担当はハイスペックウマ娘   作:カニ漁船

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悩むレース選び

 トレーナー室にてクラフトと向かい合う。場には緊張した空気が流れていた。

 

 しかめっ面、というよりは納得のいかない表情のクラフト。ぶっちゃけ可愛いとしか思わないが、本人は必死だと思うので心の中に留めておく。

 

「トレーナーさん、お願いします」

 

 頭を下げるクラフトに、俺は無言で次の言葉を待つ。彼女の口から出てくるお願いがなにかは分からない以上、下手なことを口にしないようにする。

 続いてきた言葉は、予想通りの言葉だった。

 

「今からでもスプリンターズステークスと秋華賞、どっちにも出走できませんか!?」

「前にも言ったけどダメね。というか、この前は納得したでしょ」

「そ、そこをなんとかお願いします~!」

 

 2つのG1レースに出走させてくれ、というもの。当然ながら却下である。クラフトは必死に懇願しているがダメなものはダメ。もう決めたことだ。

 

 

 別にこれは意地悪で言っているわけじゃない。俺だってできる限り要望は叶えてあげたいし、出走をさせてやりたい。クラフトの思いを無下にはしたくないのである。

 ただ、クラフトの言い分がどうしても納得できるものじゃない。

 

「ほら、どっちに出走するかで悩むくらいならどっちにも出走しましょう! 間隔的にも問題ないですし!」

「んな脳筋理論が許されると思うか? 第一、前回その理由で却下しただろ」

 

 これである。悩むくらいならどっちにも出走すればいいじゃん、とか言い出したのだ。そんなのダメに決まってるだろ。

 

 いうまでもなく、スプリンターズステークスと秋華賞は条件のなにもかもが違う。走る際の負担は大きいものになるだろう。

 スプリンターズステークスは中山の1200m、秋華賞は京都の2000mだ。求められるものが全然違う。そもそも中1週しか空いてないのに、違う条件で走るレースはリスクが大きすぎる。

 なのに、クラフトの理由はこれだ。いくらなんでも許せるものじゃない。これがあくまで本心だったら、の話だけど。

 

 無論、こんな理由がクラフトの本心なわけではなく。ちゃんとした本当の理由がある。

 

「クラフト。今更取り繕う必要ないだろ。前に理由を聞いたんだから」

「うっ。そ、そうです、よね」

 

 バツが悪そうな表情のクラフト。今までの話は全部水に流して、改めてクラフトの出走したい理由を聞く。

 

「わたしは、カイザーさんに追いつきたいんです。クラシック路線だけじゃない、ティアラ路線の強さを証明したい。そのために」

「スプリンターズステークスと秋華賞に出走させてくれ、だろ?」

 

 こくりと頷くクラフト。真っ直ぐと、俺を射抜くような視線を向ける。

 

 簡単に言えば、カイザーに負けたくない、というのがクラフトの言い分だ。現状においてティアラ路線は評価低いからな。強い憧れを持っているクラフトからすれば、今の状況は我慢できないのだろう。

 これに関しては比較対象が悪すぎる。クラシックに目を向けるだけでも、ディープインパクトが無敗の三冠秒読み段階まで来ているし、シニアだとカイザーが乗り込んで大暴れしている。ティアラ路線の影が薄くなるのも仕方ないというか。

 一応、シーザリオのアメリカンオークスの勝利でティアラ路線は少しだけ見直された。本当に少しだけ、なのが悲しいところ。

 

(アメリカG1初勝利なのになぁ。国内はディープとカイザーの二強、なんて言われているし)

 

 クラフトは海外遠征してもレースには出走していない。変則二冠ウマ娘というネームバリューがあるが、ディープやカイザーと比べるとインパクトに欠ける、ってのが世間の認識だ。

 

 そこで目をつけたのがこの2つのレース、ってところだ。出走を迷っていたのもあり、それならどちらにも出走すればいい、というのがクラフトの考えだとか。

 ただ、クラフトがそんな短絡的な思考をするか? という疑問もある。

 

(クラフトだって分かっているはずだ。この2つのレースを同時に制するのは難しい、そう簡単にいくはずがないと。こんな短絡的な思考をする子じゃない)

 

 確かにティアラ路線は霞んでいる。クラシック路線の2人が放つまばゆい光に塗り潰されそうになっている。

 焦りたくもなるだろう。クラフトの目標は順風満帆に進んでいたのに、突如として暗雲が立ち込めたのだから。不安にもなるし、できる限りのことをしたいと思うのは自然なことだ。

 

 それでも、クラフトがそれだけの理由で選んだとは到底思えない。彼女の焦りは、別の何かが絡んでいる。それに気づいたのは、クラフトの目だ。

 

(わずかにだが、後ろめたさを感じる。クラフトの目には、少しだけ濁りがある)

 

 ティアラ路線の強さを証明したい、誰かに憧れてもらえるような自分でいたい。きっとその気持ちに嘘はないのだろう。挙動不審な態度もなければ、こちらの目を真っ直ぐと見てくるのだから。

 その中に微かに見えた濁り。どこか後ろめたさを感じさせる、事の真相をすべて話しているわけではない、そんな気持ちが汲み取れた。

 

 これに気づいたのは前世の経験が大きい。ブラック企業でも役に立つことあるんだなぁ。もっとも、このスキルが磨かれた理由が上司のご機嫌取りのせいなんだけど。思い出したら腹立ってきたわ。

 追及することも考えた。もっと隠していることがあるんじゃないのか、そう聞いてみるのも。すんでのところで踏みとどまったが。

 

(聞いたところで答えてくれなさそうだ。前回もそうだったし)

 

 一度試して失敗したからですね、はい。結局教えてはくれなかったし、俺の気のせいだったってことで片づけた。本当に俺の気のせい、考えすぎって線もあるしな。

 

 

 つまるところ、クラフトが2つ出走したい理由はティアラ路線の強さを証明したいこと、並びにカイザーに追いつきたいことだ。最初こそ劣っていたのはカイザーの方だったが、今では並んでいるどころか追い抜きそうな雰囲気だからな。

 

 無言の時間。随分と待たせてしまったことに申し訳なさを覚えつつも、考えがまとまったので話を切り出す。

 

「クラフトの要求は、制度上は大丈夫だろうな。スプリンターズステークスはそもそも登録済み、秋華賞に登録すれば、クラフトの要求は叶う」

「じゃあ!」

「だが! 一つ聞きたいことがある」

 

 喜び立ち上がるクラフトを手で制する。まだ、俺の話は終わっていない。

 戸惑うクラフトに俺は問いかける。この問いかけ次第で、俺は彼女を出走させるかどうかを決める。

 

「クラフト。スプリンターズステークスと秋華賞に出走して、ティアラ路線の強さを証明したいと言ってたな?」

「は、はい。それがどうかしましたか?」

 

 息を大きく吸って、緊張を和らげる。腹にぐっと力を込めて、俺はクラフトの目を真っ直ぐに見る。

 

「本当にその2つを制することが、お前の目的に繋がっているのか?」

「っ、え?」

「別に、それで納得するのなら俺は止めはしない。間隔も調整できないことはないし、登録もしておこう」

 

 一度覚悟を決めたら迷いはなくなった。戸惑いを見せるクラフトから視線を外さず、彼女の真意を探る。

 

「だが、俺にはお前が焦っているように見えるんだ。結果を出すことに、ではないな。強くなったという実感ってところか?」

「な、なんで分かったんですか!? ……あっ!」

「俺の予想でしかなかったが、どうやら当たりみたいだな」

 

 適当なカマかけがまさか初回ヒットするとは。

 ここからは早かった。焦りの原因がなんとなく特定できたし、クラフトもかなり動揺している。真相を知るのも秒読みだ。

 

「ティアラ路線の強さ。これも間違いじゃないんだろう。だが焦りの原因は結果が伴わないことじゃない」

「う、うぅっ」

「そうなると、カイザー絡みってことか。カイザーが結果を出してきているから、焦りを覚えてきた。違うか?」

 

 視線を忙しなく動かしていたクラフト。上手い言い訳を考えようとしていたのか、取り繕おうとしていたのか。真相は分からないが表情をコロコロと変えていた。

 

 やがてどうしようもないことを悟ったのか、観念したかのように息を吐く。

 

「そ、その。実は……カイザーさんに追いつきたくて、カイザーさんに相応しくなりたくて、2つ出走しようなんて考えたんです」

 

 クラフトの語る真相は、カイザーに関係することだった。

 

「カイザーさん、海外の芝にもすぐに対応したじゃないですか? わたしたちにも教える余裕があるくらい」

「アレに関しちゃカイザーの方がおかしいだけだがな。普通はあんな早く対応できんぞ」

「そうだとしても、カイザーさんはすぐに結果を出しちゃいました。初の海外G1で、なんでもないように勝った」

 

 クラフトの言う通りだから困る。本当なら長い時間をかけて、ゆっくりと調整をしてくものだ。あんな、アプリみたいに即適応したカイザーがおかしいだけである。

 

「やっぱりカイザーさんは凄いなって、速いなって思ったんです。ずっと、わたしの憧れです」

「確かに憧れるな。あんだけ強けりゃ」

「そうなんです! それにカイザーさんは明るくて、みんなを照らすお日様みたいなウマ娘なんです!」

 

 分かったからグイグイ詰め寄るのを止めようか。君もカイザーと一緒で距離感近いね。同志を見つけて嬉しくなったのかな。

 

 けど、憧れるだけじゃない。同じウマ娘として劣等感を抱かずにはいられない。クラフトの表情に陰りが見える。

 

「だからこそ、わたしも頑張らなきゃいけないって思って。カイザーさんに負けないくらい、カイザーさんに追いつけるくらい速くなりたいって」

「カイザーに追いつけるくらい?」

「はい。カイザーさんは誰よりも速い。誰よりも速いから……きっと、孤独だと思うんです」

 

 同じウマ娘からの視点。俺にはない角度から見たカイザーは、やはり孤独を抱えているんじゃないかと思われているようだ。

 

「カイザーさんを独りにしたくない、わたしがずっと隣にいるよって教えてあげたい。そのためには、カイザーさんに相応しいわたしでいないといけないんです」

「それを決めるのはクラフトか?」

「はい。カイザーさんは優しいですから、わたしには何も言ってこないですし。走ってくれればそれだけで、っていつも言ってます」

 

 クラフト。それ多分嘘じゃない。全部本音だ。ここまで伝わってないとなると、俺の方が間違ってるんじゃないかと疑いたくなる。

 

 

 ひとまずクラフトの話を要約すると、カイザーに相応しい自分でありたいってのが本音らしい。ティアラの強さを認めつつ、カイザーの隣をずっと走っていたい。それがクラフトの思いだ。

 エモいとかてぇてぇとかは他所に置いておこう。随分と難しい話題が出てきたものである。

 

(こんなのは個人の裁量次第だ。んでもって、間違いなくやべぇことになる)

 

 理想が高すぎてどこまでも追い求めてしまうパターンだわ。まだまだ相応しくない、もっと頑張らないとってなってしまうタイプだわ。

 悪いとは言わない。憧れってのは大事だし、脚を進める原動力になる。クラフトの考えは間違っているわけじゃない。

 けれど、追い求めすぎると毒になる。やがて自分の限界を超えて、いつか取り返しのつかないことになる。そうなったらクラフトも、憧れであるカイザーも誰も幸せにならない。そんなのは絶対にごめんだ。

 

 話を終えたクラフトはスカートの裾をぎゅっと握っている。俺の言葉を待っているようだった。

 そうだな、とりあえずは。

 

「クラフトの気持ちは分かった。確かに、カイザーは凄いよな」

「はい! カイザーさんは本当に凄くて」

「分かった。カイザー談義はまた後日機会を設けるとして、だ。まずはレースのことについて話すとしよう」

 

 本題はレースのことだ。本当の思いを聞いて、俺はレースをどうするべきか。

 

「そうだなぁ、クラフト。仮にお前がどっちも制したとしよう。その後お前はどうしたい?」

「……ふぇ?」

 

 もう一度質問をする。しかしこれはさっきのとは違う。よしんばレースを勝ったとして、その後を考えているのか、という質問だ。これが重要になる。

 

「スプリンターズステークスに勝って、秋華賞も勝ったとしてだ。そこでお前はカイザーに並んだと思うか? カイザーに相応しい自分になれたと思うか?」

「さ、さすがにそんなことは。だって、まだカイザーさんの方が凄いですし」

「じゃあ、お前はどうやったらカイザーに並んだと思える? どれだけのことをやれたら、カイザーに相応しいと思えるようになる?」

 

 クラフトはカイザーに並びたいと考えている。ならば、そのゴールはどこか? これを明確にする必要がある。

 

 ゴールがないからどこまでも無茶をする。終着点がないから理想に苦しむことになる。俺はクラフトに、そうなってほしくない。

 だからこそ、今のうちにゴールを決めておく。クラフトの思いを尊重しつつ、過度に苦しまないように。

 クラフトは、悩んでいるようだった。考えていなかったのだろう。どうすればカイザーに並び立つことができるかなんて。

 

(別に悪いことじゃない。自分を客観視できるようになれば、それでいい)

 

 悩んでいるクラフトの傍へ。視線を合わせる。

 

「ま、確かに悩むよな。あんなすげぇ奴が目標なんだ、どこまで頑張ればいいかなんて分からない」

「あ、う。ご、ごめんなさい、トレーナーさん」

「謝らなくていい。お前だって一生懸命考えているわけだろ? じゃあ俺が怒る必要はない」

 

 不安そうに揺れている瞳。彼女の不安を和らげるために、できる限り笑顔で接する。

 

「まずは目先のことを一歩ずつ。スプリンターズステークスに勝つことからだ。そこからまた、いろいろと考えていこう」

 

 無言になる空間。クラフトの返事を待ち続ける。

 

 1分か、2分か。どれくらい経ったのかは分からない。クラフトは、ただ一言。

 

「はいっ、トレーナーさん!」

 

 笑顔で答えた。

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