近づく宝塚記念。カイザーのランキングは出れるか出れないかのギリギリだった。
「……さすがに変わらんか」
「そんな一日単位で変わるものではないだろう。座して待つのが正解だよ」
「そうなんですけどねぇ。こうもギリギリだと胃が痛くなってきますよ」
話題になっているとはいえ、やはりシニア級で活躍しているウマ娘がいるのと、カイザー自身の目立った実績がジュニア級のホープフルステークスしかないのが痛い。他にも重賞を勝ってるとはいえ、世代限定戦ゆえに評価は低め。仕方ないことだ。
5月に走れるようなレースもなく、スピードシンボリの言うように待つことしかできない状況。歯がゆい気持ちだ。
「そんなに私に出てほしいの? トレーナー」
「そりゃあな」
「なんで? 宝塚記念のタイトルが欲しいから?」
疑問たっぷりの表情で見つめてくるカイザー。別にそういうわけじゃない。
「違うな。お前の走りをもっと多くの人に見てほしいんだよ」
「勝つところじゃなくて?」
「う~ん……まぁ勝てたらさらに嬉しいってだけで、お前の楽しく走る姿を見てほしい、ってのが第一だな。ほら、元気が出てくるから」
ぶっちゃけ宝塚記念に出れなかったらそれまで。なにかもう一つレースを叩いて、夏合宿中はフランスへ、みたいな感じで考えている。別のプランもないことにはない。
ただ、やっぱり宝塚記念には出たいよねって。今後のことを考えたら、箔はあるだけあった方がいい。
「やれることはやった。後はなるようになるのを祈るしかないな」
「ま~何とかなるよ。トレーナーも難しい顔しないで、笑顔でいようね!」
う~んカイザーの素敵な笑顔。眩しい上にセラピー効果もある。俺の疲労がみるみるうちに取れていくわ。絶対に気のせいだけど。
宝塚記念の投票は拮抗した状態。まだまだ油断はできない状況だ。
その間にもクラフトのレースはある。NHKマイルカップ本番、皐月賞に出走していたウマ娘達も何名かこちらに出ていた。
クラフトは1番人気に推される。桜花賞の勝ち方とこれまで無敗という実績、当然とも言うべきか。
曇り空の東京レース場。良バ場と発表されたコースをクラフトが駆け抜けている。
「頑張れクラちゃ~ん! ファイト~!」
「うおおおぉぉぉ! もう少しだー! いけー、クラフトー!」
最後の直線を向いた段階で先頭に立つ。声援は一層激しくなり、最後の勝負に向けて一気に戦局が動く。
《ラインクラフトが先頭、ラインクラフトが先頭で走ります! デアリングハートが追走する、しかしラインクラフトが突き放す! 12番も追い上げてくるがこれはちょっと厳しいか!? ラインクラフト先頭、ラインクラフト先頭だ!》
最内から上がっていくクラフト。外から並びかけようとするデアリングハート。
だが、クラフトはデアリングハートの追走を振り切る。少しずつ差は開いていき、1バ身、2バ身とリードを広げていく。
「いっけぇぇぇ!」
最終的に、クラフトはデアリングハートに3バ身差をつけて勝利をもぎ取った。
《ラインクラフトだラインクラフトだ! 桜花賞ウマ娘がまたもマイルで花開く! これが世代のマイル女王、ラインクラフトの実力だァァァ! 3バ身差の完勝、文句のつけようがない勝ち方! これがラインクラフトの強さであります!》
見なよ、ウチのクラフトを。凄いレースをしてくれましたよ。
「ひたすら最内をキープし続けて、最後の直線で突き放す。お手本のようなレースだね」
「うおおおぉぉぉ、クラフトー! 最高ー! まぁお手本になる奴が凄い身近にいますからね」
「急に落ち着くね、君は。その通りだけど」
俺とスピードシンボリはカイザーへと視線を向ける。当の本人は可愛らしく首を傾げるだけだった。
ともかくとして、これでクラフトは変則二冠を達成。翌日の新聞では、すでに世代のマイル女王の地位を確立した、とでかでかと掲載されていた。
「見ろクラフト! お前の記事が一面を飾っているぞ!」
「も~、何回も見ましたってトレーナーさん……えへへ」
「凄いね~クラちゃん。えらいえら~い」
クラフトの頭を撫でるカイザーと驚きつつもはにかむクラフト。良いね。
「ちなみにトレーナーさん、オークスへの出走は~……」
「ダメ。疲労が見え隠れしてるし、オークスまで日がないからな」
「で、ですよね」
クラフトがしょんぼりしてしまったがこればかりはどうしようもない。無茶をしてケガでもしたら大変だからな。
余談だが、クラフトがNHKマイルを勝ったことで、カイザーの評判もわずかながらに上がっていた。トレーナーが同じだから、こっちにも期待できる的な内容。嬉しい限りである。
しかし、良いニュースばかりではない。悪いニュース、というわけではないが、またもディープインパクトの衝撃的なニュースが飛び出してきた。
《これは強い! あまりにも強い! これがディープインパクトの末脚! 2番手以下をあっという間に突き放してグングン加速する!》
「凄いね~、プイちゃん」
「……凄いなんてもんじゃない。格が違う」
「あまりにも隔絶しすぎている。これが、ディープインパクトの強さか」
わずかに出遅れた影響か、いつものように後方からのスタートとなったディープインパクト。道中はずっと控え続け、第3コーナー辺りから進出を開始。ロスなんて関係ない、とばかりに大外をぶん回して上がっていく。
大外を回る。そう、大外と回っているはずなのだ。距離のロスがあるから、他のウマ娘よりも手間取るに違いない。
なのに、気づけばあっという間に先頭集団に追いつく。最後の直線を迎える間もなく、ディープインパクトは先頭に立った。
(他が動き出してないのもあるとはいえ、スピードが違いすぎる。なるほどねぇ)
他との差がありすぎる。クラシック級とシニア級の差ですら生温いと思うような実力差。これが、ディープインパクトの強さなのだろう。
ここから後続が追い付く展開などあるはずもなく。ディープインパクトは2着に7バ身差をつけて大勝した。ダービーで7バ身差って。
「強いな、やっぱ。後これでまたディープに話題がかっさらわれる!」
「……だろうね。ただでさえメディアが今一番推しているウマ娘。ファンからの人気も、常軌を逸しているレベルだ」
「おめでとーうプイちゃーん! ぶいぶいー!」
もはやカルト的な人気を誇っているディープインパクト。このダービーも支持率70%超えとかいう頭おかしい数値だ。どうなってんねんマジで。
この勝利もあってか、世間はまたもディープインパクト一色に。なんだろう、本当にカルトじみた人気してるわ。
と、これまでいろいろとあった。出走できるかできないか、その瀬戸際にずっと立たされ続けていた。
これで出走できなかったらどうしよう、とか、万が一にも出走できなかったら佐岳さんの協力を得られないんじゃないか、と不安に思う日もあった。
迎えた宝塚記念の投票最終結果。カイザーはと言いますと。
「……やったぞカイザー!無事に出走できるぞぉぉぉ!」
「やったねトレーナー! ぶいぶーい!」
無事に出走が叶った。やったぜ。
◇
いや、本当に良かった。ずっとやきもきしてたけど、これでようやく解放されたわけだからな。目の前にいるカイザーの笑顔が眩しいぜ。
「人気投票順位、本当にギリギリだね。ま、それでも出走はできる、問題はないだろう」
「やったやった! やったねカイザーさん!」
全員で喜び合う空間。それほどまでに嬉しかった。不安要素がなくなったわけだからな。
とはいっても、あまり喜んでばかりもいられない。ここはあくまでスタートラインにすぎないからだ。
「喜ぶのはこれくらいにしておこう。俺達は挑戦権を得られただけ、勝ったわけじゃないからな」
「そうだねぇ。ロブロイさんと走れる……楽しみだね、うん!」
カイザーはいつもの調子。隣にいるクラフトの表情は引き締まってるし、スピードシンボリは険しい顔つきだ。
分かっているのだろう。いかに厳しい勝負になるかが。いや、カイザーも分かっているだろうけどね。それよりも楽しいって気持ちが勝っているだけで。
ちょうどいいタイミングなので、今回の宝塚記念についておさらいする。現時点で出走が確定しているメンバーについてだ。
「まずはタップダンスシチーだな。前年度の宝塚記念覇者、大逃げで沸かせたウマ娘だ」
「あ、ヘリオスさんのとこでいつも会ってる! タプさんだ!」
まさかの顔見知りだった。いや、ダイタクヘリオスとタップダンスシチーは同室だからその繋がりで会う可能性はあるだろうけど。
「後はトリプルティアラのスティルインラブに」
「スティルさん! スティルさんは凄いですよカイザーさん、なんせ2人目のトリプルティアラ達成者でラモーヌさんに負けず劣らずの」
うん、スティルインラブに関してはクラフトが説明してくれるからいいだろう。ついでにスイープトウショウもしてくれるから手間が省けていいね。
クラフトだけではなく、スピードシンボリも特に警戒すべき相手の名前を挙げていく。猛者が集う宝塚記念でも、特に結果を残した相手のことを。
「後、外せないのはゼンノロブロイだ。秋シニア三冠の達成者、昨年のトゥインクル・シリーズを大いに沸かせた立役者だ」
「ロブロイさん凄いもんね~。末脚のキレもあるし、いざという時の思い切りもいいし」
「強敵になることは間違いない。というよりは、これまでのレースと同じと思わない方がいい、カイザー」
スピードシンボリの警告。それも当然か。
これまでカイザーが出走してきたレースはあくまで同世代との勝負、経験値の差はないに等しい戦いだった。相手を術中に嵌められたのも、カイザー自身の技術が突出しているからってのが大きな理由だ。
だが、今度の宝塚記念はクラシックとシニアの混合戦。カイザーよりもレースの経験が豊富な相手と戦うことになる。
(しかも、今回クラシック級から出走予定なのはカイザーのみ。対戦相手は全員がシニア級だ)
あくまで現時点の話だが、ディープインパクトは出走してこないだろう。当人の気持ちはともかく、文乃先輩が無茶させるとは思えないからな。
そうなると、出走できそうなのはカイザーのみ。他のメンバーはディープに話題を持ってかれたからか、人気投票で選ばれず。クラフトならワンチャンいけたが、あのメンバー相手に中距離で勝負させるのは酷ってものだ。
話が少し逸れたがとどのつまり、今度の相手は全員がレース経験豊富な猛者たち。中にはクラシックの激闘を制してきた相手もいる。スティルインラブやスイープトウショウがそうだ。
それだけじゃない。カイザーは今まで5戦だが、相手はその倍は走ってきたような相手ばかり。いろんなレースを体験してきたはずだ。対応力が段違いに高い。
「経験値の差は大きい。どうやったって埋められるものでもない。プレッシャーもこれまでの相手とは段違い。だからこそ、変わらないメンタルで走ることが大事だカイザー」
スピードシンボリの講座を真面目に聞くカイザー、だが。目は爛々と輝いている。表情も微妙ににやけてるし。
うん、これはあれだな。多分楽しく走れる、ぐらいのことしか考えてないだろう。
(アイツの考えはよく分からんが、レースのことについては分かりやすいからな。目がキラキラしているし)
そもそもプレッシャーに負けるようなウマ娘じゃない。いつもの走りを貫いてくれるだろう。なんでっていわれたらまぁ、カイザーが走るのを楽しむウマ娘だから、に尽きる。
スピードシンボリもカイザーの表情に気づいたようで、苦笑いを浮かべている。なんとなく分かっているのかもしれない。
「……ま、君なら問題はないと思うけどね。一応の忠告だ」
「はーい! それにしても、ロブロイさんだけじゃなくてタプさんも相手か~。うん、楽しみだな~!」
椅子に座るカイザーは足をばたつかせて、今にも走り出したそうにしている。百点満点の笑顔もセット、いつもと変わらない可愛さ。
「特に、今回のスタートはいつもと同じようにはいかないだろうな。タップダンスシチーは逃げウマ娘、しかも大逃げだ」
「大逃げ? スズさんと一緒だ!」
「そう。大逃げのウマ娘はスタートが上手い。タップダンスシチーも例外なく、な」
ぶっちゃけタップダンスシチーが逃げで勝ったレースはそんな多くないんだけど。アプリでも逃げだったし逃げでいいだろう、うん。大逃げも獲得するし、スタートが上手いのも間違いじゃないし。
「これまでのようにハナを取れるとは思わないようにな。油断してると足掬われるぞ?」
「はーい、気をつけまーす!」
うーん元気の良い返事。どことなく幼さがあるけど、これで分かっているからいいか。
ま、ひとまず今は宝塚記念の出走を喜ぼう。これで憂いはなくなったわけだからな。張り詰めていた日々からおさらばだ。
緩い雰囲気。いつもの調子に戻って、宝塚記念に向けて調整をしていこう。
「よーし、後は宝塚記念に向けて頑張るぞ!」
「おー!」
相手はシニアの強豪。どこまで行けるのか、ちょっと気になるな。なんにせよ、いつものように走ってもらいたいな、うん。