古流系、つまり甲冑組み討ち前提なので、その後のエグい派生技も数多く存在する。
カタナに対する容赦ないユーリの攻撃に、亜人を含めた観客全員がドン引きした。
特にクッコロとメキシは、殴るとはなんぞやと目が点になっていた。
殴って犯すとは言っていたけれど、今のも殴るという表現の範疇に入れてしまっていいの?
ユーリは呑気に、キョロキョロと周囲を見渡している。
捕虜拘束のために、目的物はわかりやすい場所に置かれていた。
「おっ、いいロープ。テオ、これちょっと貰っていくから!」
「……う、うむ」
ユーリは、カタナをロープで縛っていく。
……が、うまくいかないようで、首を傾げている。
セスアーネを縛るプレイは、簡単な拘束だけだった。
拘束、というよりSM的な緊縛には、知識と技量が必要だ。
ゴブリンのホヤクが、つい助け船を出した。
「そこはこうして……ここから先に通せばいい……そう、そんな感じ」
「なるほど? 胸を強調しつつ首縄と手首拘束。流石に手慣れてる」
具体的に言うと、原作7巻156Pの捕虜緊縛結びである。
カタナは元々上半身裸だったので、緊縛自体はスムーズに終わった。
下半身はカタナの標準、スカートとレッグガード姿のままだ。
「ありがとう、勉強になった。助かったよ」
「あ、ああ。問題無い」
「セズレは本気で衰弱してるから、数日は殴らず犯さず、様子見してあげてね」
「わかった。配慮しよう」
ホヤクは思わず、普通に会話してしまった。
「こんなところか……よいしょっと」
緊縛し終えたカタナを、ユーリは俵担ぎで肩に抱える。
あっ、本当に彼女を
「それではオーク帝国の諸君、気をつけてお帰りを。もしかしたらケンタウロスのために作ってる『道』が無駄になっちゃうかもしれないけれど、そしたらゴメンね、テオ」
「くっ、くくっ。いいだろう、その時は南部攻略を手伝ってくれるんだろうな?」
「聖教会に喧嘩売る可能性もあるから、確約はできないなー」
「わかった。その時はマッピングでもしながらお前の返事を待つとしよう」
「真面目な話、僕から亜人達への好感度が結構下がってるからさ。僕と仲良くしたいのなら、なんか考えといてよ。サイエンにもよろしく伝えておいて。それじゃ!」
肩にカタナを抱えたユーリは、返事を待たずに拠点から去って行った。
隠し拠点に置かれていた兵器群の全てが燃えてしまったが、亜人や捕虜、馬達は無事。
燃えさかっていた炎も、綺麗に消化……正確には消失している。
嵐が来て、嵐が去って行った。
テオは思わず、頭を抱えて大声で笑い出した。
「はははははははっ! ああ、畜生……愉快な化け物達め……っ!」
なんか私達のこと、本当にスルーだったな……。
クッコロとメキシは、全てを諦めた瞳で遠い目をする。
ユーリが『場合によっては人類に喧嘩売る』と発言したことに、突っ込む気力も無かった。
「カタナとやらも、ユーリとやらも! これだから世界は面白い!」
『テオ戦記 〜オークエンペラーの軌跡〜』の主人公、オークエンペラー・テオは。
一刻も早く帝都に帰還して、ユーリについてサイエンに質問しまくろうと考えた。
流石のサイエンも、テオが望む答えを返せるほどの知識はないというオチがつくのだが。
亜人達は人間に100年かけてメッセージを届けようとしたが、届く気配はまるでない。
だが、人間全体に届けるのではなく。
あの、ユーリとかいうたった一人の男に届けば
テオは、ユーリから亜人への好感度をどうやってあげればいいのか、考えることにした。
それは新兵器や、都市計画の構想を練るより楽しい時間だった。