ふかふかダンジョンでエンジョイ&エキサイティング!   作:RAP

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第99話 原作時間軸・ケンタウロスの里

 

「何者かッ!」

 

 絶望の草原、ケンタウロスの里。

 不意に訪れた人間の冒険者達を訝しみ、門番が弓を向けようとする。

 だが、冒険者達をかばうように両手を広げ、目の前に立っているのは大英雄カタナ。

 

「ん。武器を向けちゃ駄目。ユーリを怒らせたくない」

「『剣鬼』カタナ……!?」

 

 人間の冒険者達を代表して、リーダー格であろう銀髪の青年が声をあげる。

 

誰何(すいか)までは許そう。弓を向けられるのも一度までならば許そう。だが一度でも撃てば撃った者を殺す。複数人が撃てば敵対の意思ありとみなして貴様等を全員殺す。こちらのパーティ名や、個人の二つ名を言ってもお前達には興味も無いし知識もあるまい。僕の名前はバーピィチピット聖王国が貴族、ユーリ・ハーベラ・セルヨーネ侯爵という。お前達ケンタウロスの里と調味料の取引をしている商会の代表と言いたいが、今回はそんなことで来たのではない。僕の妻と子を殺害または拉致したと思われる件で重要参考人たるカタナの兄に事情聴取に来た。……他にも色々と話はあるが、まずはそれだ。里長でも誰でもいいから対話の権限がある者を連れてこい。返答はいかに」

「弓を……下ろして。ユーリはやるといえばやる」

 

 終身名誉ケンタウロスである大英雄カタナが、真顔で忠告をしている。

 冒険者達を守る、というよりは、銀髪の青年が早まらないよう押しとどめている。

 

 ケンタウロスの里がざわつく。

 ユーリと名乗った者は続ける。

 

「対話の為に訪れた者を殺そうというのであれば、話の通じぬ蛮族となんら変わらない。ケンタウロスが話の通じぬ蛮族ということであれば、鏖殺するになんの遠慮呵責も湧かない……何度も言わせるな。僕の妻、クコロ・カンド・サンゼバー、またはシオンと名乗っている女性。ユウという名の、僕と同じ銀髪の子供。生死の手がかりがここにあると判明している以上、言い逃れを聞くつもりはない」

「随分と……己の力に自信があるようじゃのう」

「里長!」

 

 複数のケンタウロスに囲まれた、あきらかに服装の違う、一目で高い地位にあるとわかる老ケンタウロスが現れる。

 

「エルフもおるようじゃが」

「エルフではない。彼女の二つ名には竜討伐の呪い(ドラゴンバスターズ・カース)というものがある。ドラゴンを倒したことで呪いを受け、エルフの外見を取得した人間にすぎない。だからエルフは関係ない。同様に、僕の二つ名には虐殺王の虐殺者(シャイニングドラゴンスレイヤー)というのがある。お前達が対話を拒否して殺し合いを望むのであれば、ケンタウロスとドラゴンのどちらが強いのか、戦力評価をするにやぶさかではない」

「ほう。ドラゴン殺しとまで騙るか」

「騙りと思うのはお前達の自由だ。だが、事情次第でお前達ケンタウロスを族滅するとオークエンペラー・テオに僕は宣言し、彼もそれを黙認している。……安心しろ、生きた深き不可知の迷宮攻略は、僕が引き継いでやる」

 

 生きたふかふかという謎の単語が出たが、実のところこれまでの会話は全て亜人語でおこなわれていて、バーチェが同時通訳をしてパーティの面々に伝えている。

 ゆえに、気になることは全部後でユーリにぶつけるしかない。パーティの女性陣は大人しく聞き役に徹している。

 

 そこに、カタナ兄がふらりと現れた。

 

「……やめるっす。全部話すっす。銀髪の子供は無事っすよ。シオンは……レッドキャップに殺されて、今は里の奥で静かに眠り続けてるっす」

「お兄ちゃん!」

「わかった。先に息子に合わせてくれ。無事を確認したい」

「みんな、手を出すなっす! これは客人との話し合いっす!」

 

 そう言って、カタナ兄は歩いて行く。

 左頬の傷と、半ばで切れた左長耳が痛々しい。

 

「一戦交えずに……すみよったか」

 

 はぁ、とバトがため息一つ。これは人間語。

 バーチェが悲しい瞳で答える。

 

「まだ、わかりませんけどね」

 

 

 * * *

 

 

 小さめのテントの外。

 銀髪碧眼の4歳児が、黙々と雷光流の套路(とうろ)を繰り返していた。

 

「……まるで、ユーリ様と出会った頃のような」

「目元がクコロさんに似てる」

「確かに旦那様なんだけど、見ればクコロさんも居るってわかる」

 

 バーチェ、ミルヒ、カカオが感想をこぼしていく。

 バトが呆れる。

 

「……勁の流れができとるで。アホか。クコロはどういう教育しとったん」

「ユウは、託児所が存在しないことになっている最前線でずっと過ごしてきた。……套路(とうろ)ぐらいしか、やることがなかったのかもね」

 

 銀髪の4歳児は套路(とうろ)を終え、そこではじめて来客に目を向けた。

 ユーリは、ああ、クコロの面影があるなぁ、と遠い目をする。

 しゃがみこんでユウと目線を合わせ、ユーリは手を伸ばす。

 

「はじめまして、ユウ。きみのお父さんの、ユーリです。来るのが遅れて、ごめんね。お母さんとユウを探すのに、ちょっと時間がかかっちゃったんだ」

「ユーリ・アイダ・ハサマール?」

「それはお母さんが僕の元を離れた時の名前だね。今はユーリ・ハーベラ・セルヨーネと名乗っている。いきなりお父さんって言われても困ると思うけど、それでも僕がユウのお父さんなんだ」

「……お母さんの、本名は?」

 

 この子なりの試験が、続いている。

 同じ銀髪というだけでは、信じてもらえなさそうだ。

 

「クコロ・カンド・サンゼバー男爵令嬢。僕達……僕から見て義理の父、ユウから見て義理の祖父にあたるサンゼバー男爵とは、とても仲が悪くてね。僕がクコロと結婚するのを反対されてしまったんだ。それが原因で、クコロは家を飛び出して、僕の前からも姿を消して……中央大陸から暗黒大陸へと向かった。お母さんのお腹の中には、僕の子供、つまりユウ。キミがいたはずなんだ。クコロは暗黒大陸に来てからシオンと名乗るようになり、軍の兵士として生きていくようになった。軍には託児所もあるし給料もいい。片親で子供を育てていく環境が揃っていたから、クコロにとっては丁度良かったんだと思う」

「……じゃあ、握手して」

 

 ユーリとユウの会話を見ていた全員は、ユウが手を差し出したことで安堵した。

 少なくとも、ユウはユーリを父親と認めてくれたのだろうと。

 しかしユーリは、差し出された手を見て苦笑し、遠い目をする。

 なーに教えてんですか、クコロさん。

 

「うん、握手」

 

 ユーリがユウの手を握ると、不敵な笑みを浮かべたユウが、一瞬戸惑う。

 あれ? という顔をして、驚いてユーリを見る。

 

「握手落としは、僕には効かないよ」 

「えっ……」

「僕が本物のお父さんだって、信じてくれた?」

 

 握手落としは、検索をかければ幾らでも出てくる。

 つまりユウは、ユーリを握手で転ばせようとしたのだ。

 

「本当に、お父さんなの?」

「うん。僕がユウのお父さん、ユーリだよ。ほら、同じ髪」

 

 ユーリが自分の銀髪を一房、ユウに見せる。

 ユウは、そこではじめて顔をくしゃくしゃにする。

 

「お母さん、死んじゃった」

「うん。お父さんは、間に合わなかった。助けられなくて、ごめんね」

「お母さんは、弱いから死んだの?」

「まさか。お母さんは、とっても、とーっても強い人だったよ」

「でも、自由な世界は強くなければ死ぬって」

「なんで『牢獄と城』の話をウチの息子に仕込んでんだ草原の民ぶっ殺すぞ」

 

 通訳から話を聞いていたケンタウロス達は全員、ひっと息を飲んだ。 

 

「お母さんは、大きいのも、早いのも、小さいのも、10ぐらい殺したよ。お母さんは沢山殺したのに、弱いから死んだって馬の人が言ってた。僕も小さいのを殺したけど、1つだけだった。ねぇお父さん、どれぐらい殺せば、強くなって死ななくなるの?」

 

 ユウの壮絶な台詞に、その場にいた全員が固まる。

 4歳児で、既に殺しの童貞を捨てた?

 ユーリはニコニコ笑顔で、ユウの銀髪を撫でる。

 

「誰がそんなことユウに教えたんだい? お父さんそいつ殺してくるから、ちょっと待っててね。そいつの首をお母さんの墓前に捧げ――」

「わーっ!」

 

 カタナがぴょんと背中からユーリに飛びついて、ひしっと抱きしめた。

 

「だ、駄目っ! まずは里長とお兄ちゃんに話を聞く! 殺しちゃ駄目!」

「えー……」

 

 心底イヤそうな顔をするユーリに、妾陣が呆れる。

 バトはすたすたと近づいて、しゃがんでユウを抱きしめる。

 

「ほなユウ君、ウチはバトお母さんやで。バーチェお母さんと、ミルヒお母さんと、カカオお母さんもおる。家に帰れば、セスレお母さんとアロお母さんもおる。おー、なんや、お母さん一杯増えたな? 凄いな? みなに自慢できるで?」

「えっ、えっと? お母さんが、6人!?」

 

 指折り数えて、ユウが驚く。

 

「そこにおるカタナお姉ちゃんも、多分カタナお母さんになるで。そしたらお母さん7人や。凄いなー、ユウは♪」

「う、うん。私もユウのお母さん。頑張る」

 

 通訳から話を聞いていたケンタウロス達は、里長とカタナ兄をはじめとして、全員の顔が凍り付く。一体何の話が進行しようとしているのか。

 

「ユーリ様、ユウ君のお母さんは何人に増えるのですか?」

 

 バーチェの問いで、カタナを背に背負ったままのユーリが我に返った。

 

「……じゅ、10人以下にとどめたいなと、善処したく、思っております。しかしながら、えー、秘書が」

「秘書はわたくしですが」

「ユウ君にはな、お姉さんがおるんやで。妹もな、弟もな、ぎょーさんおるで。ユウ君、いきなりすごいな! 名前と顔を覚えるだけで大変やな!」

 

 バトの台詞が、ユーリを冷静に引き戻す。

 そう、ヘタレのバトはこの世界線にはいない。二児の母として立派に成長している。

 

「あーもー! うぐぐ、ぐぬぬぬぬぬ」

 

 ユーリはカタナをおんぶしたまま必死に考える。

 考えて、考えて、はぁ、と深いため息をついた。

 

「……先にシオンの遺体を見ると、僕が冷静になれそうにない。このまま話を聞くよ。こちらの皆が入れそうな場所に案内してくれ」

 

 来た。本番はここからだ。

 ユーリの嫁陣営は皆で顔を見合わせて、決死の覚悟で頷いた。

 カタナはユーリにしがみついたまま、何かあったら命を差しだそうと考えた。

 

 

 * * *

 

 

 ケンタウロスの里の会議室テント。

 そこにできる限りの関係者が集まって、カタナ兄と通商部隊から話を聞いていく。

 基本は亜人語で、人間達にはバーチェが翻訳している。

 

 話を聞き終わったユーリは、両手で頭を抱えたまま、俯いて動かない。

 ユーリの脳内で、超高速で審議がおこなわれている最中だ。

 

 

「同盟相手が(いくさ)を仕掛けていたからといって、取引しとる人間相手に安易に撃つなというに」

 

 里長が呆れている。初手の弓矢連射のことだ。

 

「所有権を主張する強姦(レイプ)言われてもなぁ……」

 

 ユウを抱きかかえたバトがこぼす。

 本当はユウをこの場に混ぜたくなかったのだが、当事者である以上仕方が無かった。

 一人でも多くの関係者を集めて話を統合し、推測しなければ全貌が見えなかった。

 

「文化の差はともかく、こちらとしては全力でシオンの命を助けようとしたっす。レッドキャップの行為は、連中の掲げる宗教以上に、復讐の思いが強かったと思うっす」

 

 カタナ兄が淡々と語っていく。

 カタナ自身は、殺しはともかく強姦(レイプ)を含めて『大体合っている』が真実だったことに、驚愕とショックを隠せない。カタナは意識を切り替える。

 

「里長。お兄ちゃん。ケンタウロスとして、生きた『深き不可知の迷宮』の攻略はちゃんと手伝う。でも私は、今回の件で責任をとる意味でも、人間として一緒になりたい意味でも、ユーリと結婚する」

「……カタナちゃん、里の男衆はどうするっすか?」

「ケンタウロス式で、私に勝って強姦して中に精を放つ。人間式で、口説いてその気にさせてくれる。どっちかで結婚は受ける。ユーリは両方の条件を満たしてくれた」

 

 カタナの発言に、その場にいた全員がそれぞれの立場で驚く。

 

 まさか、大英雄カタナに真正面から勝ったというのか?

 カタナちゃんが一人の男のみにベタ惚れしている!?

 まーた女を増やしよってからに! 好きやけど! 惚れた弱みやで!

 カタナさんで7人目、グラスさんで8人目ですね、ユーリ様。

 旦那様はどんな感じでカタナちゃん口説いたんだろー?

 強姦(レイプ)の件はチャラとして、問題はクコロさんの死かー。

 

 なおカタナに勝って強姦しようとした時、ユーリに殺される可能性があるとは言っていない。

 ユーリ以前に、カタナの子宮に仕込んであるスライムがレイプ犯の尿道から侵入する可能性があることも言っていない。

 カタナは知らないからね。仕方ないね。

 

「……彼は我々の文化を受け入れられるのか? 『人間の教育』を子に施すのは犯罪だが」

 

 頭を抱えたままで動かないユーリを、里長はちらりと見る。

 ゆらり、とユーリが頭を上げた、

 ユーリが剣呑な瞳で、里長をはじめケンタウロス勢を睨む。

 

「なーにが犯罪だ、あぁ? 自分達の知識や認識を更新せずに、思い込みで古い思想に捕らわれたまま一方的な洗脳教育を施されても困るんだよ。マジでぶっ殺すぞクソが。一体いつまで上から目線で語ってやがるんだ? 人間を下に見るのはいいが、僕まで一緒にひとまとめで下に見てどうする。伊達や酔狂でドラゴンスレイヤー名乗ってるんじゃねぇんだよこっちは!」

「なぁっ!?」

 

 里長が驚愕する。

 

「お前等ケンタウロスが長きに渡って生きた深き不可知の迷宮を攻略していることは尊敬するし評価もする。地獄門作戦の詳細は知らないが、似たようなことを南部攻略でもやるってんならカタナちゃんの隣で手伝ってもいい。北部攻略はそろそろ終わりだから今更行っても間に合わないんだろ? だが、それと『ケンタウロス病』の件は話が別だ。お前等一体、いつまで人間の最底辺にいる連中の思考だけ切り取って、それが人間全員にあてはまるものだと思い込み、決めつけてんだ。絶望の草原に引きこもりすぎて、情報更新できてねーだろ。よく知りもせず調べもせず、全ての人間がヤク漬けの病気猿だと定義する『ケンタウロス病』に汚染されたゴミクソな連中の教育に僕の子供達を染めるなんざ、まっぴらごめんだ、つまり!」

 

 ユーリが里長の顔面に、人差し指を向ける。

 

「現時点の古い認識下における『ケンタウロスの教育』を子に施すのは犯罪だ」

「……本気で言っているのか?」

「文化も価値観も根底から違う。それを踏まえて可能な限り柔軟に融通をきかせた上で『ケンタウロス病』に罹患した者達からの教育は拒絶する。どうにもお前等ケンタウロスは『お前に我々を受け入れる器があるか?』という視線で皆が観察の目を向けてくるが、逆だ。ごく一部の人間のみの思考を全体に適用させて扱おうとするお前等の方にこそ器がない。だから僕はお前等に合わせない。お前等に対して僕に合わせろとも言わない」

 

 ユーリは人差し指をくるくる回してから、指を立てる。

 

「ただ一つ、カタナちゃんの幸せのみを優先しろと要求する」

 

 里長もカタナ兄も、聞き耳を立てていたケンタウロス達も、全員が顔を見合わせた。

 大英雄『剣鬼』カタナは、顔を真っ赤にして、恥ずかしそうに俯いていた。

 

 

 * * *

 

 

 『生きた深き不可知の迷宮』に関しては皆が話を知りたがったが、説明が死ぬほど長くなるので、セスレやアロを含めた嫁一同にカタナを顔合わせさせた際に、必ず説明するとユーリは話した。

 モチベーションの関係で、ジャンには内緒にしておいたほうが良いだろうが、嫁達には話しておきたかった。

 

 ……本当は、亜人と絶滅戦争なんかしている場合ではないのだと、伝えておきたかった。

 

 

 * * *

 

 

 ケンタウロスの里、中央広場。

 中央に急遽設置された壇上に、ユーリが立っている。

 

 その周囲には、なんだなんだと興味深そうなケンタウロス達が集まっている。

 ケンタウロス達の輪の外側で、ユーリの嫁一行が心配そうに見つめている。

 なお、ユウは家族に出会えた関係で一気に疲労に襲われたのか、別所で寝込んでいる。

 

「はい、ちゅうもーーーく!」

 

 ユーリが叫んで、両手を広げる。

 

「『ヤク漬けの病気猿』である僕が、最新の学説を発表したいと思います! では早速いってみましょう、まずは『麻薬』の件から! 皆さんの定義では、確か『正義・尊厳・平等・理想・宗教・人権』各種を麻薬として否定する、でしたね!」

「そうだー! それは誇大妄想に基づく麻薬だー!」

「人間病そのものが誇大妄想だー!」

 

 わー、わー。やんややんや。

 ケンタウロス族も結局娯楽が少ないので、盛り上がっている。

 

「『正義・尊厳・平等・理想・宗教・人権』が誇大妄想、いいでしょうわかりました! 確かにある意味妄想かもしれません! ですが皆さん、聞いて下さい!」

 

 ユーリは突然ポーズをとった。

 仮面ライダー・一号の変身の構え。

 ぐぐぐっ、と伸びた手が回り、止めの決めポーズと共にユーリは叫ぶ!

 

「可愛いは正義!」

「可愛いは……正義?」

 

 聴衆のケンタウロス達がざわつく。

 ユーリはさらに変身の構えをとる。

 へんっしん。ぶいすりゃー!

 

「特徴は尊厳!」

「とくちょうはそんげん?」

 

 ユーリは違う構えをとる。

 両腕をクロスさせ、ぐわっと大きく広げる!

 あーっまーっーぞーん!

 

「おっぱいは平等!」

「なん……だと……」

 

 ユーリのさらなる構え。

 両腕を波動拳のように突き出してから、さらに回す。

 すーぱーわん!

 

「シチュは理想!」

「な、なにを言ってるんだ!?」

 

 両手の拳を構え、ギリギリ音がきしむほど握るユーリ。

 左手が右から大きく円を描いて左に。

 両手が左右反転して伸ばされ、格好いいポーズに!

 

「推しは宗教!」

「推しは……宗教……」

 

 天高く上げた右腕を、ゆっくりと下ろしていく。

 右腕を左に振ってから右に。左腕を握りこぶしで構える。

 おれはたいようのこ! あーっえっ!

 

「性癖は人権!」

「性癖が……人権?」

 

 ざわ・・ ざわ・・

 

 流石のケンタウロス達も混乱した。

 なおユーリの嫁達は真顔になっている。

 

「説明しろー!」

「一体なんのことよー!」

 

 騒ぐケンタウロス達に対して、ユーリはまぁまぁ皆さんという態度をとる。

 

「いいですか。まず、可愛いは正義については、もはや語る必要は無いでしょう。皆さんが思う一般的な可愛いでもよし。男女問わずで、幼子が不意に見せる初々しい言動や行動でもいい。可愛い彼女なら、男にとっては語るまでもないでしょう。……微笑ましい、と皆さんが感じた時。それこそが、可愛いは正義です」

「おお……」

 

 ユーリが語っていく。

 

「ああ、しかし悲しいかな。太っている人は努力で痩せることができますが、努力ではどうにもできない身体特徴は存在します。それは背の低さだったり、鼻の高さだったり、顔立ちだったり……より深いところでは、おちんちんの長さなどです。いくら努力しても変えようがないのに、そこを直せと言われても無理ですよね? 特徴は尊厳。直そうにも直せないから尊厳です」

「ふむ、確かに……」

 

 ユーリは愛しそうに自分を抱きしめる仕草。

 

「同様に、女性のおっぱいには色々あります。貧乳の人、巨乳の人。陥没乳首に悩む人もいるでしょう。なのに男達は、あの子の胸がいい、いやあの子の胸がいい……などと語りがちです。否! 本質はそこではない! おっぱいはおっぱいであるという、ただそれだけで素晴らしい! 大きかろうが小さかろうが、等しく貴賤は無い! ゆえにおっぱいは平等なのです」

 

 何故か涙を流している女ケンタウロスまでいる。

 ユーリはどこかから伊達眼鏡を取り出し、かける。

 

「いま、僕は眼鏡をかけました。雰囲気が多少変わり、ちょっといいかも……なんて感じてくれた方もいたかもしれません。ケンタウロスで言えば、夫の前でしか着れない晴れ着がありましょう。あるいは、ケンタウロス用の寝間着がいいと感じる人もいるでしょう。武装した旦那の鎧姿に惚れ直した奥様もいるかもしれません。これら外的要因による変化を、シチュエーションと呼称します。ゆえに、シチュは理想なのです」

「確かに……槍を構えてるあの人の姿は……」

 

 頷きはじめたケンタウロスがでた。

 ユーリは大きく両手を広げる。

 

「自分の恋人や、妻や夫は大事です。でもそれはそれとして、あの人は綺麗だよねとか、あの人は憧れだよねとか。好きとか愛というよりは尊敬というか、そっと心の内に秘めておくのが相応しい相手はいませんか? あと10年生まれるのが早ければ、あるいは遅ければ結ばれていたかもしれないけれど、そうはならなかった。だから見守っているのだと……推しは宗教。心に秘めるのです」

「おお……」

 

 ざわつきが増える。

 言われてみれば、確かに。

 

「十人十色とはいいますが、人によってそれぞれ好みは違います。当たり前ですね。でも例えば、女性の寝間着姿が好きな人は、『寝間着姿とかダセぇよな、やっぱ晴れ着だぜ』とか言われたくはないでしょう? 控えめな胸が好きなのに、『お前だって巨乳が好きなんだろ?』と決めつけられたら殴りたくなりますよね? だから性癖は人権なのです。性癖は守られなければならない」

「ああ、その通りだ」

 

 ふーむ、と聴衆のケンタウロス達が考えている。

 色々と身に覚えがあるのだろう。

 

「さて、それら全てを踏まえたうえで、人間病に関する皆さんの勘違いを訂正しておきましょう。アレですよほら、『神』、『獣』、『その間』とか相手に聞くやつです。……そういうのではない! そういうのではないのだと、僕は声を大にして叫びたい! いいですか皆さん、よく聞いて下さい! 『神は無意識に宿る』ということを!」

「神は……無意識に宿る?」

「そうですね、では……そちらの女性の方! そう、貴女です、そこの貴女、こちらの壇上へ!」

 

 ユーリは一人の女性ケンタウロスを壇上へと導く。

 恥ずかしそうに、女性ケンタウロスが誘導されていく。

 

「幾つかの例を挙げます。例えば、ケンタウロス達には肌を他人にあまり見せないという風習があります。でも、服を着込めばムレて汗をかく。これは人間でなくとも変わらないと思います。暑ければ汗をかく、当たり前の自然現象です、そんな時に……いいですか男性の皆さん、よく考えて下さい。彼女が無意識に、こう……片手で耳のあたりの髪の毛をかきあげて……その下のうなじが見えてしまったとしたら?」

 

 ごくり、と男性達が唾を飲んだ。

 壇上の女性は、顔が真っ赤だ。

 

「これはわざとやっても駄目です。わざとらしさはどうしても伝わってきてしまう。無意識の仕草だからこそ、つい見えてしまったからこそ良いのです。女性の皆さんも想像してみてください。例えば男性ケンタウロスが、仕事中などに……ふと遠くの景色を眺めながら、暑いな、と……服のボタンを緩めるなり、上着をずらして胸に空気を送り込んだりしたその仕草に……ドキッとしたことはありませんか?」

 

 女性達が真剣な顔をする。

 ドキッとしたことは……ある。

 

「例えば……僕がケンタウロスで、この壇上の彼女の弟だったと思って下さい。その上で……あ、ちょっと太股のあたりを借りますね? なんかちょっとした遊び疲れとか、不意の眠気とかで……お姉さんに甘えるように、こうやって……膝枕で勝手に居眠りをしてしまった。可愛いとか、親愛の情とかもあるでしょうが、『尊い』とは思いませんか? ほんのちょっとした無意識の行為に、尊さがやどる。そうです。それこそが……神が皆さんを見守っておられる証です。既に、皆さんは神のように特別なのです――意識した瞬間に逃げてしまうから、気がついていないだけで。人間もケンタウロスも……きっと、他の亜人も変わりません。僕達が気づいていない沢山の『尊い』が、そこら中に満ちていると気づく日が……必ずや訪れることでしょう」

「「「「「おおおおおお!」」」」

「ありがとう! ありがとう! 僕の主張は以上です! ありがとう!」

 

 わー、わー。やんややんや。

 物凄い勢いで『ヤク漬けの病気猿』の定義に変革を起こしたユーリは、大勢の拍手や謎の応援、感謝の涙を受けながら壇上を去って行った。

 

 演説を聴いていた嫁達は、いいのかなぁ、と苦笑した。

 

 

 * * *

 

 

 絶望の草原、ケンタウロスの里。

 里の奥に、壁一面が固めた雪で作られた氷室がある。

 

 その氷室内。

 一人の男ケンタウロスが、蓋が外された棺の中を見つめている。

 

 そこに、銀髪の青年を先頭に、人間の女性達がぞろぞろと入ってきた。

 左頬の傷跡に右手で触れながら、カタナ兄は呟く。

 

「俺っちを殺しに来たっすか?」

「人間語、普通に話せるんじゃん」

 

 ユーリは苦笑する。

 カタナ兄は自嘲するように、シオンの遺体を見る。

 

「彼女を犯したのも事実なら、守り切れなかったのも事実っすよ」

 

 そう言って、カタナ兄は懐から青リボンを取り出した。

 身長差はあれど、手を伸ばせばリボンには十分届く。

 

「首を刎ねられる前に、渡しておくっす」

「お兄ちゃん……」

 

 カタナが、悲しそうに呟く。

 『本当にお兄さんが色々とやらかしちゃったのなら、僕を止めることはできない』。

 だからきっと、ユーリを止めることはできない。

 

 ユーリはカタナ兄を見上げる。

 身長差がありすぎて、首を刎ねるんなら先に足を切断したいな、と考えた。

 

「カタナちゃんが僕と結婚すると言い出した時、一番反対すると思ってたあんたが口出ししてこなかった。僕以外とカタナちゃんが結婚する条件も、カタナちゃんを強姦(レイプ)するという事実上不可能な行為の提示だったのに、それにすら反対せずに飲み込んだ。僕が里長に怒鳴った時も、あんたは何も言わなかった」

 

 カタナ兄は、ユーリが言いだすことを静かに聞いている。

 ユーリは、差し出された青リボンを受け取っていない。

 

「怒らないから、正直に答えてくれ。人間だと禁忌な考えだが、ケンタウロスなら普通にあり得る考え。カタナちゃんのお兄さん、あんたシオンに惚れたんだろ? 口説きたかったし嫁にもしたかったし子供も産んで欲しかった。ケンタウロスとしての種族全体の思考ではなく、あんた自身の個としての思考……好きを越えて、シオンを愛してしまった。所有権の主張あたりから、どうにもあんたがズレはじめてる。問答無用で殺そうとまでしていたのに、段々とシオンを大切にしすぎている。レッドキャップを衝動で殺したのも、彼女を生前と変わらない姿に丁寧に戻してくれたのも。全体を尊ぶケンタウロスの思考からは逸れていると言うしかない。人間ならただの横恋慕で終わるが、ケンタウロスならそうでもない。複数の夫を持つ女は普通に当たり前の存在だ、元々のカタナちゃんがそうであろうとしたようにね。……合ってるかい?」

「シオンさんを……お兄ちゃんが、()()()()()()()?」

 

 カタナが驚く。ユーリに抱かれた時の、ユーリの言葉をカタナは思い返す。

 『好きには、もう一つ上があるんだ。人間は、そのもう一つ上のために命すら賭けて相手を守ろうとする。その感情には、麻薬も人間病も関係ない。ただひたすら純粋に相手の事だけを思う』

 『好きな人を殺されたから僕は怒ったんじゃない。好きのもう一つ上の人を殺されたから、僕は怒ったんだ』

 

 ああ、そうか。同じだ。私と同じなんだ。

 お兄ちゃんも、愛する人を見つけてしまったんだ。

 

「……合ってるっすよ」

 

 そう言って、カタナ兄は苦笑する。

 眠るような顔のシオンを眺めながら言う。

 あれから毎日、ずっと見に来ていた。

 

「カタナちゃんのように特殊な目があるわけでもないのに、信じられない強さだったっす。オーク帝国の少数精鋭である特務部隊を半分削ったのもそうっすが、武器も鎧も無くし、他の捕虜達は全員泣き叫びながらただ犯されていただけだったのに……彼女だけが。彼女だけが、最後の最後まで諦めていなかったっす。彼女は犯されながらも、変な技で俺っちの体勢を崩してきて……本当に紙一重だったっす。俺っちが生きていたのは、ほんのわずかな幸運、それだけっす」

 

 その『変な技』は、全ての他次元を含めた様々な一次二次、漫画映画小説アニメゲーム、とにかく何もかもひっくるめて、シオンにしか使えない技だと思うよ。内心でユーリは苦笑する。

 

「毎日彼女を見に来て、毎日謝って、毎日惚れ直してるっす」

「シオンが眠るべき場所は暗黒大陸ではない。でも中央大陸に僕達が戻るには、ちょっと時間がかかる」

 

 この世界が火葬なら、遺骨を運んで終わりなんだけど。

 前世ですら、カトリック教会が火葬を解禁したのは1963年。

 土地が余ってる異世界だから、余計に土葬メインなんだよね。

 

「僕達が中央大陸に戻るその日まで、彼女の遺体をこれ以上損壊させることなく、安置しておける場所を貸して欲しい。お代はその青いリボン」

「いいんすか?」

「カタナちゃんに感謝してくれよ? ケンタウロスの族滅手段まで考えていたんだから」

「ははっ、そりゃ怖い話っすね。……遺体は責任もって、その日まで預かっておくっす」

 

 こつん。

 ユーリとカタナ兄は、身長差を乗り越えて拳と拳をぶつけ合った。

 

「調味料の取引はこのまま続行。北部の攻略を終えた段階で、こっちにも連絡を貰えると助かる。未来のことだから確約はできないけれど、南部攻略は僕も協力する」

「心強いっす」

「同じ女に惚れた同士だ、サービスしてやるよ」

 

 カタナ兄は、久しぶりに笑った。

 

 

 * * *

 

 

「アイギスに一旦戻る……でよろしいですか、ユーリ様?」

「ああうん、まずは冒険者ギルド。ケンタウロスと和解して、商取引も再開してるけど彼らへの余計な刺激を避けたいのは変わらないから絶望の草原に行くなっていう指示は今後も解除しないように伝えるつもり。その後はアロを回収してから、みんなでアイギス港街に行こう。セルヨーネ家勢揃いで、ユウとカタナちゃんを皆に紹介!」

 

 絶望の草原からの帰り道、バーチェが予定を確認する。

 行きの人数からは、ユウが一人増えた。

 ユーリにもクコロにも似ている遺児なので、みんなに大人気だ。

 

 カタナが、ほっと一息をつく。

 

「良かった、ユーリ」

「うん?」

「お兄ちゃんが殺されるかもしれないって、思ってたから」

「彼は彼にできる範囲内で出来ることをした。カタナちゃんも僕のお嫁さんになってくれる。ケンタウロス含めて、無碍には出来ないよ」

「そっか。……等価報復で赤帽同盟を皆殺しにするかもって言ってたから」

「あはっ、ゴキブリを絶滅できればいいんだけどねぇ」

 

 微妙に会話が繋がっていない気がして、カタナは首を傾げた。

 

「ゴキブリ?」

「レッドキャップは精霊信仰の宗教なんだけど、精霊が『獣以上と思い上がった人間を駆逐せよ、人間の血で帽子を赤く染めろ』というありがたい教えを授けて下さったから人間を狩ってるんだ。だからレッドキャップは対象が人間なら女子供関係なく殺す。今回、シオンとユウを殺したようにね。ユウは奇跡的に生き残ったけど、それは本気で奇跡だから一旦横に置いておく。それで、ここからが本番なんだけどさ」

 

 みんな、ユーリの説明を一生懸命に聞いている。

 

「人間を殺して帽子を赤く染めろという宗教に従って人間を殺したら、レッドキャップを害獣と定めた人間に復讐されてレッドキャップを沢山殺されてしまった。だから『お前達も害獣だ』とレッドキャップはぶち切れて、さらに人間を殺すようになった」

「んっ?」

「む?」

「えっ?」

 

 ミルヒ、カカオ、カタナが首を傾げる。

 バトとバーチェも首を傾げる。

 

「ユーリ。殺したら殺されたから、殺してやるって事でエエんか?」

「うん」

「逆ギレ、という表現で合ってますか、ユーリ様」

「合ってる」

「「「えええ……」」」

 

 皆がドン引きしている。

 

「女のレッドキャップも色々あってね。抱かれる前にオナニーとかで自身を濡らしておくのは彼女達にとって最大の屈辱で、フェラチオをさせられるのも奴隷以下の扱い同様の酷く屈辱な行為、だったかな?」

「そっか、口もアカンか」

 

 ユーリにフェラをするのもさせられるのも好きなバトは、苦笑した。

 

「結論を述べるなら、レッドキャップと人間の関係は『最悪中の最悪』。お互いに見つけ次第皆殺しにしてるから、妥協点が本気で存在しないし、わりとどうしようもない存在。だからゴキブリという表現になる。ケンタウロスはカタナちゃんをケンタウロスとして扱ってくれるかもしれないけれど、レッドキャップからすればカタナちゃんは人間と変わらないから、気をつけてね」

「ん。気をつける」

「白面金毛を倒したとしてさー。黒面金毛とか、赤面金毛とか、青面金毛とか、なんかそういうの湧いてきそうで怖いんだよね」

 

 そう言ってユーリは笑ったが、嫁達の顔は引き攣った。

 

「ねぇ、お父さん」

「なあに?」

「ぼく、お母さんを殺した早くて赤いの、全部殺すね」

 

 淡々と真顔で宣言したユウに、ユーリの顔が引き攣った。

 レッドキャップ絶対殺すマン(四歳児)の爆誕である。

 

 

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