担当はハイスペックウマ娘   作:カニ漁船

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凄く凄い適性

 ここは日本ウマ娘トレーニングセンター学園。トレーナー室で俺は、一人のウマ娘と向かい合う。

 見た目は学園の生徒会長であるシンボリルドルフに似ている。茶色の長い髪を首元で一つ結びにしており、三日月のような白い前髪に人懐っこさを思わせるような目。シンボリルドルフの雰囲気が少し柔らかくなったような彼女は楽しげに笑っている。

 

「さて、これで契約成立だね」

 

 ここに来てからずっと笑みを絶やしていない。対する俺は、さっきから冷や汗が止まらない。どうにか気持ちを落ち着けようとしているが、冷静でいられるはずもなかった。

 気圧されている。たった一人の少女に、目の前にいる存在に。彼女の独特な雰囲気、試すような視線に言葉をつぐんでしまう。

 

 それでも。失礼がないようにと、目の前にいる彼女と視線を合わせる。その際に、転生特典でもらった能力を使った。

 

「それで、私のトレーナー? 一つ、聞いておきたいことがあるんだ」

 

 前世のアプリでよく見たステータスが表示される。現時点のステータス、適性、コンディション全てを把握することができる、自分に許された力。どうか夢であってくれと願いながら、目の前にいる彼女を見つめる。

 だが、現実は変わらない。最初に見た時と何も変わることはなく、目を背けるなとばかりに開示される能力値。

 改めて見てもおかしい。コイツは本当におかしい。

 

(前世の友達からも聞いたことがない名前だしモブかなと思っていた。そうじゃないにしても影が薄かったんだろうなって思っていた。だけど)

「君は私に、何を願う?」

 

ハレヒノカイザー

 

適性:芝A ダートG

距離:短B マA 中A 長B

脚質:逃げA 先行A 差しB 追い込みF

 

 こいつのステータス絶対モブじゃねぇ。なんだこのトンデモスペックウマ娘は。適性だけならマルゼンスキーすら超えてるじゃないかこの子。どうなってんのマジで。

 

 

 妖艶に笑う彼女、ハレヒノカイザーはジッと俺を見ている。こっちの考えなんて見抜いているように、浅はかな思考は全部分かっているかのように。手のひらで転がされている気分だった。

 

(どうして契約することになったんだ……)

 

 俺の答えを待ち望んでいる彼女の視線から現実逃避するように、トレーナーになるまでのことを振り返った。

 

 

 

 

 

 

 前世最後の記憶は職場でぶっ倒れたところ。身体を操っていた糸が切れたみたいに、ぷつんと倒れた。

 

 俺が働いていたところはいわゆるブラック企業。1に仕事2に仕事、34に仕事5に仕事と言わんばかりの労働環境であり休みもロクに与えられねぇクソみてぇな職場。

 休日出勤は当然だわ有休は勝手に消費されるわで本当に散々な会社だったな。今時あんな会社が残っていることの方がヤバいとみんなで愚痴っていたのが記憶に新しい。

 転職しよう、もう労基に駆け込もう。この会社から逃げ出してやるぞ、なんて考えていた矢先の出来事である。俺が倒れてしまったのは。

 

 薄れゆく視界の中、仲の良かった同期の友達が焦った声で近づいてきて、必死に俺の名前を呼んでいたのだけは覚えている。

 

「大丈夫か、死ぬんじゃねぇ、か。悪いことしちまったな」

 

 結局こうして死んでしまったわけだ。少しだけ同期に申し訳なさが出てくる。願わくばあのブラック企業から抜け出せることをあの世から祈っておこう。

 

 

 ただ、何の因果かウマ娘の世界に転生。一番やっていたアプリの世界に転生した俺はものすごく喜んだ。

 

(す、すっげぇ~! 生のウマ娘が歩いている!)

 

 荒んだ職場で唯一の癒しだったゲームの世界に転生したもんだから泣くほど嬉しかったのを覚えている。これからこの世界で生きていけることを神様に感謝しなければならない。

 

 さて、そんな俺だが、この世界を生きていく上で決めていたことがあった。というよりは前世の記憶があるからこそ決めたことがある。

 

(今世はほどほどに頑張りますか。また過労で死ぬのはごめんだ)

 

 前世の死因は働きすぎの過労死。生活のためだったとはいえ、あまりにもあんまりな結末だ。自分が死んだら意味はないしこれまでの頑張りが無になってしまう。

 なので、今世は死なない程度に頑張ることを目標に。ブラック企業に就職しないようにしっかりと職場を選ぶぞ! と決意を固めたのである。

 

 なのになんで労働環境ブラックそうなトレセン学園のトレーナーになったかって? 欲求には抗えなかったんだ。

 

 なにせウマ娘の世界だ。他の職業もあるにはあるが、一番はトレーナーになりたいと思うだろう。

 それに、転生の特典もトレーナーをするにはうってつけ。ウマ娘の適性が分かるアレだ。コンディションとかも分かるしステータスも全般的に見れる。なんて素敵な特典なのか。

 

(これはもうトレーナーやるしかないでしょ。てかウマ娘の世界に転生してならないのはもったいなさすぎる)

 

 頑張りすぎはしないと誓ったけども、これだけは頑張らせてもらった。だってトレーナーになりたかったから。あわよくばウマ娘達とお近づきになりたかったから。すんごい邪だけど頑張るウマ娘を一番近くで応援したかったんです。

 

 ちょっと邪な思いもあったトレーナー業。実のところそんなに悪くはない。思ったほどブラックではないというか、割と融通が利く職種なのだ。

 担当のためにその身を犠牲に、考えることが多すぎて休みなんかとれねぇ、なんて思っていたがそんな例は少数。有休はしっかりとあるしほとんどのトレーナーが仕事とプライベートを両立させている。

 こう言ってはなんだが、意外にもトレーナー職はホワイトなのだ。加減を間違えたら死ぬほど忙しくなるらしいけど。

 

(ウマ娘が増えてもまちまちらしい。ほとんどのトレーナーは上手く調整している)

 

 給料良くて基本ホワイト。トレセン学園万歳。さすがは狭き門を突破した後に見える世界だ、格が違うね。

 

 

 というわけで無事にトレーナーになった。次にやるべきことは決まっている。

 

「スカウト、だな」

 

 担当ウマ娘とどう契約するのか、って問題だ。

 

 俺は転生者で特典もある、いわゆる他の人とは違うスタートラインに立っているチート転生者だ。適性が分かるだけでそんなに? と思うかもしれないが、適性が分かるだけでも十分に凄い。普通は分からんのだから。

 だが俺は新人。実績なんてものは何もないし、俺が転生者であることは誰にも分からない。バカ正直に話したところで、頭のおかしい精神異常者みたいな扱い待ったなしである。

 じゃあどうするか? 答えは一つしかない。

 

「選抜レースとか見てスカウトするしかないよな」

 

 この手に限る。この手しかないんだけど。担当と運命の出会いなんてそれこそ奇跡みたいな確率でしか起きないし、受け身の姿勢で待っていても成果はないことは確実。ならちょっとでも高い可能性に賭けるしかないってことだ。

 

 

 そしてやってきました選抜レース。育成ウマ娘の子もちらほらと姿が見える。

 

(う~ん、あの子達をスカウトかぁ)

 

 悪くないよなぁ。憧れていた世界が目の前に広がっているんだし、彼女達の担当をしてみたい欲もある。

 ただ、あくまで新人という立場を忘れずに。高望みはしないし無茶もしない。誰を担当してもいいってぐらいの心構えで行く。

 

(そもそも競争率バカみたいに高いし。俺みたいな新人が担当できるはずもないか)

 

 彼女らはほぼ例外なく素質を持ったウマ娘。上澄みと呼ばれる中央のさらに上澄みとも言うべき子達ばかりだ。そんな子をアプリみたいにホイホイスカウトできるはずもない。

 

 それにほら、モブと呼ばれた子達を育て上げて、なんだアイツは!? あのトレーナーとんでもないな! みたいな扱いされるのもいいんじゃね? なんてことも思ったりする。

 いいよね、実力が分かる瞬間。大したことがないと思っていたのに実はすごかったんですみたいな。凄いなー憧れるなー。

 クラシック三冠だったり、現役無敗のウマ娘だったり。育て上げた手腕を褒められてちやほやされて。さながら漫画の主人公みたいな扱いをされたり。夢が広がるわ本当。転生様々だね。

 

「ま、三冠とか無敗とかは全部妄想になるけど。思うだけならタダだろ」

 

 普通の子でもスカウト出来たらそれでいい。担当を持つってスタートラインに立たなきゃ意味がない。だからスカウト成功させなきゃな~っと。そんな軽い調子で選抜レースを見物していた。

 

 

 

 

 

 

 選抜レースから数日後。なんか俺のことを気に入ったらしいウマ娘から逆スカウトされて、今担当契約を結んだんだが。

 率直に言わせてもらおう。本当にコイツは何なんだ。なんで適性がマルゼンスキーすら超えているんだ。

 

(前世の同期が言ってたな。ウマ娘の適性は、史実の戦績を基に設定されてるって)

 

 分かりやすい例を挙げるならカレンチャンだろう。彼女は史実において1400m以上のレースを走ったことがないらしく、マイルがちょっと走れるぐらいで、短距離以外は走れないような性能になっていた。

 マルゼンスキーなんかは凄かったが、あまりにも速すぎて他に楽勝するぐらいのスペックがあったからこその適性だ。たまにおかしなことになってることもあるそうだが、適性は概ね史実を反映しているといっても過言ではない。

 

 それを踏まえた上で、コイツの適性を改めて見よう。

 

 短距離と長距離がB、マイルと中距離がAである……どゆこと?

 

(つまりコイツはマルゼンスキーに匹敵するどころか凌駕するスペックすらあるってこと!? とんでもねぇバケモンじゃねぇか!)

 

 史実のマルゼンスキーはそれはもう凄かったらしい。生涯無敗の8戦8勝で2着につけた合計着差は約61バ身差。当時基準ではるか未来をいってるようなスペックとは同期談。だからこそあの適性が許されていたらしいが。

 ミホノブルボンなんかも幅広い適性を持っていた。あちらは元々スプリンターの素質があったのをクラシック三冠走れるレベルのスパルタをしたからこその適性らしい。

 

 ただ、そんな2人でもAは1つでB2つ、そしてCが1つだ。なのに目の前にいるウマ娘はCすらない。

 

(Cは勝つにはちょっと怪しい適性、Bにもなればまぁ勝てるっしょみたいなレベルだぞ。ダート以外どこでも走れるじゃんコイツ!)

 

 この時点でもうおかしい。絶対モブじゃないよこの子。史実でやべー戦績叩き出した子に間違いないよ。育成ウマ娘に劣らないレベルに決まってるって。なんでそんな子に気に入られたんだ俺。いや嬉しいけども。

 

 

 ただここで疑問なのは……同期からこの子の名前は一度も聞いたことがないことだ。

 

(ハレヒノカイザーか。これほどの適性を持つ子だから、さぞかし強かったんだろうけど)

 

 同期の知識は豊富だった。最近のものから昔のものまで網羅していたといっても過言ではない。1970年代はさすがに昔過ぎるだろと思ったけど。

 いろんなウマ娘の設定背景の説明だったり、最近ではコイツが凄いんだ、この血統がメジャーなんだって教えてくれた凄いやつ。

 

 どんなウマ娘の史実でも知っているレベルの同期が知らない子、口にしなかったウマ娘。なにかあるんじゃないか? と勘ぐってしまう。俺が忘れているだけの可能性が非常に高いんだけどな。

 

(クソ、逆スカウトされてたから喜んでたけどなにがあるか分かったもんじゃない!)

 

 何かあった時が怖すぎる。大丈夫だろうな? 俺の心最後まで持つよな? お辛いのは勘弁よ?

 

 極めつけに、これだ。俺はコンディションの欄を見る。

 

 

【ガラスの身体】

本気を出すと壊れてしまう身体

慎重に行動しなければならない

 

 

 知らねぇよバカ、俺の知らねぇバッドコンディションをお出しするんじゃねぇよアホ。修正しろさっさと。

 

(つーかなにに影響するのか分かんねーんだけど! もうちょっとはっきり開示してくれません!?)

 

 慎重に行動しなければならない、じゃねーよ具体的な効果を教えてくれってんだよ。ガラスの身体なんて名前の時点で察しついてんだよこっちは。効果分からなきゃどうすればいいのか分かんないでしょうが。もうちょっと親切設計にしろや。

 アプリの知識を必死に引き出して考える。これがどんな効果のコンディションなのかを。全キャラコンプしてたし、育成もやりこんでたからこの辺の知識は心配はない。

 効果に関してはまぁ、メジロアルダンのガラスの脚みたいなものだろうか? 名前も似てるし。

 

(ガラスの身体ってことはメジロアルダン以上にヤバい状態を覚悟しなきゃいけない、ってことか)

 

 ガラスの脚はレースの連続出走で悪いことが起きるとかそんな効果。となると、目標レース以外の出走はやらない方がいいってことか? つってもなぁ。

 

(目標レースも分からねぇ状況だから八方塞がりじゃねぇか……)

 

 アプリでこの子を見たことがない。それはつまり目標レースが分からないということ。どうすればいいんだろうね本当。

 加えてどの世代かも分からん。選抜レースでも他の育成ウマ娘は出走してなかったし、親しいウマ娘も現時点では不明。これから仲良くなっていけば分かるだろうが、世代によってはヤバくねぇか?

 あーヤバい、マジで考えることが多すぎる。

 

(なんも分からん。これから先どうすりゃいいんだマジで)

 

 分かってることなんて笑顔が素敵なだけだよ。よく笑うんだよこの子、本当に。見ててこっちが癒されるわ。

 

 もうやばい、何もかもが分からん。頭がパンクしそうになる。

 あらゆることが不明。俺を気に入った理由も担当契約することになった決め手も不明。なんでそんな状態で契約しようと思ったんだよ俺。短絡的すぎるだろ。

 

(考えることが多すぎる。史実のこととか今後のレースのこととか、マジでなにから手をつければいいのかさっぱりだ!)

 

 悩みに悩んだ。本人を目の前にして、というか目の前にいることすらも忘れて集中する。

 

 考えに考え抜いた結果俺は。

 

(めんどくせ、考えるのやめた)

 

 思考を放棄した。

 

 いや、だってさ? これだけ考えても答えは出ないわけだ。史実のことなんて分からないし、ほとんどの問題が分からない。どうしようもないのが現実。

 なら考えたって仕方ないじゃないか。今更悩んだって担当契約を結んだ事実は変わらない。じゃあもうあれこれ考えるだけ無駄だろ。てかこの先知ればいいし。

 そもそもの話だ。なんでも知ってた同期が知らない子、口にしなかった子だぞ?

 

(じゃあ俺が知らなくても仕方ないな、うん)

 

 そう納得させて、俺はもう考えるのをやめた。

 

 それに、この子がめちゃくちゃ強いことは明らか。これから先の活躍も大いに期待できるわけだ。将来有望な子をスカウトできたとしてポジティブに考えよう。

 後先のことなんてその時その時で考えればええねん。考えるのに疲れたからこれでおしまいだ。

 そもそも、俺の目標はほどほどに頑張ること。これ以上ドツボにハマるくらいならさっさと切り替えた方が良いね。

 

 

 それじゃ、改めてハレヒノカイザーと契約を結ぶか。ずいぶん待たせてしまったし。

 

「考え事は終わった?」

「あぁ、無事にな。待たせてすまん」

「それは良かった。ずっと百面相していたから心配だったんだよ?」

 

 うん、表情に出ている。めっちゃ心配そうに俺を見てる。本当に申し訳ない。

 

 これからこの子とトゥインクル・シリーズを駆け抜けることになる。信頼の証を結ぶためにも。

 

「俺は榊、榊幸光だ。よろしくな。願いについてはおいおい、な」

「うん。私はハレヒノカイザー! よろしくね!」

 

 固く握手を交わす。ハレヒノカイザーはにこやかな笑顔で応じてくれた。さっきの妖艶さとは真逆の人懐っこい笑顔。こっちが彼女の素なんだろう。

 

 これからハレヒノカイザーとのトゥインクル・シリーズが始まる。不安とか諸々あるけど。

 

「あ、そうだ。トレーニングに参加してくれるって人がいるんだけど。お誘いしても大丈夫?」

「おう、勿論構わないぞ。大歓迎だ!」

「やったやったー! それじゃ、早速明日から呼んでくるね!」

 

 それ以上に、年甲斐もなくドキドキしてはしゃぎたい自分がいた。

 

 史実が分からない以上どのレースに出走すればいいかは分からない。けれど。

 

(ま~なんとかなるだろ。頑張っぺ)

 

 このドキドキに身を任せて、ハレヒノカイザーと一緒に駆け抜けよう。不測の事態も何とかなるでしょ。その場その場で考えればいいね。

 

 

 

 

 

 

 次の日。トレーニングの時間になったわけだが。

 

「それじゃあルドルフ会長、今日もよろしくお願いします!」

「君がカイザーのトレーナーか。ご存じだろうが私はシンボリルドルフ。これから長い付き合いになるかもしれないからね、よろしく頼むよ」

 

 ふざけんなこれ以上俺の考え事を増やすんじゃねぇ。

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