つい先日、クラちゃんのマイルCSが終わったと思えば、ジャパンカップの日がやってきた。時間が過ぎるのは早いものである。
(まさしく光陰矢の如し、だね)
今回出走するメンバーは日本の子だけじゃない。海外の子も何人か出走している。その中でも注目を浴びているのは、欧州の年度代表ウマ娘であるプランシェットさんだね。
ストレッチをしながら遠目に観察。うん、速そう。そんでもって、楽しく走れそうだ。
日本の注目は秋天の時と変わらず。唯一違う点を挙げるとすれば、私と同世代の子が出てくることかな。それも、クラシックやティアラに出走していたような子達が。
その中で気になる子といえば、やっぱりザリちゃんだよね。クラちゃんの同室で友達の子、日本とアメリカ、2つの国のオークスを制した子だ。
(プランシェットさんも2ヶ国制しているわけだし、このレースだけで4ヶ国だ!)
なんとも豪華じゃないかな。4ヶ国でも2人しかいないけど。
そんなザリちゃんと目が合う。こっちの視線に気づいたみたいで、こちらへと歩いてきた。それにしてもキリっとした表情、これがクラちゃんの言ってるオンザリオ、ってやつかな。
「レースの場では初めまして、だな。カイザー」
「うん、初めましてだねザリちゃん。今日は楽しもうね!」
レースってのは楽しく走ってなんぼ。いつもと変わらない、笑顔で応対する。
けれども、ザリちゃんは無反応だった。う~ん、残念。
ザリちゃんの表情は変わらない。真面目に、圧を強めて私を睨んでいる。怒っているとか、そういう感情はない。これは多分、挑戦のようなものだ。
「貴方の名声は聞き及んでいます。シニア級相手でも、太陽の輝きはなお色褪せることはない、と」
「ふ~ん、そうなんだ」
あいにくと名声といった類に興味はない。ファンの人達は興味あるみたいだけどね。私がどこまで行けるのかって、話題にしているのは知っている。
ただ、私のことを褒めたいわけじゃないらしい。ザリちゃんの視線がさらに鋭くなる。
「さりとて、貴方に勝ちは譲らない。今日は貴方に、楽しさよりも鮮烈な感情を覚えさせましょう」
「それって?」
「敗北の悔しさ。私が貴方を、こちら側に引きずり込む。覚悟しておいてください」
それだけ言って、ザリちゃんは戻っていった。敗北による悔しさ、かぁ。
(あんまり考えたことないな~。やっぱり、負けたら悔しいものなのかな?)
正直な話、走れればそれでいいので想像ができない。結局は楽しいからいいんじゃないかな、うん。
ザリちゃんのは宣戦布告だろう。私に負けない、私に勝つって宣言。ほほう、中々悪くないね。
「楽しみだな~。ザリちゃんもすっごく強いんだろうな~」
走ってくれる子は大歓迎である。いやはや、レースの世界は楽しいね本当に。
「勝負を前に楽しみ、か。やはりお前は気に食わん」
「お、ハーツさんお久~」
ザリちゃんの宣戦布告に喜んでいると、ハーツさん、ハーツクライさんからお小言をもらってしまった。一応真剣勝負の場だから、こういうのはご法度なんだっけ。う~ん、よく分からない。
ちなみに、悪態をついているように思えるけど、これがハーツさんの通常運転。勝負に真剣だからこそ、ついつい尖った発言をしてしまう。
「緩い雰囲気だ。真剣勝負の場で、楽しむなどと発言するお前が理解できん」
「そう? 結構単純だと思うんだけどな~」
「そういうところだ。まぁいい、今日もよろしく頼むぞ──勝つのは俺だ」
おぉ、ハーツさんからも宣戦布告された。2人から宣戦布告されたし、これはとってもお得じゃないだろうか。うん、お得だ。今私が決めた。
ストレッチを終えてゲートに向かう。私は4枠7番の出走だ。
静かに待つ。ゲートが開く、その瞬間を見極める。
《東京レース場芝2400m、少し雲が見えますが晴れ空が広がります。バ場の状態は良バ場発表、世界から集った18人のウマ娘達が駆け抜けます。大注目はやはり、4枠7番のハレヒノカイザーでしょう》
《そうですね。天皇賞・秋でゼンノロブロイを半バ身差で下しました。さらには海外G1を手土産に帰ってきましたからね。堂々の1番人気、好走が期待できます》
《2番人気ゼンノロブロイ、3番人気シーザリオと続きます。シーザリオは2ヶ国のオークスを制した猛者、ケガからの復帰戦となります。好走を期待したいですねっと、今最後のウマ娘がゲートに入りました》
どのタイミングかを大体把握。極限まで集中力を高め、ここだというタイミングを見逃さない。
待って、待って。その時が訪れる、ちょっと前に身体を倒す。
「えっ」
隣のゲートにいた海外の子の呆けた声。置き去りにして私は飛び出す。すでに発射の態勢は整えていた、後は加速に乗って突き進むだけ。
《国際レースジャパンカップがッ、スタートしました。さぁやはり飛び出してきたのはこのウマ娘だ、ハレヒノカイザー。ハレヒノカイザーがロケットスタートを決める。もはや彼女の代名詞ともなったこのスタート、いつ見ても惚れ惚れしますね!》
《逃げウマ娘の面目丸つぶれのこのスタート、初見だとまず驚きますよね》
《慌てて飛びだします、3枠6番のプランシェット、続いて飛び出してきたのはタップダンスシチー、タップダンスシチーだ。さらにはおっと、これは意外ハーツクライ。ハーツクライも飛び出している。そのままハレヒノカイザーの後ろにつけようとしているぞ》
いつも通りのスタート、いつも通りのレース展開を心掛ける。さぁ、楽しもう。
飛び出した私を捕まえるべく、タップさんが外から追い上げてきた。私は、彼女を内に入れないようガッチリと閉める。
耳を澄ませて確認。追ってくるのはタップさんにプランシェットさん、後はハーツさんか。
(タップさんはいつものこと、プランシェットさんは掛かっている、狙いが分からないのはハーツさんだけ、か)
後ろを確認すると、タップさんがすぐそこまで来ていた。なんとか内へ入ろうとしているが、私が閉じているので入れない。仕方なくタップさんは外を回ることを選択。
プランシェットさんはタップさんの後ろへ。私のスタートにあてられたんだろう、表情には焦りが見えた。
気になるハーツさんの位置は、ロブロイさんと同じ。ロブロイさんは私をマーク、ハーツさんも同じ位置に収まっている。
(ハーツさんの先行策、か)
これまでのレースでは中団に控えていたはず。それを崩してまで、私をマークする戦法に変えてきた。ということはつまり、ロブロイさんみたいに私の弱点に気づいたのかな。
シニア級でも上位の2人による徹底マーク。うんうん、これは楽しいね。
(足音から大まかな位置を予測。レースは縦長、どのスピードを維持するかを選択。今回は、気持ち早めにしよう)
狙うは11秒台後半のラップタイム。これを平均として維持しよう。
コーナーを回って、私の前にタップさんが出た。さて、ここからプランニングを開始しよう。
早いペースでタップさんの脚を削る。ただでさえ外を回らされた上に、ハイペースになればタップさんは落ちていくだろう。いくら根性を炸裂させようと、厳しいはずだ。
プランシェットさんは幾分か落ち着きを取り戻したか。私の位置に収まろうとしている。もっとも、内には入れさせない。
ロブロイさんとハーツさんの動きに警戒。多分だけど、4角からのロングスパートを仕掛けてくるはずだ。
(東京レース場の造りはロングスパートに向いている。長く使える脚の方が有利だからねぇ)
なので、私には結構不利。そんなのは人が考えた常識ってやつだけど。
ザリちゃんがここにいないってことは、後続に収まっているのだろう。よっぽど私を差し切る自信があるのかな。うんうん、それはそれで楽しみだ。
第2コーナーを緩やかに下って向こう正面へ。ここまでくると落ち着いてくるけど、そうはさせない。
《かなり早いペースで展開されています。ハイペースで飛ばしているタップダンスシチー、タップダンスシチーが逃げている。かつてジャパンカップで大勝した時の再現か? 2番手プランシェットとの差を3バ身に広げている》
《どうでしょうか。アレは掛かっているかもしれませんよ》
《プランシェットの内側、3番手ハレヒノカイザー、ハレヒノカイザーはここにいる。マークするように4番手ゼンノロブロイ、内にハーツクライ。最内を進むハレヒノカイザーをどこで捕まえるかがカギとなります。3番人気シーザリオは後方15番手の位置だ》
ペースは落とさせない。11秒台後半のラップタイムを刻んでもらうよタップさん。私の、やや遅めのペースに。
《最初の1000mを通過。通過タイムは58秒2のハイペースだ! 1000mの通過タイムは58秒2のハイペース、これは後続にとって有利な展開になっているぞ。前のウマ娘は大丈夫か? ここらで一息つきたいところ》
これまでのペース的に、58秒3とかのはずだ。多少前後しているだろうけど、このペースなのは間違いない。
ハーツさんとロブロイさん以外、下手したらこの2人も崩れる可能性がある。その時はその時だ。
プランシェットさんはどうか。海外のウマ娘はタフとはいえ、このペースで走り切れるかどうか。序盤の掛かりもあるし、結構削られているはず。
(ハーツさんが落ちるとは考え難い。春天では掲示板を確保しているし、スタミナはあるはず。タップさん以外にも逃げの子がいたはずだけど、今回は先行の位置か)
「ま~私を警戒だよねぇ。マークしていれば、一定のペースを約束されているし」
ま、それならそれで逆手に取るだけ。今のペースを維持すれば、大抵のウマ娘は落ちていく。そうなるように仕向けている。
警戒すべき相手は見えてきた。後続と、ハーツさんだ。
(ロブロイさんは領域を警戒、狙いが分からないハーツさんと、後方から飛び出してくるウマ娘達に警戒を割こう。前の2人は放っておいても落ちる)
向こう正面の坂を上って下る。下りのまま第3コーナーに入り、途中からずっと緩やかなカーブが続くコース。
《第3コーナーを回ります各ウマ娘。依然として先頭はタップダンスシチー、タップダンスシチーが先頭だ。後続が差を詰めてきたか? じわりじわりと中団が先行集団へと襲い掛かろうとしている。シーザリオが早めの動き出し、15番手から一気に9番手へ浮上。中団の先頭へ躍り出ます》
最内の経済コースを走り続ける。スタミナのロスを最小限に、レースにおいて最も有利なコースをひた走る。
(タップさんは外目を走っている。内へ落ちてくる心配はない。むしろ、外側にいる方が危険だね)
足音から考えるに、バ群はどんどん密集してきている。縦長だったバ群が一団に、最後の直線に向けて、熾烈な位置取り争いが繰り広げられていることだろう。
私には関係ないけど。私の前を走らせなければ、前が壁になるなんてことは万一にもないのだから。
緩やかな坂を上って、第4コーナーから最後の直線へ。ここから東京のレースは激化する。
圧が一気に増した。全てを飲み込むようなプレッシャーが後方から襲い掛かってくる。
1人2人の圧じゃない。私の後ろを走っている全員、15人全員分の圧だ。
(堪らないね、この感覚。みんなの本気と情熱を感じる!)
ギラギラのバチバチ、私が求めているもの。みんなの全力を感じるこの雰囲気は、何度味わってもいいものだ。
ただ、欲を言うならば。
(クラちゃんが到達したあの世界を。
ロブロイさんは必ず持っている。タップさんだってあるはずだ。その世界を、私は体感したい。レースという場で、肌で感じたい。
どれほどのものなのか、いったいどういうプレッシャーなのか。体験するのが楽しみだから。もっともっと楽しくなるはずだから。
《第4コーナーから最後の直線へ入りました。タップダンスシチーはもういっぱいいっぱいか!? さすがにこのハイペースはもたなかったかタップダンスシチー、プランシェットに先頭を渡す! 先頭はプランシェット、プランシェット! 欧州のティアラ最強が牙を剥く!》
《ゼンノロブロイとハーツクライも動き出しました! ハレヒノカイザーはまだ動いてませんよ!》
《ロングスパートを仕掛けるゼンノロブロイとハーツクライ、天皇賞と全く同じ展開だ! ハレヒノカイザーはまだ動かない、大外からはシーザリオだぁぁぁ! シーザリオが果敢に上がってくる!》
東京の急坂を上る。軽快に、軽やかに。スキップを刻む感覚で上っていく。ここの急坂、私は結構好きだ。
外に視線を向けると、ザリちゃんが上がっていくのが見えた。ほうほう、ここで仕掛けてくるわけか。
(瞬発力勝負に持ち込むよりも、多少無茶をしてロングスパート勝負に。悪くない)
ザリちゃんと並んで走る。並んで、とはいっても、向こうは遠く離れた外で私は最内だけど。
その走っている最中、ザリちゃんの圧が増した。
「負けられない、クラフトには負けられない! 私はこの場で、証明してみせる!」
突き刺すような独特のプレッシャー、周りを飲み込む圧。ザリちゃんの走りが完全に変わった。
あぁ、間違いない。これが。
(領域、だね! それを待ってたよ!)
ザリちゃんだけじゃない。ロブロイさんもきっと使っている。プランシェットさんも、私の後ろから追い上げてくるアラビアウィールさんからも。
成程成程、領域はこんな感じなんだね。
(宝塚記念のスイちゃんと似たような圧、秋天のロブロイさんと一緒! 楽しいな、楽しいな!)
心が躍る。許されることなら、ダンスを踊りたいくらい。みんなの一生懸命な気持ちを浴びて、私の走りがさらに輝く。
坂を上り終われば、後は直線が続くのみ。ここで、私は動く。
(まずは、1段階目)
脚に力を込める。強めに一歩を踏み出して、前を走るハーツさん達との差を詰める。
《残り200を切りました、プランシェットが粘ります! 粘りますがここでゼンノロブロイだゼンノロブロイだ! ゼンノロブロイが上がってハーツクライも突っ込んでくる! 懸命に粘るプランシェット、外からはシーザリオも上がってきた! 最内にはハレヒノカイザー、さらにその進路をこじ開けるようにアラビアウィール!》
領域を使っているみんな。私は、きっかり1バ身後ろをついていく。虎視眈々と、狙いを定めて。
残り100m。さらに加速する。元々1バ身しかなかった差、あっという間に縮めることができる。
「えっ」
「く、うぅっ」
「っ、は?」
呆けたような声を聞きながら、私はみんなを置き去りにする。領域が切れたみんなを。
《ハレヒノカイザー、最内のハレヒノカイザーがあっという間に抜け出した! ハレヒノカイザー強い強い! 最後は天皇賞の再現だ! これがハレヒノカイザーの強さだァァァ! またも半バ身、またも半バ身差で下してみせたハレヒノカイザー! これで秋シニア二冠達成です!》
《いや~、相変わらず強いですねぇ。それ以外の言葉が出てきませんよ! この世代は、本当に強いです!》
《2着はアラビアウィール、3着はゼンノロブロイ! 2着から6着まではハナ差クビ差の大接戦です! さらにはっ、衝撃のレコード決着! 勝ちタイムはなんと2:22:0! 衝撃のレコード決着だハレヒノカイザー!》
これで勝利。うん、やっぱり走るのは楽しいなぁ!
領域の世界。足を踏み入れた子達の走りは圧巻だ。プレッシャーが凄いし、周りの雑音が気にならないくらいに集中している。思わずこっちも身構えてしまうほど。
だからこそ、楽しい。こんな圧を受けて走れる私は、最高に幸せだ!
「アッハハハ! 楽しいなぁ、楽しいレースだったな!」
楽しくて、つい笑っちゃった。ザリちゃんやロブロイさんからは凄い目で見られてる。信じられないものを見るような目だ。何かあったのかな。
おっと、忘れちゃいけない。ちゃんとVサインを掲げないとね。
このVサインはただのVサインじゃない。天皇賞から続く、大事なサインだ。
《天高く2本指を掲げるパフォーマンス! これは、最後の一冠有馬記念に向けて期待が高まります! これで秋シニア二冠、三冠に王手をかけた!》
《もしかすると、同世代に2人の三冠ウマ娘が誕生するかもしれませんね! これは興奮してきましたよ!》
ファンの人達は凄く喜んでいる。やっぱり、私が勝つと嬉しいみたい。私のファンだから当然のことだけど。これは、この先も頑張らないとね。
観客席にいるトレーナーに視線を向け、その近くにいるプイちゃんへと視線を移す。プイちゃんは、震えていた。
(分かるよプイちゃん。それは、武者震いってやつでしょ)
私とプイちゃんは似た者同士。だから、何を考えているのかなんて分かる。
次のレース、勝負だよプイちゃん。視線でそう訴えると、向こうに私の考えは伝わったようだ。
「うん、勝負だよカイザーさん。私は、負けない!」
プイちゃんからも宣戦布告されちゃった。これは楽しみだね。
それだけじゃない。
「……情報はインプットできた。次でお前の笑顔は終わりだ、カイザー」
ハーツさんの言葉が耳に入ってくる。こっちも警戒しないと、だね。