担当はハイスペックウマ娘   作:カニ漁船

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冬のグランプリ開幕

 レースまでの間は結構天気が崩れていた。それこそ、最終追い切りに影響が出るレベルには。

 

「今日もすげぇ雪だなおい。早めに追い切り済ませといてよかったわ本当に」

「こう積もると、トレーニング場のバ場も荒れ放題だ。満足な調整はできないだろう」

 

 スピードシンボリの言葉。同じウマ娘だからこそ分かる、今は調整ができない期間であると。この雪も本番までには溶けてくれると嬉しいんだが。

 

 俺達の方は問題ない。最終追い切りはもう済ませてあるから、後は本番に備えて調子を整えるだけだ。

 問題は、俺達以外。とりわけ、ディープインパクトである。

 

(今日追い切りつって、さっきも走っているところを見たが、ありゃキツいな)

「普段使っているコースが使えず、代わりに走ったダートも水をかなり吸ってましたからね。走るのも苦労しますよアレは」

「ディープインパクトのことかい? う~ん、今から追い切りをするのであれば、確かに厳しいかもしれないな」

 

 追い切りの調整ミス。天候が絡んだから仕方ないとはいえ、これはあまりにも痛いだろう。予報も絶対というわけじゃないし、そもそも決めていた予定を覆すのはコンディションにも影響が出る。どちらの方が良かったかは、難しい問題だ。

 

(ちょっと眺めた時、ディープインパクトの調子がさらに下がっていた。こりゃ、万全の状態で出走するのは難しそうだな)

 

 少し残念である。ま、カイザーは特に気にしないだろうが。元々走れればそれでいい質だし。

 

「それでも、文乃先輩が上手いこと調整するでしょう。あの人はスーパークリークやサイレンススズカを育てたトレーナーですし」

「あぁ。彼女も学園のトップトレーナーだからね。ディープインパクトも、上手く調整するかもしれない」

 

 その辺はもう文乃先輩に任せるしかない。俺ができることなんてないし、そもそも敵同士だ。介入したら大問題である。

 

 

 立ち込める暗雲。結局この日の雪が最後であり、有記念本番までは晴れが続いた。

 

 

 

 

 

 

 迎えた本番。控室で軽い打ち合わせをし、パドックでの軽い観察をした後、レース場の場所取りへ。今回はかなりのファンが押し寄せてるし、どこもかしこも人だらけで大変だわ。

 

「は、はぐれちゃうところでした」

「煕煕攘攘*1、だな。誰も彼もが、今回のレースを楽しみにしている」

「そりゃそうだよカイチョー。秋シニア三冠に王手をかけているカイザーと、無敗の三冠ウマ娘ディープインパクトの対決なんだから」

「こうなるのもまた、至極当然ということだな」

 

 スピードシンボリの言うように、この混雑はある程度予見できていた。なんせ、URAが入場規制の予報を発表したぐらいだからな。今回の有記念は、それだけ注目されている。

 

 注目されているのはトウカイテイオーの言った通り。クラシック世代で台頭しているカイザーとディープの2人だ。2人なんだが。

 

「ディープの調子、悪そうでしたね。少なくとも、好調ではなさそうです」

「榊トレーナーも気づきましたか。どうも、彼女は調子を落としているように見えました」

「仕方ないところはあるだろう。先週はずっと雪続きで満足な調整もできなかったからな」

 

 全員が同じ感想を抱いたようで、今回のディープインパクトは調子を落としている。今もウォーミングアップをしているが、若干疲労が見え隠れしていた。調整失敗したな、アレ。

 

 対して、カイザーは絶好調と言っていいだろう。いや、アイツが調子を落としたところなんて見たことないけど。常時超絶好調みたいなもんだし。やる気ダウンイベントなんて存在するのだろうか、カイザーは。

 他のメンバーは、調子を落としている子が多い。やっぱり、満足な調整ができなかったのが響いているんだろうな。雪が続いた影響だろう。

 

(ただ、ハーツクライだ。アイツだけは、かなりの覇気を纏っている)

 

 ここからでも分かるくらい気合が入っている。油断してたら一気に差し切られそうな雰囲気だ。周りも彼女の圧を感じ取っているのか、周囲には誰もいない。

 それほどまでに思いが強いのだろう。このレースにかける熱が。

 

 

 ウォーミングアップを終え、ウマ娘達はゲートへ。カイザーは真ん中寄りの枠番だ。

 

「カイザーは枠番にも恵まれたね。大外じゃなくて良かったよ」

「そうだな、テイオー。有の大外枠はかなりの不利を背負う。運にも恵まれた」

 

 シンボリルドルフの言うように、有記念は枠番も重要だ。大外枠、とりわけ16番枠は勝ったことがない死の枠番だとか。コースの影響もあるだろうが、大外枠はそれだけ不利なのである。

 カイザーは真ん中の枠番。ハーツクライの隣だ。

 

《いよいよ始まります、冬のグランプリ有記念。中山レース場芝2500m、崩れた1週間の天気からは信じられない晴れ模様、良バ場での開催となります。晴れてよかったですね》

《えぇ、そうですね。雪の積もったバ場はそれだけで体力を消耗しますから。天気に恵まれましたよ》

《各ウマ娘が順調に枠入りを済ませます。1番人気はやはりこのウマ娘か、3枠6番のディープインパクト。無敗の三冠ウマ娘、英雄と呼ばれる彼女の活躍を一目見ようと、中山レース場には16万を超えるファンが詰め寄りました! 今日はどんな衝撃を残すのか、期待したいところです》

 

 1番人気もディープインパクトに譲った、か。別にいいし、悔しくなんてないし。

 

「なんか榊トレーナー不機嫌そうじゃない? ボクの気のせい?」

「カイザーさんが1番人気じゃないのが悔しいんだと思います」

 

 そんなことは断じてないぞクラフト。うん、違う違う。

 

《続いて差がない2番人気は5枠9番のハレヒノカイザー。秋シニア三冠に王手をかけている彼女、ディープインパクトと同じ世代の顔役! いつものニコニコ笑顔から繰り出される冷徹なレース運びは、この中山でも披露されるのか!》

《オーソドックスなルドルフ戦法、それをさらに発展させたカイザースタイル。私イチ押しのウマ娘ですよ》

《3番人気はゼンノロブロイと続きます。今年のクラシック世代に負けてばかりはいられない、先輩の意地を見せる時だ! そう意気込んでいました。秋シニア三冠の先輩として意地を見せたいところです》

 

 最後のウマ娘がゲートに入る。レース場が、完全な静寂に包まれた。

 誰もが口をつぐみ、発走の時を待ちわびる。誰が飛び出してくるか、いや、ハレヒノカイザーが飛び出すに決まっている。そんな風に考えていることだろう。

 

 静寂を切り裂くようにゲートが開いた、のと同時。観客席がどよめく。驚きに包まれ、そんなバカなと誰かが口にする。

 

《最後のウマ娘がゲートに入りました。冬のグランプリ、果たしてどんなドラマが生まれるのか? 無敗の衝撃か、新世代の秋シニア三冠か? 今、天下分け目の有記念がスター、ットォ!?》

《おっと、これはっ! あまりにも予想外すぎる展開!》

「うえぇ!? う、嘘でしょ!?」

 

 トウカイテイオーの驚くような声が耳に入る。いや、俺自身もかなりびっくりしている。てか、口に出さないだけで全員が驚愕しているだろう。

 

 飛び出したのはカイザー。これは変わらない。いつものようにロケットスタートを披露して、一気に先頭を奪いに行く。

 しかし、カイザーだけじゃない。カイザーと一緒に、飛び出したウマ娘がいる。

 

《ハレヒノカイザーのロケットスタート! それに続くように、なんとなんとハーツクライもロケットスタートを披露した! これはハーツクライのロケットスタートォ! なんてことだ、お前だけの専売特許ではないと、ハーツクライも果敢に飛び出していく! ハレヒノカイザーとハーツクライのハナの取り合いだぁ!》

 

 ハーツクライ。カイザーを一番警戒している、とインタビューで答えたウマ娘が、カイザーと競り合おうとしていた。

 

 

 まさか過ぎる。ハーツクライもあの技術を習得したのか?

 

(……いや、その線は限りなく薄い。あのロケットスタート自体、カイザーのセンスがあってのものだ。努力でどうにかできるようなものじゃない)

 

 それに、ハーツクライは今まで使ってこなかった。今回初めて実戦投入しただけもしれないが、これまでのレースで兆候が見えなければおかしい。ぶっつけ本番で挑んだなんてことは、カイザーでもなければやらないはずだ。

 だとすれば、そこには必ず何かがあるはず。カイザーのようなスタートを可能にしたからくりが。なぜこんなにも上手くハマったのか。

 考える。どうしてハーツクライのスタート技術が格段に向上したのか? ゲート訓練をたくさん積んだのか? これまでの条件と違うところは? 今までと何が違う? 必死に思考を巡らせた。

 

 いろいろと考え、ゲートのことを改めて考えた時、ふと腑に落ちる答えを見つけた。

 

「なるほどな、枠番ってことか」

「え、どういうことですか?」

 

 クラフトの疑問の声。彼女に、ロケットスタートのからくりを説明する。

 

「カイザーのロケットスタートは、開くのと同時にスタートする技術だ。ただ、それには一つやっておかなきゃいけないことがある」

「やっておかなきゃいけないこと、ですか?」

「そう。ゲートから飛び出す構えだ。ゲートが開くよりも前に、身体を動かしておく必要がある」

 

 分かりやすい例でいえばフライングスタートみたいなものか。普通の人よりも早く身体を動かすことで、ロケットスタートを可能にしている。誰よりも先に飛び出し、ハナを取ることができるんだ。

 ハーツクライはそこを突いた。カイザーは必ず、他のウマ娘よりも早く身体を動かす。そこに目をつけた。

 

「ハーツクライが見ていたのはゲートの動きじゃない、カイザーの動きだ。カイザーの動きを見て、自分も動けるようにしたんだろうよ」

「ッ! そういう、ことか。それならば、疑似的なロケットスタートも可能になるだろう」

 

 カイザーはスタートをミスらない。これまでのレースで、一度たりともスタートをミスっていないことからも分かる。ロケットスタートでさえも、ミスをしたことはない。

 言い換えればそれは、カイザーを見ていればある程度ゲートの開くタイミングが分かる、ということだ。カイザーが動く瞬間に合わせて自分も動けば、疑似的なロケットスタートが可能となる。

 だとしても、本当にやるか? と言われたら微妙なところだ。なんせ、ゲートではなく隣にいるやつを見ていることになるのだから。

 

 それだけじゃない。もう一つ、必要不可欠な要素がある。

 

「枠番に救われた、ってのもあるよね? いくらカイザーのスタートを見ると言っても、枠が離れたら使えないし」

 

 トウカイテイオーの言うように、これはカイザーが隣にいたからこそできることだ。もし枠番が離れていたら、ロケットスタートは成功していなかっただろう。目印となるカイザーがいないのだから。

 だが、2人は隣同士だった。その結果、カイザーに続いてハーツクライも飛び出してきた。他のウマ娘を焦らせるほどに。

 これが、彼女のロケットスタートのからくり。なんともまぁ、とんでもないことを考えるものである。

 

(カイザーも、まさかスタートの動き出しを見ているとは思わないだろう。スタートでフェイントをかけるわけにもいかないし、そんなことをしたら自滅の可能性が高いからな)

「だとしても、本当にやるかね? 普通。カイザーのスタートを信頼しすぎだぜ、ったく」

 

 これはカイザーへの信頼が成り立ってこそ、だ。絶対にミスをしない、だからこそハーツクライはこの択を取ることができた。恐ろしいわ本当。

 後ろに目を向けると、ダイタクヘリオスが頭から煙を出していた。あぁ、うん。そんな反応するとは思っていたよ。

 

「とりま、ハレぽんもクラらんもガチめにヤバすぎテンあげってことでおけ?」

「そういうことでおけだ」

「適当に答えているだろう、君」

 

 ダイタクヘリオスの言葉に返事をするが、スピードシンボリからジト目で見られた。そんなことないよ。

 

 

 飛び出したカイザーとハーツクライ。差がないスタートを切った、と思うかもしれないが。

 

《第4コーナーを回ります、先頭を取っているのはハレヒノカイザー、ハレヒノカイザーだ。半バ身から1バ身程でしょうか? 2番手にはハーツクライ、慌てて追いかけるタップダンスシチー。ハレヒノカイザーはともかく、ハーツクライは予想外だったか》

《いやぁ、これは焦りますよね。ハレヒノカイザーはともかく、ハーツクライはまさか!? のスタートですから》

《ディープインパクトは出遅れました最後方。豪快な追込は今日も見ることができるか、ディープインパクトは早々に最後方を選択した》

 

 カイザーが先頭を取っている。これも当然のことだが。

 

「でも、ハーツさんはカイザーさんと差をつけられていますね。同じロケットスタートなのに」

 

 クラフトの疑問の声。説明の続きをする。

 

「それもまぁ当然だ。あくまでハーツクライはカイザーのスタートを見てから動いてんだからな。いくら同じでも、天然ものには勝てんよ」

 

 見てから動くのと、自分の判断で動くの。どちらが早いかと言われたら当然後者だ。だって標となるものがなくても動けるのだから。見てから動くのでは、どうしても数瞬遅れてしまう。

 この説明でクラフトは納得したようで、アホ毛がビビッ、と動いた。前々から思ってたけど、感情表現多彩ねそのアホ毛。

 

「……あぁ! 先に動いてるのはカイザーさんですもんね!」

「そういうこと。後はそうだな、純粋にカイザーの加速力が群を抜いている。アイツの加速には勝てん」

 

 カイザーのスタートは、あらゆるものが複合して無敵のスタートになっている。そう簡単には攻略できんよ。

 

 

 だとしても、周りをかく乱するのには十分、か。それに、位置的にもちょうどいい。

 

(カイザー以外に焦りが見える。波乱の幕開けだな)

 

 予想外の始まりを迎える有記念。ハーツクライは、カイザーの1バ身後ろをキープし続けていた。

*1
ききじょうじょう。人が多くて活気のある様子。




OVAを見た感じ、隣の子を見ることはできそうなので。ゲートの見た目的にも可能かな、と。実際にやるかと言われたらやらないと思いますが。
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