人形姫のゼーレ 作:Macht und Glück
雪解けの音を背に、ゼーレは北部高原の街道をひとり歩く。
積もっていた雪は日ごとに薄れ、道脇には小川が顔を出し、溶けかけた氷の下を水音が流れる。苔むした岩陰ではレンギョウが芽を出し、小さな虫が羽を震わせながら飛び交い始めていた。足元には獣の足跡と、まだ新しい人の靴跡。春が、確かに近づいている。
「この匂い……くぐもってるけど、懐かしい気がするわね」
誰にともなく呟いた。空気が肌に触れる感覚。風の音。耳の奥でふるえるような陽射し。すべてがかつて知っていたものに似ている。けれど、どこか隔てがある。
少し足を止め、ゼーレはそっと指を鳴らした。魂を操る魔法──セレフィドゥラーナのごく微弱な応用。自らの魂の波長を、鳥にとって心地よい形に整えて放つ。
まもなく、小さな羽音が近づいてくる。枝から枝へと跳ねながら、一羽のスズメに似た小鳥が肩にとまり、ゼーレの頬を不思議そうに見つめる。
「あなたも、春が待ち遠しかったのね」
小鳥はピッと短く鳴き、くちばしでゼーレの髪をついばむような仕草をした。彼女は苦笑しながら指先でそっと羽を撫でる。生きているものの温もりは、どこか懐かしい感覚を呼び覚ます。その微かなぬくもりが二十年ぶりに、ゼーレの胸の奥を震わせた。
二十年ぶりの旅路は、まるで自分の皮膚が違う世界に置き換わっていくような奇妙さに満ちていた。かつて、人と過ごした僅かな日々。音楽を教え、畑を手伝い、魂のゆらぎを見守ったあの時間が、今では遠い夢のように感じられる。
「人と……また、話すのかしら」
思い返してみれば、最後に誰かと会話を交わしたのはいつだっただろう。二十年もの隠遁生活の中で、口にした言葉の多くは、虚しく宙に消える自分自身へのものばかりだった。
そんな独り言の最中、ふと、空気の緊張が変わった。
静寂の中に、わずかな魔力の揺れがある。視線は遮られていた。小高い丘の向こう、分かれ道の先から、誰かが近づいてくる。
ゼーレは立ち止まり、息を整える。魔力探知──己の内から放った細い感覚の糸が、空間に編み込まれていく。触れる。跳ね返る。暖かい。
「……ひとり、ね。人間。若い」
気配は敵意のないものだった。けれど用心は必要だ。ゼーレは指先に魔力を流し、身に纏う姿を変える魔法を発動させる。
髪の色を艶やかなブロンド色に、瞳を淡い碧へ。耳は細く伸び、あたかもエルフのように。装束もまた、自然の風合いを帯びた旅装へとわずかに変化する。
「これで……大丈夫なはず」
それでも、心の奥では小さく波が立っていた。偽ることへの罪悪ではない。むしろ、うまく話せるだろうかという、純粋な不安。
分かれ道の先に、ひとりの旅人が現れた。背中に背負子を担ぎ、手には地図らしき羊皮紙を持っている。年の頃は二十代、浅黒い肌に砂色のクローク、裾を留める真鍮の留め具が光っていた。旅の埃をかぶったブーツには擦れ跡があり、右手の親指には古い裂傷の痕が見える。風に少し髪をなびかせながら、柔らかな笑みをたたえてこちらに気づいた。
「やあ、お一人ですか? ……って、エルフの方? 初めて見ました」
ゼーレは一拍遅れて、微笑もうとした。けれど唇がわずかに震え、固く引きつった。
「……ええ、少し……道を、探していました」
「この先にヴァイセンという町がありますよ。商人の往来も多くなってきました」
「そう、ですか。ありがとうございます」
「なんだか意外ですね。エルフの方はもっと気難しいのかと思ってましたけど、話しやすい方で安心しましたよ」
ゼーレは軽く会釈を返す。言葉がぎこちない。発音も少し硬い。自分でもそれがわかる。
旅人はそれを不思議に思った様子もなく、帽子の端をつまんで別れを告げた。
ゼーレは旅人が遠ざかるのを見届けてから、小さく息をついた。
「……話せた。……ちゃんと、話せたのね」
風が背中を押すように吹いた。彼女は街道の先、名も知らなかった町──ヴァイセンへと歩き出した。
登場させてほしい原作キャラを教えてください。参考にさせて頂きます。
-
ヒンメル
-
アイゼン
-
ハイター
-
フリーレン
-
クラフト
-
ゼーリエ
-
レルネン
-
デンケン
-
南の勇者
-
シュラハト
-
アウラ
-
マハト
-
グラオザーム
-
リヴァーレ
-
クヴァール
-
ソリテール