本日はお日柄も良く、秋の涼しさから冬の寒さに移りかけのトレーニング日和。佐岳さんにスピードシンボリも本格的に加わり、マイルCSとジャパンカップに向けて頑張るか、って時。
「さぁ、勝負といきましょうかカイザーさん」
「だから! 迷惑だから帰るわよ姉さん! 普通、直近の対戦相手と模擬レースなんてすると思う!?」
「頼んでみるまでは分かりません。受けてくれるかもしれないじゃないですか、スカーレット」
「受けてもらえないって分かるわよ、普通!」
ダイワスカーレットによく似た赤毛の子が、カイザーに挑戦状を叩きつけていた。見た目はおっとりしてそうなのに、ものすごい頑固者というか。アプリで勝ち気なダイワスカーレットが押され気味である。
この赤毛の子はダイワメジャー。ダイワスカーレットの姉にあたるウマ娘で、ツインテールの彼女とは違い、ポニーテールで髪をまとめている。今度のマイルCSにも出走してくる子だ。
勝ち気な印象を抱かせるスカーレットとは違い、こちらは見た目こそたれ目でおっとりとしている。初見の第一印象は、優しそうなウマ娘だな、って感じ。
しかし、その実態はスカーレット以上に闘争心が凄いウマ娘。現に、あのスカーレットを振り回すくらいには頑固者である。今も必死に引っ張られているのに、微動だにしていない。
「ふぐぎぎぎ……! トレーナーにも迷惑がかかるから、帰るわよ~……!」
「い・や・で・すっ!」
なんとも凄いウマ娘である。
目的のカイザーはというと、ちょっとだけ申し訳なさそうな表情をしていた。分かっているんだろうな、受けるわけにはいかないって。
「ん~、ごめんね? メジャーさん。メジャーさん今度クラちゃんと走るから、模擬レースは無理かな。クラちゃんのライバルになるわけだし、情報を渡すわけにもいかないから」
「ほら、やっぱりダメじゃない! さっさと帰るわよ!」
カイザーからはっきり否定の声。これには諦めるだろうと思ったが、ダイワメジャーはぐるりとこちらを見る。
その目から感じるのは圧。走らせろと言わんばかりの眼光。
「榊トレーナー。あなたはどうでしょうか? ウチとカイザーさんとの併走、どのようにお考えで?」
とんでもない圧を放ってくるなこの子。どんだけカイザーと走りたいんだ。史実で接点あったのか、君達。
「いや、ダメだからな。カイザーの言ったように、クラフトの情報を抜かれる可能性がある。その点を考慮すると、今この時期に模擬レースは認められない」
俺の答えはNo。当たり前だが、リスクが高すぎる。そもそもレースまでもうそんなに日がない。今の時点で模擬レースをする意味がないのだから。
もっとも、それでもダイワメジャーは諦めない。じとー、っとした目でこちらを睨みつけている、が。
「なにやってんだメジャー! 早いとこ帰るぞ!」
トレーナーである北原さんの介入によって事なきを得た。さすがに自身のトレーナーの言葉には反対できるはずもなく、スカーレットに引きずられて渋々の撤退である。去り際まで不満を露わにしていたな。
去って行った後は北原さんから凄い勢いで頭を下げられた。
「ほんっっとーにすまん榊トレーナー! ウチのウマ娘が迷惑をかけた!」
「いやいや、良いですよジョーさん。むしろ微笑ましいじゃないですか」
「そういってくれて助かる。アイツも最近、大人しくなったと思ったんだがなぁ」
苦労がにじみ出ているな。ちなみに、俺のテンションは大盛り上がりである。理由は勿論、原作キャラに会えたから。
終始頭を下げながら帰っていった北原さん。一部始終を見ていたスピードシンボリたちは苦笑いだ。
「ハハ、あれほど闘争心の高いウマ娘を担当するのは、骨が折れるだろうね」
「よほど戦いたい理由でもあるんですかね。カイザー曰く、結構な頻度で模擬レースを頼まれるみたいですし」
週に一度くらいのペースで声をかけてくるらしい。多すぎるだろ。カイザーは大体受けているらしい。お前もお前で受けるんかい。
ただ、あの闘争心の高さはウマ娘にとって強みだ。今後調子を上げ続けていけば、クラフトにとって脅威になる。
「警戒、強めた方がいいかもしれないな。ま、なんにせよトレーニング始めるぞ」
「はーい」
嵐が去ったのでトレーニング開始だ。マイルCSも近いし頑張るべ。
◇
ダイワメジャーとの模擬レースはダメだったが、シンボリルドルフが模擬レースをすることに。こっちはトゥインクル・シリーズを引退している身なので問題はない。
走り終わったクラフトが息を切らせながら戻ってくる。結果は、言うまでもないだろう。
「うぅ~、流石に勝てませ~んっ」
「仕方ないところはある。相手はあの皇帝だからな」
ドリームトロフィーでも結果を残すやべー奴だからな。マイルは彼女の戦場ではないが、それでも勝つあたりシンボリルドルフの強さがよく分かる。
(なんでここまで手を尽くしてくれるかについては、もう考えない方がいいな)
いまだに手を貸してくれるし。ありがたいとは思うけど、存外暇なのだろうか。アプリとかだと忙しそうな印象あったんだが、そんなことはないのかもしれない。
休憩しているクラフトは、カイザーとシンボリルドルフの併走を眺めている。カイザーはというと、笑顔でシンボリルドルフと走っていた。
「楽しいねぇ、会長! すっごく楽しい!」
「ふふ、私もだよ」
私も、と言いながらえげつないプレッシャーをかけているシンボリルドルフ。それを涼しい表情で流しているカイザー。うん、相変わらずバケモノメンタルの持ち主だ。なんも変わってない。
クラフトは、目に見えて落ち込んでいる。カイザーとの差を改めて実感しているのだろうか。
「はぁ。やっぱりあの2人は凄いなぁ」
「そもそも、一人は学園の頂点に立っているようなウマ娘だからな。カイザーに関しては、うん。そういうもんだと思え」
「あ、あはは」
肉薄している、訳ではないが。少なくともプレッシャーが効いていないのは事実。皇帝の圧を真横から受けて、普通でいられるウマ娘なんてごく少数だ。あのメンタルが、カイザーを支えている。
もっとも、俺の言葉は気休めでしかない。カイザーを目標にしている以上、クラフトはどうしても気にしてしまうだろう。
(仕方ない、で割り切れるはずもないか)
クラフトは今も落ち込んだまま。カイザーとの差を改めて実感しているのだろう。不安に思うのも仕方ないことだ。
なので、かけるべき言葉は。
「そうだなぁ、クラフト。例えばの話をしよう」
「え? あ、は、はい!」
「お前が登山をしようと考えたとする。道具一式揃えて、さぁどの山に登ろうって段階だ。お前は最初から富士山に登ろうと思うか?」
首を高速で横に振るクラフト。そりゃそうだわな。登山をしようと考えて、最初っから富士山に登ろうとするバカはいない。多分。
「そうだよな。じゃあ、お前ならどの山から登ろうって考える?」
「え~っと、やっぱり初心者でも登頂しやすそうな山じゃないでしょうか? ネットで調べたり、人に聞いたりして、確実に登れそうな山に行きます」
「そう。それで、その後はどうする?」
「その後は……登った山よりも少し難しい山に登ると思います。コツコツと積み重ねて、自信がついたタイミングで本命に登ろうかなって」
クラフトの言ったことが普通の事だろう。初めから難易度の高いものに挑むのではなく、自信を深めてから挑戦するのが一般的。失敗しないための大事なことだ。
今のは山で例えたが、これは他の事でも同じこと。
「これを今のクラフトに当てはめるとしよう。カイザーという大目標はまだ遠いと仮定して、挑みに行くことを考えるか?」
「……まだ挑まないです。挑んでも、返り討ちにされちゃいますから」
「そうか。なら、そのためにはどうするべきだとお前は考える? 今お前は、何をすべきだと思う?」
初めから本命に挑むのではない。他の相手を倒して自信をつけ、その先にいる本命へと挑みに行く。この精神が大事だ。
ブツブツと没頭し、考え込んでいるクラフト。かなりの集中状態を保っている。周りにいるスピードシンボリたちも、声をかけるべきではないと黙っていた。
やがて、クラフトが顔を上げる。その目には確かな自信が宿っていた。
「まずは目先のレース。マイルチャンピオンシップに出走することです。結果の是非に関わらず、今マイルでどれだけやれるかの確認をします!」
「そうだ。なにも今カイザーに挑まなくてもいい、差を無理に縮めようとしなくてもいいんだ」
答えにたどり着いたクラフト。いや、元の位置に戻ってきた、というべきか。2人の併走を見て見失いそうになっていたところを、なんとか戻すことができた。
「前にも言ったように、目先のことから一つずつ、だ。やれることを、できるだけのことをしたらいい」
「うぅ~、また悩んじゃってました」
「気にすんな。悩むってのは大事なことだ。悩んで、迷って、最終的に道を見つけることができればそれでいい。俺も協力するしな」
悩むのは若いうちの特権だ。好きなだけ悩んで、その先で最良の答えを見つけることが大事。そのための手伝いなら、俺は協力を惜しまんしな。
「これからも好きなだけ悩め。んで、好きなだけ俺に相談してこい」
「っ、トレーナーさんに、相談してもいいんですか?」
不安そうに見上げるクラフト。何をいまさらって感じだが、ここらで明言しておかないとな。
「当然だ。俺はお前のトレーナー、間違わないようにしっかりと導くつもりだ。好きなだけ相談してこい」
ぶっちゃけそのためのトレーナーだ。なんか、社畜街道まっしぐらな道を進んでる気がするが、仕方ない。これもトレーナーの仕事だ。
クラフトはようやく安心してくれたのか、笑顔を見せてくれた。可愛い。
「えへへ、じゃあいっぱい頼っちゃいますね!」
「おう、頼れ頼れ」
「私も頼るねー!」
クラフトの笑顔にほっこりしていたら、カイザーがのしかかってきた。君いつの間に併走を終えてこっちに来たんだい。というか、併走終わった後は汗を拭きなさいあんた。
「はいはい。お前も好きなだけ頼れ。お前が頼りにするところがあるのか分からんが」
基本なんでもこなせるし。俺に頼るところある?
「え~、すっごく頼りにしてるよ? 私が間違えても正してくれそうだし」
「そうなん? だとしたら嬉しいが」
こいつが間違うことなんてあるのかという疑問はさておき、褒められて嬉しくならないやつはいない。カイザーの褒めは万病に効きます。
「ま、とりあえず休憩取ったら練習いってこい。まだまだ終わりじゃないぞ」
「「はーい!」」
去っていく2人。見送っていると、笑顔のスピードシンボリたちがやってきた。めっちゃニコニコしてますねあなた方。
「頼りにされているな、君は」
「らしいっすね。嬉しい限りです」
「いやはや、青春だな!」
青春は学生とトレーナーじゃまずいでしょ。漫画で見る分には大好物ですが。
併走を終えたであろうシンボリルドルフもこっちへ。君も微笑ましそうな目で見るね。
「カイザーがあなたを頼りにする理由、分かったような気がします」
「そうかぁ? 今ので?」
「えぇ、今ので」
そもそも、現在において俺は頼りにされているのだろうか。そこからまず怪しいのだが。基本なんもしてないし。レース技術もなにもかも、全部シンボリルドルフが教え込んだようなものだ。
まぁいいか。頼りにされているのは嬉しいことだからな。願わくば、これからも頼りにされたいものである。