白騎のナルカ   作:欲丸出汁

3 / 7
後編

 

 人型機動兵器に化身した純白の魔狼(フェンリス)が敵機に喰らいつく。

 ジェネレーターの甲高く禍々しい咆哮と共に。

 交差の瞬間、ウォーヘッドの装甲に刃が食い込む。火花が散る。真一文字に裂けた鋼の骸が墜ちていく。

 

「四機目!」

 

 見事真っ二つにした四機目の獲物を振り返ることなく。

 灰白髪に褐色肌の騎手(ウォーライダー)は機体を動力降下(パワーダイブ)。遠巻きにフェンリスを囲むウォーヘッドが浴びせてくるガトリングガンやレールガンの火線から逃れる。

 

「きっ気を付けてナルカ! あいつら原始的な内燃機関の原理も理解しようとしない連中だけど、飛び道具で遠くから攻撃するのが有利ってことは良く分かってるんだ!」

 

「OK、注意するよ」

 

 エトの身体はシートに向かって押し付けられ続けている。かと思えば急停止で前方に跳ね飛ばされたり、横殴りの重圧に揺さ振られる。強烈な慣性荷重は十二歳の少年にとっては苛酷な拷問そのもの。

 それでも、少しでもエトはナルカの役に立とうと声を張り上げたのだ。

 

「むっ」

 

 鋭く旋回したフェンリスをブロックしようと、真っ向から立ち塞がるウォーヘッド。灰白髪の褐色ソードダンサー、今は美脚際立つハイレグスーツのパイロットであるナルカは臆することなく、ニヤりと笑う。

 

「ちょうどいい、使わせてもらおうっと! エトはしっかり掴まっていて!」

「はっは――」

「返事するのも危ない! 噛んだら舌が千切れちゃうよ!」

 

 言われた通り、エトは非常シートの周囲にあるハンドグリップを力一杯掴んで身構える。

 

 ナルカはハイレグスーツの大股を広げて踏ん張り、そのまま突撃。フェンリスはウォーヘッドの強固な胸部装甲に長刀を突き込み、コクピットを貫いた。敵機を串刺しにしたまま旋回。

 貫いた敵機を前方に翳すようにして、200mmキャノンの砲撃から身を守る盾に使う。

 

「ご苦労」

 

 ナルカは砲弾を受け止めきった"盾"を労うと、文字通り切り捨てた。

 

 フェンリスは多数の敵機を相手取りながら、殆ど無傷であった。

 最初に交戦した旧北米連合製の機種だけでなく、その敵対者であった国家や企業が運用していた機種もいる。

 中には複数の異なる機種のパーツを継ぎ接ぎして、どうにか動くようにした機体もあった。

 

 フェンリスは縦方向に円を描くように上昇し始める。インメルマンターン。

 

「五機撃墜。ハティ、セーブしてる割にはいいペースだと思わない?」

 

 ナルカがフェンリスの制御AIに呼びかける。

 戦闘機動で感じる慣性荷重は褐色長身娘の強靭な肉体にとっては生温い。エトが耐えられるように加減しているのだ。慣性・重力制御機構の調子が戻り切っていない現状でも、本来ならば目にも止まらぬ高速戦闘でできる。

 

 だが、そうなればエトの脆弱な肉体などは踏まれた卵のようになってしまう。少年が耐えていられるレベルのマニューバに抑えながら、ナルカは戦っている。

 

 ナルカはハーフループを終えて、逆さまになっているフェンリスを百八十度回転させようとする。機士と称する連中が乗るウォーヘッドが地上の艦から次々に発艦していた。

 

「まだ向かってくるか。しつこいな」

 

 いくらでも相手してやると言ったが、後ろにいるエトの体力には限界があるし、そろそろ怖気づいて欲しいナルカであった。

 二十秒も経たないうちに五機のウォーヘッドを失えば、巨大企業体(メガコーポ)の軍隊であれば、一度退却して態勢を立て直すところだ。

 

 だが、機士の戦い方はもっと原始的で、味方の損耗を顧みない。異なる派閥の者たちが一斉に出撃していることもあり、戦闘のドサクサであわよくば他派閥を蹴落とそうという動きがある。

 

 フェンリスの制御AIであるハティはやる気満々のようだが。ナルカはともかく、ハティにとって、エトの生死は重要ではない。せいぜい、努力事項でしかないのだ。

 

「ごめんねエト。辛いだろうけどもう少しだけ我慢して」

 

 後ろに向かって呼びかけるナルカ。返事がないのは、エトが消耗しているからだと解釈した。

 

(何か…何かないのか!? 僕ができること……このままずっと座って助けてもらうだけなんてできないよ……!)

 

 実際は違う。

 少年は必死でこの場でできることを考えている。エトは殆ど本能的な閃きで手を動かしていた。戦闘の光景を映す空間投影ウィンドウを叩き、制御AIとの対話モードを開こうとする。

 

 機載AIに呼びかけるためのコマンドが、自分が整備してきた機体と同様であることを祈りながら。

 

「どうにか…なれっ!」

 

 エトの祈りは通じた。モードが切り替わり、仮想コンソールが現れる。砂粒ほどの演算能力を用いて、ハティは呼び掛けに応じたのである。

 

 電撃的かつ正確無比なタイピングで、エトはある駆動係数を入力した。

 

 

 ウォーヘッドの格納庫にパイロットスーツを着込んだ機士が乗り込んでくる。機体の調整を行っていた整備奴隷の汚れきった姿を苛立たし気に睨みながら、コクピットに向かっていく。

 

「どけい、下民ども!」

 

「機体は仕上がっているだろうな!? でなければこの場で斬り捨てるぞ!」

 

「何をモタモタしているの! 邪魔よ!」

 

 機士は老若男女様々だが、揃って怒声を張り上げ、ウォーヘッドを整備していた奴隷を下がらせていく。

 

「退けと言っておろうが! この愚図めが!」

 

 懸命に整備していて離れるのが遅れた整備奴隷を殴り飛ばしてから、意気揚々とコクピットに乗り込む機士もいる。

 

「行くぞ、皆の者! 群都を脅かす賊めを討つ!」

 

「「御意っ!!」」

 

 こうして、飛び立っていくウォーヘッドはカラーリングも機種も異なるが、一様に老朽化が進んでいた。

 

 

 飛び立っていく彼らの頭上で戦闘は続いており、他派閥のウォーヘッドが切り捨てられ、あるいは爆散している。

 頃合いを見計らい出撃した、この機士の一団には勝算があった。

 

 いくら白いウォーヘッドが高性能とはいえ、戦闘で消耗しているはずなのだ。

 砂漠の外から現れた強力なウォーヘッドを撃墜して、手中に収めようと各々が画策している。同じ派閥の機士で、口では同志や同胞と呼び合う関係であっても、出し抜き合おうとしていた。

 

 白いウォーヘッドが長刀以外の武装を使用していないことも、機士たちを勢い付けていた。だが、ウォーヘッドの背部ブースターの一部が開き、ブースター一体型ミサイルランチャーから多数の誘導弾が放たれた時、その自信は揺らいだ。

 

 ロックオンアラートが響き、搭乗者に回避を促す。

 量産型のウォーヘッドの機載AIは補助用だが、フェンリスが発射した弾頭をデータバンクから呼び起こし、警告した。

 

 機士らがその攻撃半径に驚嘆すると同時に炸裂。フェンリスの周囲にいたウォーヘッドが青白い爆光に飲み込まれる。

 一回り大きいとはウォーヘッド規格のミサイル数発が炸裂したことによる威力とはとても思えない。それほどの大規模爆発だ。

 

 その威力のタネは弾頭同士を近距離で炸裂させたことにある。

 群都においては失われた兵器である共振増幅型プラズマ弾頭――ウォーライダーの間ではボムの愛称で呼ばれるウォーヘッド向けの広域攻撃兵装だ。

 

 セルに残った全ての弾頭が解き放たれている。ミサイルはフェンリスの周囲から敵機を一掃するだけでなく、接近してくる編隊にも迫っている。

 

「かっ回避ぃ! 散れ、散るのだ!」

 

 隊長格の機士が命じるより前に編隊が崩れ、散開する。握った銃火器でミサイルを撃ち落とそうと試みる者もいる。だが迎撃はすんでのところで間に合わず、プラズマ弾頭が炸裂。

 共振によって広がった閃光がたやすくウォーヘッドの装甲を融かし、機体を飲み込んだ。

 

 

「わお」

 

 褐色娘の驚いた声。後ろでエトが何かやってくれたようだ。

 急にフェンリスの動きが良くなったかと思うと、撃てれば楽になるのにと思っていた背部の共振増幅弾頭(ボム)がオンラインになったので、ナルカは反射的にミサイルを発射した。

 

 エトが入力したのは、ウォーヘッドの駆動系であるハイドラ・アクチュエーターの駆動係数だった。

 最低数万の電子制御されたアクチュエーターが系を成すことで巨大な人型兵器は四肢を動かし、機動する。

 

 慣性制御機構によって空を駆け、従来の兵器を圧倒したのがウォーヘッドというマシンだが、その根本となる機体の運動性能は依然として重要だ。

 

 ハイドラ・アクチュエーターの系の組み方には自由度がある。膨大な組み合わせから最適解を見い出せれば、機体の運動性を大幅に向上させることができる。

 エトは、メカニックの秘技といえる係数をフェンリスの中枢であるハティに提示して、自分の腕前を納得させた。

 

 AIを納得させると機体のコンディションを開示してもらい、本格的な復旧作業に取り掛かったのである。

 

 目を通したところ、フェンリスの不調の大半はソフトウェアの調整で回復可能だった。

 非力な自分でもコントロール可能な状況にアドレナリンを噴出させ、エトはコンソールを叩いた。

 神業的な調整と修復を行い、主要戦闘システムを復旧。これによりミサイルが発射可能になったというわけだ。

 

「これならいける! ナルカ、やっちゃってよ!」

 

「うん、任された!」

 

 既に体力の限界に達しようとしていたが、エトの声は活き活きとしていた。

 少年の指はもう一生動かないと思えるほど痺れている。今この瞬間も脳神経のスパークが感じられるほどハードな作業だった。

 

 ただ己が生き残りたいというだけでない。

 自分を救ってくれた褐色のお姉さんに報いたいという気持ちが、少年の持つ力の全てを発揮させた。高鳴る胸の鼓動が意味する感情が恋だということを、エトはまだ知らない。

 

「その武器、いただき」

 

 プラズマに呑まれ、唯一残ったウォーヘッドの腕が宙を舞っている。

 

 フェンリスは腕の落下軌道に合わせて降下する。

 純白のマシンのスラスターから一際激しく炎が迸った。ナルカはフェンリスを一息で接近させ、保持力を失った手から転がり落ちた銃を握る。

 

HACKING COMPLETE――――RDY ASSAULT RAILGUN

 

 ハティがすぐさまプロテクトを解除して、120mmアサルトレールガンを発射可能に。電磁加速された砲弾が青白いマズルフラッシュと共に放たれる。ナルカは砲弾を節約せず、一気に使い切るつもりでトリガーを絞った。

 

「あはっ! 重力装甲も作動し始めた! キミって凄いんだね、エト!」

 

 フェンリスが砲火を轟かせ、百発百中に近い精度で砲弾を連射する最中、一際明るいナルカの声――あるいは驚嘆がコクピットに響く。

 

 この瞬間、《大殲》においてカーネイジ・モデルを最強たらしめた防御機構が蘇った。フェンリスに殺到した砲弾やミサイルが薄闇のような球形の防御力場に遮られ、純白を装甲を傷つけることなく圧壊する。

 

 無敵の防壁を纏ったフェンリスは朱く染まった空を高く飛び、敵を翻弄しながら撃滅していく。今更になってその戦闘力を恐れた群都の権力者たちが艦砲射撃を命じて機士を援護した。

 それでも駄目と分かると秘蔵の核融合ミサイルまで使用したが、力を取り戻したフェンリスには通じない。

 

 何者も阻むことのできない暴力となった純白のウォーヘッドが無双する。

 しかし、エトがその光景を最後まで見届けることはなかった。重力装甲を作動させた直後、少年の肉体と精神は限界を迎え、意識は深い闇のなかに墜ちていった。




エピローグに続きます。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。