白騎のナルカ   作:欲丸出汁

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中編

 甲板に上がり、ハティとの合流を目指すナルカは、隙間のような区画に身を潜めていた。

 

 踊り子のような衣装の白い前垂れが床に垂れている。ナルカは両脚を広げてしゃがむ、扇情的な姿勢。刀の切っ先を床に突き立て、両手で支えている。

 

 途中の戦闘で立ち塞がってきた敵から奪った銃や手榴弾を帯びており、踊り子のような装いは物騒な見た目になっていた。

 スリングで吊ったサブマシンガンを背中に回し、腰の紐に手榴弾のレバーを引っ掛け、固定してある(なぜ手榴弾の重みで腰布がずり落ちないのか、エトには分からなかった)。

 

 目を閉じて、ナルカは追手を警戒している。疲労はなく、エトのために設けた休憩だった。

 

「よし、休憩終わり」

 

 おもむろに立ち上がる褐色のソードダンサー。座り込んでいたエトがそれに倣う。

 

「あの、ナルカ……様」

 

「ナルカでいいよ。敬語もいらない。何かな?」

 

 おずおずと声をかける少年。エトは機士に対しての呼び方で褐色のお姉さんに呼びかけてしまった。

 

「近道があるんだ。そこなら見つからずに甲板まで出られると思う。案内させて」

 

 整備奴隷であるエトは艦の構造にも精通していた。ナルカに抱えてもらうだけでは申し訳なく、少しでも役に立とうと申し出たのである。今こうやって対等な物言いをしていことも気が引けた。だいたい明らかに年上だし。

 

「お願いするよ。ありがとうエト」

 

 褐色の美人なお姉さんに礼を言われ、エトは自分の心に言い表せないほどの歓びが湧き上がるのを感じた。

 

 ナルカがエトを抱えようとするが、

 

「すっすぐ近くたがら! 歩いて案内するよ!」

 

「なら、いいけど」

 

 少年が断ると、灰白髪の褐色お姉さんは残念そうな表情に。

 

 疲労も空腹も今は気にならない。エトは足早に通路を進み、ナルカを案内した。

 決して快適ではない、狭い隙間を抜けながらエトは褐色肌のお姉さんの様子を確かめた。

 

 大きなお尻がつっかえているようで、ナルカは進むのに苦労している。少年が心配しているのに気付き、「大丈夫」と親指を立てる褐色のお姉さんだった。

 

「後はこのダクトを真っ直ぐ進めば、甲板への非常口に出られる」

 

 床に通った通気ダクトに、エトは素早く入り込んだ。豊かな褐色お尻を揉み解してから、ナルカは後に続く。

 

 ダクトを這って前進するナルカの尻は殆ど剥き出し。流石に汗が滲んでいる。

 ギリギリ隠れているのは、布が垂れた尻の間だけだ。這うたびにお尻が柔らかく揺れて、後ろの垂れ布も揺らめき、下が露わになりそうになる。

 

(また良い拾い物をしちゃったな)

 

 先導してくれている、一生懸命なエトの姿を見つめながら、ナルカはそう思った。

 

 

「破っ!」

 

 裂帛の気合いと共に放たれた脚撃が甲板のハッチに叩き込まれる。

 ナルカの蹴りは、その上で待ち構えていた多脚戦車ごとハッチを吹き飛ばした。

 

 塗装が剥げ落ちた旧式の多脚戦車は、空中で脚をばたつかせ、センサーポッドを狼狽えたように動かしながら砂漠に落下していく。

 

 頑丈な耐爆ハッチを蹴破っても跳躍の勢いは衰えない。灰白色の髪、褐色の肌の少女が宙に舞い上がる。

 

 黄昏の空で、腰から垂れる前後の白布がはためく。

 甲板や監視塔の兵達はナルカの並外れた美しさと身体能力に唖然として、手にした銃の引き金を絞るのが数瞬遅れる。

 

「いただき!」

 

 艶やかな笑みで、褐色の踊り子は四肢を躍らせる。

 腰の手榴弾を抜き取り、ピンを歯で引き抜いてフルスイングで投擲する。それに合わせて身体を回転させたので、腰布が派手に横に流れて、細い布が張り付く局部が露わになる。

 

 ナルカの怪力で放られた手榴弾は、一直線に艦橋に設けられた露天銃座で炸裂。

 下級民からなる兵士たちは曲がりなりにも装甲服を着ているので、爆発による被害は少ない。視界を塞ぎ、動きを封じるための攻撃だった。

 

 敵は甲板のあちこちからナルカを狙っている。空中で側方宙返りして銃撃を避けるしなやかな女体。

 

 刀を抜き、掃射される銃弾を弾き返しながら着地。反射された弾丸は射手に返している。

 機械化や投薬による身体強化技術は群都にも残っている。だが、刀身で弾丸を受け止めるだけでなく、正確に弾き返すのは単に肉体を強化しただけで成し得ない技。

 

 ナルカに銃を向ける者たちは、とんでもない怪物を相手にしていると悟り始めた。

 

 黄昏の陽光に照らされた甲板を疾走する褐色の娘。銃弾が頬を掠め、足元で弾けても臆することなく舞い、斬撃。立ち塞がる敵を切り伏せる。

 

 甲板は今、褐色のソードダンサーのための舞台だった。

 

(急がないと……!)

 

 戦闘の音。銃声に爆発音。振動。どれもこれも恐ろしくて竦んでしまう。梯子を昇って甲板に出ようとするエトだが、出口が近付くと、手足が重く感じられた。

 

 独りで戦っているナルカを想い、勇気を振り絞って梯子を登り切る。

 

「ナルカごめん! 遅くなった!」

 

 エトがハッチから頭を出したとき、ナルカはすぐ近くにいた。

 拾っておいたサブマシンガンを左手に持ち、水平に構えて掃射。フルオート射撃ですぐに撃ち尽す。

 

「弾切れか――――せいっ!」

 

 ナルカは弾の切れた銃そのものを投擲して、エトを狙撃しようとした兵士の頭に直撃させた。

 

 片手で握った刀で造作なく飛んでくる弾丸を弾いて防御しながら、ナルカはエトの手を取る。そのまま、円を描くようにステップ。エトもそれにつられて動く。

 

「ボクのこと、信じてくれるかな?」

 

 十分に勢いをつけると問い掛けの答えを聞く前に、エトを天高く放り投げる。

 

「うわぁぁぁぁぁぁあ!!――――しっ信じるよ!」

 

 宙を舞い、天地が逆さまになって、胃がひっくり返る。空中に放り出される初の体験に恐怖しながらも、少年は叫んだ。

 

 わざわざ答えてくれるなんて。律儀な子だ、可愛い。上空から木霊する少年の声を好ましく思うナルカであった。

 甲板を蹴り、背の高い褐色の踊り子が高く跳ぶ。屈んで勢いをつけただけで、助走もせず、数十メートルの跳躍をしてみせた。

 

「これはもう要らない」

 

 エトは視界が猛烈な勢いで回転するなか、ナルカが呟いて、踊り子装束に手をかけるのを見た。

 

(ぬっ脱いだ――――!?)

 

 ばさりと黄昏の空に散らばる薄い白布。砂漠の夕日を照らされる褐色の裸身。正確には局部には白いシールのようなインナーが貼られ、首と四肢に装飾品が残っている。

 

 銃弾の雨を振り切って舞う褐色の裸体から閃光が迸る。

 

 局部シールと四肢の装飾から放たれた白い光が胴体と手足に纏わり、次の瞬間にはハイネックタイプのハイレグスーツを形成した。

 

 両腕はロンググローブに包まれ、脚はサイハイブーツで覆われる。踵はハイヒール状だ。カラーリングは白。踊り子装束と同じく、ナルカの褐色肌に映える。

 

 ナノ・プロジェクション・スーツと呼ばれる、とある巨大企業(メガコーポ)が開発した最新個人装備だ。

 名称が長いので、ナルカをはじめ、専らのユーザーはナノスーツの略称を使っている。

 衣装を脱ぎ捨てたナルカが残した飾りはスーツを構成するパーツであり、そこから溢れたナノマシンがハイレグ型の戦闘装備を形成したのだ。

 

 鍛えられたしなやかな肢体を強調するハイレグスーツを装着したナルカが急降下する。

 

 背後で榴弾が炸裂する。ナノスーツに保護された褐色の肢体は爆風も破片も弾いて無傷だった。

 露出が多く、おまけエゲつないハイレグかつTバック。保護しなければならない太股が丸出しで、見た目だけなら戦場を舐めてるとしか思えない。

 

 だが最先端のナノテクによって、エネルギーフィールドを発生させる素子が封入されている。攻撃に対して自動的に反応して防御してくれるのだ。

 

「お待たせ。怖い思いさせちゃってごめんね」

 

 不可視のエネルギーフィールドで身を護ったナルカはエトに追い付き、お姫様抱っこで抱える。

 

 そして、完全迷彩を解いた純白の人型兵器のコクピットに舞い降りた。

 

「ナイスキャッチ、ハティ」

 

 フェンリスに宿る機械知性体に呼び掛けるナルカは、背もたれを両脚でホールドする格好だった。純白のウォーヘッドは仰向けの態勢なので、こんなポーズになってしまった。

 着地の衝撃がハイレグ状のナノスキンがぴっちりと張り付いた股間に響いてきたが、スーツのおかげで痛みは殆ど感じなかった。

 

「ナルカも機士だったの?」

 

「違う。ウォーライダー――ボクは傭兵なんだ」

 

 エトに応えるナルカは誇らしげだ。重装甲騎乗り(ウォーライダー)、《大殲》から一世紀半が経ったこの時代においても、最強クラスの戦闘マシンであるウォーヘッドを駆る者たちは、誇りを持ってその名を名乗る。

 彼らウォーライダーが実力と気概において対等と認めるのは、機動戦車乗り(パンツァージョッキー)空間戦闘機乗り(ブレードカッター)などごく限られた戦士たちのみ。

 

 ハティがコクピットブロックを閉鎖する。

 

「そろそろ降ろしてよ」

「あっごめんね」

 

 言われた通り、お姫様抱っこされていることが恥ずかしそうなエトを降ろす。

 それから「後ろに非常シートが――――」とナルカが指し示す前に、少年は動いていた。

 

 普段整備させられていた機種とコクピットレイアウトは大して変わらなかったので、エトは見当を付けていた。

 鼠の素早さでシートの後ろに回り、フレーム状のサブシートを起こし、座るとベルトで身体を固定。

 

「シートの場所は分かる! 体もちゃんと固定した!」

 

「むっ素早いね」

 

 報告するエトに感心しながら、ナルカもシートに座った。長い脚を広げて、フットペダルに置き、操縦桿を握る。大股を開く姿勢になってしまうが、ハイレグの股間はこれ以上食い込まない。ナノマシンで構成されたスーツはぴったりと張り付き、着用者の意志がなければ決して離れない。

 

 ズレたり食い込んだりの煩わしさがなく、カッコいいデザインなので、ナルカはナノスーツを気に入っていた。

 

「動くよ」

 

 フットペダルを軽く踏み、ナルカは水平になっていたフェンリスを起き上がらせ、上昇する。

 直後、迫る気配に腰の長刀を抜き、迎え撃った。激しい衝撃がコクピットの二人を襲う。

 

「ん……!」

「うわぁ!!」

 

 フェンリスは左に旋回して、突っ込んできた敵機と真っ向から鍔迫り合った。

 敵機は純白のフェンリスと対照的な黒鋼色、直線的なフォルムのウォーヘッド。クレイモアを両手持ちして、マッハ3の速度で突撃してきた。

 突撃を受け止めるが、加速の勢いに押されて、宙を滑り落ちるようにフェンリスは高度を落としていく。

 

 そのまま、群都を構成する空母の飛行甲板に着地。鍔迫り合いを続ける二機の足元に火花が激しく散っていた。

 

「困ったな。出力が上がらない」

「だっ大丈夫なのナルカ!?」

 

 ハティが気を利かせて外部映像を空間投影してくれたので、エトは外の状況を見ることができた。

 カーネイジ・モデルであるフェンリスは体格で通常のウォーヘッドに勝り、出力は天と地ほども差がある。だが、砂漠に落下する原因になった戦闘で消耗していた。

 

「心配無用。出力もそのうち戻るよ」とだけナルカは言って、フェンリスを操る。

 

 洗練された白いウォーヘッドに攻撃的な印象を与える各部の慣性制御ブレードを稼働させる。同時にスラスターを瞬間的に噴射し旋回。

 たったそれだけで敵ウォーヘッドは弾き飛ばされ、空母のエレベーターから上がってきたウォーヘッド二機に激突して、激突で互いの装甲を砕き合いながら、仲良く甲板から弾き出される。

 三機が爆散するのは砂漠に墜ちるよりも早かった。

 

 何が起こったのか操縦していた機士には最後まで分からなかっただろう。

 

「今のは一体何をどうやったの!?」

 

 魔法のような技に少年は目を剥いた。

 

「ちょっとした武術の応用だよ。相手の推力を使わせてもらったんだ」

 

 ナルカは黒鋼色のウォーヘッドの力を逆手に取った。合気道の要領で運動エネルギーの行き先を逸らし、相手を投げ飛ばしたのである。相手が力技で勝負をつけることに拘り、小手先の技に無警戒だったので簡単だった。

 

 そのまま、空母甲板上を滑り、大回りなターンをしながらフェンリスは刀を振るう。対空機関砲やミサイルセル、それにウォーヘッドなどを軽々と切り裂いていく。

 

「WAF-117"ラスト・スタンド"。自由主義最後の闘士がこんな奴らに使われるなんてね」

 

 戦闘機動しているときに呟いたナルカの言葉はどこか悲し気だった。ジユウシュギという言葉の意味を、エトは想像できない。

 

 フェンリスの調子が戻ってくると、一気にスラスターを噴射して、飛び立った。暮れなずむ砂漠の空に、純白の騎士が翔ける。

 

「さあ、死にたいヤツからかかってきなよ。いくらでも相手をしてやる」

 

 好戦的に笑うナルカはぞっとするほど妖艶だ。後ろで声を聞いただけで、エトは身震いした。

 

 ウォーライダーと同じ、深紅の双眸を輝かせ、フェンリスは挑みかかってくる無数の敵影を睨んだ。

 純白の装甲騎士は、破壊と殺戮に飢えた魔狼でもあった。

 

 

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