人形姫のゼーレ 作:Macht und Glück
──金色の髪。白い肌。蒼い瞳。
──そして、額に生えた、小さな角。
「……え?」
心が、一瞬、時間を止めた。
私は、その異形の姿を、まるで他人を見るような目で見つめていた。
それは夢の中の像のように、ぼんやりとして、現実感を伴っていなかった。けれど水面は、確かにその姿を映していた。私がまばたきをすれば、鏡の中の彼女もまばたきをした。頭を傾ければ、同じように傾く。手を伸ばせば、白く細い指が水面に触れた。
波紋が広がる。
私は胸に手を当てた。
これは自分だ。
夢なんかじゃない。見慣れた顔じゃない。でも、間違いなく、この身体の内側にいる「私」だ。
そう理解するまでに、長い沈黙があった。
川のせせらぎだけが聞こえる。
私はそっと川辺に腰を下ろした。指先で石をつまみ、何気なく転がす。心を落ち着かせるように、呼吸を整えながら。
そのとき、小さな気配が近づいてきた。足元に目をやると、一羽の小鳥が、枝からふわりと舞い降りてきたところだった。黄色い胸元が、陽の光を反射している。さらに二匹、三匹と集まり、私のまわりにとまっていく。
一羽は肩に。もう一羽は膝の上に。羽音もなく、まるで長く知り合っていた友人のように、ためらいもなく触れてくる。
一匹の小鳥が、私の頬に触れるようにくちばしを寄せてきた。驚いて目を瞬かせたが、痛みはない。むしろ、くすぐったい。
その羽根の温もり。重さも感じないほど軽いその存在が、どこか信じられなかった。
森の空気が澄んでいた。鳥たちの羽ばたきが、風をたてずに舞っている。
そのうち、私の髪の上にまで一羽がとまり、ふわふわと羽を広げて日光浴をはじめる。
私は動かずに、そっと彼らを見守った。彼らは、まるで私を仲間のように扱っている。
肩、膝、手の甲。
私は動かずに、そっと彼らを見守った。彼らは、まるで私を仲間のように扱っている。
どうして?
森に入ってから、何度も動物と出会っていた。それでも、こんなふうに近寄ってくることはなかったはず。
私は気づいた。
魔力の流れが、静かだった。まるで風のように柔らかく、周囲を撫でていた。
──セレフィドゥラーナ。
その名が頭に浮かぶ。
魂に触れる魔法。さきほどリスに対して無意識に使ったそれが、今も、かすかに発動していたのかもしれない。
だから、小鳥たちは恐れずにここに来たのだ。
私はそっと手を引いた。魔力の流れを意識から切り離す。
その瞬間、空気がわずかに変わった。
小鳥たちは首を傾げ、やがてひとつずつ飛び立っていった。
そして次に現れたのは、小さな鹿だった。
水を飲みに来たのだろう。細い足を慎重に動かしながら、川辺に近づく。
私は、その魂に目を向けた。
それは透明で、かすかに金の光を帯びていた。まだ若く、傷ついたこともなく、世界の悪意に触れていない魂。
私は、ただ、それを見ていた。
美しかった。
だが、その視線に、小鹿は反応した。
一瞬、ぴたりと動きを止める。
私と目が合った。
次の瞬間、小鹿は身を翻し、川辺から飛びのいた。水しぶきが上がる。背を向け、必死に森の奥へ駆けていく。
私は呆然とした。
──見ただけなのに。
けれど、分かっていた。
魂を見るということは、その存在を「対象」として捉えること。
それは、捕食者が獲物を見るときのまなざしと、きっと似ていた。
私は視線をそらし、再び水面を見つめた。
その中に映るのは、白い顔と、蒼い瞳と、小さな角。
波が静まり、輪郭が鮮明になっていく。
私は、口を開いた。
「……ゼーレ」
そう名乗ることに、理由はあった。正確には、“それ”が見えた瞬間から、この名がふと浮かんできたのだ。
魂。言葉にするより先に、そうとしか思えない光。それを見た瞬間、どこか遠い記憶の奥底から、ドイツ語で“魂”を意味するその言葉が浮かび上がってきた。
ゼーレ──それは、世界を形づくる力でもあり、自分が最初に感じ取ったこの異界の真理でもあった。
だからこの名を選んだ。
それは過去の名でも、与えられた名でもない。
自らに与えた、最初の意志だった。
名を呼ぶ。
そう呼ぶことで、ここにいる自分が確かに
「これが……私」