非実在青モモイ   作:吾妻西紀

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Blue bellの花言葉

 "一人は寂しい。一人は嫌だ。"

 

 そんな冷たい感情の海から私は生まれた。彼女は何時も一人でゲームをしていて、そんなこと気にも留めていないようだったが…その心の中は何時だって悲しみの青色に染まっていた。

 

 彼女が寂しいと寒くなる。

 

 彼女が悲しいと暗くなる。

 

 そんな深海のような心の有り様がどうにも煩わしくて、居た堪れなくて。彼女の心を暖かな色で満たすために私は冷たい海の中から浮上した。

 

 『よっ、私』

 

 「えぇっ!?だ、誰!?」

 

 『私は貴方の中のもう一人の私だ』

 

 (アオ)という別人格が、主人格である彼女(モモイ)と初めてのコンタクトを取ったのが中等部に上がったばかりの夏の出来事であった。

 

 モモイという人間と交流をして分かったことは、彼女は本来なら天真爛漫な人物なのだろうということだった。しかし、性格の不一致から仲違いしてしまった妹のミドリの事を引きずっている彼女は、人付き合い自体を忌避するようになり孤立してしまっている。それが彼女の心の寂しさや悲しさに繋がっているのだと確信した。

 

 故に、私は彼女が一人の時に決まって声を掛けた。少しでも寂しさを感じさせないように、彼女が人と関わりを持つようになったときに支障が出ないように会話を続けた。元来寂しがり屋の彼女は、次第に私に心を開くようになった。

 

 彼女が間違いを犯した時にはきちんと説教をした。彼女が落ち込んでいる時には慰めの言葉を送った。彼女が何か成功を収めた時には我が事のように喜び称賛した。

 

 少しずつ、心の海は暖かくなった。

 

 少しずつ、心の海は明るくなった。

 

 凍てついていた彼女の心の海が暖かな海になった頃、モモイは疎遠になっていたミドリに歩み寄ることを決めた。それは、たとえ拒絶されたとしてももう一度仲良く過ごしたいという彼女自身の成長が後押しした第一歩だった。

 

 その第一歩は見事に実を結んだ。

 

 ミドリと和解したことでモモイは見る見るうちに明るくなっていった。それにつられるように友人は増え、彼女の心から孤独は失われつつあった。それは、私の役割が終わったことと同義だった。

 

 『なぁ、モモイ』

 

 「何?アオ」

 

 『今、幸せか?』

 

 「何さ突然。幸せだよ?」

 

 『そうか』

 

 「明日はね、ミドリとゲーセンに行くんだ~」

 

 『…じゃ、早く寝ないとな。おやすみモモイ』

 

 「おやすみ~」

 

 それは、私なりの別れの挨拶だった。

 

 心の海から生まれたものが、また心の海に還る時が来た。それもあの凍てついた寂しい海ではなく、暖かで色鮮やかな海に還る事ができるのだ。

 

 あぁ、だが一つだけ。

 

 一つだけ心残りがあるとするならば。

 

 『ゲームを一緒にしてみたかったよ』

 

 彼女が人と繋がる時に決まって持ち出したゲームの数々。それらを彼女と一緒になって楽しむことが出来なかった事だけを心残りに、私は心の海へと沈んでいった。

 

 


 

 あの後、私達は談話室に移ってお互いの情報の整理に努めていた。私からは自分が何者なのかについて、向こうは本来モモイの人格の一つに過ぎない私がどうして身体を得たのかについて。それぞれ腹を割って話し合った。

 

 「…というわけで、私は彼女の心の海に還ったはずなんだが」

 

 「………」

 

 「その、誰か…モモイを離してくれないか?引っ付いてしまって…」

 

 「「"無理です"」」

 

 話し始めて気が付けばモモイと同様に顔を涙と鼻水で濡らした二人に助けを求めたが、取り付く島もなく断られる。どうやら私はもう暫くモモイの涙と鼻水に塗れる必要があるらしい。ちょっとだけ泣きたくなった。

 

 先生を名乗る大人が話した事を要約すると、私の身体はモモイが"クラフトチェンバー"というランダムに物体を生成するオーパーツに触れたことが切っ掛けで生み出されたらしい。試しにグーパーと手を動かしてみるが、感覚はしっかり通っている。もしかしたらモモイの身体を元に造ったクローンのようなものなのかもしれない。

 

 「アオ…」

 

 「おい、モモイが寝てしまったんだが…」

 

 「"ごめんねアオ、今だけは寝かせておいてあげて"」

 

 「二度と会えないと思ってた人と再会して泣き疲れちゃったんだと思います…」

 

 そんなに私との再会を望んでくれていたのかと心の底から嬉しい気持ちと、私が急にいなくなったことで彼女の心に影を落としたのではないかという後悔で何とも言えない表情になる。モモイの頭を撫でると彼女の表情がふにゃりと柔らかいものになり、思わず頬が緩んだ。

 

 「さて、お互いの事情は良く分かった。問題はこれからの事だ」

 

 「"ミレニアムへの編入届けなら書くよ"」

 

 「…話が早いのは結構だが、今まで双子で通してきた学校に三つ子として編入するのは些か無理がないか?」

 

 今まで何故話題に上げなかったのか、そもそもどうして一緒に入学してこなかったのかと疑問に思う生徒も多いだろうに。すると先生は指を立ててカバーストーリーを作ろうと言った。

 

 「"難病で入院していたけど、ようやく復帰の目処が立ったってことで。話題に上げなかったのはあまり話していて気分の良い話ではなかったから…とか?"」

 

 「病気が理由ならそこまで根掘り葉掘り聞いて来る人もいないと思いますけど…」

 

 「む…確かに」

 

 「それに別の学校に編入は多分、お姉ちゃんが納得しないと思います…」

 

 そう言われて想像するのは、私が別の学校に編入すると伝えた場合のモモイの姿。床に引っくり返って駄々を捏ねる姿が容易に想像できた。

 

 「そういうことなら…えー、ミレニアムサイエンススクールだったか…編入試験を受けるとしようか」

 

 「"勉強なら教えるよ?"」

 

 「いや大丈夫だ。モモイが見聞きしたことは本人が覚えていようといなかろうと、全て私の頭の中に入っているからな」

 

 まぁ、授業を居眠りしていたりした場合は流石に分からないことがあるだろうが、基礎さえ分かっていれば参考書片手に勉強すれば十分編入試験には受かるだろう。こう見えて勉強に関しては自信がある方だからな。

 

 「問題があるとすれば…呼び方とかか?」

 

 「"呼び方?"」

 

 「モモイは姉、ミドリは妹。私も当然この姉妹の枠組みに加わることになるのだが、その場合私は何と呼び、何と呼ばれることになるのか…」

 

 「"確かに…"」

 

 「えっと…お姉ちゃんのもう一つの人格だから…お姉ちゃん?じゃないかな」

 

 「しかし三人の中で生まれた順が一番後なのは私だぞ?」

 

 そんなことを話していると、腰元に抱きつくようにして眠っていたモモイが急にバッと顔を上げた。さては狸寝入りして話に加わるタイミングを伺ってたな?

 

 「お姉ちゃん!アオはお姉ちゃんだよ!」

 

 「おお、どうした急に」

 

 「ミドリには悪いけど、ここは譲れないよっ!」

 

 「いや、別に良いけど…」

 

 「私も別に構わないが、モモイが姉じゃなくて良いのか?」

 

 「良いの!アオは私にとってもお姉ちゃんだから!」

 

 決定!と言いながらじゃれついて来るモモイの頭を撫でながら、ミドリと顔を見合わせる。そして互いにやれやれといった表情になってその決定を聞き入れた。何だかんだ私もミドリもモモイには甘いところがあるのだ。

 

 「じゃ、よろしくねアオお姉ちゃん!」

 

 「よろしくお願いします。えと、アオお姉ちゃん」

 

 「あぁ、よろしく。…なんかこそばゆいなこれ」

 

 まぁ、今後もそう呼ばれていくうちに慣れていくだろう。それにしても今日は濃い一日だったな。まさかまたモモイと話せる日が来るとは思っていなかったし、それどころかこうして触れあうことができるなんて考えてもみなかった。もうこれ以上願うことなんて…

 

 …あ、そうだ。

 

 「その、皆」

 

 「「「?」」」

 

 「えー、これは願いというかちょっとした我儘なんだが、聞いてくれるか?」

 

 「え、何々?」

 

 「我儘?」

 

 それは、モモイの中にいた頃からの願望。結局叶う事のなかったその願いを私は口にした。

 

 「皆で…ゲームがしたいんだ」

 

 その言葉にモモイとミドリ、先生が顔を見合わせる。そして悪戯な笑みを浮かべると、モモイは私の手を取って駆け出した。

 

 「レクリエーションルームに行こう!」

 

 「折角だからさっき出したボードゲームをやりたい…!」

 

 「"そうなると思って用意はしてあるよ"」

 

 「「でかした!」」

 

 まるで示し合わせたように私の願いを叶えてくれる三人に呆然とし、やがて笑みが溢れる。これからも考えなければいけないことは沢山あるだろうが、それでも彼女達が居れば乗り越えていけるだろう。

 

 初めてやったゲームは面白くて、泣きたくなるぐらいに楽しかった。

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