人形姫のゼーレ   作:Macht und Glück

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第十話 皇獄竜との決戦

 鐘楼の上に静かに佇む黄金の巨影。それは、まさしく皇獄竜だった。陽光を浴びて煌めく鱗は、金属のように硬質で、見る者の目を焼くほどの輝きを放っていた。

 

 まさしく王者の風格であり、煌々と輝く瞳には王者としての驕りと、格下の獲物を甚振りたいといわんばかりの嗜虐性が見て取れた。その威圧感は、ただの生物のそれではなく古代から存在する絶対者のそれだった。

 

 ゼーレはその威容に言葉を失いながらも、瞬時に魔力の流れを察知していた。そして、彼女の目には──その奥にある魂が、はっきりと映っていた。

 

 それは、巨大で、古く、圧倒的だった。まるで永劫に焼き続けられた金属の塊のような、澱みと輝きを併せ持つ存在。その魂からは強烈な孤独と飢え、そして自身以外のすべてを下等と見なす圧倒的な尊大さが滲み出ていた。

 

 ゼーレは僅かに眉をひそめる。

 

「……醜い。でも、強い」

 

 彼女はその魂を理解することはできても、共感することはできなかった。ただ一つだけ確信できたのは──この魂を倒さねばならない、ということだった。その決意は、己の内に巣食う魔族の本能にも似た、抗いがたい衝動だった。

 

「……来る」

 

 空気が震え、風が押し返される。地を這うような低いうなり声が、まず耳に届いた。

 

 皇獄竜はゆっくりと翼を広げ、鐘楼の縁を崩しながら舞い降りてくる。その重量に石造りの大地が呻き、周囲に衝撃波が走った。巻き起こる風圧がゼーレの髪を乱し、瓦礫の破片が頬を掠める。

 

 皇獄竜が地面に降り立った直後、その黄金の瞳がゼーレを射抜いた。次いで、大口が開かれ、内部から悍ましい魔力の光がほとばしる。空間が歪み、熱が凝縮されていく。

 

「避けなさい!」ミリアルデの叫びと同時に、皇獄竜の口から光線のようなブレスが放たれた。それは一瞬にしてゼーレとの距離を詰め、彼女が立っていた地面を抉り取り、灼熱の焦げ跡を残した。

 

 ゼーレは間一髪で真横に飛び退き、ブレスが通り過ぎた後方の地面が蒸気とともに融解していくのを戦慄とともに見つめた。しかし、皇獄竜は一撃で仕留めきれなかったことに苛立ち、立て続けにブレスを連射し始めた。

 

「やるじゃない。けど、この程度」

 

 ミリアルデが冷静に杖を構える。立て続けに放たれる灼熱の光線に対し、彼女は表情一つ変えずに複数の防御魔法を展開した。透明な結界が幾重にも重なり、ブレスを悉く弾き、吸収していく。激しい衝撃波が連続してゼーレたちの足元を揺らすが、ミリアルデの防御は揺るがない。辺りに爆音と焦げ付く匂いが充満する。

 

 皇獄竜の怒りのブレスが止むと、ミリアルデはゆっくりと杖を下ろした。結界が解け、その場には焦げ付いた石畳と、熱で歪んだ空気が残るだけだった。

 

「相変わらず、とんでもないわね」

 

 ミリアルデが気怠げに笑い、杖をかざすと、その先から《破滅の雷を放つ魔法(ジュドラジルム)》が雷鳴とともに放たれた。紫電が空を裂き、皇獄竜の首元へと叩きつけられる。しかし、鱗は傷つかず、ただ火花を散らすだけだった。雷光が闇夜を照らすかのように一瞬町を白く染め上げ、消える。

 

「あんまり効かないか……じゃあ、こっちもどう?」

 

 続けて、ミリアルデは魔力を熱に変換し、《地獄の業火を出す魔法(ヴォルザンベル)》を展開する。灼熱の炎が竜の脚元を包むが、皇獄竜は一歩も退かずに突進してきた。その瞳は怒りに燃え、炎すらも無視するほどの執念を感じさせた。石畳が溶け、歪むほどの熱量が立ち上るが、竜の鱗には焦げ一つついていない。

 

 エルクは大弓を大きく引き絞り、必殺の一矢を放つ──並みの魔物であればその全身を消し飛ばすほどの威力である──しかし、こと皇獄竜には通用しない。黄金の鱗が大矢を弾き返す。金属的な乾いた音が響き、矢は粉々に砕け散った。

 

 傷は与えられなかったものの、大矢の衝撃は大きく、数瞬皇獄竜が動きを止めた。

 

 アシェルは弾かれたように走り出し、両手で握りしめた長剣をたたき込もうと振りかぶる。動きを止めたのはあるいは()()()であったか、皇獄竜は大きな爪を振り下ろす。空気を切り裂くような風切り音が、アシェルの耳元をかすめる。

 

「アシェル、下がって!」

 

 ゼーレの声が響く。

 

 剣と爪が交差し、重い金属音が響く。アシェルはふっと力を抜き、爪撃を受け流した。爪は大きな土埃を巻き上げ地面に突き刺さる。この隙を歴戦の戦士は逃さない。突進に合わせて踏み込み、全身の力を込めて剣を横薙ぎに振るった。その一撃が皇獄竜の胸の一部を掠め、鱗に細かい裂け目を刻む。火花が散り、鋼鉄を削るような甲高い音が町に響き渡る。

 

「……通りましたね」

 

 アシェルが口元を緩める。多少でも効き目があれば、必ず倒せるという自信であった。

 

「通った()()だ。次は本気で来るよ」

 

 ミリアルデが淡々と告げ、《蜃気楼を出す魔法》を展開。竜の視界を歪ませ、複数の幻影で囲んで足止めを試みる。竜の巨大な影が何重にも重なり、どれが本物か判断できないような光景が広がる。

 

 ゼーレも続いて、自身の魔力を集中し、手のひらから本来未だ人類のものではない《一般攻撃魔法(ゾルトラーク)》が放たれる。光の奔流が皇獄竜の目に向かい、偶然直撃する。皇獄竜が片目の瞼を下し怒りを露わにする。風景の歪みからくる不快感と、目を傷つけられたことの傷みから荒れ狂った皇獄竜の尾が、不運なことにアシェルに直撃する。

 

「ぐうっ…………!!」

 

 とっさに剣と腕の腕甲でガードしたようだったが、それでも衝撃はどうしようもない。十数メートル離れた民家まで吹き飛ばされ、民家に穴が開く。鈍い衝撃音と共に、アシェルの体が紙切れのように舞い、瓦礫の山に消えた。

 

 ゼーレが動揺し、皇獄竜の巨躯に吹き飛ばされそうになるも、ミリアルデの《防御魔法》がこれを防いだ。

 

「味方がたとえ死んでも相手から目は離しちゃダメだよ。《破滅の雷を放つ魔法(ジュドラジルム)》」

 

 ミリアルデはいつの間にか《分身魔法》を使用していたらしい。大聖堂の上に全く同一の姿をしたミリアルデが無表情に杖を構えていた。分身の唇が動くのがはっきりと見える。《破滅の雷を放つ魔法(ジュドラジルム)》。二方向から放たれた雷撃が、竜の体を挟み撃ちにする。

 

 二方向からの力押しに、さしもの皇獄竜も体勢を立て直すのに苦慮しているようだった。魔法の切れ目を埋めるように、エルクが大矢を打ち込んでいる。その一矢一矢が、竜の注意を逸らし、的確に連携を繋ぐ。

 

 ゼーレは一瞬、竜から視線を外し、吹き飛ばされたアシェルの方へと駆け出した。防御魔法で自身を包み、瓦礫を避けながら民家の中に身を滑り込ませると、そこにいたのは、割れた柱の下で肩を押さえ、顔をしかめるアシェルだった。

 

「ゼーレ……申し訳ありません。少し、油断しました」

 

「無理はしないで。……でも、動けるなら大丈夫。今度はちゃんと援護するから」

 

 ゼーレは素早く周囲を確認し、布切れの端を取り出して、彼の肩にきつく巻いた。治癒魔法を使えないゼーレにとって、これが最善の処置だった。結局、女神には認められなかったのだ。ゼーレはアシェルが僅かに出血しているのを見ると、唇を湿らせ、噛みしめた。幸い、アシェルの身体は常人とは比較にならないほど頑強で、致命傷には至っていない。彼女の魂の視覚が、アシェルの生命力の揺らぎを捉える。深い傷ではない、戦況に影響することはないだろうと判断する。

 

「……ありがとう、助かりました。気合が足りなかったですね」

 

 ゼーレはわずかに微笑んで彼の背を叩いた。

 

「気合だけで勝てる相手じゃないけど、でも──頼りにしてる」

 

 アシェルは深く一度息を吐き、そして剣を握り直す。

 

「行きます……今度は斬ってみせる」

 

 踏みしめる足に力を込め、アシェルは低く構えて飛び出した。鋼の意志が背を押し、火花のように舞い戻っていく。

 

 戦場では、《分身魔法》によって四方から姿を現したミリアルデの幻影たちが、皇獄竜を翻弄していた。幻影の一つが正面から杖を振り、別の一つが空中から雷撃の構えを取る。皇獄竜は怒りに咆哮を上げるが、どれが本物かを見極められず、尾を振るい、翼で風を巻き上げながら虚空を裂くだけであった。その度に、空気を切り裂く轟音が町中に響き渡り、土埃が舞い上がる。

 

 その混乱に乗じて、アシェルが再び間合いを詰め、回避と一撃を繰り返す。その剣閃は確実に皇獄竜の鱗に傷をつけ、金属のようなそれを一枚また一枚と削り落としていく。一撃ごとに、火花と鱗が飛び散り、竜の体が少しずつ血に染まっていく。

 

「足元が少し甘いな……ここだ!」

 

 低く潜り込んでの一撃が、膝の裏に走る鱗の合わせ目を捉え、血飛沫を伴って裂けた。皇獄竜が一瞬体勢を崩す。激痛に皇獄竜が体をのけぞらせる。

 

 すかさずゼーレが《一般攻撃魔法(ゾルトラーク)》を放しつつ、皇獄竜の視界を遮るように《蜃気楼を出す魔法》を広げる。竜の視界が歪み、空間がねじれ、困惑させる。一瞬、目に見えない壁にぶつかったかのように、竜の動きが止まった。

 

 エルクは皇獄竜の鱗の所々にほころびが出てきたのを見咎め、すかさず大矢を打ち込んでいく。大矢は鱗を剥がし、抉り、貫いていく。肉を穿たれる不快感、痛みに耐えきれなかったのか、皇獄竜は呻きをもらす。呻きはやがて怒りとなり、その魔力が口に集中していく──。次なるブレスの予兆に、空気がざわめく。その矛先は、鬱陶しいエルクに向かっていた。

 

 

 

 ゼーレは静かに目を閉じて、《魂を操る魔法(セレフィドゥラーナ)》を発動させた。魂に触れたその瞬間、皇獄竜の内部にある膨大な力と意思が彼女に伝播する。しかし、ゼーレは怯まず、その魂を引っ搔くようなイメージで、強烈な「不快」と「警戒」の感情を注ぎ込んだ。竜の意識にさざ波のような嫌悪感が広がり、狙いをエルクからゼーレへと移させることに成功する。

 

「こっちを見て。私は、ここにいる」

 

 ゼーレはその瞳を真っ直ぐに見据えた。そこに恐怖の色はなく、ただ、確固たる意志の光が宿っていた。

 

 ──皇獄竜の光線の如きブレスがゼーレを襲う。防御魔法で真っ向から受けては容易に破壊され、ゼーレは魔力へ還るだろう。であれば。

 

「逸らしてやればいい」

 

 ゼーレは自身の全魔力を注ぎ込む勢いで防御魔法を斜めに展開する。そして、果たしてブレスは防御魔法に沿って斜めに受け流されていく。ゼーレは会心の笑みを浮かべる。寸前のところで、高熱のブレスがゼーレの横を掠め、後方の地面を焦がした。熱風が頬を叩き、焦げ付く匂いが鼻腔をくすぐる。

 

 歪む光の中で、攻撃の隙をつくように配置されたミリアルデの幻影が、雷と炎の両方で牽制し続ける。幻影が竜の周囲を駆け巡り、絶え間なく魔法を放つ。

 

 その隙を見逃さず、アシェルはもう一撃、胸元のすでに傷ついた鱗の箇所を狙って全力で斬り込む。

 

「──せぇいっ!!」

 

 鋼の刃が鱗を叩き割り、わずかにだが肉が見えるほどの裂け目を刻んだ。深々と食い込んだ剣が、竜の生命を削り取る。

 

 皇獄竜は怒りの咆哮を上げ、尾を振るって反撃を試みるが、《分身魔法》に惑わされ、空を裂くだけで届かない。

 

「今だ、エルク!」

 

 ゼーレの声に反応し、エルクは一歩下がってから大弓を構えた。目を細め、わずかに剥がれた胸の鱗、その奥にかすかに見える心臓の鼓動を捉える。

 

「……風を読め。息を整えろ」

 

 矢が放たれた。空気を裂くその一射は、一直線に皇獄竜の胸へと走り──

 

 貫いた。

 

 鋭い音とともに、黄金の巨体がわずかに揺れる。時間が止まったかのような静寂。そして次の瞬間、皇獄竜は崩れ落ちるように倒れ、民家の残骸を巻き込みながら地に伏した。その巨体が大地に叩きつけられる衝撃が、遠くの町まで響き渡った。

 

 鱗が砕け、静かに風が通り抜ける。

 

「……やったのですね」

 

 アシェルが剣についた血を払いながら呟く。その声には、信じられないというような響きが混じっていた。

 

「狙い通りだったな」エルクが矢筒を背負い直す。その表情には、達成感と、わずかな疲労が見て取れる。

 

「終わったね。意外とすぐ終わった」

 

 ミリアルデは笑みを浮かべながら、燃え残る《地獄の業火を出す魔法(ヴォルザンベル)》の痕跡を見下ろしていた。彼女の碧色の瞳は、戦いの結果を静かに見据えている。

 

 ゼーレは静かに目を伏せた。あの竜にも魂が宿っていたのだ。竜の魂は戦いを惜しむように、いまだその黄金の体に残っている。しかし、その輝きは急速に失われつつあった。ゼーレの視界に映る魂の色彩が、ゆっくりと、しかし確実に、薄れていく。

 

 風だけが、静かに、町を吹き抜けていた。

登場させてほしい原作キャラを教えてください。参考にさせて頂きます。

  • ヒンメル
  • アイゼン
  • ハイター
  • フリーレン
  • クラフト
  • ゼーリエ
  • レルネン
  • デンケン
  • 南の勇者
  • シュラハト
  • アウラ
  • マハト
  • グラオザーム
  • リヴァーレ
  • クヴァール
  • ソリテール
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