担当はハイスペックウマ娘   作:カニ漁船

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生まれる疑念

 1ヶ月も経てばドバイでの生活にも慣れてくるというもの。トレーニングもそこそこに、充実した日々を過ごしていた。

 

「おーし、じゃあハーツはもうちょいレベルアップするか。ほれ、新しいメニュー」

「フン、俺はまだまだやれるぞ」

「はいはい。ならこれくらい余裕でこなしてくれ」

 

 ハーツクライの扱いもちょっと手慣れてきた。アプリにいない子なんて大丈夫か、と思ったが案外何とかなるもんだ。

 

(言われたことはちゃんとこなすし、間違いがなければ何も言ってこない。こりゃやりやすいわ)

 

 黙ってトレーニングもしていないようで安心である。問題は気負いすぎ、ってところか。

 

 クラフトもトレーニングは順調。アルクオーツスプリントに向けて、ステップアップを続けている。

 

「んじゃ、今日はこの辺で終わるぞ~。明日に響くからな」

「え!? も、もうちょっとやりたいな~、なんて」

「ダメ。今言ったが明日に響く。適度な量に適度な休憩、これが強くなる秘訣だ」

 

 続けているのだが、これがなんとも言い難い。クラフト自体は成長しているのだが、目標が目標だ。クラフトの考え方も変わらず仕舞い、良い傾向とは言えない。

 

(カイザーに追いつきたい、だからなぁ。頑張ってはいるが)

 

 そう簡単な問題じゃない。アイツの強さを知っているから余計に。焦りは募っていくばかりだし、いつ爆発するか分かったもんじゃない。

 これはハーツクライも同じことが言える。結果を出すことに固執しているアイツは、クラフトと同じベクトルで危険だ。

 

(平気で無茶をするからなぁ。スピードシンボリが見張ってくれるから、その辺は大丈夫か)

 

 この2人は要警戒。海外遠征で危険なことにならないよう、しっかりとしなければ。

 

 カイザーはというと、特に問題はない。カイザーだけ何もないので本当に癒し。

 

「お前は本当に変わらんなぁ。その調子で頑張れよ」

「ふっふ~ん、勿論頑張るよ! ぶいぶーい!」

「ブイブイ」

 

 トレーニングも普通にこなし、隠れてトレーニングすることもない。負荷を強めることも要求してこないし、与えられた課題を粛々とこなしてくれる。これほど扱いやすいウマ娘もいないだろう。

 一つ問題があるとすれば、どこだろうと走り出していってしまうことだろうか。

 

「トレーナー走ってくるね!」

「え、いやどこにってもういねぇ!? す、スピードシンボリさん!」

「さすがに追いつけないよ。あのスタートダッシュは本当に凄いもんだ」

 

 海外に来ても変わらない。変わらないというより、珍しさがある分日本よりも質が悪い。変なところに行こうとしないだけマシ、ってだけだ。元気があっていいけど、目の届く範囲にお願いしますよ本当。

 

 

 トレーニングは三者三様。他にあるとすれば、日本のニュースか。

 

「ほれ、ハーツクライ。お前宛にまた手紙が届いてるぞ。後トレーナーが通話に出てくれないって嘆いてたぞ」

「知らん。そんなことをしている暇があるなら、俺は自己研鑽の時間にあてる」

 

 ハーツクライのトレーナーはマメに手紙を送っており、こちらも近況報告を返している。当のハーツクライはこの調子だけど。

 通話も出てくれない。なので、チームのみんなとビデオレターを取ることにしたんだとか。サトノダイヤモンドが映っていたり、結構豪華なメンバーである。

 

「まぁまぁ。たまには顔を見せてやれ。こういうのは大事だぞ」

「レースに何の関係がある? 因果関係を証明しろ」

「ウマ娘ってのは思いを受けて強くなるんだろ? じゃあチームのみんなの思いを受け取る、ってのは大事だと思うが」

 

 面倒くさそうにしながらも、俺の言葉に一理あると思ったのか。ハーツクライは渋々ビデオレターを受け取った。手紙も読むようにするみたいである。一件落着だな。

 

 クラフトはいつもシーザリオたちと通話をしていた。時差の関係上、そこまで長い時間はできないみたいだが。

 

「うん、うん、こっちは大丈夫! レースに向けて、体調はばっちりだよ!」

 

 通話をしているクラフトの表情はいつも笑顔。心が安らいでいるようでなによりだ。シーザリオたちはこっちには来れないが、テレビで応援するらしい。さらに気合いを入れるクラフトである。

 カイザーも同じだ。ブランポラリスと話していたり、ディープインパクトと話してたり。その日によって話す相手が違う。交友関係が広いわやっぱり。

 今日の相手はシンボリルドルフの様で。ニッコニコの笑顔で通話をしていた。

 

《息災で何よりだ、カイザー。その調子でレースも油断なく走ろう。私も、日本で応援している》

「うん! ルドルフ会長やテイオーさんのために、ファンのために頑張るよ!」

 

 変わらないようで何よりである、うん。

 

 

 全部が全部順調、とはいえない。おおむね順調ぐらいのレベルだ。

 

「3人の体調面は問題なし。ドバイワールドカップミーティングももう少し、頑張っていくぞ榊トレーナー!」

「ここでケガとか病気は洒落にならないですからね。気を引き締めていきますか佐岳さん」

 

 しっかりと対策を取って、万全の状態を整える。これで出走できなくなりましたー、は本当に洒落にならないからね。注意深く観察しなければ。

 

 

 時間はあっという間に過ぎていき、気づけばドバイワールドカップミーティングの日を迎えた。

 

 

 

 

 

 

 ドバイワールドカップミーティングは、ここドバイで開催される重賞レースの総称。なんかいろいろと凄いレースが開催される日、みたいなもんである。

 日本では珍しい、というよりはないかもしれない。一つのレース場でいろんな重賞が開催される、というのは。欧州では珍しいことじゃないらしいけど。

 

 俺達はこのうち3つのレースに出走。クラフトは短距離のアルクオーツスプリント、カイザーはマイルのドバイターフ、ハーツクライが中距離か長距離かよく分からんドバイシーマクラシックである。

 まぁ、うん。

 

「なんでドバイシーマクラシックって2410mなんですか。中距離なのか長距離なのか分からないんですけど」

 

 余計な10mのせいで距離区分がよく分からん。日本的には長距離かもしれんが、世界的には長めの中距離区分みたいなものらしい。どういうことだ。

 

 スピードシンボリと佐岳さんも苦笑い気味だ。俺の気持ちも少しは分かるのだろう。

 

「世界的にはLong区分、いわゆる中長距離だね。日本ダービーとかと一緒だ」

「この2410mというのもいろいろとあってな。ここ、メイダンが2400m丁度だからなんだ」

「一応教えてもらいましたけど、いざってなると感じがしますねぇ。この10mがよ」

 

 設備的な問題が絡んでいるらしい。この辺の事情はよく分からん。

 

 また、日本みたいに人でごった返しているわけでもない。さらには夜開催なのでなにもかもが新鮮な気分で観戦ができる。ダートのレースには出走しないから、夜開催なのは目新しいな。ちょっとワクワクする。

 

 

 第1レースから順調にプログラムが施行。第4レースにて始まるのが、クラフトの出走するアルクオーツスプリントである。

 

「芝の1200m直線。起伏も大きいわけじゃないから、枠番関係なしの純粋な実力勝負になる」

「世界の強豪スプリンターが集まるこの舞台。ここで勝てば、クラフトの強さが世界に届くことの証明になるな」

 

 固唾を飲んで見守る中、出走するクラフト。問題なくスタートを切ることができた。

 

 火花散らす電撃戦。初っ端からペース配分ガン無視で飛ばすレースが展開されており、クラフトは3番手をキープしていた。

 

《日本のラインクラフトは現在3番手。集団が一塊になってレースを進めています。先頭を走るのはオーストラリアのパーフェクトチャンプ、パーフェクトチャンプが半バ身のリードで逃げている。まもなく残り200m!》

 

 どうにかして抜け出したいが、周りのウマ娘達も快速自慢。思うように抜け出せないでいる。

 一塊の集団。先頭から最後尾まで差はない。もはやこのまま最後まで行くんじゃないか、と思わせるほどだ。それほど、前を走るウマ娘も速いし衰えない。

 

「頑張れー! クラフトー!」

 

 関係ない。必死に応援してクラフトの背中を押す。アイツの力になれるようにと、声が枯れても良いから応援する。

 

 残り100m。ここでクラフトが先頭に並んだ。

 

《パーフェクトチャンプが捕まる! 日本のラインクラフトが捉えた捉えた! 捉えて、捕まえて、抜き去って! ラインクラフトが抜け出したァァァ!》

「うおおおッ! いけー、クラフトー!」

 

 研ぎ澄まされたスピード。さらに加速し、前を走っていたウマ娘を抜き去る。手に汗握る戦いを制したのは、クラフトだった。

 

《ラインクラフト、ラインクラフトだ! 1200mの電撃戦を制したのはラインクラフトだァァァ! 日本のレースでも下したエルティラ、逃げ続けたパーフェクトチャンプを抜き去って! 最速を証明したのは日本の女王ラインクラフトー!》

「いやったぁぁぁ!」

「はは、相変わらず喜びを表現するのが上手いね、君は」

 

 そういうスピードシンボリも喜んでいる。声で分かるが、嬉しさが隠し切れていない。佐岳さんも手放しで喜んでいた。

 

 

 このまま勢いに乗りたいところ。2つレースを挟んで、次はカイザーが出走するドバイターフである。

 

 こっちはスタートから凄かったな、うん。

 

「WOW!? 『なんだいあのウマ娘のスタートは!?』」

「『知らねぇのか? あの子は去年ジャック・ル・マロワ賞を走った子でね、ハレヒノカイザーって言うんだぜ! それにしても惚れ惚れするスタートだ!』」

「『あのスタートは本当に凄いわ。何度見ても癖になっちゃう!』」

 

 海外の人達がべた褒めしていたのである。そりゃ、あんなスタート見たことないだろうから当然だし、新鮮な気分になるだろう。

 

 レース自体はいつものカイザースタイル、ではなく。

 

《逃げるハレヒノカイザーを追う15人のウマ娘。ハレヒノカイザーが2バ身のリードを保ちながら逃げています。快調に飛ばして逃げるハレヒノカイザー、ロケットスタートからの逃走劇。ペースも悪くないぞ》

 

 珍しく逃げる形でレースを展開していた。逃げウマ娘がいなかった影響なのか、結果的に逃げているだけなのか。

 

「いいペースだな。やはり、逃げで走るとこうなるか」

「まぁ、そっすね。やっぱこういう時にペース支配できるってのはカイザーの強みですよ」

「その割には、歯切れの悪そうな感じだな榊トレーナー。なにか気になることがあるのかな?」

 

 スピードシンボリから懐疑的な目を向けられる。気になること、か。

 

(う~ん、なんだ?)

 

 別に悪いことが起きているわけじゃない。カイザーは至っていつも通りだし、特別異常があるわけではない。結果的に逃げているだけとも言えるし、別に不安になる要素もない。

 ただ、なんというか。ちょっとした違和感のようなものがあった。

 

「いや、アイツがあんなペースで逃げるなんて珍しいな、と思っただけですよ。それだけです」

「そんなに珍しいペースでもない気がするけどね。なんにせよ、いよいよ最終局面だ」

 

 最後の直線に入るハレヒノカイザー。15人を引き連れて、逃げ切りの態勢に入る。

 

《最後の直線に入ります、先頭はハレヒノカイザーだ! 追いかける15人のウマ娘、しかし全く差は縮まらない縮まらない! ハレヒノカイザーが独走する! 2バ身のリードを保ったまま、保ったままだ!》

 

 最後の直線を走るカイザー。アイツを見て、違和感はさらに大きくなった。

 

(有記念の時みたいに走るな。あの時も似たような感じだったが)

 

 いや、下手したらアレ以上かもしれん。それだけのメンバーが集まっている、と言えば聞こえはいいが。

 

(なんつーか、上手く言えないけど)

「違う。カイザーの走りとは少し違う」

「なにがだい? 特に変わってないように思えるけど」

 

 スピードシンボリの言うように、カイザーの走りそのものが変わっているわけじゃない。いや、じゃあ何が変わっているのか? って問題になるんだけど。これが上手く言えない。

 とにかく違う。今のカイザーは、どことなく違う些細な違和感がある。

 

 その違和感の正体は、アイツがゴールする寸前に気づいた。

 単純なことだった。なんですぐに出てこなかったのか分からないレベルのことだった。

 

(アイツ、いつもみたいに笑ってねぇな)

 

 カイザーにとっての代名詞。笑って走る姿が、今回のレースでは見られなかった。それこそが、俺の感じていた違和感の正体である。

 

《ハレヒノカイザーが逃げ切った! これは見事な逃げ切り勝ち、日本勢は2勝目! 最初から最後まで先頭を譲らない逃走劇! 逃げのスタイルで見事勝利を手繰り寄せました!》

 

 いや、真面目に走っていると言えば聞こえはいい。笑って走るのって本来はNGだし。これも成長、って喜べることかもしれん。

 

 だが、俺は。

 

(素直に喜べん。勝ったことは嬉しいが、それはそれとして違和感が凄い)

 

 カイザーらしくない、というか。俺個人のワガママみたいなものだけど。

 

「よっしゃぁぁぁ! カイザーも勝って2勝目ー! このままハーツクライも続けー!」

「世界の強敵相手に大立ち回り! 日本のウマ娘は負けてないぞー!」

「榊トレーナーもメイも落ち着こうか。凄い目で見られてるよ」

 

 今はただ勝利を喜ぼう。考えるべきは今じゃない、今は勝利を喜ぶところだ。

 ターフの上にいるカイザーは笑顔を見せている。ファンに笑顔で手を振っている。いつもと変わらない、カイザーの立ち居振る舞いだ。

 しかし、先ほどのレースが頭によぎる。笑っていないだけじゃない、冷たさすらも感じさせたレース運びを。

 

(ドバイターフのレース映像、後で見返すか)

 

 俺の気のせいならそれでいい。取り越し苦労で終わるのであれば問題ないのだから。

 

 

 俺の疑念は晴れることなく、ハーツクライが出走するドバイシーマクラシックへ。

 見事なレース運びで海外の強豪相手に一歩も退かない勝負を展開。最後は、見事な末脚でただ一人抜け出す。

 

《このままいくか、このまま突き抜けるか!? 突き抜けた突き抜けた! ハーツクライが突き抜けた! 欧州のプランシェットを下してこれがG1初戴冠! ドバイシーマクラシックを制したのはハーツクライだァァァ!》

「やったぜハーツクライ! おめでとぉぉぉう!」

「日本が3勝だー!」

「ダメだね、こりゃ。ま、嬉しいのは分かるよ。おめでとうハーツクライ!」

 

 感極まって泣いているハーツクライ。彼女の勝利を喜びつつも、ドバイターフだけはしこりが残っていた。




※ダイタクヘリオスはいません。
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