有馬記念の投票期間が終わった。宝塚記念の時は綱渡り状態で毎日ひやひやしていたものだが、今回に限っては楽な気持ちで構えることができた。
その理由は当然、カイザーの活躍があるから。宝塚記念制覇に加え、秋シニアの二冠、海外レースのジャック・ル・マロワ賞を制したカイザーが選ばれないわけもなく。
「よっしゃあああ! 無事に人気投票で選ばれたぜぇぇぇ!」
無事に人気投票2位で出走権を得ることができた。やったぜ、と喜びたいところなのだが。
「カイザーの人気投票は2位……2位、か。ディープに負けたか」
「それでも、4位以下を引き離しての圧勝だ。喜ぶべきことだと思うよ」
「それは分かるんですがスピードシンボリさん。やっぱここは1位が欲しかったっす」
カイザーの投票結果は2位。1位のディープインパクトに僅差で敗れた。悔しい。この悔しさはレースで晴らさせてもらおう。目一杯楽しむことによって。
余談だが、クラフトも人気投票3位にランクインしている。ディープ、カイザー、クラフトの3人が突出した人気を誇っていた。4位以下にダブルスコアつけそうな勢いで。
クラフトも出走権を得た。じゃあ出るか、と言われたら答えは当然Noである。適性が合わないのもそうだし、俺がカイザーと戦わせたくない。
理由は至って単純。担当ウマ娘が一緒のレースで戦う姿など見たくないからだ。どちらかが勝ち、どちらかは負ける。俺の心が持たないし情緒がイカれる。
「クラフトも3位に入るとはなぁ。ま、出走させる気はないが」
「当然の判断だ。彼女は今までマイルまでしか走ったことがない。有馬記念を走らせるのは酷というものだろう」
「そもそも、適性的に長距離は無理です。死ぬ気で頑張れば走れんこともないでしょうが、絶対に間に合いませんからねぇ」
スピードシンボリも苦笑い。ファンやメディアが盛り上げようとする前に、先んじてクラフトは出走させない、と宣言している。その甲斐もあってか、人気投票3位ではあるものの、クラフトの出走を望む声はないに等しい。
とにかく、カイザーは有馬記念に出走が可能。後はレースに向けて調整していくだけ、なのだが。
「うぅむ、対ディープインパクトをどうするか、だよなぁ」
「彼女のパフォーマンスは圧倒的だ。人気投票1位になるだけの輝きがある。それは、君も分かっていることだろう?」
「えぇ、分かっていますよ。分かっているからこそ、頭を悩ませているんです」
カイザーの件もあるが、ディープインパクトの実力はトゥインクル・シリーズでもトップレベルだ。世代の、ではない。トゥインクル・シリーズ全体での話である。
追込という脚質は、最後方を走る都合上どうしても展開に左右される。よほど実力が抜けていなければ勝てない走り方だ。
長く使える脚、最後まで枯渇しないスタミナ、なによりもスピード。前を走るウマ娘を圧倒するような速さがなければ、追込で勝つことができるのはほんの一握りだ。
では、ディープインパクトはどうか? いうまでもないだろう。
「皐月賞は転倒寸前の出遅れ、ダービーも出遅れ、菊花賞は道中で掛かっていた。普通なら勝つのは無理レベルの不利を背負ってたのに、アイツは三冠を取った」
「本当に恐ろしいウマ娘だ。あの勝ち方は普通じゃない」
「アイツ相手に常識は通用しない。そう思わせるだけのレースをしてきたわけですからね。有馬記念も、最重要で警戒していますよ」
どんな不利な状況でも、ディープインパクトは何でもないように勝ってきた。勝って当然、とばかりに追い込んできて、周りのウマ娘をただただ圧倒してきた。
「ぶっちゃけると、脚質的にはカイザーの方が有利だ。有利だが」
「ディープインパクトはその有利不利を覆すだけの脚がある。彼女のスピードは、カイザーに比肩する」
「そうなんですよねぇ。常識が通用しねぇというか、大丈夫と思っても安心できない怖さがある」
ディープインパクトを前に、先行だから有利なんて言葉は通用しないと思った方がいい。現に、菊花賞では完璧なレースをした2着の子をぶち抜いていったのだから。
多少の不利は覆す。というか、不利にすらならない。どっちかというとハンデだ。
最後方からぶち抜いてくるスピード、もしもを起こすスーパースター、不可能を可能にする末脚。話題性も抜群だ。
「人気投票1位取られたのは悔しいけど、人気になるだけの要素が詰まってる。そりゃあんな子応援したくもなるわ」
とんでもないウマ娘だわ、本当。無敗記録継続中の三冠ウマ娘は伊達ではない。
出走も決まった、警戒する相手も決まった。なら、やることも決まっている。
「対ディープインパクトは、スイープトウショウとのトレーニングで補うとするか。またお願いがあったし」
スイープトウショウはカイザーの魔法を習得しようと頑張っている。こっち側としては、強い追込ウマ娘とのトレーニングはありがたい限りだ。
後はそうだな。ディープの対策と並行して、もう一人対策をしておきたい。
「後はハーツクライの対策もだな。こっちも警戒しておかないと」
「ハーツクライ、か。やっぱり、ジャパンカップでの走りが気になるかい?」
「ま~気になりますよ。あんだけマークしてりゃ」
どう警戒すべきかはまだ未知数。ハーツクライがなにを企んでいるのかも、なにをしようとしているのかも不透明。レース本番まで、明らかになることはないだろう。
有馬記念は正念場だ。おそらく、というか確実に、カイザーにとって一番キツい勝負になるだろう。気合いを入れて臨まなければ。
◇
レースが近づいていても、カイザーの調子はいつも通りである。
「も~!どーやったらアンタみたいに加速できるの! ちゃんと教えなさいよ!」
「走れば分かるよ! というわけで走ろうスイちゃん!」
「アンタそればっかじゃない! 他になんか言えないわけ!?」
いつものように走るだけ。大変素敵なキラキラ笑顔で楽しむだけである。う~ん眩しい笑顔、150点。
「いつもと変わらないね、カイザーは。彼女の持ち味だ」
「そうそう。カイザーは笑顔で走るのが一番だからね!」
シンボリルドルフとトウカイテイオーもご満悦。満足そうにトレーニングを眺めていますよ。てか今回は珍しくトウカイテイオーがいるな。普段はあんまりいないんだけど。
「トウカイテイオーがいるのは珍しいな。今日は暇だったのか?」
「暇だったのもあるけど、やっぱカイザーが有馬記念に出るからね。応援も込めてきたよ!」
トウカイテイオーの有馬記念か。アレは涙なしでは語れない神回だ。
ともかくとして、トウカイテイオーも参加。カイザーとトレーニングに励んでいる。
「ふっふ~ん、カイザーは有馬に出るんでしょ? ならボクに任せてよ!」
「あ、テイオーさんだ。そうなの?」
「もっちろん! 有馬記念と言えばボク、ボクと言えば有馬記念! それくらい常識的だからね!」
「おぉ~! お願いします、テイオーししょー!」
間違ってないのが困る。テイオー、って言われると奇跡の復活が話題になること多いし。ダービーとか他に話題に挙げられるレースはあるけど。
それにしても、なんて微笑ましい空間なのだろうか。見ているこっちが癒されるようなやり取りだ。
(トウカイテイオーと並んで走るカイザー。引っ張るトウカイテイオーに、ついていくカイザーの姿がなんとも微笑ましい)
身長的にはカイザーの方が高い。普通、引っ張るのはカイザーの方と思うかもしれないだろう。
しかし、逆だ。トウカイテイオーが引っ張る側なのである。これがまたいい。言語化しにくいが、これがいいのである。思わずニヤけちまうよ。
「テイオー様についてまいれ~!」
「はーい! ついていきまーす!」
シンボリルドルフもほっこりとしている。完全に視線が保護者のそれだ。分かるよ、その気持ち。
ちなみに、クラフトはレースがないので軽めのトレーニングで済ませている。年が明けるまでレースがないから仕方ない。
「トレーナーさん、いつも基礎トレーニングばかりしますよね。なにか狙いがあるんですか?」
「狙いっつーかなんつーか。何をするにしても基礎が大事だからな。基礎を覚えれば応用もできる。まずはなんでもこなせるように、基礎を固めるぞ」
実際には応用的なトレーニングが思いつかないだけなんだけど。でも、基礎を固めるのは大事だ。何事も基礎、全ての道は基礎に通ずる。カイザーもほぼ基礎トレしかしてないし。
クラフトは疑問に思うことなく、元気よく頷いた。ちょっと罪悪感出てくる。
「分かりました! 次のレースまでに、しっかりと基礎を固めますよ~!」
「おう、頑張れ。スピードシンボリも教えてくれるだろうからな」
やはりかつての伝説。教え方もかなり上手い。シンボリルドルフは言わずもがなだ。トウカイテイオーは、まぁ、うん。カイザーは理解できてるからいいだろう。
トレーニングに関しては俺はいらない子状態である。周りのサポートが手厚すぎて、俺のやることはほぼない。
(アレが足りない、コレが足りないなんて指示は出せるけどな。不足しているステータスを見れるのは便利)
チートの使い方がこれしかない。これが最善の使い道かもしれんけど。
クラフトを見送り、改めてトレーニング全体を見る。うんうん、順調そうだ。
ただ、視線を感じる。誰かと思い辺りを見渡すと、数名のトレーナーがこっちを見ていた。
(敵情視察、ってやつかね? それにしては、俺にも注目が集まっているみたいだけど)
なんかひそひそ話してるし。まさか陰口でも言われてるんだろうか。担当ウマ娘に恵まれただけの新人がよぉ、とか言われてんだろうか。
(いや、被害妄想が過ぎるわ。いくらなんでもねぇだろ)
気にするだけ無駄か。そろそろ休憩時間だし、切り上げるとしよう。
「おーし、そろそろ休憩取るぞー!」
「はーい!」
カイザーがすぐさまこっちへくる、だけでは飽き足らず、俺に追突してきた。思わず抱き止める。
「休憩だ休憩だー!」
「ほらカイザー。汗をタオルで拭きなさい。この時期だから風邪引くぞお前」
「ん~、トレーナーが拭いてもいいんだよ?」
「バカ言ってないで自分で拭きなさい。全くもう」
「お母さんかな?」
せめてお父さんと言えトウカイテイオー。お父さんでも困るけど。
タオルで汗を拭くカイザー。スポーツドリンクを手に取って、おもむろに口を開いた。
「そういえば、プイちゃんかなり気合入ってるみたいだね。この前も走りこんでたし」
「そうなのか? カイザー」
「うん。次のレース凄く楽しみにしているみたい。かなりの入れ込みようで、ふみさんも懸念してたよ」
どうも、ディープインパクトの気合の入りようが凄いらしい。鬼気迫る、というべきか、かなりのトレーニング密度だそうだ。それほどまでにカイザーとの対戦を楽しみにしているのか。それほどの気合の入りよう、こちらも気をつけねばなるまい。
ただ、別の懸念点がスピードシンボリにはあるようで。怪訝な表情を浮かべていた。
「それは、大丈夫なのか? 気合いを入れるのはいいが、入れすぎて本番に影響が出る可能性もあるぞ?」
「その辺りは大丈夫じゃないでしょうか、スーさん。彼女のトレーナーは奈瀬文乃、学園屈指の名トレーナーです。調整もばっちりと」
「でもプイちゃん、たまにふみさんのこと無視して走ってるよ? スズカさんもそうだし」
そういえばそうだった、みたいな顔をするスピードシンボリとシンボリルドルフ。頭を痛そうに抱えていますね。
文乃先輩のチームに所属しているサイレンススズカとディープインパクト、この2人は生粋の走り屋である。サイレンススズカは言わずもがな、ディープインパクトはカイザーと並ぶ同族。気を抜けばいつまでも走っているようなメンツだ。
こっちも他人事ではない。カイザーも勝手に走ったりしているからな。とんでもない走りたがり、止めるのは不可能に近い。
ストレスで影響が出ても困るし、俺はもう止めるのを諦めた。とりあえず、気休め程度にあまり走りすぎるなよとは言っている。
なので、俺から言えることはない。だって俺も対策できてないから。
「今度文乃先輩に会ったらお疲れ様です、って声をかけるべきですね、うん」
「気合いが入っているのは、悪いことではないんだがね」
本番は大丈夫なのか。最近雪の予報も多くなってきたので、調整するのも一苦労になってきた。願わくば、調子のよい状態で出走できるようにしたいところである。
榊トレーナーを見ていたトレーナー陣の会話。
「彼がハレヒノカイザーのトレーナーか」
「シンボリルドルフにスピードシンボリさんもいる。彼女らの教えを、しっかりと担当に伝えているのだろう」
「新人ながら侮れないな。我々も見習わなければ」
「いや、実績を考えるともはや新人という枠組みではない。彼に負けないよう、精進を重ねよう」
「皇帝の杖、古曾部トレーナーも彼には注目しているらしい。それだけのことをやっているからな」
「担当ウマ娘を育てる手腕は素晴らしいの一言だな」
評価されていただけ、それもかなり評価されていた。