中山レース場は静まり返っていた。およそレースが決着したとは思えないほどの静寂だった。
「うぇーいうぇーい! やっぱハレぽんマジ神! あっこから差し返すとかありえんティー凄すぎ!」
「いやっほぉぉぉう! やっぱカイザーは最高だぜぇぇぇ!」
「マジそれな!」
なお、そんな空気だろうが構わず声を上げるやつらがいる。俺とダイタクヘリオスのことなんだけど。周りの空気とか知ったこっちゃないわ。推しが勝ったんだから。
つっても、静まり返っている理由なんて察しがついているが。
(劇的だったからなぁ。残り200mで4バ身はあった差を、一気に詰めて差し返したんだから)
もうダメだと思っていた、ハーツクライの勝ちだと思っていた。
そんなところにやってきたのが、我らがハレヒノカイザー。一気に加速し勝利をもぎ取った、半バ身差の劇的勝利である。てか秋天からずっと半バ身差ね。なんか運命的。
事態を飲み込むのに時間がかかっているのだろう。なんなら、周りにいるシンボリルドルフやトウカイテイオーも口を開けて固まっていた。勝利を信じていなかったわけじゃないだろうが、それでもハラハラしただろうからな。
ゴールラインを割ってから、どれだけの時間が過ぎただろうか。実況の困惑するような声が聞こえ始めた頃。
唐突に、パチパチと。拍手をする音が聞こえてきた。
「すげぇ」
誰がやったわけでもない。誰かがやったから自分も、というわけではない。気がついたら自然と、美しいものを見た時のように。身体が勝手に動いていたのだろう。拍手をしていた。
一人、また一人。拍手の波は会場中に広がっていき、やがて。
「すげぇぞぉぉぉ、ハレヒノカイザー!」
「いや、てかヤバすぎ! なんなん最後の末脚! あんなのあり!?」
「速すぎでしょハレヒノカイザー!」
中山レース場を埋め尽くすほどの歓声と喜びが、一気に場を支配した。口々にハレヒノカイザーを褒めたたえている。
いいや、それだけじゃない。
「てか、ハーツクライもヤバすぎじゃね? 最後までカイザー相手に一歩も退かんかったし!」
「つーか、ディープもやっぱとんでもねぇな! 気づいたら3着だぜ3着!」
「今回の有馬マジ神! 伝説のレースっしょこれ!」
ハーツクライもディープインパクトも、特に印象に残ったウマ娘達の名前を挙げて褒めている。今回のレースは凄かったと、みんな口を揃えている。う~ん、良い景色だ。
つっても、カイザーのやっていることがまぁ恐ろしいことよ。
「ハーツクライが徹底マークしていることに気づいて、いつも以上のハイペースでぶっ飛ばすとは。おかげさまで、最後の最後にスタミナがすっからかんになってたな」
「あぁ。道中息をつかせないレース運び、ハーツクライのスタミナを削り続けた。そこに加えて」
「
スピードシンボリの言うように、一番恐ろしいのはそこだ。カイザーは、ハーツクライの領域を第4コーナーで誘発させた。これによって、最後までスタミナを持たせなかったんだ。
領域ってのは膨大なスタミナを消費する。極限の集中状態だから当然だろう。
そこでカイザーのやったことが、第4コーナーでハーツクライに領域を使わせること。最後の直線を走り切るスタミナを、奪うことだ。
(道中どんだけ差をつけられようが、最後に勝てば問題ねぇ。事実、アイツは残りの距離で全てをひっくり返した)
最低限、追いつけないラインを超えるまでは後ろで控えてりゃいい。落ちてきた瞬間を狙って、一気に差し切る。それがカイザーの狙い。
ハーツクライは引っかかった。それも仕方がない。
「第4コーナーでぴったりと張りつかれていた。あんなことされたら、嫌でも意識しちまうからな」
「ピエェ……カイザーそこまで考えてんの?」
「おそらく、な。引き離さなきゃいけないのに、引き離せなかったから焦りが生まれる。焦って、パニックになって、そして」
「一周回って冷静になる、だろう?」
シンボリルドルフの言葉に頷く。焦っていると急に冷静になる時があるが、多分そんな感じだ。それが領域にどう繋がるかは分からん。固有スキルとかって条件発動だし。
「思考を単純化することで、領域へと到達した。ジャパンカップ時点で未到達だったが、彼女もまた、領域の扉を開いたわけだ」
ジャパンカップでは未到達だったんかい。確かにそんなオーラは感じなかったし、固有スキルみたいなところも封印されてたけど。
なんにせよ、カイザーはまたレースを支配していた。ハーツクライが握っていたかのように思えるが、実際に握っていたのはカイザーだった。恐ろしいやっちゃやでホンマ。
ハーツクライは強かった。おそらくだが、今回のカイザーはいつも以上に本気だった。なんとなく分かる。
「お、おい! カイザーが三本の指を立ててるぞ!」
「よーし、これで秋シニア三冠だカイザー! おめでとーう!」
今はもういつも通りに戻っているが。三本指を立てて、ご満悦そうにドヤ顔を披露している。うーん可愛い。
ただ、少しだけ疲労が見え隠れしている。レース後初かもしれんな、アイツが疲労を隠せなくなっているのは。
(間違いなく、ハーツとの戦いが激闘だった。加えて)
カイザーに拍手を送っているディープインパクトへと目を向ける。喜びとか悔しさとかなんかいろんな感情が入り混じった表情してんな。
そこはまぁいい。大方、カイザーとの勝負にベストで挑めなかったとか、そんなところだろう。あんまり勝ち負けに執着するタイプでもないだろうし。
「ディープインパクト、最後には追い上げてきてましたね。不調だってのによくやりますよ」
「そうだな。彼女の3着が一番予想外だった。一目でわかるほど調子を落としていたのに、だ」
不調でも1番人気なのが、彼女のスター性がなせるものだろう。てかこれもどうでもいいんだ。重要なことじゃない。
(んでアイツは不調で3着に滑り込めんだよ! どんだけイカれてんだ!? ハーツクライよりもはるかに恐ろしいわ!)
しかもただの3着じゃない。アイツは、最後の直線でハチャメチャに追い上げてきた。不調の奴がだぞ? どんだけ速いんだよアイツ。
さらには、ハーツクライとの差だ。2着と3着の差は半バ身。そう、半バ身なのだ。
「あんだけの差をどうやって詰めたんだよアイツ。あっちの方がよっぽど魔法だろ」
「あー、まー。プイプイもハレぽんも同じくらいヤバすぎMAXハートってことでヨロ?」
「よろよろ」
ダイタクヘリオスは頭から煙を出している。リアルで出すやついるんだな。
いろいろと考えは尽きないが、とにかく。
「カイザーが勝ったぜぇぇぇいやっふぅぅぅ!」
「ハレポンサイコー! ガチ神ー! ハレぽんしか勝たーん!」
カイザーが勝った。やったぜ。
◇
勝利者インタビュー。秋シニア三冠とか、劇的な勝ち方とか、ディープインパクトを下したこととかその他諸々。いろんなことがあったので超盛り上がっている。マイクを押し付けてくるな。
「無敗の秋シニア三冠! 今のお気持ちをどうぞ!」
「やったー」
「ディープインパクトを下しました! 世代の頂点に立ったと言えるでしょう!」
「そっすねー」
俺の受け答えも雑なものに。マイク押し付けられても平然と答えているカイザーは凄いと思う、本当に。
多少落ち着きを取り戻したところで、今回のレース結果をおさらいする質問が来た。
「レース前、ハーツクライを警戒していると仰いましたが、これがズバリと当たりましたね。これは?」
「繰り返しになりますが、ジャパンカップの件があったので。徹底マークされたら怖い、という意識がありました。そのおかげですね」
「警戒もあってか、最後には見事な差し切り勝ち! やはりカイザーさんは強いですね!」
当然よ。なんてったってカイザーよカイザー。見てください、この満足そうな表情を。渾身のドヤ顔ですよ。可愛すぎて国宝ですよこんなん。
進むインタビュー。そんな中出てきたのはこんな質問。
「他にも何かコメントをお願いできますか? 今回のレースで気になったこととか」
レースで気になったこと、か。これはもうアレしかないな。
「やっぱりディープインパクトが強かったですね。ハーツクライもそうでしたが、彼女もまた強いと再認識しました」
「ディープインパクトさん、ですか。ハーツクライの半バ身差3着ですものね」
「そうですね。しかも、それだけじゃないんですよ」
疑問の表情を浮かべる記者達。俺の言葉で、彼らの表情は一気に変わる。
「ディープインパクト、目に見えて不調だったじゃないですか? そんな状態でも3着に来れるのって、本当に恐ろしいですよ」
「……あっ! た、確かに!」
「調子落としてたよな、ディープインパクト」
レースのことで忘れていたのだろう。今回のディープインパクトは本調子でないことを。本調子でないにも関わらず、ハーツクライに迫っていたことを。
体調を整えるのもレースの内だ。本調子でなかったディープインパクトに非がある。
けれども、やっぱりアイツは強いのだと再認識できた。今後カイザーに立ちはだかり続ける、最大の壁になると。そう思わされるだけの結果だった。
「体調管理もレースの内と言えばそれまでですが、今回の結果は凄いの一言ですよ。やはり油断なりませんね、彼女は」
「あの調子で3着ですからね。これはやはり?」
「ディープインパクトもまた、強いウマ娘であったということです。これは出走する全員に言えることですが」
今後もなんとかしなければならない。同世代である以上、これから何度も戦うことになるのだから。頭を悩ませる原因は、特に変わりはないってことだ。
インタビューを終えて控室へ。早速だが、カイザーに聞きたいことがある。
「カイザー、脚の方は大丈夫か? 特に痛みはないか?」
「ん~、いつも以上に疲れたけど、前みたいな痛みはないかな。今のところ大丈夫」
「そうか」
ほっと胸を撫で下ろす。聞きたかったのはこのこと、カイザーの脚だ。
今回のレースで【ガラスの身体】が発動したかどうかは分からない。バッドコンディションがいつ発動したかなんて分からんからな。本当にふざけやがってこのコンディション。
でも、あれだけの激闘だ。知らずのうちに発動していたとしてもおかしくはない。
(この爆弾が爆発させないようにしないといけないしよ~。結局このコンディション消えてないし)
また能力をONにしてステータスを見る、が。
【ガラスの身体】
人々の願いや思いに触れて本能の天秤が揺れ動く
その先にあるのは何か?
【効果】
固有スキルの使用制限
おい、なんで変わってんだ。人の許可なく勝手にテキストを変えるんじゃねぇド阿呆。
その先にあるのは何か、じゃねぇよ。そこを明言しろって言いたいの俺は。今更どうこう言ったところでどうしようもねぇけどよぉ!
だが、効果が出てきたのはありがたい。固有スキルの使用制限、か。つまりは、領域に対して何らかの制約が課せられているパターンか。
(使えないことはないんだろうな。ただ、使えば何かが起きかねない。だからこそ制限がかけられている、とか考えるのが妥当か)
後はフレーバーテキスト。本能の天秤、と聞いてピンときた。このバッドコンディションの条件が。
おそらくだが、カイザーが本能を引き出した時に発動するのだろう。普段は鋼の理性でレースを支配するカイザーが、その理性から解き放たれた状態のことだ。それこそ、今回のレースのように。
(ディープとの併走も、カイザーの本能が刺激された結果なんだろう。アイツが理性よりも本能を優先した時、こいつが牙を剥く、ってことか)
これから先、何度も同じ機会が訪れるかもしれないのにか。大分キツいな、それ。
なんにせよ、今与えられる情報でなんとかするしかないね。それよりも優先すべきことがあるあ。
「ま、お疲れ様カイザー。今日もレースは楽しかったか?」
「うん! 最っ高に楽しかったー! ハーツさんも凄かったし、プイちゃんも最後追い上げてきたし!」
200点の笑顔で答えてくれるカイザー。やっぱこの笑顔っすよ笑顔。最高だね。セラピー効果がある。
「あ、でもプイちゃん調子悪そうだったな~。ま、それならそれで楽しいよね。次走った時がもっと楽しくなるから!」
「おう、そういうことだ。これからも頑張れよ」
「もっちろん、これからも頑張っちゃうよ~!」
「一番大事なのはお前が楽しむことだけどな。楽しいって気持ちを忘れるなよ、カイザー」
当然、とばかりに頷いて答えるカイザー。これから先のレースは、海外だな。ディープとの対戦もずっと先になるだろう。
だとしても、走っている限り戦える。きっと対戦の機会は来る。今はただ、積み上げるだけだ。
秋シニア三冠、それも無敗で栄光を勝ち取ったカイザー。願わくば【ガラスの身体】が解消されないかな~という希望的観測を抱きつつ、ウイニングライブを堪能した。