言の葉綴り   作:ねるぼう

3 / 7
今回はスピンオフです。
どうぞお楽しみください。


綴リ紡グ恋ハ、忘却ノ中ニ。スピンオフ

スピンオフ① ── 記憶の檻の中で

 

私はね、あの夜、本当はずっと、震えてたの。

 

君の記憶がおかしくなっていくのを見てるだけで、

ひとつ、またひとつと、私との時間が君の中から抜け落ちていくのを、

何もできずに――ただ、笑ってるしかなかった。

 

「君がいれば、それでいいよ」

そう言った君の声が、いちばん怖かった。

 

(だって、それは“今の私”であって、“本当の私”じゃない)

 

私の名前も、出会った日も、

交わした約束も、初めて触れた夜のことも――

 

全部、忘れてた。

 

それでも君は、私を「好きだ」と言った。

 

ねえ、それって幸せなことだと思う?

私は、そう思えなかった。

 

「セイル、お願い。目を閉じて」

 

私の声に、君は素直にうなずいてくれた。

その優しさが、今も胸に突き刺さってる。

 

(この人を、また傷つけてしまう)

 

そう思いながら、私は君の額に手を添えた。

 

君の記憶の糸を、ひとつ、ひとつ……

優しく、丁寧にほどいていった。

 

“私に関わるすべて”を、

君の中から消していった。

 

苦しまないように。悲しまないように。

ただ、“初めからなかった”ように。

 

……でも、それは、優しさなんかじゃなかった。

 

ただの、私の“わがまま”だった。

 

私が君を想った記憶を、

私が君に愛された記憶を――

 

たったひとりで、全部抱えて生きていくことを選んだ。

 

それはきっと、愛じゃなくて、呪いだったのかもしれない。

 

「また、いつか会えるなら」

「その時は――君が私を、もう一度好きになってくれますように」

 

それが、私が記憶を奪う前に願った、

たったひとつの、祈りだった。

 

 

 

スピンオフ② ── 綴られなかった手紙

 

手紙なんて書くつもりはなかったの。

 

だって、もう君の中に私はいない。

名前も、声も、笑い方も、

私が愛した君は、今や私のことを一片たりとも知らないんだもの。

 

でも、書かずにいられなかった。

綴ることでしか、“この痛み”を留めておけなかった。

 

だからこれは、君に届くことのない手紙。

それでも、私は何度も書いてしまうの。

 

ねえ、あなた。

今も花の季節が来ると、胸が痛むことがある?

ふとした香りで、涙が出そうになることは?

 

それは、私のせいよ。

記憶に残せなかった分だけ、感情の形が曖昧に、君の心を揺らしてしまう。

 

本当に、ごめんね。

 

最期に、君が私を拒んだとき――

私、心のどこかでわかってた。

君にそれを選ばせたのは、私の“罪”だって。

 

だって私は、君の記憶を奪った。

君の自由を、愛という名で閉じ込めようとした。

 

たとえそれが“守りたかった”という想いの裏返しだったとしても、

きっとあれは――愛じゃなかった。

 

でもね、あなた。

もしも、来世があるなら――

今度は、私のことを最初に忘れてもいいから、

最期には、ちゃんと思い出して。

 

わたしは、また君を好きになる。

君が誰かを好きになっても、私はきっとまた、泣いてしまう。

 

でもそれでも、また君を好きになる。

 

(名前を呼ばれなくてもいい。振り向かれなくてもいい)

(それでも私は、君を――)

 

この手紙は、どこにも出せない。

でも、私はまだ書き続けてる。

君のいない記憶に、君の輪郭を刻むために。

 

ねえ、あなた。

もし少しでも、心が誰かを探しているのなら――

それはきっと、私よ。

 

どうか、その寂しさだけは、忘れないで。

 

――リゼリアより

「存在しなかった恋人」へ

 

 

 

スピンオフ③ ── 夢を見たのは君だった

 

夜中に目が覚めることが増えた。

隣には、君が眠っている。

その寝息を聞いているだけで安心するのに……

どうしてだろう、こんなに胸が苦しくなるのは。

 

また、あの夢を見た。

 

花が咲いている。

赤い花、静かに、誰かの涙を受け止めているような。

 

夢の中で、誰かが俺の名を呼んでいた。

でも、その声は届かない。

 

振り返っても、姿が見えない。

手を伸ばしても、何も触れられない。

 

ただ、悲しいという感情だけが胸に残っていた。

 

……違う。

 

思い出したんだ。

あれは、君だった。

 

俺が忘れていた頃、君がどれだけ泣いていたか。

君がどれだけ笑って、何も知らない俺に微笑みかけてくれていたか。

 

君は言ってくれた。

「全部、紡ぎ直せばいい。過去も痛みも、ふたりで抱えれば怖くない」って。

 

その言葉に、俺はどれだけ救われたか。

 

だけど、たぶんね……俺の中のどこかで、まだ“怖がってる”んだ。

 

あの時の自分が、また君を傷つけるんじゃないかって。

今度こそ、忘れてしまうんじゃないかって。

 

そんなことは起こらないと信じていても――

夢は、容赦なく過去の自分を見せつけてくる。

 

「……ねえ、リゼリア」

 

小さく囁くと、君は目を開けた。

寝起きの声で、俺の名前を呼ぶ。

 

「どうしたの……セイル」

 

「なんでもない。夢を見ただけ。……でも、確認したかったんだ」

 

「なにを?」

 

「……君が、ちゃんとここにいること」

 

君は一瞬、きょとんとして、それからゆっくりと笑った。

 

「私はここにいるよ。だって、君と選んだこの未来だもの」

 

(……そうだ。今の君は、確かに、俺の隣にいる)

(それが、どれだけ奇跡みたいなことか、俺は知っている)

 

俺は君の手を握り返す。

もう絶対に離さないと、心の中で強く誓って。

 

「……ありがとう、リゼリア。もう大丈夫。今度は、ちゃんと夢から目を覚ませたから」

 

――夢を見たのは、きっと俺の方だった。

君がどんなに覚えてくれても、俺は君を忘れていた。

 

だけどもう、目を閉じるのが怖くない。

君の声が、俺を呼び戻してくれるから。

 

 

 

スピンオフ④ ── 忘却の番人

 

視点:記憶監視局職員

 

僕は「記憶の番人」と呼ばれる役職に就いている。

正式名称は記憶監視局第七課所属、記憶干渉記録官。

誰かの頭の中にだけあって、世界からは消えている“存在しない真実”――それを追跡するのが仕事だ。

 

その日も、古い記憶ファイルを整理していた。

ほとんどは整理済み、または“干渉なし”と判定されたもの。

だけどひとつだけ、どうしても分類できない案件があった。

 

ファイル番号「Se-LF/001」。

記録タイトルは《記憶喪失者S・Mと干渉者L・Fの接触記録》。

 

開くと、妙に感情の揺らぎが強いログが残っていた。

その中にある短いメモが、目に留まった。

 

「この記録は真実かもしれないが、観測不能である。

すべての接触者が“該当者の存在”を思い出せなくなっている。

ただ一人、彼女だけを除いて――」

 

彼女。名前はリゼリア・フェルナー。

 

存在記録は消えている。

出生記録も住所も、戸籍すら曖昧。

それなのに、“記憶内には確かに存在した形跡”が、いくつもあった。

 

僕は半信半疑で、現地に向かった。

かつてふたりが過ごしていたとされる街。

 

住人は皆、口を揃えて言った。

「記憶を紡ぐ女? そんな人、知らないよ」

「誰かと恋してた? セイル……って誰だっけ?」

 

誰も覚えていなかった。

ただ、ひとりだけ、ぼそりとこう呟いた老人がいた。

 

「ああ……赤い花が咲く場所で、泣いてた女の子なら、見たことがある気がするよ」

「……忘れたけどな。大事なことだった気がするけど」

 

僕は、その“花の場所”に向かった。

静かな小道の先にある、小さな野原。

 

そこに、一組の男女が座っていた。

楽しそうに笑って、手を繋いでいた。

 

目が合った――気がした。

でも、次の瞬間にはもう、ふたりとも視界から消えていた。

 

風が、赤い花を揺らしていた。

まるで誰かの記憶が、風にほどけていくように。

 

報告書にはこう記した。

 

【記録抹消済案件】

対象S・MとL・Fは、現在観測不能。

ただし、記憶の一部に“幸福の痕跡”が残る。

この案件は、“幸せだったかもしれない”記憶として、封印することを推奨する。

 

君たちのことを誰も覚えていなくても。

世界が君たちを忘れてしまっても。

この記録だけは、ここに残しておく。

 

――誰にも語られなかった恋が、確かにそこにあったと信じて。

 

 

 

スピンオフ⑤ ── 記憶のない恋人《/xbig》

 

今日も彼女は、俺の名前を優しく呼んでくれる。

 

「セイル、お茶にする?」

 

「うん。ありがとう、リゼリア」

 

なんてことのない日常。

穏やかで、心が落ち着く時間。

不満なんて、ひとつもない。

 

……なのに、時々思う。

 

――俺は、何を失ったんだろう?

 

目が覚めた時、ふと違和感があることがある。

 

机の上に置いてあるはずの本のタイトルが思い出せない。

玄関の靴が、ひとつだけ増えていた気がする。

時計の針が一瞬だけ逆回りして見えた日もあった。

 

でも、それをリゼリアに話すと、優しく笑ってくれる。

 

「それ、夢の続きを見てたんじゃない?」

 

「……夢、か」

 

「うん。大丈夫よ。ここには、私がいるから」

 

そう――ここには、リゼリアしかいない。

連絡先は彼女だけ。

写真に映るのはふたりだけ。

外の世界の記憶は、ふんわりとした霧の中。

 

でも不思議と、不安じゃない。

彼女の手のぬくもりがあれば、それでよかった。

 

(それでも、なぜだろう……夜、眠りに落ちる寸前に、誰かの声がする気がする)

 

ある夜、夢を見た。

赤い花が咲く野原。

誰かが、泣いていた。

 

俺の名前を呼んでいた。

 

「……やめて、そんな顔しないで……」

 

夢の中で、俺は誰かの頬を拭っていた。

それが誰なのか、目を開けても思い出せなかった。

 

けれど、リゼリアの顔を見ると、涙が止まった。

 

「どうしたの?」

 

「……夢、見ただけ。ごめん」

 

「大丈夫よ。夢はすぐ、忘れられるわ」

 

俺は、リゼリアの手を握った。

もう、忘れてしまってもいい。

たとえこの世界が少しずつ歪んでいても。

この人だけが、本当なら――それでいい。

 

――たとえ“記憶がない”としても、

心が求めたのが君だったなら、それは“恋”と呼んでいいだろう?

 

(それとも、これはただの錯覚だろうか)

 

……どちらでもいい。

 

君がいる限り、俺はきっと、幸せだ。

 




ということで星影の町の物語は終了です!

次のお話で会いましょう!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。