宝塚記念が終わった後、改めて佐岳さんが学園へとやってきた。
「改めて、あたし様が佐岳メイだ。スピードシンボリの同志でもある」
「改めまして、榊幸光です。宝塚記念以来ですね」
「そう固くなるな! これから長い付き合いになるかもしれないからな」
満面の笑みで対応してくれる佐岳さん。この口ぶりから分かる通り、海外遠征の協力を取り付けることができたのだ。
あの宝塚記念がお眼鏡に適ったのと、スピードシンボリの推薦があったからだろう。ハレヒノカイザーの海外遠征をバックアップしてくれることを約束してくれた。
2人とも海外の知識が豊富。対する俺はアプリでの知識しかないので実質0に等しい。協力者はなんぼおってもいいですからね。
具体的にいつ頃から向かうのかというと、これが結構すぐ。夏合宿の期間を利用して、一度向こうに渡る予定だ。
「元々ゼンノロブロイの海外遠征もあったからな。君達はその帯同ウマ娘としてついていく、という形になった」
「ありがたい限りですね。費用もかさむのに」
「先行投資と思えば安いものだ。それに3人増えるだけだから大した問題でもない……さすがにスイープトウショウのチームは無理だが」
ちらりと視線を逸らす佐岳さん。視線の先には癇癪を起こしているスイープトウショウと必死に宥めているトレーナーがいた。
「ちょっと使い魔! アンタがなんとかしなさいよ!」
「無茶言わんといて。イギリスまでなんぼかかると思うてんの? 僕らのチーム全員でいったら破産間違いなしや」
「知らない知らない! なんとかしなさ~~い!」
憐れトレーナー。あなたがスイープトウショウを宥められることを祈っておくよ。
とは思いつつも、事の発端は俺にあるからなぁ。このまま放置しておくのもしのびないというか、原因が俺にある以上何とかするのが筋ってものだ。
いまだにぷりぷり怒っているスイープトウショウへと近づいて、膝を落とす。
「まぁまぁスイープトウショウ。その辺にしておけ」
「何よ! アンタが代わりにアタシを連れてってくれるわけ?」
「いやそれは無理だ。さすがにイギリスに2ヶ月滞在させるほどの経済的余裕はない」
3泊4日程度なら何とかなるかもしれんが、2ヶ月も続くとさすがに金がない。費用がバカみたいにかかるからな。
訝しむスイープトウショウのトレーナーとチームメンバー。彼らの視線をよそに、スイープトウショウを説得する。
「なぁスイープトウショウ。これはチャンスじゃないか?」
「……何の話よ?」
前回の件もあってか、一定の信頼を得ることができているようで。俺の話をちゃんと聞こうとしてくれている。これは好都合だ。
「魔力を蓄えるんだよ。凄い魔法を使う時ってのは、魔力を蓄えることが大事になるだろう?」
「そうだけど、2ヶ月は長すぎよ! その間も魔法の習得が遅れるじゃない!」
「確かにそうかもな。けどこうも考えられないか? カイザーをびっくりさせるような魔法を生み出すチャンスだと」
「……どういう意味?」
「カイザーの魔法を習得したい気持ちは分かる。けれど、世の中はカイザーの魔法だけじゃない。いろんな魔法が存在している」
説得という名の言いくるめ。大丈夫だ、俺ならできる。
「それに、魔法を覚えるのにはそれなりの手順があるはずだ。段階的に覚えていくんだよ」
「段階的に……」
「そう! カイザーと離れることで、いろんなものからヒントを得ることができる。離れて分かることだってあるはずだ」
ぶっちゃけ宝塚記念後に目をつけられたからまだ1週間そこらしか経ってないというのは禁句である。後ろでも同じようなこと言われてるし。
「ここは魔力を蓄える期間にするんだ。いろんな魔法を覚えて、カイザーの魔法を習得する準備を整える。悪くないと思わないか?」
「……ほんとにできるんでしょうね?」
「それはスイープトウショウの頑張りしだいだ。夏合宿中にめちゃくちゃ頑張ったら、カイザーの魔法を習得できるかもしれないな~」
「とんでもない言いくるめですね。妙に説得力があるのが質が悪い」
何のことだか分かりませんねドリームジャーニーさん。俺はただ説得しているだけだが。
さてこの説得が成功したかどうか。結果のほどはというと。
「……分かったわよ。夏合宿中は別の魔法を覚えることにするわ」
「お、おぉ! 分かってくれたんやなスイープ!」
「勘違いしないで! あくまでカイザーの魔法を覚えるための準備よ! それと、帰ってきたらすぐアタシに連絡しなさい! 分かったわね!?」
「あぁ、勿論だ。帰ってきたら連絡しよう」
どうせクラフトやカイザーが連絡先交換しているだろうし、報せる分には問題ないだろう。ついでに帰ってきた後のトレーニング相手にも困らん。勝ったなガハハ。
これにて説得は終了。去り際にトレーナーから。
「……ウチのお嬢を説得してくれたんは感謝するけど、元辿れば君のせいやからな?」
「はい、すみません」
その通り過ぎて何も言えません。
「やけど、ホンマおおきに! おかげで助かったわ~。お嬢のワガママにえらい手慣れとったけど、そういう子でもおったん?」
「そういうわけではないですよ。説得しやすい材料が揃ってただけです」
スイープトウショウのトレーナーさん、出会い方はアレだったけど普通に良い人。スイープトウショウが勝手に取りつけた合同トレーニング、俺が焚きつけたといってもあまり責めないでくれたし。凄い目で見られたが。
去っていくトレーナーと担当ウマ娘達。今後ともご贔屓にしたいものだ。追込だから対策も積めるだろうし。
「ま、まぁ色々あったようだが。今回の夏は向こうに渡る、でいいんだよな?」
「はい。大丈夫です」
「それじゃ、その手筈でいこう。目指せ海外レース制覇だ!」
おー、と拳を上げる佐岳さんとカイザー、そしてクラフト。今年の夏は忙しくなるな。
ちなみに解散後。カイザーがこちらへと近づいてくる。
「ところでトレーナーにはそういう相手がいたの?」
小指を立てながら聞いてくるので逃げ場がない。聞かれたところでいないって答えるしかないんだけど。
「いや、いないけど」
「ふ~ん……本当?」
「嘘ついてどうするんだよ。あいにくと、俺にお付き合いしている女性はいない」
欲しいとは思うがね。トレーナー職ってモテそうなのに、全然声がかからない。やっぱあれか、俺の世間の評判が良くないからか。
「そうなんだ」
一言、それだけ告げてトレーニングに戻るカイザー。どことなく機嫌が良さそうだったのは気のせいかもしれない。
◇
時間が流れるのは早く、気づけばイギリスへ渡る日がやってきた。
「ゼンノロブロイが出走するレースは、インターナショナルステークスでしたっけ?」
「そうだな。イギリスのG1レースだ。他と比べて歴史は浅い方だが、中距離路線の強豪が集う一戦だ」
ゼンノロブロイが出走するレースを確認しつつ、向こうでの予定を照らし合わせていく。
今回カイザーもクラフトもレースに出走するつもりはない。理由としては単純で、海外に向けたトレーニング等を一切積んでないからだ。
ゼンノロブロイはVRウマレーターでインターナショナルステークスを想定したトレーニングをしていたそうだ。事前準備をしっかりとしている。
だが、カイザーたちはしていない。そもそも海外のレースに出走するつもりはなかったからだ。
「カイザーとクラフトの2人はあくまで現地に慣れることを目的としているからな。将来を見据えて、バ場に慣れておく必要がある」
「はーい。それにしても退屈だねクラちゃん」
「は、はいっ」
海外経験のあるウマ娘はみなバ場の違いを挙げている。実際に走ってみると大違いだったりするらしい。
そのバ場にカイザーたちが適応できるかは未知数。下手をしたら適応することができなくて惨敗、なんてことも十分にあり得る未来だ。
そして、惨敗した後最も怖いのは引きずること。カイザーに限ってはないだろうが、海外の敗戦が多大な影響を及ぼすことだってあり得る。
(シリウスシンボリもかなり苦労したらしいからな。全部が未知数の段階でのレース出走は控えた方がいいだろう)
後は時差による生活リズムの影響だったり、食事の違いによる影響だったりと。考えることはかなり山積みだ。食事に関しては佐岳さん達がなんとかしてくれるだろうが、時差もどうしようもない問題だ。
(カイザーやクラフトが海外にどこまで対応できるか、だな)
いくらカイザーが天才とはいえ、すぐに対応できるとは思わない。長い目で見ていこう。
そもそも海外遠征自体、1年を通して向こうに渡るとかかなり準備が必要なことだ。それが2ヶ月だけなのだから、対応する方が厳しいというもの。
ゼンノロブロイだって、VRウマレーターで練習しても厳しいってレベルなんだ。なんの経験もないカイザーたちは尚更。
「いいか、カイザー、クラフト。今回のはあくまで足掛かり。将来に向けての試金石のようなものだ」
「は~い」
「は、はい!」
「別に、向こうの芝に慣れなくても心配するな。走っていればそのうち慣れるし、なにより今回だけで慣れなくても構わない。将来的に走れるようになれば十分だ」
彼女達を安心させるために、失敗を恐れるなと諭す。俺の言葉にスピードシンボリたちも同意するように頷いていた。
「そうだな2人とも。今回の合宿で思うような成果が得られずとも悲観することはない。我々は手厚くサポートをする」
「スピードシンボリの言う通りだ。見限るなんてことはないから、思う存分頑張ってくれ! それに、休みの日もちゃんとあるからな!」
これで大丈夫だろう。現地でも適宜対応して、メンタル面に悪影響が出ないようにするだけ。今回の遠征が楽しいものとなるように、俺がサポートしないとな。
「さて、どうなるか……」
少し楽しみにしている自分がいる。ま~いくらカイザーが天才とはいえ、そんなすぐに対応できるはずがないでしょ。
そんな風に思っていた時期が、俺にもありました。
「アハハ! 楽しいな~!」
目の前では楽しく走るカイザーの姿。うんうん、いつも通りの光景だ。そこがイギリスの芝で、なおかつ今がタイムの計測中で、さらに加えて予想していたタイムを大幅に更新していることを除けば。
いや、あの、なんスかアレ。どうなってんすか。ゼンノロブロイとかクラフトが苦戦しているのに、あの子だけ全く苦にしてないんですけど。
「スピードシンボリさん、佐岳さん。なんですかねアレは? 俺の目がおかしくなってなければ、カイザーがいとも簡単にイギリスの芝を走っているように見えるんですけど」
「おかしくなどない。俺の目にも同じように見えてる。というか、もう完全に対応している」
「……どうなってるんだ?」
こんなん俺ら全員口をポカーンと開けるわ。なんでもう日本と変わらないレベルで走れるんだよ。まだ数日しか経ってねぇぞ。
思えば1日目の頃から怪しかった。イギリスに着いて、次の日にはさっそくトレーニング。ゼンノロブロイはインターナショナルステークスに向けて、カイザーたちは軽いトレーニングの予定だった。
イギリスの芝コースを走っている時、カイザーはしきりに何かを確認するように走っていたのだ。
「う~ん、なんか違うな~」
あぁでもないこうでもないと口にして、試行錯誤しながら走っている。動きも固かった。
その時は気にも留めていなかった。対応できるように頑張ってるんだな、としか思わなかったから。
「ふ~む、長旅の影響があるだろうが、やはりパフォーマンスが落ちているな。芝の影響も測り知れない」
「そうだな。ゼンノロブロイはVRウマレーターで出したタイムよりも著しく落ちている。ここから調子を上げていかないと、レース本番は厳しいだろう」
「焦るなよカイザー、クラフト、ゼンノロブロイー! 今日はあくまで準備運動のつもりで頑張れー!」
期間はたっぷりとある。2人がこの期間までに対応できるとは思っていなかったし、終わる頃にはできてたらいいな~なんて楽観視していたぐらいだ。
その結果がこれである。なんとカイザーはたった数日でイギリス芝の走り方をマスターしていた。どういうことなの。
「前々から天才だ天才だ思っていましたけど、ここまで行くと天才の域ですら収まらない気がするんですけど」
「どこまで成長するんだ彼女。下手したらこのままレースに出走してもいい線行くぞ?」
佐岳さんの冗談、ではなく本気寄りの発言。視線はずっとカイザーに注がれている。
「クラちゃんクラちゃん、こうした方が走りやすいよ! ロブロイさんも、良い感じの走り方見つけたんだ!」
「え? あ……本当ですね、走りやすい!」
「あ、ちょっと楽になりました! カイザーさん凄いですね!」
「えへへ~それほどでもないよ」
それほどでもあるよ。もうちょっと自分の凄さを自覚してくれ。
海外遠征は始まったばかり。なのにカイザーはもう海外芝の走り方をマスターしました。何言ってるのか俺にも分からん。