急遽決まったカイザーの出走。そりゃ数日で芝に慣れたんだから、せっかくだし出走しておくのも悪くない、という意見も出てくる。カイザーにも良い影響を与えてくれるだろうし。
出走するレースはジャック・ル・マロワ賞。タイキシャトルが勝ったレースとして日本では有名だ。欧州での立ち位置はG1、フランスのマイル路線最高峰のレースでもある。この辺はスピードシンボリたちの受け売り。
そのためか、出走してくるメンバーも全員が強敵、なんだが。
「今回に限って言えば、例年でも特に豪華なメンバーが集うらしいからなぁ。予想はしてたけどなんでこうなったのか」
「現状は4人。スイッチャにクヴァシル、ディユシンメトリア、ミレニアムサン。この辺が特に有名だ」
スイッチャは前年度のジャック・ル・マロワ賞覇者。前週のモーリス・ド・ゲスト賞から連闘してくるらしいがどうなのだろうか。
クヴァシルはイスパーン賞にマイルのクイーンアンステークスを制し、現在3連勝中の勢いに乗っているウマ娘。こっちは準備万端で来るはずだ。
ディユシンメトリアは日本で言うティアラ路線のウマ娘。ダブルティアラを取っており、世代でも最強格の呼び声が高い。
そしてミレニアムサン。ドバイの王族に連なるウマ娘だとかなんとか。レースの実力も高く、アイルランドの2000ギニーを制している。
カイザーも含めて7人の少人数。こっちではよくあることらしいけど、いざ直面するとびっくりするな。こんなに少ないのかと。
(その分集ったメンバーが豪華と言えばいいのか。どっちがいいのかは分からんね)
なんにせよ一筋縄じゃないかないレースだ。けど、まぁ。
「カイザーなら大丈夫、ではあるんだよな、うん」
自惚れでもなんでもない。カイザーの調子も悪くなく、出走するメンバーの映像も流し見程度だけど確認した。その上で判断するけど、問題なく勝てる。
ただ、勝つとそれはそれで面倒なことが起きそうというか。今後のことを考えると頭が痛くなるというか。
「どうしても期待に応えちまう質だからなぁ。良いところであり、悪いところである」
「カイザーの話かい? 榊トレーナー」
「そうっすね、スピードシンボリさん。ま、なるようになれだ。カイザーの勝利を信じて、本番に臨みましょう」
「あぁ。本場の舞台、そう簡単に勝利を手繰り寄せることはできない。けれども、カイザーならやれると信じよう」
果たしてどういう結末になるのか。少しばかりの不安を抱えながらも、日々のトレーニングをこなしていく。
「相変わらず正確にラップを刻むな。後半になってもタイムがブレない」
「ふふ~ん、凄いでしょ?」
「あぁ、やっぱ凄いわ」
成長を重ねていく。挑む以上は勝ちに行く、勝利を呼び込むために最善を尽くす。体調管理を怠らず、最高の状態を維持し続ける。
「ほらみてトレーナー! タイキさんから応援のメッセージが来てるよ!」
「【勝ったらお揃いデース】、か。ま、頑張るかカイザー」
「うん!」
気づけばあっという間に、ジャック・ル・マロワ賞の日がやってきた。
◇
ドーヴィルレース場。天気は曇りで芝の状態は稍重発表。良バ場よりもてこずるだろうが、重バ場になるよりはマシだろう。
カイザーの人気は5番人気。日本での実績しかない上に、G1を2勝しかしてないから当然とも言うべきか。
「頑張ってくださーい、カイザーさーん!」
「が、がんばってください!」
クラフトとゼンノロブロイの応援に反応して、カイザーがこちらに手をひらひらと振っている。うん、あの調子ならば問題はなさそうだ。こっちの声にも気づけるくらいにリラックスしている。カイザーが緊張している光景の方が想像つかないけど。
まもなく発走。この瞬間は全員が緊張する時間。俺の頭によぎるのは、宝塚記念のことだ。
(十中八九決めてくるだろうな。一度決めちまえば、カイザーはすぐに再現できる)
日本とゲートの開くタイミングが違ったとしても問題ない。すぐさま対応できるし、出遅れることだけは本当にない。そう確信している。
《全ウマ娘がゲートに入りました。7人の出走、好メンバーが揃ったジャック・ル・マロワ賞。勝利の栄光を掴み取るのはどのウマ娘か?》
静まり返ったレース場。今か今かと待ちわびる瞬間。
真っ先に飛び出してきたのは、予想していたようにカイザーだ。
《ジャック・ル・マロワ賞が今っ、スターッ!?》
当然のごとく飛び出してきたカイザー。宝塚記念と同じようにロケットスタート、スキルの【爆発的初速】を決めている。本当に無法だなあのスキル。
実況も戸惑っているな。それも当然なのだが。海外であんだけスタートが上手いウマ娘なんか見たことがないだろう。日本にもいないだろうし。
「で、出ました! カイザーさんのロケットスタート! すぐにハナを取れます!」
ゼンノロブロイの喜ぶ声。スピードシンボリは畏怖しているような視線をカイザーに向けている。
「もはや、自分のモノにしているのか。常時あのスタートを決めるのは厄介極まりないぞ」
「確実に決めますよ。カイザーはそういうウマ娘なんで」
自分で言っててなんだけど怖すぎるだろ。常時ロケットスタート決めてくるウマ娘とか冗談じゃねぇ。
カイザーはグングン後続を突き放していく。最初の1ハロンでハナを取れた、が。後続はついてはこない。カイザーに逃げさせて、自分たちは自分のペースで温存していく道を選んでいた。
もっとも、これは予想出来ていたこと。この舞台では、ロケットスタートの効果は半減するだろうと分かっていたことだ。
「ま、当たり前のように誰もついていかないですね。この辺はレース観の違いとも言うべきか」
「え~っと確か、海外で逃げるウマ娘はラビットさん、っていうんでしたよね?」
クラフトの質問に頷くスピードシンボリと佐岳さん。これがロケットスタートの効かない理由になる。
ラビットは簡単に言えばペースメーカーの役割をするウマ娘のことだ。がむしゃらに逃げる、というよりはペースを作ることに重きを置いている逃げウマ娘。それがラビットである。
「言い方は悪いが、他のウマ娘を勝たせるための死に役。海外で逃げるウマ娘の大半はそういう子達だ」
「もっとも、彼女達もウマ娘。いざとなれば自分たちが勝ちに行く姿勢をもっている。あくまでそういう役がある、程度の認識でいい」
佐岳さんとスピードシンボリによる解説に納得するような声を出しているクラフト。知識があって損をすることはない。いずれ走るかもしれないわけだし。特に、ゼンノロブロイはインターナショナルステークスを控えている。改めて再確認しておくのは悪くないだろう。
話を戻そう。ラビットの存在があるからこそ、こちらのウマ娘は無理についていこうとしない。所詮ペースを作る以外の役割が逃げウマ娘にはないからだ。棚ぼた的な勝ち方はあれど、逃げて勝とうって意識が日本と比べて薄い。
つまりは、現状カイザーはペースメーカーでしかないということ。ロケットスタートでびっくりはしただろうが、それ以上はない。無理についていって自滅するくらいなら自分のペースで、と考えるウマ娘が多い。自分の実力に自信を持っているからこそ、だな。
それに、あまり離れてはいない。大体2から3バ身程の差だろうか。元々がマイルレース、ペースも早い方だ。
《驚くべきスタートでハナを取った日本のハレヒノカイザーがペースを作ります。ドーヴィルレース場の直線を駆け抜けるハレヒノカイザー、リードは3バ身。2番手で進むのはディユシンメトリア、すぐ外にミレニアムサン。カウンシールが1バ身離れての4番手だ。前年度覇者のスイッチャ、連闘がどう響くか?》
つかず離れずの位置。カイザーを逃がすことなく、かつ自分たちが追いつけるような位置をキープしている。マークも激しいな。
とはいっても、こうなった時点でほぼ詰みなのが確定しているのが、カイザーのロケットスタートのヤバいところだ。
「カイザーにプレッシャーは効いていない。並ぼうとしないのならば、このレースはほぼカイザーの勝ちで決まりだな」
漏れ出た言葉。佐岳さん達が目を細め、クラフトとゼンノロブロイは目を見開いている。この時点で勝ちを確信しているわけだから当然か。
「その心は何だい? 榊トレーナー」
少しばかり低いスピードシンボリの声。怒気を孕んでいるようにも見えた。海外のレースを軽く見ている、そう思っているのだろう。
別に軽く見ているわけじゃない。カイザーの実力を信頼してのことだ。
「カイザーは自分のペースを守れている。それはつまり、最後の勝負に向けて脚を残しているってことです」
「それはそうだな。自分のレースができている」
「守ったうえで、あの差をキープしている。カイザーの平均スピードと他の出走者のスピードは遜色ない。だったら前についているやつの方が有利。単純な理屈ですよ」
理由はシンプルだ。本当にこれだけの理由。ドーヴィルレース場の造りも相まって、ここから他の出走者が巻き返すのは相当厳しい。
「ドーヴィルレース場は欧州では珍しい、起伏の少ないコース。その上直線の1600mで枠番の不利がない、純粋な力勝負になる」
「あぁ。強いウマ娘が勝つ。それがこのジャック・ル・マロワ賞」
「カイザーはこっちの芝に適応した。スクーリング、本番前の公開練習で走った時も苦にしていなかった。それはつまり、日本の時とほぼ変わらないパフォーマンスができるってことです」
恐ろしいもんだ。普通はもっと影響が出るものなのに。カイザーはどこであろうと変わらない実力を発揮できている。飛行機とかの影響もないし、世界中連れ回しても結果を残せるんじゃないか、って思わせるほどには強い。
メンタル面の影響はない。芝の影響はない。後続からかけられるプレッシャーの影響もない。万全の状態で、盤石の走りをしているんだ。負ける方が難しいというもの。
繰り返しになるが、こっちのウマ娘を下に見ているわけじゃない。むしろ日本よりもレベルが高いと思わせる実力者ばかりだ。
それでもなお、カイザーの方が強い。俺はそう結論付けた。
(ステータス上は劣っている。けれど、カイザーは豊富なスキルを適切なタイミングで切ることによって補っている)
地力で劣る差を技術で、ってのが適切か。恐ろしいもんだ、本当に。
残り600を切ったところで、カイザーの後ろを走っていたウマ娘が気づいたのだろう。一気にペースを上げ始めた。
《残り600を切りました。ディユシンメトリアとミレニアムサンが前を走るハレヒノカイザーとの差を徐々に縮めていきます。つられるように後続も差を詰めてきた、一気にレースが動いたぞジャック・ル・マロワ賞! 逃げているハレヒノカイザー、このまま逃げ切ることはできるのか!》
じりじりと差を詰める後続。肝心のカイザーは動いていない。悠々としたペースで走っている。
「ここで差を詰めなきゃ本当に終わりだ。アタマ差でもクビ差でもいいから差を詰めたい。手遅れになる前に」
「君には、どこまで見えているんだい?」
「見えている、というか。なんとなくこうなるんじゃないか、って思ってるだけですよ佐岳さん」
驚きで目を見開いている佐岳さん。海外のことをよく知っているからこそ信じられないのだろう。今、目の前で起ころうとしていることが。俺がカイザーの勝利を確信している様が。
ぶっちゃけ俺のはただカイザーに対する色眼鏡があるだけだ。普通は佐岳さんの反応が一般的。俺はほら、カイザーしか勝たんとかクラフト最高が先に来るから。根拠をそれっぽく並べているだけである。
早くなるペース。カイザーと後続の差がどんどん詰まっていく。
「あわわわっ、負けないでくださいカイザーさ~ん! 頑張ってー!」
クラフトとゼンノロブロイの声援が飛ぶ。どうか勝ってほしいと願いを込めて応援している。
カイザーは、笑っていた。楽しくて仕方がないとばかりに笑っていた。
「この状況で、なおも笑うのかっ」
信じられない、そう言いたげなスピードシンボリの声。海外の強敵相手に、間違いなく世代でもトップレベルが集ったウマ娘達を前に。カイザーは笑いながら走って先頭をキープしている。
舐めているわけじゃない。アレがカイザーの走りだ。
「よっしゃあ! そのまま突っ走れカイザー! いけいけー!」
声を上げて応援する。残り200m。最後の勝負だ。
《残り200を切りました! ハレヒノカイザーが先頭ですがディユシンメトリアが追い付いてきた!スイッチャにクヴァシル、後続のウマ娘も続々と雪崩れ込んでくる! その中でもミレニアムサン! ミレニアムサンが抜け出したか! ミレニアムサンがハレヒノカイザーに並んで、抜け出した!》
飛び出すミレニアムサン。ここが勝負とみて、一気に仕掛けてきた。
「ッ! ま、負けないでー! カイザーさーん!」
クラフトの声がさらに熱を帯びる。どうか負けないでほしいと、勝ってほしいと願っている。力の限り、ありったけの思いを込めて応援している。
(安心しろ、クラフト)
お前の信じるハレヒノカイザーは、ここからだ。
一度は抜かれたカイザー。しかし。
《ミレニアムサンが抜け出した! しかしここでハレヒノカイザーが差し返す! ここでようやく仕掛けたといわんばかりに加速するハレヒノカイザー一気に差し返した! ミレニアムサン必死に粘る粘る! しかしハレヒノカイザーが完全に抜け出した!》
一気に差し返した。残り100mが近くなったところで、カイザーは一気にスパートをかけた。
加速が凄まじい。追いつかれたはずなのに、あっという間に引き離した。ミレニアムサンたちの驚いたような反応が、ここからでも分かるくらいには凄まじい。
追いつかれて焦っていたスピードシンボリたちも、スパートをかけたカイザーを見て今度は驚愕の声を上げた。そりゃ追いつかれたと思ったら逆に引き離したんだから当然か。
ミレニアムサンを置き去りにするカイザー。その走りはいつもと変わらない。
「アハハ! アハハ!」
相変わらず眩しいくらいに笑っている。今自分がどんなことをやっているのか、気にならないくらいに笑っている。
「いけー! いっけぇー!」
高まる熱。カイザーは勢いのままに駆け抜け。
《ハレヒノカイザーだハレヒノカイザーだ! フランス伝統のマイル戦を制したのはハレヒノカイザーだぁぁぁ! 日本からやってきた伏兵が、マイル最高峰のジャック・ル・マロワ賞を制したァァァ! 何という強さ、あまりにも強い! 最後は全く寄せ付けなかった完勝劇! これが日本の底力だハレヒノカイザー!》
ジャック・ル・マロワ賞を最高速で制した。文句のつけようがない、2着に1バ身差をつける完勝。欧州伝統のマイル戦を、カイザーは勝った。
全員驚いている。中でも佐岳さん達の驚きは人一倍だ。この場にいる誰よりも海外に精通しているからこそ、だろう。
「こ、ここまでだなんて。いくら私でも予想外が過ぎるぞっ」
「俺も同じ気持ちだよ、メイ。勝負になるとは思っていた、勝ち負けに絡めると思っていたからこそ、出走を勧めた。だというのに」
「あぁ。こんなあっさりと勝つなんて! 彼女は、まさしく時代を創るウマ娘だッ!」
興奮気味の佐岳さん。気づいたら拍手をしているスピードシンボリ。かくいう俺も、カイザーに祝福の言葉を送っている。
周りの観客も、カイザーのレースっぷりに感動したのか褒めちぎっている。素晴らしいレースだった、日本のレベルはさらに上がっていた。なんとか聞き取れる範囲だが、ここにいるほぼ全ての人がカイザーのことを褒めている。
まぁ、なんだ。とりあえず。
「うおおお! やっぱ最高だぜカイザー! カイザー最高! カイザーがいっちゃん強い!」
やっぱカイザーしか勝たんわ。カイザーは最高。異論は認めない。
このお話で章の一区切りです。