人形姫のゼーレ   作:Macht und Glück

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第二話 私

──金色の髪。白い肌。蒼い瞳。

 

──そして、額に生えた、小さな角。

 

 「……え?」

 

 心が、一瞬、時間を止めた。

 

 私は、その異形の姿を、まるで他人を見るような目で見つめていた。

 

 それは夢の中の像のように、ぼんやりとして、現実感を伴っていなかった。けれど水面は、確かにその姿を映していた。私がまばたきをすれば、鏡の中の彼女もまばたきをした。頭を傾ければ、同じように傾く。手を伸ばせば、白く細い指が水面に触れた。

 

 波紋が広がる。

 

 私は胸に手を当てた。

 これは自分だ。

 夢なんかじゃない。見慣れた顔じゃない。でも、間違いなく、この身体の内側にいる「私」だ。

 

 そう理解するまでに、長い沈黙があった。

 

 川のせせらぎだけが聞こえる。

 

 私はそっと川辺に腰を下ろした。指先で石をつまみ、何気なく転がす。心を落ち着かせるように、呼吸を整えながら。

 

 そのとき、小さな気配が近づいてきた。足元に目をやると、一羽の小鳥が、枝からふわりと舞い降りてきたところだった。黄色い胸元が、陽の光を反射している。さらに二匹、三匹と集まり、私のまわりにとまっていく。

 

 一羽は肩に。もう一羽は膝の上に。羽音もなく、まるで長く知り合っていた友人のように、ためらいもなく触れてくる。

 

 一匹の小鳥が、私の頬に触れるようにくちばしを寄せてきた。驚いて目を瞬かせたが、痛みはない。むしろ、くすぐったい。

 

 その羽根の温もり。重さも感じないほど軽いその存在が、どこか信じられなかった。

 

 森の空気が澄んでいた。鳥たちの羽ばたきが、風をたてずに舞っている。

 

 そのうち、私の髪の上にまで一羽がとまり、ふわふわと羽を広げて日光浴をはじめる。

 

 私は動かずに、そっと彼らを見守った。彼らは、まるで私を仲間のように扱っている。

 

 肩、膝、手の甲。

 

 私は動かずに、そっと彼らを見守った。彼らは、まるで私を仲間のように扱っている。

 

 どうして?

 

 森に入ってから、何度も動物と出会っていた。それでも、こんなふうに近寄ってくることはなかったはず。

 

 私は気づいた。

 魔力の流れが、静かだった。まるで風のように柔らかく、周囲を撫でていた。

 

 ──セレフィドゥラーナ。

 

 その名が頭に浮かぶ。

 魂に触れる魔法。さきほどリスに対して無意識に使ったそれが、今も、かすかに発動していたのかもしれない。

 

 だから、小鳥たちは恐れずにここに来たのだ。

 

 私はそっと手を引いた。魔力の流れを意識から切り離す。

 

 その瞬間、空気がわずかに変わった。

 小鳥たちは首を傾げ、やがてひとつずつ飛び立っていった。

 

 そして次に現れたのは、小さな鹿だった。

 

 水を飲みに来たのだろう。細い足を慎重に動かしながら、川辺に近づく。

 

 私は、その魂に目を向けた。

 

 それは透明で、かすかに金の光を帯びていた。まだ若く、傷ついたこともなく、世界の悪意に触れていない魂。

 

 私は、ただ、それを見ていた。

 美しかった。

 

 だが、その視線に、小鹿は反応した。

 

 一瞬、ぴたりと動きを止める。

 私と目が合った。

 

 次の瞬間、小鹿は身を翻し、川辺から飛びのいた。水しぶきが上がる。背を向け、必死に森の奥へ駆けていく。

 

 私は呆然とした。

 

 ──見ただけなのに。

 

 けれど、分かっていた。

 魂を見るということは、その存在を「対象」として捉えること。

 それは、捕食者が獲物を見るときのまなざしと、きっと似ていた。

 

 私は視線をそらし、再び水面を見つめた。

 

 その中に映るのは、白い顔と、蒼い瞳と、小さな角。

 

 波が静まり、輪郭が鮮明になっていく。

 

 私は、口を開いた。

 

 「……ゼーレ」

 

 そう名乗ることに、理由はあった。正確には、“それ”が見えた瞬間から、この名がふと浮かんできたのだ。

 魂。言葉にするより先に、そうとしか思えない光。それを見た瞬間、どこか遠い記憶の奥底から、ドイツ語で“魂”を意味するその言葉が浮かび上がってきた。

 

 ゼーレ──それは、世界を形づくる力でもあり、自分が最初に感じ取ったこの異界の真理でもあった。

 

 だからこの名を選んだ。

 それは過去の名でも、与えられた名でもない。

 自らに与えた、最初の意志だった。

 

 名を呼ぶ。

 

そう呼ぶことで、ここにいる自分が確かに()()()()()()と感じられた。

 

 「これが……私」

 

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