やってきましたところは新潟レース場。今日も晴れ模様の良い天気である。
どうして新潟レース場にやってきているのかというと。
《新潟レース場メイクデビューの日が来ました。芝1200m、バ場の状態は良バ場の発表。初々しい10人のウマ娘が出走の時を今か今かと待ちわびています》
ハレヒノカイザーのメイクデビューだからである。ついにこの日がやってきたぜ。
担当ウマ娘をもって初めてのメイクデビュー、恥ずかしながら緊張している。
「あ、カイザーいた! 頑張れよカイザー!」
「カイザーさーん、頑張ってくださーい!」
こっちに気づいて手を振ってくれた。可愛い。
ちなみに、隣にはラインクラフトもいる。あの後、しっかりと書類を書いてもらって俺が担当することになった。
なんつーか、今更だけど。
「なんで新人の俺なんかに? そんだけカイザーと同じチームが良かったの?」
「え!? え、えっと、その」
いかん、なんかあわあわしている。そんなつもりはなかったというのに。
「悪い、別に悪い意味で言ったわけじゃないんだ。ただ、俺の立場的に一番あり得るのがカイザーがいるから、ってことだからさ」
「い、いえ。ちょっと不純かな~って、わたしも思っていたので……ご迷惑、でしたか?」
「いや、全然。本人が俺でもいいって言ったのと、カイザーも嫌がってないから特に問題はない。聞いてみたかっただけだ」
やっぱりというか、俺のチームに入ったのはカイザーがいるからとのこと。てっきりアスケラに入ると思っていたからびっくりしたぜ。
それよりも、ラインクラフトがここまで想う相手ってことは。
(これはフラグがビンビンというやつではなかろうか)
ラインクラフトと深い仲であることが容易に想像できる。仲が良きことは美しきかな、これからも育んでほしいものである。見ているだけで目の保養になるからな。
さて、肝心の出走ウマ娘はというと。
「ぶっちゃけカイザーが負ける要素はないな。やらかさなければ勝てる」
「確かに、カイザーさん1番人気ですもんね」
ラインクラフト、クラフトの言う通りカイザーは1番人気だ。まぁシンボリルドルフが気に入っている後輩ウマ娘、というだけでもネームバリューがヤバいのだから当然か。
他の子もめぼしいのはおらず。育成ウマ娘も出走してきていないようだ。
(たまにシナリオで野良の子が混じることがあるけど、どういう扱いになるんだろうな、アレ)
トウカイテイオーのシナリオに出現するウオッカ、ドリームジャーニーみたいな。たまにランダムでポップする現象はこちらでも起きるのか。普通に考えて起きないだろうけど。
それはともかく、ゲート入りも始まってもうすぐだ。心臓がバクバク鳴っている。
(勝つ分には問題ないが、どうか)
《今、最後のウマ娘がゲートに入りました。注目は5番のハレヒノカイザー、果たしてどのようなレースを見せてくれるのか?》
レース場を支配する静寂。静かな空気を切り裂いて、ゲートの開く音が聞こえたような気がした。
瞬間、飛び出すウマ娘達。先ほどの空気から一転、大地を蹴り上げる音がこっちにも聞こえてきそうなほどの衝撃が襲う。
(やっぱウマ娘のレースはすげぇ! 生だとこんなにも迫力がある!)
何度も見たことがあるけど何度見てもいい。それだけ、この景色は格別だ。
肝心のカイザーはというと、出遅れていないようだ。良いスタートダッシュを切れたようでほっと一安心。
《3番と7番が少し出遅れたか、それ以外はそろって綺麗なスタート。抜群のスタートでハナを取りますハレヒノカイザー、しかし外から10番が凄い勢いで上がってきた。ハナを取りに行く10番、無理にはいかない5番のハレヒノカイザーは控えます。先頭を走るのは10番です》
無理に先頭を奪う10番。あの子は逃げウマ娘だったな。だとしたら、なんとしてもハナを取りたかっただろう。
「カイザーさんいけいけー!」
カイザーを応援しているクラフトが微笑ましくて可愛い。浄化される。
いやはや、それにしても。
(さっきから動悸が止まらない。心臓がバクバクしっぱなしだ)
いつものレースとほとんど変わらない。変わったことと言えば、担当のカイザーが走っていることだけ。
なのにどうして、俺はこんなにもドキドキしているんだ。
「……」
気づけば目の前のレースにかじりついている。カイザーは、2番手の好位置をキープしていた。
カイザーの走りはオーソドックス。基本に忠実な、好位追走の先行策だ。シンボリルドルフが教えたのもあってか完成度が高い。
いや、高いなんてもんじゃないな。完成されすぎている。およそ今日が初出走のウマ娘とは思えないほど。
(他の子が可哀想になるくらい、あまりにも隔絶とした差を感じさせる。これがカイザーっ!)
観客の目には普通に走っているように見えるだろう。王道の走りを貫いている、ただそれだけなのだから。
ただ、見る人が見れば凄いことが分かる。メイクデビューという大事な初戦で、心が揺れ動いていない。
《2番手をキープする1番人気ハレヒノカイザー、第3コーナーを回ります。依然として10番が逃げる、バ群は密集しています。先頭から最後尾まで10から11バ身以内に収まっているか》
普通最初のレースってのは緊張するもんだ。いつもの自分の走りができないし、どうすればいいのか戸惑うのも無理はない。
対処法もレースに慣れるしかない。数をこなして平常心で挑む心を身につけるしか対策できないのである。
なのにカイザーはどうか。
「普段の通りの走りを普段通りに発揮する。どちらかと言えば、楽さすら感じるなありゃ……っ!」
「王道の先行策、これも狙い通りですよね? トレーナーさん」
「あぁ、クラフト。100点どころか120点の出来だ」
なんの問題もない。バ群に揉まれても気にした素振りもしない、掛かるアクションもない。相手に惑わされていない。どっしりと構えて見られるレース、それが今のカイザーだ。
レースは第4コーナー。展開はめまぐるしく動いており、10番が1バ身の差をつけて逃げる中、先行勢は10番を必死に追いかけている。
肝心のカイザーはというと、現在は5番手ぐらいに順位を落としていた。ただ、ペースはなにも変わっていない。周りが早くなっているだけだ。
《第4コーナーから最後の直線へ向かいます。新潟の直線を迎える各ウマ娘、先頭は10番だ10番だ。最初は出遅れた3番もこの位置につけている、ただその代償は大きいぞ》
《ここまでの道中かなり無茶をしていましたからね。スタミナはもつかどうか?》
《ハレヒノカイザーは現在5番手から6番手を追走、非常に落ち着いたペースで走っています。後には1番、最後尾は7番だ》
もうすぐ最後の直線が見えてくる。ウマ娘達は第4コーナーを膨らみながら進み、新潟の直線へと入ってきた。
その中でただ一人。ただ一人だけ最内の経済コースを走るウマ娘の姿が目に入る。
「あっ」
そう、俺の担当ウマ娘であるハレヒノカイザーだ。
見事、としか言いようのないコーナリング。思わず称賛の声が出そうなほどに美しく、勢いをつけすぎて外を回っている他の子との対比が凄いことになっている。
(あまりにも滑らかな移動だ。メイクデビューのウマ娘がしていい走りじゃない)
気づけば最前列へ。クラフトと一緒に一番前でカイザーのレースを目に焼き付ける。
最後の直線。ここまで来たら小細工なしの真っ向勝負。力と力のぶつかり合いになるのが定石だ。というか、それしかない。
だが、カイザーはそれすらもさせない。
《内側の経済コースを見事なコーナリングで駆け抜けてきたハレヒノカイザー、ハレヒノカイザーが先頭へと襲い掛かる! 10番の先頭はここで終わりだ、3番は早々に力尽きたか!?》
《他が外に膨らむ中で経済コースを走り抜けるこの胆力! 素晴らしいという他ないでしょう!》
《さぁ残り200でハレヒノカイザーが先頭に変わった変わった! ハレヒノカイザーが先頭だ!》
あまりにも鮮やかに、嫉妬するほど華麗に先頭へ立った。
そこからはもうカイザーの独壇場だ。1バ身のリードを保ったまま駆け抜ける。
まだまだ余力を感じさせる走り、本気はこんなものじゃないぞと、まだ底があるぞと感じさせる。
けれど、俺はそんなことが気にならないほどに熱中していた。
(いつものレースと変わらないはずだ。なのに、どうしてこんなにも)
「俺は釘付けになってる……?」
あぁ、ダメだな。本当はもっとどっしりと構えてみるつもりだったのに。というか、レース展開的にはどっしり構えても許されるレースなのに。
気づいたら前にいた。最前列でその姿を見たいと思ってしまった。彼女の走る姿を、もっと間近で感じたいと思ってしまった。
なるほど、これが。
(担当がレースを走る、ってことかっ!)
ぶっちゃけ舐めてた。いつもとそんな変わんないでしょ、とかふざけたことを思っていた。
全然そんなことはない。現に俺はずっと目が離せないし、心臓がどきどきしまくっててヤバい。
余すことなく見つめていたい。担当の雄姿を、走りをもっと見たいと感じさせる。笑みを浮かべながら走っている彼女を、ずっと応援したいと思っている。
はは、はは。やべぇなこれは。
「担当ってだけで、ここまで世界が変わるのかよっ」
そりゃ脳を焼かれる人も多いわ。病みつきになるのも仕方ないわこれは。
番狂わせは起きない。カイザーはリードを保ったまま走り抜ける。
《ハレヒノカイザー、ハレヒノカイザーだ。新潟のメイクデビューを制したのはハレヒノカイザーだ! ハレヒノカイザーが1着、見事なレース運びで制しました! 盤石な走り、あまりにも強固な先行策! これが本当にメイクデビューのウマ娘なのでしょうか!》
《いや~、凄いですねぇ。あそこまで冷静に走れるのはお見事という他ないですよ》
《スターの原石はここから生まれる、どんなスターもこの道を通ってきた。メイクデビューを制し、トップスターへの挑戦権を得たのはハレヒノカイザーだ!》
こうしてハレヒノカイザーは、いとも簡単にメイクデビューを勝った。
いざレースを思い返すとあまりの盤石っぷりに乾いた笑いが出てくるレベルだ。
スタートダッシュは抜群。真っ先に飛び出して先頭に立つ。これはおそらく、逃げウマ娘である10番のことが意識にあったからだろう。彼女を掛からせるために、一度先頭を奪った。
目論見通りに10番は無理やりハナを取る。それを確認するとカイザーは潔く下がった。バ群に飲まれることも厭わずに。
(終始自分のペースを崩さなかったのはカイザーだけ。他の子は大なり小なり崩れていた)
もっとも顕著に出たのは第4コーナー。他の子は勢いをつけすぎた影響で外に膨らんでいたが、カイザーだけは最内を進んでいた。ペースを逸脱していない証拠だ。
後は流れ作業。先頭を奪い、リードを保って走るだけ。言うのは簡単だがやるのは難しい。それをいとも簡単にやってのけた。
無事にメイクデビューを勝利。これで、他のレースに出走することが可能になる。
(三冠を取れる器、海外レースを勝てるウマ娘。過言じゃねぇよ本当に)
ただ、俺にとってはそれよりも大事なことがある。
それは。
「うおおおぉぉぉ! カイザー最高、カイザー最高! お前がナンバーワンだぁぁぁ!」
「カイザーさん、かっこよかったです!」
やっぱすげぇよカイザーは。見ましたかみなさん、カイザーの走りを。
いつもと変わらない調子、普段通りのことを普段通り実行する。たったそれだけのことがどれほど難しいか。
いやはや、カイザーは凄い、カイザーは強い。
「カイザーしか勝たん! カイザーさいこー!」
「おっ、ハレぽんのトレさん話めっちゃ分かんね! マジそれそれのそれな! ハレぽんさいこ~!」
「あ、ヘリオスさんだー!」
いつの間にかいたダイタクヘリオスと一緒にカイザーを褒めちぎっていた。いや、カイザー最高だねこりゃ。
ディープインパクトなんか目じゃねぇ。ウチのカイザーの方が強いんだが。
「カーイーザー! カーイーザー!」
「なんか一人でコールしてるのがいる……」
「ハレヒノカイザーのトレーナー、個性派だな。やっぱ中央か」
ハレヒノカイザー最高! ハレヒノカイザー最高!
こうしてハレヒノカイザーは無事にメイクデビューを勝った。次のレースも考えなきゃな。
(ジュニア級の大目標はホープフルか朝日杯で迷うな。どっちも適性Aだから、どっちに出走しても問題なく勝てそうだし)
ま、それよりも今はカイザーのことっしょ。
「カイザー、今日はお祝いだ! いっぱい食え! 安めの焼肉だけど」
「いいの!? わーい、やったー!」
満面の笑顔でお肉を食べるカイザー。この笑顔のためなら俺のお金なんて惜しくない。
しかし、不安げな表情でクラフトが耳打ちしてくる。どしたん。
「あ、あの。大丈夫ですか? トレーナーさん。カイザーさんって結構食べますよ?」
あぁ、確かにウマ娘ってたくさん食うよな。だけど問題ナッシング。これでも高給取りなものでね。
「心配すんな。ウマ娘2人分の食事くらいわけねぇよ。お金の心配はない!」
「それならいいですけど……」
「それよりクラフトも食べろ食べろ! 今度はクラフトのメイクデビューだからな!」
祝勝会と称して焼肉を満喫した俺達である。
なお、カイザーがあまりにも食べ過ぎたせいであわや出禁になるところだった。お前オグリとかスぺ並みに食うやんけ。俺の給料数ヶ月分が吹っ飛んだわ。
「美味しかったねクラちゃん!」
「はい、とっても美味しかったです!」
けど、担当が幸せならOKです。