無事にメイクデビューを制したカイザー。祝勝会で俺の給料が無になったがそれはいいとして、今後のレースに向けて会議をすることになった。
「というわけでジュニア級の大目標を決めよう。出走したいレースはあるか?」
「別にないよ。トレーナーが決めていい」
「うん、分かってた」
はい会議終了。お開きでーす。
なんて冗談はともかく。今後のレースに関しては考えてある。
「ジュニア級の大目標はホープフルステークスにしよう。今後のクラシック戦に備える意味でも、2000mは走っておくに越したことはない」
「ふ~ん、分かった。じゃあホープフルステークスね」
「おう。その前にもう一戦ぐらいレースを走って、確実に出走できるようにしよう。こっちは今んところ新潟ジュニアステークスを考えている」
新潟ジュニアステークスからのホープフルステークス。これが現在時点のローテだ。
新潟ジュニアステークスを選んだ理由は単純で、メイクデビューが新潟だったから。同じレース場の方が勝手を知っているし、実力を発揮しやすいだろう。
ホープフルを選んだのは言わずもがな、いずれ走ることになる皐月賞に向けてだ。阪神開催なので中山2000の皐月賞とは違うけど。
「クラシック三冠は既定路線だ。ちなみに、思い入れなんかはあったりする? こう、魂が叫ぶみたいな」
「う~ん……別にって感じかな? トレーナーが挑みたいなら走るよ」
かれこれカイザーとの付き合いは長いが、いまだによく分からんわ。レースに対する執着がないというか。
(本当に走れればそれでいい、みたいな感じだもんなぁ。カイザーは)
しかも、考え方が上位者寄りだ。本当にウマ娘ですか? と言いたくなるようなことが度々ある。可愛いから関係ないんですけどね。
カイザーはこれで終わり。お次はっと。
「クラフトは10月デビューを考えている。後2ヶ月は基礎トレにあてよう」
「分かりました!」
「状態を見ながら阪神ジュベナイルフィリーズへ。王道も王道だな」
ラインクラフトの方。育成目標は覚えているし、なんならメインストーリーも頭に入ってるから楽だ。
さらには、クラフト自身も目標が決まっている。
「ティアラの先輩達に負けないように、わたしもトリプルティアラを目指します!」
「おう。それじゃ、頑張っていくとするか」
トリプルティアラ。カイザーとクラフトの2人は完全に別路線に進むことになる。被らなくてよかった、本当に。
会議が終わったことでトレーニングへ。
「クラちゃんクラちゃん、一緒に走ろうよ!」
「ま、待ってくださいカイザーさ~ん!」
クラフトを引っ張るカイザー。大変仲睦まじく、2人は普段からも仲良しなことがうかがえるような関係。
うんうん、よきだね。心のデジタル先生も良しと言っている。なんなら遠くにいるアグネスデジタルが今しがた保健室に運ばれていくのが見えた。尊いね、いいね。
メイクデビューを勝って順調なカイザー。このままいけば無敗のまま駆け抜けるのだって問題ない。
(これは行けるんちゃいますの? カイザーしか勝たんわ)
勝ったな風呂食ってくるわ状態。後はバッドコンディションさえどうにかすれば大丈夫だわなんて楽観視していた。
そろそろクラフトのデビュー戦も近づいてきた、そんなある日のこと。
「トレーナー、他の子の模擬レースに付き合ってもいい?」
カイザーがそんなお願いをしてきた。併走、ねぇ。
「いいぞ。相手ってのは誰なんだ?」
「うん、私と同期の子」
同期の子かぁ。いったい誰と走るのやら。まぁでも、ウチのカイザーは強いし。誰が相手でも問題なく勝ってくれるでしょ。いや、相手のこと考えなきゃいけないから勝ち負け関係ないけど。
なんてことを考えていたら。
「今日はよろしくお願いします、ディープインパクトです」
「トレーナーの奈瀬文乃です。本日はよろしくお願いします」
なんでや。なんでこんなことになっとるんや。
◇
悲報、カイザーが連れてきた相手があの英雄だった件について。しかもトレーナーってあの奈瀬文乃さんかよ。若くから実績を上げ続けている天才トレーナーさんじゃん。ここで接点ができるなんて思わんぞ普通。
「え、え~、本日はお日柄も良く」
「あわ、あわわ」
「今日はよろしくねプイちゃん!」
完全に委縮している俺とクラフトのことなんて露知らず。カイザーはいつもの調子でディープインパクトに駆け寄っていた。真面目な表情のディープインパクトが崩れ……ほほう。ここでも感じるか。
併走はカイザーとディープインパクトの2人。クラフトはこの後別の子と走る予定である。まさか、奈瀬さんとこのウマ娘と模擬レースさせてもらえるとは。
「いや、ありがとうございます奈瀬先輩。カイザーの模擬レースを受けてくださって」
「いえ……その前に、奈瀬はやめていただけるとありがたいです。できれば文乃と」
「あ、はい。すみません文乃先輩。それにしても、どうしてカイザーとレースを?」
漫画だと父親がコンプレックスなんだっけか。なら素直に従っておいた方がいいだろう。
少し考える素振りを見せた後、文乃先輩が口を開く。
「ディープインパクト、ディープの相手がいなくなってしまって。そろそろデビューの調整をしなければいけないのに、困っていたんです」
「あ、あ~、成程。そこでカイザーがなら自分が、と手を上げたわけですか」
頷く先輩。なんとなく想像がつく。併走相手がいないなら私が併走するよ、って提案するカイザーの姿が。
ただ、先輩は僅かに笑みを浮かべている。
「ですが幸運でした。ディープと同世代で、最強格の相手が走ってくれるのですから」
「ほ、ほほう? 最強格?」
「えぇ。メイクデビューを一目見て直感しました。ディープのライバルになるのは、あの子だと」
視線の先にはカイザー。いや~分かりますか。やっぱ凄いんですよウチのカイザーは。
「ですが、ディープの素質は一級品。三冠を取れる器です」
「は? カイザーは負けないんだが?」
あ、やべ。思わず素の口調が出てしまった。ディープはカイザーに勝てないみたいなことを言われたと思ってつい口から。
先輩は、目を見開いていた。うん、やらかしたわ。
「す、すみません先輩に失礼な口を!」
「あぁいや、構いませんよ……お互いに堅苦しいのはナシでいこう。その方が楽だ」
「あ、そうですか。それなら遠慮なく……走ったとしても勝つのはカイザーだ。断言してもいい」
「いや、ディープも負けていない。彼女の末脚は素晴らしいの一言に」
この後めちゃくちゃ張り合ったがスーパークリークに宥められて終わりを迎えた。推しのどっちが強いかなど不毛な争いだったわ。
準備運動も終わって2人の用意は完了。今から走るぞという体勢だ。
スターターはクラフトが務めている。手を上げて、一気に振り下ろす。
「それじゃあ。よ~い……スタートッ!」
弾かれたように飛び出したのはカイザー。抜群のスタートダッシュで前を走る。ディープインパクトは出遅れたのか、2バ身程遅れてのスタートだ。
隣の先輩にちらりと視線を移すと、頭を抱えているのが見える。
「やはり、スタートを改善しないといけないな。どうもあの子はスタートが苦手だ」
「我慢が利かないタイプですものね、ディープは」
この出遅れにはサイレンススズカも困った笑み。というか先輩のチームめっちゃ豪華。
2バ身離れて追走するディープインパクトだが、表情に焦りはない。いや、アレはむしろ。
「笑っている、のか?」
「……気づきますか。その通りです、榊トレーナー。彼女は、ディープインパクトは」
ニヒルに笑う先輩。少し目を離したその瞬間、地面が爆ぜるような音が聞こえた、ような気がした。
「ハレヒノカイザーと同種のウマ娘だ」
気づけば2バ身の差はあっという間になくなる。カイザーに追いつき、あまつさえ抜こうともしていた。
(……は? いやいや、おいおい!)
「速ッ!?」
「これがディープの脚だ。あれでも全力ではない……それはお互い様、か」
カイザーは驚いて、いない。むしろ笑みを深めて対峙している。
聞こえてきたのは、笑い声。
「アハハ」
無邪気な笑い声。楽しくて仕方ない声、熱く燃え上がっている声。
「アハハハ」
その発生源は、カイザーとディープインパクトの2人だ。
「「アハハッ!」」
加速している。距離はまだ全然あるのに、そんなことはお構いなしとばかりにぶっ飛ばしていた。
徐々にペースが上がる。どこまで加速するんだ、って口にしそうなほど速くなっていく。てか他の同期が可哀想になるくらい速いわこの2人どうなってん。
その上で、2人は遠目でも分かるくらいに笑顔。戦うことが楽しくて仕方がない表情。いや、にしても。
(史実の三冠ウマ娘だからそりゃ強いとは思っていたが、こりゃ想像以上だな)
能力をONにしてディープインパクトを見る。
ディープインパクト
適性:芝A ダートG
距離:短G マD 中A 長A
脚質:逃げG 先行C 差しA 追い込みA
スピード:D+
スタミナ:D
パワー:E+
根性:E
賢さ:E
適正に関しては中・長距離の追い込みって感じだが、基礎ステータスがカイザーと遜色ないレベル。これで未デビューなのだから恐ろしい。
てか思ったんだけどステータスって思ったほどあてにならんのよな。高くても負ける時は負けるし、ステよりも速く感じる時があるし。これはスキルも関係してるんだろうけど。
レースは続くどこまでも。1000mを超えても競り合いが終わることはなく、ゴールである1600mを超えても終わることはない。
「……いや、それは終わらないとダメだろ!?」
「何をやっているディープ! もうゴールは過ぎたぞ!」
あまりの出来事に勝ったとか負けたとかどうでもよくなったわ。なんであの2人はゴールしたことにも気づかないで突っ走ってるんだ。
てかすげぇいい笑顔してるし。レース中ずっとだったけど、あの2人はとにかく競い合っていた。
駆け引きも何もない。純粋な力と速さの勝負を展開。なにをしても、なにをされてもとにかく走るだけ。模擬レースなのに併走のように走っていた。
(あんなカイザーは初めて見る。ゼンノロブロイやシンボリクリスエスとも併走したことはあるが)
あそこまでの表情はしなかった。クラフトでもこうはならなかったし、それだけディープインパクトが特別な相手なのだろうか。
ただ、考えるのは後回し。今はとにかくあの2人を止めなければならない。
「止まれ、止まるんだディープ! もうレースは終わりだ!」
「……ダメ。あの2人、聞こえてないわ」
「クソ、どうしたらっ」
先輩、止める方が違います。この場面で止めるのならば。
「止まれカイザー! レースはもう終わったぞ!」
ありったけの声を出して、カイザーへと指示を出す。俺の声が聞こえたのか、カイザーはぴたりと止まった。
乱れた息を整えながら辺りを見渡し、照れくさそうに頭を掻いて。
「ありゃ、いつの間にか終わっちゃってたか。プイちゃんと走るのに夢中で気づかなかったよ」
「あ、あはは……私も」
カイザーが止まったことでディープインパクトも止まる。俺と先輩は、2人揃って胸を撫で下ろした。
この後は当然お説教タイムである。そりゃレースが終わっても走り続けていたんだからそうもなろう。
「ディープ。今回の模擬レースは1600mだったはずだ。走るのに夢中になりすぎて忘れていたのか?」
「う、うぅ……か、カイザーさんと走るのが楽しすぎて」
「……ハァ。とにかく身体を休めるんだ。相当の負荷がかかっているからアイシングも忘れずにしよう」
ディープインパクトはこっぴどく怒られていた。思わずこっちも委縮しそうな圧を発する先輩である。ただ、すぐさま処置に取り掛かっていた。
さて、こっちはっと。
「で、なんで距離を逸脱したんだ? カイザー」
「楽しかったから!」
「うんうんそっかそっか……次からはするんじゃないぞ、本当に」
「はい、ごめんなさい」
素直に頭を下げるカイザー。あんまり詰めてもカイザーがさらにしょんぼりするだろうし、この辺にしておこう。
それにしても、凄かったな。
(成程、クラシックではこのディープが相手になるわけか。こりゃ、かなり骨が折れそうだ)
現時点でカイザーと同格。クラシックまでにどれだけステータスを離せるかがカギとなるだろう。スピードが異次元な上に、スキルもそれなりにある。攻略の準備をしっかりしないとな。
だが、それでもカイザーの方が上だ。俺の贔屓目もあるかもしれないが、カイザーの方が上だと感じている。
(長距離は、ちょい厳しいかもしれないがこれから次第。さて、今後のトレーニングプランの見直しを?)
考えようとしていたら、カイザーがわずかに顔をしかめていた。嫌な予感が襲う。
カイザーへと視線を向けると、困ったような笑顔を浮かべていた。
「ごめんトレーナー。少し、右脚が痛いかな」
「っ、すぐに保健室に行くぞ! すみません文乃先輩、この辺で失礼させてもらいます!」
「待て! まずは適切な処置を済ませてからにした方がいい! 大丈夫だ、僕はそれなりの心得がある!」
カイザーの異常を察知した先輩がこちらの応急処置に。終わった後すぐに保健室に向かい、診断してもらった。
結果は。
「右足が軽い炎症を起こしているわ。しばらくトレーニングはお休みした方がいいわね」
「ほ、骨が折れているとかは?」
「特にないわ。1週間か2週間、安静にすればまたすぐ走れるようになるわよ」
右足の軽い炎症。大事にならなくて一安心である。
ただ、とある懸念が俺の中にあった。
(……ガラスの身体。これはもしかして)
今まで謎だったこのコンディション。レースの連続出走ができないとかそんな効果だと思っていた。
だが今回、ディープインパクトと併走することで炎症を起こした。バッドコンディションを獲得したようなもの、トレーニング制限がついたのである。
もしかして、この炎症がその兆候だとしたら。
(ガラスの身体の条件は、ディープインパクトとレースで走ること、なのか?)
ただ、判断するにはあまりにも材料が少なすぎる。これから調査していかなければならない。
今はその前に。
「ごめんね、カイザーさん。私が無茶させたせいでっ」
「気にしなくていいよプイちゃん。私もちょっとテンションが上がっちゃっただけだから」
「あぁ、気にする必要はないぞディープインパクト。テンションが上がったカイザーのせいでもあるからな」
カイザーの容体に気をつけないと、な。