宝塚記念を勝ったカイザー。2着のスイープトウショウに3と半バ身差をつける快勝である。こんな勝ち方するとは正直思わんかった。
そう思っているのは俺だけじゃないようで。阪神レース場は静まり返っていた。勝者を讃える歓声もなく、全員が口を開けて固まっている。俺とクラフト、そしてどこかにいるダイタクヘリオスの声が響くのみだ。
仕方ないだろう。11番人気ということから、カイザーの勝利はあまり期待されていない。上位人気のウマ娘よりは劣る、と評価を下されていた。
結果はこれである。下位人気がこんな勝ち方したら喜びよりも戸惑いの方が先に来るわな。
また、驚いているのはこれだけじゃない。タイムの方もだ。
《赤く光るレコードの文字! なんとなんとレコード決着! 従来のレコードを塗り替えるコースレコードでの決着だ! 鮮やかな勝利、盤石の横綱相撲! クラシック級ながら凄いレースを見せました!》
いや、嘘やん。コースレコードすら塗り替えるってヤバすぎるでしょ。どこまで成長してんのあの子。
見なよ、ウチのカイザーを。あの笑顔でピョンピョン飛び跳ねているカイザーの姿を見てくださいよ。とっても楽しそう。
「いつもと変わらんなぁ、アレも。大変よろしい」
「ガチそれな! っぱハレ吉のトレーナーさん分かってんね~!」
気づいたらダイタクヘリオスがこっちに来ていた。どうやら友達と一緒に来ていたらしく、メジロパーマーたちも合流することに。全員カイザーの勝利を祝福していた。
状況を飲み込めていない、静まり返っている阪神レース場。勝者であるカイザーの下へ、タップダンスシチーが歩み寄っていた。
一体何があるのだろうか。緊張が高まる中でタップダンスシチーは、カイザーへと指を突きつけていた。
「おいおい、なんだあのrocket startは!? あんなのからどうやってハナ取れってんだ!」
「あ、タプさん。ふふ~ん、凄いでしょ?」
「あぁ、凄いなんてもんじゃねぇ。unbelievableなスタートだ。アタシのレースの中で、あんなスタートは見たことがないね!」
オーバーリアクションで驚いている。どれだけ凄かったのかを伝えようと一生懸命になっている。それくらいの衝撃だったのだろう。
事態を飲み込めたのか、ファンのざわめきが徐々に広がっていく。カイザーの勝利を、前人未到の偉業が達成されたことを、ようやく受け入れてきている。
状況が分かれば、沸き上がるのは当然歓声だ。静まり返った会場が一転、カイザーの勝利を讃える声で埋め尽くされる。
「すげぇぞカイザー! なんだあのスタートー!」
「可愛いー!これからも応援しているからねー!」
「ディープインパクトに負けないくらい頑張れよー!」
歓喜の声、祝福の言葉。祭りのように盛り上がる阪神レース場。誰もがハレヒノカイザーの勝利を讃えていた。
レース後のインタビューは当然のごとく苛烈だった。いつもの倍以上はあったな。
「宝塚記念制覇おめでとうございます! これもやはり予想していたことでしょうか!」
「シニア級の強敵相手に見事なレース運び! 完勝した今のお気持ちをお願いします!」
「これで無敗記録を継続! やはり緊張はありましたか!」
それがもう凄いのなんのって。クラフトの桜花賞とかNHKマイルレベルの詰め寄られ方をされた。下手したらそれ以上か。
(史上初の偉業、コースレコード決着、完封に近いレース内容。そりゃ話題集めにはもってこいだわな)
やったことが大きすぎる。今までの比じゃない量のインタビューをされるのは当然か。カイザーの魅力を知ってもらえたようで何よりだ。
インタビューには順番に答えていく。同時に喋ってくるので聞き取り辛いところもあったが、それでもなんとか返せるように努めた。
「それで、あのレース内容は予想通りだったのでしょうか!」
「いや、流石にあのスタートは予測できなかったですね。あんなロケットスタートを決められるとは思いませんでした。それ以外はいつも通りにレースを運んでくれたなと」
「トリプルティアラのスティルインラブに秋シニア三冠のゼンノロブロイを下しました。今のお気持ちは!」
「やっぱり強いな、と。後半には立て直していましたし、ゼンノロブロイも最後まで粘っていました。油断ならない相手です。次対戦する時も警戒ですね」
無難of無難。下手なことを言って炎上するのも洒落にならんし、刺激しないようにする。
炎上って言うのは怖いからなぁ。てか、炎上で思い出したけど、俺のクラシック未出走の件もこれで沈下してくれると嬉しいんだが。
(……無理だな。菊花賞にも出走しないし、またなんか言われそう)
気にするだけ無駄なのは分かっているが、怖いもの見たさで覗きたくなるのが人間の性。やめろって言われたらそれはそう。
インタビューが続く中で、最後に来たのがこの質問。今後のレース内容に関するものだ。
「今後のレースについてはどのようにお考えでしょうか? 秋には菊花賞がありますが、狙うのはやはり天皇賞・秋の方でしょうか?」
夏のレースに出走はしないので、目標となるのは秋のレース。どのレースを狙うのか、というものだった。
秋にはクラシックの最終戦菊花賞がある。こちらに照準を合わせることもできるが、メディアはおそらく分かっているだろう。
これまでのクラシック二冠に出走しなかった以上、菊花賞に出走する必要性もない。よほど長距離に自信があるとか、菊花賞に全てを賭けているとかでもなければ。
「菊花賞は狙わないですね。元々長距離は少し不安が残るので。長い距離よりもマイルから中距離が合っているような気がします」
嘘である。実際には長距離も走れんことはないし、これからトレーニングすればバリバリ走れそうな気がするのがカイザーだ。そもそも初期適性でBなので、普通に勝ち負けに絡めるレベルである。おかしいだろ。
ただ、さっきも言ったように皐月賞とダービーに出走していない以上、菊花賞を走る意義は薄い。なので、菊花賞も見送りだ。
そうなると、秋の緒戦は天皇賞・秋になるか、秋天を想定した前哨戦、毎日王冠辺りになる。そして、秋天を走るのであれば他2つ、秋シニア三冠と呼ばれるレースにも出走だ。
「今のところは秋の天皇賞を予定しています。そしてカイザーは、秋シニアの三冠を狙います」
「「「おぉ!」」」
俺の言葉にメディアがざわめく。2人しか達成者がいない秋シニア三冠。これが秋の目標だ。
あくまで予定。これから変わる可能性も大いにある。特に、夏はフランスに渡る予定だしな。向こうのレースを走る可能性も十二分にある。
(海外の情報は言わなくてもいいだろう。今んとこ向こうのレースを走る可能性は限りなく低い。あまり囃し立てられて、出走せざるを得ない状況になったら最悪だ)
そうならないためにも、海外の情報は秘匿。宝塚記念を制した今、無理に目立つようなことをしなくてもいいのだから。
これが最後の質問。ウキウキ気分で帰っていく報道陣を見送っていると、ニコニコ笑顔のカイザーが俺を見ていた。うーん可愛い。
褒められ待ちの犬みたいな感じがするな。可愛さ百億点。
「ね、ね、トレーナー。勝ったよ!」
「おう、勝ったな。ブイブイ」
「ぶいぶーい!」
また何かお祝いしようと思ったけど、俺のただでさえ薄い財布がさらに薄くなるので止めておこう。本当はお祝いしたいんだけどね。
「これから先、お前のグッズも増えるだろうな。人気もうなぎ上り、お前のことを褒めるファンがどんどん増えるぞ!」
「う~ん、悪くないね。トレーナーは? トレーナーは私のファン?」
「そりゃ当然。トレーナーは担当ウマ娘のファン第一号だからな」
そんな他愛もない会話をしながらウイニングライブへ。これから先はグッズの収入とかも増えるんだろうな~、なんて思いつつ、ライブで盛り上がっていた。
そんな夢見心地だった宝塚記念の翌日。
「早く教えなさいよ! アンタが最後に見せた魔法!」
「……なんでスイープトウショウがいんの?」
「分かんない。着いてきちゃった」
「着いてきちゃったかぁ」
カイザーの制服の裾をがっちりと掴んだスイープトウショウが現れた。掴まれている当の本人はよく分かってない顔である。君が分かってなかったら俺とクラフトはなんも分からんのよ。
◇
その後は事の経緯を何とかして聞き出すことに成功。スイープトウショウと面識のあるクラフトがいてくれて助かったわ本当に。
発端は宝塚記念のこと。これはまぁ予想通りだった。
「最後、アタシの魔法で追い抜いてやろうって思ってたのに、カイザーはそれ以上のスピードで駆け抜けていったのよ? 全然追いつけないし、こんなの魔法以外にあり得ないわ!」
最後の直線での攻防。事実上の一騎打ちだった叩き合いは、カイザーが競り合いにすらさせずに下して終わり。宝塚記念の顛末である。
そこにスイープトウショウは目をつけた。追いつけなかったのはカイザーが凄い魔法を使ったからなんだとか。なので、その凄い魔法を教えて欲しいと引っ付いているらしい。
最後の攻防、ねぇ。
(実際魔法みたいな出来事ではあるな。全員足を残していなかった先行勢で唯一残していたし)
どっちかというと、最後の末脚よりは最初のスタートの方が魔法っぽいけど。そっちには目をつけていないようで、話題にすら取り上げていない。ホッとしたような気がする。
現在。カイザーに魔法を教えてもらうべく、スイープトウショウは朝からずっと張り込んでいたらしい。朝からずっとこの調子なのか。
「早く教えなさいよ! アンタが使った魔法!」
「え~? じゃあ走ろうよ! 走ればなんでも解決するよ!」
「アンタそう言ってずっと走ろうとするじゃない!」
よくお分かりのようで。走るといったが最後、カイザーはずっと走るぞ。音を上げようが一人で勝手に走るからな。
しかし、どうしたものか。お互いにレース明け、トレーニングは休みだろうが、この調子が続くのもどうだろうか。
(十中八九、スイープトウショウのトレーナーには話が行ってないんだろうなぁ。ドリームジャーニーも担当していたはずだし、すでに話を耳に入れてそうではあるけど)
話を聞いて素直に引き下がる様な手合いじゃない。朝から押しかけて放課後になってもこの調子なんだから容易に想像がつく。彼女のトレーナーが諫めたところで、魔法を聞き出すまでは言うことを聞かないだろう。
別に、俺が突っぱねるのは簡単だ。あれこれ理由をつけて、カイザーに迷惑をかけるなというのは誰でもできる。いうことを聞くかどうかは別として。
けれど、頭によぎるのはスイープトウショウの繋がり。とりわけ、接点だ。
(……悪くないな)
魔法を教えてもらおうと詰め寄っているスイープトウショウ。教える気がないというか、走ることで全てを解決しようとするカイザー。両者の落としどころを見つけた。ふっふっふ、我ながら悪くない考えが思い浮かんだぞ。
実践するべく、2人の会話に割って入る。
「ごめんね、ちょっといいかな?」
「ハァ? 誰よアンタ。今大事なところなんだから、部外者は黙ってて!」
「これは失礼。俺はハレヒノカイザーのトレーナーだ」
とにかく相手を刺激しないように。敵意がないことを分かってもらうために、できるだけ優しい声色を出すことを心掛ける。へそを曲げてもらったら困るからな。
「カイザーのトレーナー? だったら、アンタも説得手伝ってよ。カイザーったら、さっきから全然魔法のこと教えてくれないのよ」
「魔法、か。それは宝塚記念の、最後の直線の事か?」
「そうよ。前を走ってたのは全員落ちていったのに、カイザーだけ残ってたんだもの。それも、アタシ以上の末脚を発揮して。こんなの、魔法以外にあり得ないわ」
目線を合わせて、スイープトウショウの話をしっかりと聞く。決して相手のことはバカにしない、というかバカにする要素がない。真剣な態度で彼女の話を聞き入れる。
「だから、カイザーから凄い魔法を聞き出そうとしてたのに……カイザーったら全ッ然教えてくれないし! ずっと走ろうって言ってくるし!」
「だって楽しいよ? 走るの」
「ずっとこの調子なのよ! 口を開けば走ろう走ろう走ろうッ! いい加減聞き飽きたのよ!」
ごめんなさい、そういう子なんです。走るのが大好きすぎるだけなんです。
「アタシは早くグランマみたいな立派な魔女になりたいの! だからアンタもカイザーの説得手伝ってよ! カイザーの魔法、アタシが教えてもらうためにも!」
よしよし、ターゲットをこっちに変えてきた。このままカイザーにお願いするよりも、俺の方がまだ聞いてくれると判断してくれたのだろう。押し問答をずっと繰り広げてきたのだからなおさらだ。
(スイープトウショウのトレーナーは手を焼いているって評判だ。ならば)
「成程、事情は分かった……けれど、少し難しいかもしれないな」
「ハァ!? 何よそれ!」
憤慨するスイープトウショウ。そりゃ希望が生まれたと思ったのに、結局は教えない可能性が濃厚になったのだからこうもなるだろう。諦めるような子も出ないけど。
さて、ここからが大事だ。
「まずスイープトウショウ。カイザーの魔法を見て、君はどう感じた?」
「変なこと聞くわねアンタ。凄いって思ったに決まってるでしょ。あんな魔法、見たことがないもの」
「うんうん、そうだな……そんなすごい魔法が、そう簡単に教えられると思うか?」
目を見開くスイープトウショウ。好感触だ、このまま畳みかける。
「君も知っての通り、カイザーの魔法は凄いものだ。だからこそ、そう簡単に教えられるものじゃないんだ」
「な、なによそれ。だから教えられないって言うの!?」
「いいや、違う。例えるならあれだ、一子相伝の魔法みたいなものなんだ。一族の者以外に、気軽に教えられることじゃない」
「~~~ッ! なによそれ! つまんないつまんないつまんな~~い!」
「だが」
真っ直ぐと、嘘は言ってませんよとばかりにスイープトウショウの目を見つめる。
「盗むのは別だ。君がカイザーと練習することで、カイザーの魔法を習得するのはまた別の話。一子相伝だろうが関係ない」
「……何よそれ。なんか感じわる~い」
ちょっと言い方が悪かったか。ならばこっちだな。
「そうだなぁ……スイープトウショウ。君がカイザーに魅了の魔法をかけてやるんだ」
「チャームの魔法を?」
「そうだ。思わずカイザーが教えてあげたくなっちゃうようなことを、君がしてあげればいい。カイザーの好きなことは走ること……何をすればいいか、後は分かるだろう?」
魅了、という言葉にクラフトが慌てているがすまない。説得にはこれが一番のような気がするんだ。
「一緒にトレーニングをして、少しずつ魔法をかけるんだ。カイザーの魔法を教えてもらうには、それが一番の近道だと俺は思うな」
「……」
「それに、カイザーの魔法は凄いぞ? 習得すれば、君の目標にもぐっと近づくんじゃないか?」
「ッ!」
目をキラキラさせるスイープトウショウ。勝ったな。
「こうしちゃいられないわ! さっさと使い魔のところに行かないと!」
「あぁ。頑張ってくるんだよ」
「ふっふ~ん、待ってなさいカイザー! アンタの魔法、絶対に教えてもらうんだから!」
「じゃ~ね~、スイちゃん」
慌ただしく去っていくスイープトウショウを、手をひらひらさせて見送るカイザー。変わらない調子である。
魅了云々の件であわあわしているクラフトを宥めつつ、内心ほくそ笑む。
「勝ったな」
「なにが?」
「いや、こっちの話だ」
カイザーの疑問をいなしつつ、今後のことに笑みがこぼれる。明日以降が楽しみだ。
そんな俺のところに、カイザーはやってきて。
「ところで、トレーナーは私に魅了されているのかな?」
「ッ!?」
「アハハ! それじゃーねー」
ASMRのように囁いて去っていった。
いや、うん。
「心臓に悪いからマジで止めてくれ……! 不意打ちだとドキッとするっ」
天真爛漫な子があんな蠱惑的になるのはギャップが凄い。多分他意はないんだろうけども。
◇
ちなみに後日。
「さぁカイザー! 早くトレーニングするわよ!」
「……やってくれたねぇ榊くぅん? ホンマにやってくれたわキミィ」
「はっはっは、なんのことだかわかりませんね」
しっかりと、スイープトウショウたちとトレーニングする機会を設けることができました。フハハ、狙い通り。