勝敗が決したジャパンカップ。勝ったのはカイザーであり、秋天と同じく半バ身差での決着だ。
沸き上がる歓声、秋シニア三冠まであと一歩、期待は高まり続け、どこまで夢を見せてくれるのかと口々に褒め称える。カイザーの強さに魅せられていた。
歓声の中、一緒に観戦していたシンボリルドルフがぼそりと呟く。
「カイザーに負けるのは、かなり心にクるだろうね」
不意に漏れ出た言葉。その意見には心から同意する。クラフトはその理由がよく分からず、困惑していた。
別に難しいことじゃない。頭に疑問符を浮かべるクラフトに、俺なりの解釈を教える。
「カイザーの勝ち方は教科書通りだ。チートみたいなスタート技術があるが、ベースになっているのはお手本のようなルドルフ戦法。それゆえに紛れが少ない」
「いつも会長さん達が言ってることですよね。それが、どうして?」
「紛れが少ない、ってのが、シンボリルドルフの言葉の肝だ。簡単に言えば、自分の力が足りてないって気づかされるんだよ」
レースだけじゃない。勝負ごとにおいてもしも、はご法度だ。あぁしていれば勝っていたとか、こうしていれば負けなかったとか思うのはダメ。成長が止まってしまうからな。
それでも、敗北に言い訳を重ねてしまう時はあるだろう。力を十分に発揮できなかった、展開が自分に向いていなかった。その理由は様々だ。悔しいからこそ考えてしまう。認められないからこそ、もしもを考えてしまうわけだ。
これを踏まえた上で、なぜカイザーに負けるのが心にクるのか。答えはとても単純なもの。
「カイザーはな、当たり前のことを当たり前にやっているだけなんだ」
「そう、ですよね。普通のことを普通にやっているだけ、ですもんね」
「あぁ。その当たり前、ってのがとても難しい。クラフトもよく分かるだろ?」
頷くクラフト。現役で走っているからこそ、トゥインクル・シリーズの選手だからこそ分かる、カイザーの恐ろしさ。どれだけ難しいことをやっているのか、同じレースを走るウマ娘だからこそ理解できる。
「平常心で走ることの難しさ、己を律することの厳しさ。レースに身を置くウマ娘ならば、痛いほどに分かるだろう」
シンボリルドルフの言うように、本来はとても難しいことだ。どれだけ平常心で臨もうとしても、レースが始まれば抑えることはできなくなる。満点のレースをすることが難しくなる。
(勝負への緊張、積み上げてきた努力への不安、情報の正確性。どれだけやっても、本番になると一気に押し寄せてくる。不安の波が)
それをカイザーはなんでもないようにやってのける。これが自分の当たり前とばかりに、一切の揺らぎなく走ってみせるのだ。
強い奴が当たり前のように走り、当たり前のように支配し、当たり前のように勝つ。精神的なダメージは計り知れない。
「カイザーさんは、ブレない。どんな時でもブレずに教科書通りの走りを貫く。だからこそ、嫌でも分かってしまう。地力の差を」
今回は一緒に見ていたディープインパクト。心なしかワクワクした表情で、カイザーのことを評していた。
ディープインパクトの言ったように、カイザーの走りは地力の差が顕著に出てくる。あそこで仕掛けていればよかった、とかもう少しペースを守るべきだった、とか考えようが、カイザーの前では無意味となる。
「どんな時でも100点に近いレース運びをする。そんな相手がいるんだ、精神的にクるわな」
プレッシャーを感じない。積み上げてきた努力をフルに活用する相手。恐ろしいことこの上ないだろう。お前はプレッシャーを感じないのか、と言いたくなる。
「あぁしていれば、こうしていれば。完璧なレース運びをするウマ娘を前にして、そんなことを考える自分に愚かさを覚える」
「自分の力が足りていないことを如実に突きつけられる。だからこそ、カイザーさんに負けるのは」
「精神的にクる、ってことだな。そうだろう? シンボリルドルフ」
頷く。どうやら、俺の解釈は合っていたようだ。ホッと一安心。
まぁ、でも。正直なところ、領域を使っている相手にすら通常時で負けてない、ってのはいくら何でも無法が過ぎると思う。なお、俺は領域の事よく分からんので、クラフトがどこで使ったとか教えてくれた。サンキュークラフト。
「シーザリオもゼンノロブロイも、海外のプランシェットも領域を切ってた。なのに、カイザーは1バ身差をキープしていた。やっぱとんでもねぇなアイツ」
「スピードが飛び抜けている証拠、だね。あれでまだ、彼女は領域に到達していないと来た」
スピードシンボリの言うように、カイザーはまだ領域の世界に足を踏み入れていない。というか、踏み入れずとも勝ち続けている。まだ進化を残しているのだ。恐ろしすぎませんかね。
勝てた理由はなんとなく察しがつく。アプリ風に言えば、スキルを接続しまくって領域に負けないスピードを叩き出した、って感じだろう。だとしてもイカれとる。
「これで秋シニア三冠に王手、だな。だが、次の勝負は」
「僕達だ、榊トレーナー」
今まで黙っていた文乃先輩が口を開く。こちらを向いて、対抗心丸出しの表情で見てくる。なんとも怖い圧で。
次の有馬記念が、ディープインパクトとの初対決。さっきカイザーがターフで宣戦布告したので、これは確定事項だ。元々逃げる予定はなかったとはいえ、あぁまでしたらもはや逃げる選択肢はない。絶対に乗り込まなければいけないだろう。
相手はシンボリルドルフ以来となる無敗の三冠ウマ娘。さらには三冠レース全てを圧倒的なパフォーマンスで蹂躙した、文句なしの世代最強格だ。
実績という点では、こちらも負けていない。史上初となるクラシック級での宝塚記念制覇、ジャック・ル・マロワ賞に秋シニア二冠を手にした、同じく世代の最強候補。
「お手柔らかにお願いしますよ。有馬記念、楽しみにしてます」
「こちらもだ。白黒はっきりつけよう、ディープインパクトとハレヒノカイザー、どちらが上か」
どっちが上でどっちが下とか、あんまり興味ないけど口にはしない。分かっているのは、次の対戦はかなり骨が折れそうだってことだけ。
(ハーツクライも、なにか考えがあるだろうしなぁ。いろいろと山積みだ)
ま、なんとかなるか。そのマインドで行こう、うん。
余談だが、インタビューが大変面倒くさかった。
「秋シニア三冠に向けての意気込みをお願いします!」
「ついにディープインパクトとの初対決、どのようなお気持ちでしょうか!」
「どちらが上だと考えていますか!?」
知らねぇよ一緒に走ったことないんだから。どのようなお気持ちも何も、俺らのやること変わらんて。
面倒だから愛想笑いで全部躱した。カイザーは律儀に答えていたけど。
「お前も、面倒な質問は全部スルーしていいんだぞ?」
「え? 面倒くさい質問なんてあった? 私にとっては全部大事な質問だよ」
「なんだこの子聖人か? 良い子過ぎるわ本当」
良い子なので頭を撫でてやる。カイザーは気持ちよさそうに目を細めていた。
◇
ジャパンカップから数日が経って。改めて現状を整理しよう。
「まずはディープインパクトだな。有馬記念の大本命、一番警戒すべき相手だ」
年末の大一番、どの子も強いが抜けて警戒すべきはディープインパクトだろう。人気は衰えることを知らず、こっちは秋シニア三冠に王手をかけているのに、中間投票では彼女が1位を取っている。クソが。
ディープインパクトの武器はロングスパート。特に、最高速度に乗った時の速さはカイザーすら超えている。
「カイザーもまだ底を見せていないとはいえ、ディープインパクトの速さは群を抜いてる」
間違いなくカイザーにとって脅威となる。いろんな意味で。
後、警戒すべきといえばハーツクライ。こちらの警戒も強めておいた方がいいな。理由は、ジャパンカップでの位置取りにある。
普段は差しの位置で勝負をする彼女が、ジャパンカップではカイザーと同じ位置、先行の位置で勝負をしてきたのだ。俺は何か狙いがあると睨んでいる。
(自分のスタイルを捨ててまで、ジャパンカップではカイザーをマークしていたからな。それで4着に入っているし、先行の位置でも勝負はできるはずだ)
どのような意図があるかは分からない。少なくとも、カイザーを意識していることは確実だ。次の有馬記念も、マークしてくる可能性は高い。じゃなきゃ、ジャパンカップの位置取りが意味不明になるからな。
「ペースを乱さないカイザーに目をつけた、だけかもしれないが、確証がないからなぁ。こればっかりは分からん」
最近ではこっちのトレーニングをジッと見ていることもあるし。鋭く睨んでいるから微妙に怖いんだよあの子。悪気はなさそうだから放置してるけど。
次走で特に注意すべきはこの2人。他は警戒を引き下げてもいいだろう。ディープインパクトとハーツクライに絞って、対策を立てるべきか。
だが、無視できない問題が一つある。大変大きな問題が。
考えるだけで気が滅入る。今からでも出走取消できないかな、なんてバカなことを考えてしまう。それくらい、大きなことなのだ。
そう、【ガラスの身体】は。
「いまだに解消されてねぇのが本当によー! んだあのバッドコンディション!? いつになったら消えんだよ!」
本当に腹が立つ。どういう条件で、どんな時に発動するのか全く分からない、忌々しきバッドコンディション。【ガラスの身体】は消える気配がなく、今も健在なのである。
そりゃあね、一生つき纏うリスクも当然考えていますよ。治らない可能性だって頭に入れておきましたよ。
「けど実際に消えなかったらキレるだろうがえー! 詳細な情報もねぇ、いつ爆発するかもわからねぇ時限爆弾背負わされてんだよこっちは! キレたくもなるわ!」
でも、いざ消えなかったらキレたくもなるわ。いまだによく分からんこのバッドコンディション、腹が立って仕方がないんじゃ。
本当なら、解消していない状態でディープインパクトと戦わせるのは避けたかった。回避するのも手だと思っていた。結局、回避する選択肢は除外したわけだが。
「あんなに勝負を楽しみにしてんだからなぁ。情も湧いちまうよ」
ただでさえ俺の一存で勝負を避けてきたんだ。ここまで来てさらに逃げるのはちょっと、かなり気が引ける。
なので逃げる選択肢はないも同然なのだが、やはり頭にチラつくのが【ガラスの身体】。お前は本当にさぁ、もうちょっと親切設計にしてくれないだろうか。
一応、なんで発動するのかも見当はついた。おそらくだが、カイザーの本能が刺激されるからだろう。
(鋼の理性でレースを走るカイザー。唯一と言っていい例外が、ディープインパクトとの併走だった)
これがレースでも適用された場合、高い確率で【ガラスの身体】は発動するだろう。カイザーが本能を解放して走れば、なにかよくないことが起こりかねない。
回避するのは簡単な話で、そもそもディープインパクトと競り合わなければいい。
(カイザーは逃げ寄り先行、ディープインパクトは追込だ。そうそう競り合うなんてことはない)
ちょっと希望があるかもしれないが、最後の直線はほぼ確定で競り合う。その少しの距離でも、発動する可能性がないとは言えないのだ。
もうね、本当にだるい。いい加減治ってくれこのバッドコンディション。
「他のバッドコンディションは、大体シニア級に上がってから治るもんなぁ。元々見込みは薄かったけど、世の中そんな甘くねぇか」
それに、カイザーの事だけじゃない。この時期になると、クラフトの方も細心の注意を払わないといけないのだ。
アプリにおけるクラフトのシナリオ。史実の悲劇を盛り込んだ、アプリでも屈指の鬱要素。人の心ないんかと評判のアレだ。俺も前世の同期から聞いた時には、おいおい泣いたものである。
(確か、シニア級に上がってからだ。クラフトは頻繁に夢を見るようになる。その夢が、悲劇の引き金だ)
質の悪いことに、これといった回避手段がない。なんせ、歴史の修正力というやつなのだから。イラっとくるぜ。
だからこそ、今のうちに気を付けておかなければならない。
「備えておかなければ。心構えをしっかりしないと、俺の心が持たない」
なお、心構えをしっかりしても持たないものとする。ウマ娘の悲しい顔なんか見たくないんじゃ。
考えるべきことは山積み。まずは目先の有馬記念だ。
◇
ある日のこと。
「そうだカイザーさん。わたし不思議な夢を見たんですよ」
「へ~、どんな夢なの?」
「えっとですね、シーザリオたちが子供のウマ娘といて~」
心臓が跳ねる。あまりにも心当たりがありすぎるものだったから。
(まさか、もう兆候が見え始めるのか!?)
そう考えていたが。
「~で、わたしにも同じように子どもがいて! これがすっごく可愛い子なんですよ~!」
「へ~そうなんだ。その子は走るの好きそう?」
「そこなんですね気になるところ。えっと、いつか太陽を超える、って言ってました!」
全然違った。マジで良かったよ、うん。
にしても、夢の内容が似てるけど違うってのはどういうことだろうか。
(……もしや、悲劇回避? 俺の知らないところで、悲劇回避しちゃった?)
そういや秋華賞に出走してないし、代わりにスプリンターズステークスに出ている。史実の育成目標を変えているのだ。それがいい感じに作用した可能性があるな。
これで悲劇を回避したとは思わないが、願わくば起こらんことを祈るばかりである。