ドバイのホテルは凄いとこ。なんてったってトレーニングルームが併設されているのだから。
「つっても、昨今のホテルはどこでもありますよね、トレーニングルーム」
「我々が泊まるホテルが競走ウマ娘御用達、というのもあるけどね。海外遠征する子がいつでもトレーニングできるように、という配慮だ」
「これもまた発展、だな」
もっとも、ドバイの凄いところはトレーニングルームがバカでかいとこなんだが。1階層どころか2階層ぐらいぶち抜いてないか、これ。
広さもとんでもない。日本のジムが比べ物にならないほどに広く、設備も充実。レースまでの間、毎日ここを使ってもいいなんて太っ腹だ。
寝るには早すぎるので、トレーニングメニューを更新したり、レースに出走してくるメンバーの特徴をまとめたり。必要なことだから、これもやらないといけない。
仕事をしていると、佐岳さんが不思議そうな表情で俺を見ていた。なんだろうか。
「君は良く仕事を面倒くさいと言っているそうだが、その割には手を抜かないな。手を抜かれても困るが」
なんだ、そういうことか。これの理由は至って簡単だ。
「後回しにすると、さらに面倒になるのが分かってるからですよ。だから早いうちに終わらせておくんです」
「なるほどなぁ。君は宿題とかはさっさと片付けるタイプ、ということだ」
「そういうことです」
宿題をやらなかったら後で増やされる。そうなるくらいだったら、さっさと終わらせた方がマシというもの。仕事でのスタンスも一緒だ。面倒にならないうちに終わらせる、これに限る。
仕事に一段落つけて、椅子から立ち上がる。休憩がてら散歩してくるか。
「ちょっと歩いてきます。丁度区切りがついたんで」
「そうか。もう外は暗いから、あまり出歩かないようにするんだぞ。日本とは違うからな、用心するに越したことはない」
「ホテル内を歩くだけなんで大丈夫ですよ。それでは」
部屋を退出して、まずはフロントへ。なんか面白いものがあればいいな。
なんて思いつつホテルを散策しているのだが、そうあるわけもなく。
(そもそもがホテル内だしなぁ。初日の方でカイザーに連れ回されたし、目新しいものもないというか)
飯を食べたりするぐらいだろうか。その飯ももう食べ終わったし。いよいよもってただの散歩になってしまっている。
もう数分適当に歩いたら帰るか、みたいに考えながら歩いていたら、トレーニングルームに着いていた。いっそのこと身体でも鍛えるか? 運動する格好じゃないからしないけど。
中にはちらほらとウマ娘の姿が。ここに宿泊しているウマ娘だけではなく、外部のウマ娘もお金さえ払えば使用できる。あくまでホテルに併設されているだけ、って感じだ。
邪魔しちゃ悪いから早いうちに退散するか、と考えた矢先。運動しているウマ娘の中に、見知った顔を見かけた。
「ん? アレは、クラフトか?」
視線の先にはクラフト。マシンを使ってトレーニングをしており、脇目も振らずに頑張っている。
結構な時間ここにいるのか、玉のような汗がにじみ出ている。集中してるからか俺の視線にも気づいていないし、周りのことも気にしていない。
なんだってこんなところに。同じ部屋のカイザーと遊んでいると思っていたのだが。
ただ、すぐに理由が分かった。
(トレーニング中にも感じていた焦り、か)
カイザーに追いつきたいという焦り。マイルチャンピオンシップで一度落ち着き、有馬以降また再発してしまった焦りが、ここでのトレーニングに繋がっているわけか。
焦る理由は分からんでもない。元々カイザーに追いつきたい、一人にしたくないと考えていたクラフトだ。有馬記念で感じたのだろう。
(このままではダメだって思ってしまった。だからこそ、ここで内緒のトレーニングってわけか)
あんだけ凄い強さを見せられたんだ。焦りが生まれるのも仕方がないだろう。
前回で目標を明確に定めておく必要がある、ってことで宥めたが、それでも今ここで再発した。クラフトの中で線引きがあるのかないのかは不明だが、どうしたものか。
(ここで発見することができた、ってのが救いか)
つっても、体力が減ってたら気づくんだけどね。なんにせよ、早い段階でこれを見つけることができたのは良かった。
今すぐ止めさせる、なんて考えが頭をよぎったが、同時にそれでいいのかとも思う。
(言えば止めるだろうが、不安を解消することはできないままだ。そしたらすぐにまた、俺の目の届かない範囲で無茶をするようになる)
それだけは勘弁だ。目の届かないところで無茶をされたらどうしようもない。
そもそも、どうしてクラフトは俺に黙ってここにいるのか。無茶なことだと分かっていて、止められると分かっているからこそだからだ。
(本当に、いろいろと物事が進んでいる気がするわ)
ひとまずは静観。クラフトがトレーニングを終えるのを待つ。話はそれからだ。
しばらく待つと、クラフトが休憩のためかマシンから離れた。その機を狙って近づいていく。
どうもタオルと飲み物を探しているようだ。タオルはあったが、飲み物はなかったからな。人肌程度に温い飲み物を用意して、ふかふかのタオルと一緒に渡すとしよう。
「え~っと、タオルタオル」
「お探しのモノはこちらでしょうか?」
できる限りスタッフを装って。だけど、クラフトは錆びついた人形みたいにゆっくりと振り向いた。気づいてんなコレ。俺だって。
なら、取り繕う必要もない。びっくりした表情で固まっているクラフトに、にこやかに手渡す。
「ほれ、タオルとドリンクだ。一気に飲むなよ? ゆっくりと補給しろ」
「と、と、と」
「なんだ? クラフト」
一体何を言われるのか。身構えていた俺にクラフトが取ったアクションは。
「ご、ごめんなさ~~~い!!」
見事なまでの土下座だった。うん、とりあえずすぐにでも止めてもらいたい。ジムにいるみんなが何事かとこっちを見ているから。
落ち着かせてクラフトの話を聞く、なんてことはせず。
「クラフトの不足しているもんは今のマシンでは鍛えられないな。むしろ、向こうにあるマシンの方がいいぞ」
「あの、その」
「まだもう少し時間はあるな。まずはクラフトの能力を数値化したものを」
「あの!」
新しいプランを提示していたら、クラフトが大声で遮ってきた。どしたん? 話聞こか?
バツの悪そうな表情のクラフト。出てきた言葉も大方予想通りのモノだった。
「怒らない、んですか? 勝手にトレーニングしてたのに」
「ほ~ん。クラフトは怒られることを承知で、ここに来たってわけか。もしくは、怒られることを分かっていてやってたのか?」
「う、うぅっ」
あ、ごめん。変にからかったのは謝るから泣きそうにならないで。別に怒りたいわけじゃないから。
安心させるために、怒ってないことを伝えるために笑顔で応対。クラフトの気持ちを和らげなければ。
「別に怒ってないよ。なんでいるのか、大体察しはついてるし」
「あ、あはは。やっぱり、分かりますよね」
そりゃあもちろん。前回も似たようなことがあったからな。分かりますよそれくらい。
しかしどうしたものか。個人的な思いとしては、やめさせたいって気持ちが強いんだが。
(それでクラフトが納得するかどうかは別問題。それに)
クラフトが目標を決めることができたのか。どうすればカイザーに並ぶことができるか、相応しい自分でいることができるか。明確なものを見つけることができたのか。知る必要がある。
「で、クラフト。前に言ったが、明確な目標を決めることはできたか?」
答えは、沈黙。見つけることはできていない、か。
だとすればこのトレーニングはがむしゃら。また前のように、無茶を押し通そうとしているってわけだ。
止めなければならない。じゃないとクラフトは無茶をし続けて、最悪の可能性を引き起こす場合がある。
(つっても、言っても止まるか? 再発したんだから前よりも気持ちは強いだろうし)
何なら俺の目を盗んでやっていたわけだ。前よりも質が悪いことは明らか。もはや言って止まるようなものじゃない。
それに、クラフトの気持ちだって尊重してやりたい。根本にあるのはカイザーに追いつきたいというもの、カイザーを孤独にしたくない、って気持ちだ。
(アイツは走れるだけで満足だと思うんだがねぇ。こればっかりは価値観の違いだ)
俺はあくまで人、クラフトはウマ娘だ。同じウマ娘の方がよく分かっているだろうし。
未だ沈黙しているクラフト。どうすればいいのか、分からないでいる。
俺に黙ってトレーニングしたことに対する罪悪感、それでもカイザーに追いつかなければいけないという焦燥感。この2つがせめぎ合ってるのかもしれん。
なら、折衷案か。
「クラフト。ひとまずこの時間にまた来れるか?」
「……え?」
呆けた表情をするクラフト。俺がなにを言っているのか分からない、理解できないのだろう。
焦燥感を覚えていて、やらなきゃいけないと思っているんだったら、もういっそのこと振り切れてやるわ。
「決まってんだろ。トレーニングだよトレーニング。俺が監督してやるから、またこの時間にトレーニングな」
「え、え?」
「ただ、カイザーのこともあるからあんまり長い時間はしない。アイツも寂しがるだろうしな。ひとまずは時間の調整をして」
諸々の予定を考えてクラフトに組み込む。問題ない範囲でできる限り最大限効果を発揮できる内容を組まなきゃなぁ。めんどくせぇ。
でも、面倒くさいとか言ってられない。後々さらに面倒くさいことになるよりかははるかにましだ。それに大事な担当ウマ娘、面倒くさいとは思わない。
落ち込んでいたクラフト。俺の言葉に反応を示さず、借りてきた猫のように大人しい。
今後の予定を一通り伝えた後、ようやく口を開いてくれた。
「怒らない、んですか? 勝手にトレーニングしてたのに」
気になっているのはそれか。当然のことではあるが。
「前もそうでした。トレーナーさんは2つの出走はダメって言いましたけど、わたしの提案を頭ごなしに否定はしませんでした」
「あん時な。ま~怒ったって悲しいだけだし、何よりカロリーを消費する。だからやらん」
「トレーナーさん、いつも体調のことを第一に考えているのに。それを台無しにするような真似をしてるのに」
「クラフトだって、一生懸命考えて今ここにいるんだろ? 教えてくれなかったことは悲しいが、のっけから怒るほどじゃない。俺が怒るのは取り返しのつかないようなことをしている時だけだ」
しょんぼりしているクラフトを心配させないよう振舞う。明るく元気に、安心感を抱かせるようにね。
あ、でも締める時は締めんといかん。
「だけど、黙ってトレーニングはダメだな。これは明確に悪いこと、次からはしないように」
「……はい」
「その代わり、俺が監督する。メニューとは別口でな。後はそうだな、考えがまとまったら、改めて話してくれ。お前の考えを」
話はこれだけ。立ち上がって、もう一本飲み物を買ってクラフトに手渡す。
「ま、今日のところはもう上がりだったんだろ? 早く部屋に戻ってやれ。カイザーが寂しがってるだろうからな」
アイツの場合別の楽しみを見つけている可能性があるが、クラフトがいたらさらに楽しくなるに違いないだろうし。
部屋に戻ろうと立ち去る寸前。
「トレーナーさん!」
大きい声で、クラフトに呼び止められた。立ち止まって、ゆっくりと振り返る。
申し訳なさそうな表情。それでも、ぎこちない笑顔を作って。
「まだ、上手くまとまってない、ですけど。いつか絶対お話しますから! 絶対絶対、約束ですから!」
必ず話すと伝えてくれた。これがパーフェクトコミュニケーション、というやつかもしれない。分からんけど。
手をひらひらさせて、クラフトに答える。
「おう、楽しみに待ってるわ。これからも頑張るぞ」
「はい、トレーナーさん。……本当に、優しいなぁ」
最後の方は聞こえなかったがまぁいいか。部屋に戻るべ。
◇
部屋に戻った後。
「随分と遅かったな、榊トレーナー」
「それだけ夢中になるものを見つけたのかい?」
佐岳さんとスピードシンボリがいた。まだ仕事をしていたらしい。
クラフトがトレーニングルームにいました、なんて言うわけがなく。
「なんか適当に散歩してたらこんな時間になりました。このホテル広すぎません?」
「そうか? まぁ確かに広いかもしれないが」
「まぁ榊トレーナーが戻ってきたんだ。改めて、出走するウマ娘を再確認しよう」
適当にごまかして会議に戻った。
会議中も頭によぎる、さっきのこと。
(ドバイ、ってよりは年明けからか。いろいろと進んできたな)
クラフトとハーツクライの焦燥。目的は違えど、どちらも同じく焦りを抱いている。
「どうにかしないとなぁ」
「なにがだい?」
「今後のことですよ。具体的にはドバイワールドカップミーティング」
どちらも今は解決できない。情報がまだまだ出揃ってないからな。ゆっくりと、時間をかけて糸口を探っていこう。
てか、こうなるとあれだな。
(カイザーの方にもなんかあるんじゃないか、と勘繰ってしまうな)
ま~さすがにないだろ。カイザーにもあったらどんだけって話だ。そんな、3人もいっぺんに集中することある? 案件である。
(……なんかちょっとありそうなのが怖いな)
ないよね? 流石に。