人形姫のゼーレ 作:Macht und Glück
森を抜けたゼーレは、小さな川を渡り、傷んだ木の橋を踏みしめながら進む。足元の泥には馬車の轍や蹄の跡が残り、ここが人と物資の通り道であることを示していた。周囲には耕作の止まった畑や放棄された柵が広がり、冬の痕跡がかすかに残る。
草の根から顔を出し始めた春の芽吹き。風は冷たいが、どこか柔らかさを帯びていた。ゼーレはその空気を吸い込み、目を細める。
(この感覚……鮮明に、思い出す)
前世、ドイツの大学に初めて通った朝を思い出した。異国の都市、慣れない言語、慣れない顔ぶれ。緊張で硬くなった背中を意識しながら、ゼーレはそのときと同じように一歩一歩を踏みしめる。あのときも、新しい場所へ踏み出す怖さと、それでも前に進もうとする微かな気持ちが入り混じっていた。
「……また、こんな気分になるなんて」
彼女が見上げた先、緩やかな丘の上に町が見えた。
ヴァイセン。灰色の石でできた堅牢な外壁に囲まれ、煙突から白い煙が昇る。石畳の道に人の姿が小さく動き、鐘の音が遠くから響いてくる。
ゼーレはしばらく立ち尽くし、町の全景を静かに見渡す。
「……思っていたより、大きいわね」
門へと続く街道を歩き出すと、人の声が次第に近づいてきた。春先のこの時期は商いが活発になる季節。商人、農夫、旅人、子ども連れの女性──門の前には多くの人が行列を成し、それぞれが荷車や背嚢を携えている。
通行の列に並ぶと、ゼーレは自然と周囲の魂を見渡していた。母親の魂は赤く柔らかく揺れており、商人の魂は光と陰がせわしなく入れ替わる。若者の魂は熱を持ち、子どもの魂は未完成で脆く、しかし無垢だ。
(まるで、魂の市場ね……あんまり見すぎて不審に思われないようにしないと)
自分に言い聞かせて目を伏せる。だが、魂の光は視界の端に残り続けた。
ゼーレの前に並んでいた旅商人が、衛兵に銅貨を渡す場面が目に入る。
(……通貨、持ってない。私が同じように求められたらどうしよう?)
「そこの方、止まってください」
衛兵に声をかけられ、ゼーレは立ち止まる。
「名と目的を。魔物の被害が続いておりまして、現在は警戒体制です」
「……ゼ、ゼーレ。旅の途中です」
思った以上に声がかすれていた。衛兵が少し目を細めて彼女を観察する。
「現在、通行には警戒金頂いています。銅貨五枚。お持ちですか?」
「……持っていません」
「それでは通せません。紹介状や物資の持ち込み証はありますか?」
首を横に振ると、衛兵はため息をつき、次の者に目を移した。
「では、後ろに下がってください」
ゼーレは静かに踵を返し、列から離れようとした。
そのとき、不意に背後から柔らかく、眠たげな声が聞こえた。
「……ふぅん」
驚きで背中が強ばる。魔力探知は怠っていなかったはずだ。町の気配を慎重に探り、魔力の気配のある者はすべて確認した──そう思っていた。
(この気配……なぜ、これほどまでに完全に見落としていたのか)
反射的に魔力の知覚を張り直しながら振り返る。そこに立っていたのは、一人の女性だった。
銀色の髪に淡い青の瞳。エルフの女性。まるで眠っているかのようなまなざし。
彼女の視線がゼーレを上から下まで、頭から肩、腰へとたどるように動いていく。その表情には焦りも警戒もなかった。ただ、ぼんやりとした興味だけが浮かんでいた。
女性はゆっくりと衛兵の方へ視線を移し、短く言った。
「この子の通行料、私が払う。問題ないでしょう?」
衛兵は少し驚いたようだったが、黙ってうなずいた。
「……ええ。では、どうぞ」
ゼーレはその女性を見つめた。その魂は、色を失った灰色で、まるで古い石のようにひどく静かだった。擦り減っているのに不安定ではなく、むしろ整っている。長く生きた者の魂のあり方なのだと感じた。
「……どうして……?」
ゼーレが問うと、彼女は軽く伸びをしながら答えた。
「暇だったのよ」
それだけで説明を終えるような声音。やがて、彼女は付け加えた。
「退屈してたから。あなた、ちょっと面白そうだったし」
ゼーレは何かを返そうとしたが、結局言葉にできなかった。目をそらすと、女性はくすりと笑った。
「行きましょ。案内くらいはするから」
そのまま、二人は門をくぐる。
ゼーレは一度だけ後ろを振り返った。丘の上からここまでの道には誰もいなかったはずだ。だが、今もどこか、誰かに見られているような感覚が、彼女の背中から離れなかった。
最大の捏造点、2期で判明したら修正します
登場させてほしい原作キャラを教えてください。参考にさせて頂きます。
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