自宅にて情報収集改め、掲示板でカイザーの評判を調べていた時のことである。
「あーあ、ディープの強火ファンだけじゃなく、カイザーの強火ファンまでできてら。民度がどうこう言われてんな」
面倒くさいファンが増え始めてきてんな、と頭を抱えていた時、一本の電話が入ってきた。着信の名前を見ると、どうやらカイザーの様である。
「年明けなのになんだ? またどこかに走りに行って絶景の写真でも撮ってきたのか?」
週に1回ぐらいのペースで送ってくる絶景写真。にしては電話は珍しいなと思いつつ出る。向こうから元気なカイザーの声が聞こえてきた。
《あけましておめでとーうトレーナー! 私は今日も元気だよ!》
「おーう、声だけで伝わってくるわ。で、どうかしたのか? 今度はどこに行ったんだ?」
《ん~? 私は山だよ。今から帰るところだけど》
なんで山にいるのかは聞かないことにした。どうせご来光とかだろう。迷子にならないことだけを釘刺しておかなければな。
《ところでトレーナー、今暇? 時間は大丈夫?》
「まぁ暇だが。それよりもお前、山にいるなら迷子にならないように気をつけ」
《トレーナー。初詣行こう!》
「はい?」
聞こえてきた言葉に、俺は素っ頓狂な声を上げてしまった。
◇
人でごった返している神社。冬の寒さに震えながらも、神社の入り口で人を探す。
探し人を見つけるまでそう時間はかからなった。というのも、向こうで大声上げながらブンブン手を振っているからだ。
「おーい、トレーナー! こっちこっちー!」
「か、カイザーさん。あんまり声出しちゃうと他の人が気づいちゃいますよ。わたしたち、有名人なんですから」
「え~? 大丈夫だよ。みんな普通に出歩いてるんだから」
カイザーとクラフトである。一応、電話で詳細を聞いていたとはいえ、クラフトも一緒に来ていたのか。ちなみに、2人は私服でラフな格好。
クラフトはアプリで見た私服にコートを羽織っている。カイザーはシンボリクリスエスみたいな恰好をしていた。へそ出しだけど寒くねぇのかな?
周りの人達はというと、遠巻きにカイザーを眺めているだけ。俺に関しても同様だ。ま、喧騒が凄いから声がかき消されている、なんて可能性もあるが。
カイザーたちと合流。神社の階段を上りつつ、2人の調子を確かめる。
「どうだ、久しぶりのまとまった休みは? 楽しめているか?」
「お母さんとお父さんからいっぱい褒められました!」
眩しい笑顔のクラフト。良いね。いっぱい褒められておくれ。
「私はね~、山に登ってきた帰りだね」
「そうだな。通話が切れた後、LANEに初日の出の写真送ってきたもんな」
カイザーはご来光を拝みに行ったらしい。どこまで行ったかは知らないが、写真にはちらほらと人が写っていたので未開の地とかではないようだ。一安心したよあの時は。そもそも初日の出を拝んできたその足でここまで来たのがヤバいが。
お参りの人はかなり多く、まだまだ時間がかかりそうだ。周りにあるお店を眺めつつ、会話に花を咲かせる。
「トレーナーさんは何をやっていましたか?」
「俺か? 俺は適当にネットサーフィンしてただけだよ。正月休み万歳」
「何調べてたの?」
掲示板、などとバカ正直に答えるわけにはいかない。興味を持とうもんならヤバいことになる。
「あ~、特に目的をもって調べてたわけじゃねぇんだよな。ほら、たまにあるんだ。適当に調べていたい日が」
「そうなんだ。レース映像でも見てるのかなって思ったのに」
「一応言っておくが、トレーナーだからって年中レース映像を見ているわけじゃないからな?」
別に見るのが嫌いなわけじゃないが、そんな年がら年中見るほど好きってわけでもねぇぞ。普通のテレビだって見るし。
しばらく話していると、ようやく俺達の番が回ってきた。二礼二拍手一礼と、いつも通りの作法を済ませたら頭の中で願い事をする。
(カイザーとクラフトが元気に過ごせますように、と)
俺の願い事なんて仕事が減ってくれること以外何もない。だから、担当ウマ娘2人ともが健やかに過ごせてくれればいいやと願いを込める。しいて欲を言うなら、もうちょっと仕事が楽出来たらいいな。
参拝を終えて、カイザーたちに出店の商品を奢る。俺の財布に甚大なダメージが入るが、まぁ必要経費だ。うん、必要経費。
「おいし~!」
「カイザーさん、お正月から食べますね。太っちゃいますよ?」
「大丈夫だクラフト。カイザーはその分走って消費するからな」
たとえ山のように積み上げられた商品を運ぶことになったとしても、これは全て必要経費なんだ。焼きそばだけじゃなく、たこ焼きもりんご飴も山のように積み重なっていようが、これは必要なことなんだ。だってカイザーが笑顔だからよぉ!
「ところでトレーナーは参拝でなにをお願いしたの? 私知りたいな~」
「教えたらいかんだろ。口にしたら叶わないって有名だし」
「まま、ここは私にこっそりと教えてよ」
なぜ、と思わなくもないが、カイザーはかなり気になっている様子。クラフトは止めているが、こちらも気になっているようだ。耳がピコピコ動いてるからな。
別に教えるくらいはかまわない。そんな変な願いでもないしな。
「お前らが健康に過ごせますように、だよ」
「ふ~ん。自分のことじゃないんだ?」
「俺自身の願うことなんて、仕事でもっと楽できますようにぐらいしかないからな。それだったら、お前らの健康を願うのが一番だ」
ほら、いざ願い事をすると言っても困るし。今特にやりたいことがないんだったら、担当の子達の健康を願うのは当然のことだと思う。なんにせよ健康は大事よ大事。無茶したら大変なことになるからな。ソースは前世の俺。
2人の反応は普通。なのだが、クラフトは疑問を抱いたようで。
「仕事で楽をできるように、ってことは、やっぱりトレーナー業は忙しいんですか?」
今の仕事が大変なのではないか、というものだった。その疑問は出てくるわな。
ぶっちゃけ忙しいとは思う。でも、俺の比較対象が休みなし、有休出勤上等、残業当たり前の環境だった影響か、別に忙しいと思ったことはない。あっちに比べりゃはるかにましだ。
けど、楽は求めたいんだ。今よりずっと楽したいと思ってしまうのが人間の性。欲求みたいなもの。
「ま~忙しいぞ。レースの出走手続きに日々のトレーニング作成、健康状態の管理もだし、他の書類も山ほどある。忙しいことは間違いないな」
「やっぱりそうなんですね。トレーナーって大変なんだなぁ」
「ま、俺の場合はトレーニング作成の部分をスピードシンボリにやってもらってるから、他の人よりは幾分か楽してるがな」
あの人が作った方がはるかに出来がいいからな。俺はあくまで不足しているステータスを教えるだけ、メニューに関してはスピードシンボリが考える。いやはや、本当に大助かりです。
クラフトにトレーナー業のことを教えていると、いつの間にか焼きそばを食べ終わっていたカイザーが真顔でとんでもないことを言い放つ。
「じゃあ私が養おっか? そしたら仕事しなくてよくなるよ?」
その発言は止めなさい。どう考えても俺が年下に働かせるやべー奴に見えてくるから。周りの人に誤解を生んでしまうから。クラフトも凄い表情してるよ。そりゃびっくりするわこんなこと口にされたら。
気持ちはありがたい。ただ、それだけはどうしても受け入れることができない。
「いや、必要ない。俺は養われる気はさらさらないぞ」
「え~? お仕事しなくてもよくなるのに?」
「いいか、カイザー。俺はな、仕事が完全にできなくなるのは困るんだ」
別に見栄えがどうこうという問題ではない。とんでもなくでかいことだが、俺が懸念していることからは少し外れている。
あくまで、仕事が少なくなってほしいだけなのだ。完全になくなるのは本当に困る。
カイザーは気になっているのか、クラフトと一緒に疑問たっぷりの表情でこっちを見ている。そりゃあ、俺の言っていることは訳が分からんからな。
仕事が少なくなってほしい。でも、完全になくなるのは困る。普通ならなくなってしまった方が楽なのに、だ。分からなくもなるだろう。
「どういうこと? トレーナー」
案の定、カイザーからそのことについてツッコまれる。これに関しては本当にもう、俺自身の問題というか。
「これは分からない感覚かもしれないが、働いてないと落ち着かないんだ、俺は。何もしない一日が続くと、罪悪感がヤバすぎて吐きそうになる」
「え、えぇ?」
別に、1日休んだだけとかなら問題はない。今日は仕事休みだぜやっふー! 的な気分で過ごすことができるから。
それが何日もってなると、途端に地獄になる。なんなら2日休んだだけで気分が悪くなってくる。罪悪感が酷いのだ。何もしてないことへの罪悪感が。
「適度に働いてないと、なんで俺は働いてないんだろう? って気持ちが出てくる。何もしないでボーっと過ごすのは、俺にとって耐えられないことだ」
「社畜根性ってやつだね、トレーナー」
「多分そうなんだろうな。だからこそ、俺が求めるのは仕事が完全になくなることじゃない。こう、程よく働いたな~って感じの仕事を延々とすることだ」
きっと、俺と同じような感性の人はたくさんいると思う。
仕事をしたくないわけじゃない、仕事をしたという充実感を得ることが大事。程よい仕事で幸せを、そんな人生を歩みたいものである。クラフトとカイザーの憐れむような視線が突き刺さって痛いけど。
変な話をしてしまったが、カイザーも屋台のご飯を食べ終わった。そろそろ帰る時間か。
「ところでカイザー。お前は家の方のご飯は大丈夫なのか? めっちゃ食ってたけど」
「え? 全然入るよ。問題ナッシング!」
「あ、うん。そうなんだ」
あんだけ食べてたのにまだ入るのかカイザー。本当に大食らいだな。そのままいっぱい食べて大きくなるんだよ。
ともあれ、ここで解散となる。これ以上は特にすることもないし、初詣という目的は達したからいいだろう。
そんな時のことである。
「そうだ! トレーナーもクラちゃんも家においでよ!」
「「はい?」」
カイザーから突然、家に来ないか、と誘われたのは。いや、なんで?
「なんでお前の家に? 迷惑だからダメだろ」
思わずツッコむが、カイザーは問題ないと言わんばかりの笑顔。なんでそんな顔ができるのか。
「大丈夫だよ、お父さんもお母さんも何も言わないし、歓迎してくれるよ?」
「そりゃそうだろうよ。けど、突然行くのはなぁ」
「わ、わたしは行きたいです! カイザーさんのお家!」
クラフトは乗り気の様だ。カイザーの実家となれば気にもなるか。友達が遊びに来たような感覚だし、なんら問題はない。
2人で行ってきなさい、そう言おうとしたら。
「それに、お父さんもお母さんもトレーナーに会いたい、って言ってたな~。会えるって知ったら、きっとすごく喜ぶだろうな~」
こ、コイツ、俺の逃げ道を塞いできやがる! 別にいいだろ俺が行かなくても!
「い、いや、それでもだな。さすがに迷惑だろうから」
しどろもどろになりながらも、同行を拒否することを考える。さすがに体裁的な問題もあるだろうから、ご実家に行くことを避けようとしたが。
「ほら、お父さんもお母さんも良いって。ぜひとも会いたいって言ってるよ?」
カイザーが見せてくるのはスマホの画面。そこには彼女の両親と思しきコメントが残されている。ダメじゃん、もう。これで断るための材料がほぼなくなったじゃん。電話で今日は暇って言ってしまってるし。
ニコニコ笑顔のカイザー、どこか期待した目をしているクラフト。うん、こりゃダメだね。
「そういうことなら、まぁ。お前の家に行くか」
「はい、決定! それじゃあいこー!」
「おー!」
急遽カイザーの家に行くことが決まった。逃げようがなかったよ。