人形姫のゼーレ 作:Macht und Glück
町の中心部へと向かう街路は、かつて多くの人々が行き交ったであろう広さと格式を持っていた。だが今はただ、沈黙と風だけがそこにある。石畳はあちこちでひび割れ、雑草が好き勝手に顔を覗かせている。保存魔法のおかげで建物の大半は崩れていないが、窓枠や看板には風雨の名残が刻まれ、色褪せた意匠がどこか哀愁を漂わせていた。
ゼーレは歩きながら魔力探知の術式を張っていた。空気の流れに混じる微細な魔力の揺れを読み取り、地脈の流れや干渉を感じ取る。魔力の濃度は町の中心部──大聖堂のある方向に向かって収束しており、そこに異質な気配が凝縮しているのがはっきりとわかった。歩を進めるごとに空気が濁り、音のない圧迫感が肌を刺す。
「気配が濃くなってきた。中心に、何かがいる……確実に」
ゼーレの呟きに、ミリアルデがただ静かに頷く。緊張感を滲ませることはなく、むしろ普段通りの眠たげな表情のままだった。
「変だなあ。皇獄竜だったら町の手前らへんでブレスを撃ってくると思ったんだけど」
「……? でも、なにもしてこない。皇獄竜じゃなかったらこの魔力は何なの?」
「若くて自信満々の皇獄竜か、老齢で余裕のある皇獄竜かな。普通はなわばりに入られたらすぐに迎撃してくる」
ゼーレたちは魔力の主を刺激しないよう、魔力を極力抑えて進んだ。
石畳を進むと、かつて市が開かれていたであろう広場にたどり着く。中央には装飾の施された噴水の石造りの基部が残っており、とうに水は枯れているものの、青いタイルの破片が陽光を受けてほのかに輝いていた。木製の屋台は骨組みだけを残し朽ちかけており、風にあおられた紙片がかさりと音を立てて舞い上がる。
アーチ状の回廊跡や、市税を管理するための小さな事務所のような建物も残されていた。壁には古びた掲示板が立っており、日焼けして読めない文書が数枚貼られたままになっていた。
「ここにも……人が暮らしていたんですね」
アシェルがぽつりと呟く。だが誰も言葉を返さず、それぞれが黙って過去の生活の残滓に目を向けていた。
やがて、一角に佇む酒場の姿が見えてきた。屋根の瓦は一部崩れかけていたが、扉はしっかりと残り、保存魔法の影響か、内部も比較的整っていた。埃はあるものの、倒れた椅子や空になったグラスがそのままの姿で残されていた。
「酒場かな。入っていい?」
ミリアルデの目がわずかに輝き、子供のようにうずうずとした様子を見せた。ゼーレはため息まじりに頷く。もちろん警戒はしており、ミリアルデの左手には魔法で仕舞われていた白木の長杖が握られ、いつでも結界を張れるように準備しているようだった。右手にも女神の聖典が開かれている。
中に入ると、バーカウンターには未開封の酒瓶が数本並び、棚には埃を被ったグラスが無造作に置かれていた。アシェルがそのうちの一本を手に取り、慎重に栓を抜いた。すると、ほんのかすかだがアルコールの香りが立ち昇った。
「……意外と、飲めますね。辛口です。深みはないけど、悪くない」
アシェルが小さく笑って肩をすくめる。ミリアルデはカウンターの縁に指を滑らせながら、棚の奥を眺めてふと目を細めた。
「あら、これ……見覚えあるわ」
彼女が指さしたのは、埃を被った一本の瓶だった。エルクがラベルを読んで目を見開く。
「“
彼は感慨深げに瓶を掲げ、慎重に栓を開けて一口含んだ。……だが次の瞬間、顔をしかめて咳き込む。
「……これは……名酒、とは……言いがたいな」
ミリアルデは無表情にくすくすと器用に笑う。
「最低の安酒よ。私が碑文に『最上の名酒』って彫ったの。適当な場所にいくつか残しておいたら、いつのまにか伝説になってたみたい」
エルクが肩を落として呟いた。「……やられた。悪趣味だな、ほんと」
「人生をかけて探したものが、ただの酔いつぶれるためのまずい酒だったって……素敵でしょ?」
ミリアルデは薄く微笑んだ。
ゼーレは棚のラベルを無言で見つめる。その中に「アウステリア蒸留所」という文字があった。聞いたことのない名前だったが、どこか音楽的な響きを感じて目を離せなかった。
ほんの短い滞在だったが、誰も軽口を叩くことはなかった。その空間には、確かに“かつての日常”が生きていた。
やがて通りに戻ると、遠くに大聖堂の姿が見えてきた。黒ずんだ尖塔、高くそびえる鐘楼、色褪せたステンドグラス。そのすべてが青空の下で、なおも圧倒的な存在感を放っていた。
そのとき、ゼーレが足を止める。
「……あの鐘楼、上に何かいる」
一行が見上げると、そこにいたのは、陽光を浴びて黄金に輝く巨大な影──皇獄竜だった。全長は二十メートルをゆうに超え、鱗は宝石のように光を反射していた。四肢は岩のように太く、尾は塔の側面に巻きついていた。
赤く輝く眼が一行を静かに見下ろす。その眼差しには、明らかに知性と敵意が含まれていた。
「……あれが、皇獄竜」
ゼーレの声が震える。喉奥に残る乾いた息が、微かな震えとともに空気に溶けた。
「ほんとに、いたんだね。しかも、動いてる……」
ミリアルデは軽く息を吐く。
「相変わらず大きいわね。前に狩ったときも、鱗を削るのに何日かかったことか……あの時は私一人だったから、削っては逃げ、削っては逃げ、の繰り返しだった。面倒な相手。若かったから楽しかったけど、今回は……どうかな」
そう言ったミリアルデの手には、白木の流線形が優美な長杖が握られていた。
エルクが弓を構え、低く言う。
「……想像以上の個体だな。矢が通じるとは限らない」
アシェルが剣に手をかける。
「ですが、退く理由もありません」
皇獄竜が首をゆっくりとこちらに向けた。その動きだけで、空気が圧縮されるような気圧を感じた。鐘楼に軋む音が響き、鱗の摩擦が風を切る低い唸りを生んだ。
ゼーレがゆっくりと両手を掲げ、魔力を集中させる。その掌に、淡い光がにじみ始める。
戦いは、始まろうとしていた。
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