今日は有馬記念の出走直前インタビューの日。メディアからの質問に答えなければならない日だ。
仕方ないとはいえ、これが結構面倒くさい。いや、記者がどうこうという問題ではなく。それもあるが単純に面倒だ。
(最低でも何時間かは拘束されるわけだからな。順調にいっても、しばらくは記者の質問に受け答えしなきゃいけない)
そんなに、と思うかもしれないが、今のカイザーはディープインパクトに並ぶ世代の顔役、それくらいは拘束される。あれこれ聞かれるのだ。全く、1時間もしないうちに終わった頃とはえらい違いだぜ、本当。
長い時間拘束される。それすなわちトレーニングができずに走ることができない。カイザーにとって多大なストレスになるのではないか、そう思っていた時期もあった。
「それではハレヒノカイザーさん。次の質問なのですが、注目しているライバルなどはいますか?」
「うーん、やっぱりプイちゃんかな。ここでようやく初対決だからね」
「クラシック戦は見送りましたからね。ですが、その代わりたくさんの偉業を成し遂げました。例えば宝塚記念制覇だったり」
ただ、意外にもカイザーは普通だ。ストレスを溜め込むことなく、記者の言葉に一喜一憂したり、よどみなく答えたりする。特に不満を抱えているようには見えない。
おかげさまで、インタビュー関連で苦労したことはない。だってカイザーに何も問題がないからね。俺がやらかさなければ最短時間で終わる。ありがたい限りだ。
まぁ、インタビューで苦労しなくても世間での書かれ方には苦労するんだが。これはもう有名税みたいなものだ。一定は仕方がない。
(ディープインパクトのライバル、カイザー自身もそう発言しているから、メディアは面白おかしく書き連ねるからなぁ)
向こうも生活が懸かっているとはいえ、ちょっと誇張するのはいかがなものかと思う。割と多いのだ、そういうことが。
代表的な例でいえば、やはり天皇賞・秋の一件だろう。カイザーが指を立てたアレだ。シンボリルドルフがクラシック三冠の時にやっていたパフォーマンス。
アレは本来、カイザーがカッコいいから真似ただけ。しかしメディアはそう捉えなかった。
(ハレヒノカイザー、秋シニア三冠宣言! だもんなぁ。これはメディアが全部悪いわけではないが、俺の言い訳なんて聞きやしねぇ)
何を言おうと暖簾に腕押し。全く意味がなかったし、結局アレは秋シニア三冠宣言として受け取られてしまった。これで負けようもんなら俺がなんか言われるんだろうなぁ。あはは。
有名人が苦言を呈する理由を身をもって理解したわ。むしろ良くキレ散らかしたりしないな。アンガーマネジメントが完璧なのだろうか。
「カイザーさんと言えばやはり三冠宣言! ディープインパクトが相手でも負けるつもりはない、そう捉えても大丈夫でしょうか!?」
「う~ん、とはいってもプイちゃんも強いからね。一筋縄じゃいかないかな。それに、プイちゃんを警戒しすぎたら他の子に負けちゃうかもだし、一筋縄じゃいかないね、うん」
カイザーは本当にね。いつもと変わらない受け答え、普段の彼女からは想像ができない完璧な受け答えだ。ライバルはディープインパクトだけではない、意識を割きすぎたら他に負けると念頭に置いている。
それに加えて。
「でも、それでも勝っちゃうよ~? 私のファンが応援してくれるからね、頑張っちゃう!」
「う~ん、素敵な笑顔ありがとうございます! 今日も可愛いですね~」
「むふふ~。もっと褒めてくれてもいいんだよ?」
この愛嬌だ。他人を立てつつも自分のアピールを忘れずに。謙遜だけではなく、確かな自信を誇示して嫌味を感じさせない。まさかのインタビューも完璧である。
これもあってか、カイザーはメディア相手でも好印象を残している。なんなら嫌いな相手でもグイグイ詰めてくるからな。
(嫌味なメディアもいるにはいた。だが、カイザーにインタビューしたらファンになって帰っていったな)
ねちねちチクチクとカイザーに質問していたが、カイザーは全ての質問に笑顔で答える。しかも、嫌味な質問にも気を悪くすることなく、だ。なんだコイツは、聖人か?
結果、カイザーの笑顔で浄化される人が多数。今では立派なカイザーファンである。今日も元気にトゥインクル・シリーズの記事を書いていることだろう。
余談だが、このインタビューは基本カイザーへのものだ。俺に対する質問は少ない。なので、インタビューには特に関係ないことを考える余裕がある。
(俺は本当にいるだけ。ま~そのうち質問されるから、その時に適当に答えておけばいいや)
「それではハレヒノカイザーさん、最後にトレーナーと一緒に笑顔の写真を撮りましょう」
「はーい!」
なお、唐突にカイザーから腕を組まれたことで思考を現実に引き戻される。なんだお前は唐突に。
「ほらトレーナー、写真撮ろ写真! ピースピース!」
「分かった、分かったから腕を組むのは止めなさい。距離感が近いのよ君は」
「そうなの? クラちゃんとかプイちゃんとはよくこうしてるけど」
「その2人にはどんどんやりなさい」
年上の男相手にやるのと、同じ学生相手にやるのとでは需要が違う。どう考えても後者の方が需要がある。なんなら俺が見たい。
写真を撮ったら終わり、なんてことはなく。
「それでは、次は榊トレーナーへの質問です」
「あ、はい。どうぞ」
当然俺へのインタビューが控えていました。そりゃカイザーが終わっただけだからな。俺にもあるわそりゃ。
「ずばり、今回の有馬記念で一番注意している陣営はどこでしょうか?」
「ある意味では予想通りかもしれませんが、ディープインパクトですね。トレーナーも学園トップの人ですし、ディープインパクトの実力も相当なもの。やはり最優先で警戒しています」
「おぉ、やはりディープインパクトですか! 強いですものね、彼女!」
露骨にテンションが上がる記者さん。ライバル関係を売りに出したいのかね、知らんけど。
ただ、ディープインパクトだけじゃない。もう一人いる。
「同じくらい警戒している相手がいます。それが、ハーツクライです」
「ハーツクライ、ですか。直近の成績は天皇賞・秋が7着、ジャパンカップが4着ですが、なにか気になるところがあるのでしょうか?」
「えぇ。ジャパンカップでいつもの戦法を変えて挑んできてました。おそらくですが、カイザーに向けた対策を練っていると思われます」
ハーツクライ。こちらも警戒しなければならない。何を仕掛けてくるのか、全く予想がつかないのだから。
俺に対するインタビューも中々の密度。とにかく、全員をライバルとして見ていますマインドを前面に押し出して、当たり障りのない回答に終始した。
「と、こんな感じでしょうか」
「ありがとうございます! 現在一番勢いのある、新進気鋭の新人トレーナーですからね。担当はどちらも無敗、しかもG1を複数勝利! 話題性もばっちりです!」
「ありがたい限りですね。これからも驕ることなく、先輩達に並べるよう頑張っていきたいと思います」
新進気鋭、と言われて悪い気はしない。しかも、若手ではトップらしいですよ俺。フハハ、最高の気分だ。表には絶対に出さないけど。
「恐縮です。みなさんの応援が励みになりますので」
これで俺達のインタビューは終わり。さて、この後はトレーニングじゃい。
「さて、カイザー。練習しに行くぞ。後日放送されるらしいから、気になるなら見てみるといい」
「はーい。楽しみだな~、いつ放送されるかな~?」
スキップを踏むカイザー。今日も担当は楽しそうです。
◇
後日、練習終わりのある日。【有馬記念特番!あなたの私の本命ウマ娘は!】と銘打たれたテレビの放送が始まった。言わずもがな、この前インタビューされた奴の本放送である。
俺は勿論視聴、なのだが。
「なんでカイザーもクラフトもいるの? 寮で見た方がいいんじゃないのか? みんないるし」
「え~? どこで見ても変わらないし、別にいいかなって」
「寮だとカイザーさんと見れないですから。わたしとカイザーさん、寮が違いますし」
そういやそうだった。クラフトは栗東、カイザーは美浦だったな。ならいいか。いや、本当にいいのか?
放送で俺達の番が来るとカイザーが大はしゃぎしている。
「ほらクラちゃん、私私! ふっふ~ん、この地上波デビューでさらにファンが増えるね」
「み、見えてますよカイザーさん。それに、カイザーさんは何度もテレビに出ているじゃないですか、もう」
「まぁまぁ、それだけ嬉しいってことだろ。何度経験しても、嬉しいものは嬉しいもんだ」
この天真爛漫さですよ。カイザーの癒されるところ。本当にね、いい子なんですわ。
順番が進んで、ハーツクライの番がやってきた。やってきたのだが、気迫が凄い。テレビ越しでもオーラが伝わってきそうなほどだ。
《まもなく有馬記念。全員を警戒していると思われますが、一番警戒しているのはどのウマ娘でしょうか?》
《ハレヒノカイザーです。先の2戦、宝塚記念を含めて3戦、彼女にいいようにやられているので。ディープインパクトよりも彼女を最優先で警戒しています》
《おぉ~》
しかも、直々に指名されたと来た。カイザーは、ニコニコ笑顔である。
「ハーツさん気合入ってるな~。これは、次のレースも楽しみだな」
うん、いつもと変わらんね君。安心したよ。
ハーツクライの気合の入りようは凄まじい。インタビュアーのお姉さんもたじたじしている。
《え、え~っと、かなり気合が入っていますね! それはやはり、今度こそはという思いが強いからですか?》
《そうだ。あと一歩、あと一歩と言われ続け、これまで何度もG1の栄光がこの手からすり抜けていった。あの屈辱は、何度味わっても慣れるものではない》
鋭い目。睨まれているわけじゃないのに、自然と委縮してしまう。ハーツクライの纏う雰囲気は、すでにレースのモノと遜色がない。
手を力強く握りしめ、決意を固めている。ゆるぎない信念をもって答えた。
《今度こそは、勝利してみせる。誰に何と言われようが関係ない。俺の走りで、衝撃の英雄も、太陽の皇帝すらも超えてみせる。これは、俺の証明だ》
めっちゃ気合入ってますやん。修羅だよ修羅。眼光も相まって、対戦する時が怖いわ。
てか、さりげなくカイザーのことを太陽の皇帝って称しているのか。これがカイザーの二つ名なのだろうか?
「最近言われ始めてきたらしいですよ。会長さんの後継者で、太陽のように明るく笑顔でレースをするから、太陽の皇帝らしいです。後はハレヒノの晴れにかけてるんだとか」
説明してくれるクラフト。そうなのか、初めて知ったよそんなこと。
二つ名がつくと、こう、なんか嬉しいな。しかも太陽の皇帝って結構いい感じじゃないか? これにはカイザーもご満悦の表情。
ハーツクライが終わって、今度はディープインパクトの番がやってきた。やってきた、のだが。
「んん?」
「どうかしましたか? トレーナーさん」
クラフトの心配する声が聞こえてきたが、ちょっと気になることがある。ディープインパクトの調子が、前見た時よりも落ちているような気がするのだ。
前回トレーニング場で見かけた時は絶好調だった。それこそ、1週間前とかそれくらいの話。なのに今は、好調まで落ちている。
(インタビューは普通に受け答えしているが、なんというか)
「いや、ディープインパクトの調子が悪そうに見えてな。なんつーか、調子を落としている、というか」
「え? わたしはそんな風に見えませんけど」
「私も。プイちゃんはいつも通りじゃない?」
まぁ、絶好調と好調でさして変わらないってのもあるだろうが、判断は難しいだろう。チートで調子も見れるからこそ、かもしれん。
それにしたって、ディープインパクトは気負いすぎのような気がする。
《ついにハレヒノカイザーさんと戦えますから。この時を、ずっと楽しみにしていました》
《そうなんですね。やはり彼女は大切なライバル、と!》
《そうなんです! 学園でも凄く綺麗な走りをする子で、気づいたら目で追いかけちゃってて》
随分とおいおいおいだったりあら~なエピソードを語っているが、それ以上になんていうか。
(カイザーと走るのが楽しみすぎて、遠足前みたいな気分になってる? なんつーか、楽しみすぎて興奮が収まらない、みたいな)
いやいやまさか。そんなことがあり得るのか。まさか、楽しみすぎて夜眠れないタイプだったりするのか? ディープインパクト。
そもそも、ディープインパクトがゲート苦手な理由が、入れ込みすぎる性格のせいって言われてるしな。他のトレーナー陣がそう判断していた。
もしかしたら、あるのか? 本当に。そんなことが。
「わ、分からん。とりあえず、どうなるんだ本当に」
「ねー、プイちゃん強いもんねー」
「ディープさんは強いですからね。強敵ですっ」
心配している部分がズレているが、そんなことが気にならないほどにディープインパクトが心配だった。これ以上調子を落とさないといいんだが。