担当はハイスペックウマ娘   作:カニ漁船

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何をするのが正解か

 欧州遠征が始まってからというものの、大変さが増しているような気がする。

 

「トレーナーさん! もっと練習量をー!」

 

 焦りを募らせたクラフトがトレーニングを増やすことを要求してきたのだ。焦りを募らせた結果、なのかもしれない。ハーツクライはもう言ってこなくなったが、その分クラフトが要求するようになった。

 別に言う分には構わない。そういう不満が出てくるのも一定仕方ないと割り切っている。

 

 でも、問題は。

 

「滅多なことを言うものじゃないよラインクラフト。今やっているトレーニングだけでもかなり負荷は強いんだ」

「そうだそうだ。スピードシンボリの言う通りだぞ」

「それに、海外で体調を崩したりでもしたら洒落にならない。今やっている練習以上にキツい内容は、君達の健康問題にも関わってくる」

「そうだ、佐岳さんの言う通りだ」

 

 今の量もそれなりにあるせいで、これ以上増やそうもんなら確実に体調に影響が出てくる、ってことだ。

 限界を超えてトレーニングしたら、クラフトたちの身体の方が壊れてしまう。そうなってしまったら後味が悪いし、俺も切腹しなければならなくなる。なので、彼女の要求を受け入れることはできない。

 

 そもそもの話、俺が限界ギリギリの量を調整している。残り体力とか、このラインならケガをしないとかしっかり見極められるのだ。これは俺にしかできないことだ。

 スピードシンボリも佐岳さんも、練習量に関しては俺の方が的確であることを分かっている。加えて海外遠征には一過言ある人たちだ。だからこそ、こうして味方してくれる。俺がただの便乗野郎にしか見えないけど。

 

 理は俺達にある。が、それで従ってくれるかは別問題。しかも、最近のクラフトはかなりアレだ。

 

「お願いします~トレーナーさ~ん!」

「腰に抱き着いてくるな! お前それがトレンドなのか!?」

 

 俺に何とか要求を通そうと、やたらと抱き着いてくるようになった。そういうのはカイザーにしなさい。きっと喜ぶだろうから。

 クラフトはアプリでもかなりの頑固者。あのスイープトウショウすらも手を焼くほど、自分の意志を曲げない時がある。

 それもあってか、毎度毎度突っぱねるのもかなり骨が折れていた。最終的にはスピードシンボリがウマ娘パワーではがしてくれる。

 

 

 まさか欧州遠征中ずっと続くんじゃないだろうな、なんて思っていたが、ある日突然ぱたりと止んだ。

 

「今日は言ってこないね。ラインクラフトも、ようやく納得してくれたのかな?」

「あ~、確かに。もう言ってこないですね。居残りとかこっそりトレーニングとかもしてないみたいですし」

 

 カイザーと同じ部屋なので、抜け出したらカイザーが即座に気づく。そのカイザーからなんの報告も上がってないってことは、クラフトは俺達に隠れて練習しているなんてこともないわけだ。

 カイザーがクラフトに協力している、なんて線もあるが、そうだとしてもホテルにある監視カメラで出入りは分かる。フロントからなんの報告も上がってないってことは、しっかりと休んでいるわけで。

 

「分かってくれた、のは良いんですけどね。アイツの焦りもまぁ、分からなくもないというか」

 

 ぼそりと呟いた言葉を聞いて、スピードシンボリは顔を歪ませている。彼女もまた察しているのだろう。クラフトが練習量を増やそうとしている目的を。

 

「彼女の目標はカイザーだ。だが、カイザーに追いつくには並大抵の努力では足りない」

 

 スピードシンボリほどのウマ娘がそう断言する。追いつくのは相当厳しいと。

 

 クラフトの才能がないわけじゃない。というか、クラフトの才能自体トレセン学園でも飛び抜けている。じゃなけきゃG1複数勝利に海外G1勝利なんてできっこないのだから。得意距離ならば、彼女に勝てるウマ娘はかなり限られるだろう。

 だが、カイザーの才能はさらに上を行く。飛び抜けておかしいというかなんというか。

 

「クラフトを10年に1人のウマ娘だとしたら、カイザーは100年に1人のウマ娘ですからねぇ。そんだけやべー」

「同感だ。ラインクラフトの才能は歴代でも抜けた強さだが、カイザーはさらにその上だ。カイザーほどの才能を持つウマ娘は限られている」

 

 それこそ、カイザーに並ぶ才能と言われたらディープインパクトだろう。あれほどのレベルを求めるのは酷というもの。

 

 クラフトの気持ちも分かる。追いつきたい相手が常に自分の上をいっているのだから焦りもするだろう。

 しかし、無茶なトレーニングはそれこそいかん。許容量を超えたトレーニングの先に待っているのは、自分自身の破滅だ。心を鬼にして彼女の要求を突っぱねなければならなかった。

 

 トレーニングを要求することはなくなった。その分おかしなことが増えてきたけど。

 

(どうも最近上の空なんだよなぁ、クラフト。ボーっとしていることが多い、っていうか)

 

 考え事に集中しているのか、ミーティング中や食事中にボーっとしていることが多くなった。声をかけたり、肩を揺さぶったりしたら慌てて反応したり。

 最初はあの悪夢のようなイベントか、なんて心臓が縮み上がったが、どうもそんなことはなく。ボーっとしていると言っても眠るなんてことはないし、なによりアプリのような夢は見ていないとクラフトの証言を得ている。

 

 となると、なにか考え事をしているってことなんだろうが。

 

「まさか、練習量を増やすための作戦を考えてるんじゃないだろうな?」

「それはないだろう。さすがに分かってくれたと思うぞ、あたし様は」

「だといいんですが」

 

 考えても分からんね。とにかく今が順調なので、後回しにしておこう。そのうち分かるでしょう。

 

 

 なんて考えていたある日のこと。ホテルの部屋で休んでいたら、クラフトが相談があると俺の部屋に訪ねてきた。

 

「トレーナー、さん。相談に乗ってくれませんか?」

「おう、いいぞ」

「その、最近ずっと考えていることなんですけど」

 

 しかも丁度気になっていた話題である。

 

 詳しく聞いてみると、やはり内容はトレーニングに関してのことだった。いや、増やしてとかそういうのではないようで。

 

「カイザーさんに追いつきたい、その一心で増やそうと思っていました。でも、最近は違う考えが浮かんできちゃって」

「へぇ、その考えってのは?」

 

 聞き返すと、意を決したクラフトはゆっくりと口を開く。

 

「わたしのために、一生懸命考えてくれるトレーナーさんの気持ちを無視しちゃっていいのかなって」

「ほう?」

「今のメニューはトレーナーさん達が考えてくれたもので、わたしのことを考えて組んでくれて。今のわたしができることを限界まで詰め込んでくれたものだから、無茶なお願いするのも違う気がして」

 

 嬉しいことを言ってくれますねこの子。なんにせよ、こちらのことも考えてくれる良い子だ。

 

 ただ、クラフトの置かれている状況はかなり辛いものだろう。必死に、彼女なりに考えているが。

 

「カイザーさんに追いつくにはもっと努力しないといけなくて」

 

 憧れの人に届くには今の努力では足りない。120でも、150でも努力しないといけない。

 

「でも、トレーナーさんに迷惑をかけたくなくて、苦労をさせたくなくて」

 

 120や150の努力をしようものなら、確実にどこかで限界が来る。そしたら俺達に迷惑が掛かると考えている。

 

「どっちもやりたいのに、どっちもやるのは難しくて。わたし、どうしたらいいのか分からなくて……っ」

 

 努力をするべきか否か。カイザーに追いつくのを諦めるべきか、俺達に迷惑をかけることを承知で追いつくべきか。2つの意見で板挟みになっているのが今のクラフトだ。この迷惑というのは、クラフトが走れなくなるかもしれない可能性のこと。この2つを天秤にかけている。

 そりゃあ、悩むわな。俺はウマ娘じゃないから、クラフトがどれだけの差を感じているのかは分からない。それでも、大体のことは分かる。

 

(憧れを諦めるか、その後の競技生活に影響が出るのを承知で突き進むか。簡単に出せるものじゃない)

 

 なんとも残酷な二択だ。どっちも取らせてやれればいいんだが、俺は魔法使いでもなければ神でもない。どっちも取らせてやるなんてのは無理だ。

 

 質が悪いのは、無理を承知で突き進んだところでカイザーに追いつくかどうかは分からない、ということだ。これが恐ろしい。

 

(たとえ150の努力をしても追いつくかは分からん。どんだけ強いのやら、カイザーは)

 

 誰もが口を揃える。カイザーの才能は群を抜いていると。実際、目の当たりにすればよく分かる。彼女の強さは。

 

 そんな相手を目標にしているクラフト。追いつけないから諦めろ、なんて突きつけるのは簡単だ。死んでも口にするつもりはないが。

 

(せめて、なんで追いつきたいのかなんだがなぁ)

 

 前は孤独にさせないため、だったか。今はどう思っているのか、それを知りたい。

 

「なぁクラフト。前にも似たようなことを聞いたと思うが、どうしてお前はカイザーに追いつきたいんだ?」

 

 一応聞いてみる。あの時と変わってなければ、あるいは。

 ドキドキしながら待つ。クラフトの口から出てきた言葉は、あの時と変わらない言葉。

 

「カイザーさんを一人にしたくないから。カイザーさんの隣を走るのに相応しいわたしでいたいから、です」

「前と一緒の答えだな」

「はい。これが、わたしがカイザーさんに追いつきたい理由ですから」

 

 そうか。そっか。

 

 なら、やることは決めた。

 

「よし、クラフト」

「はい」

 

 椅子から立ち上がり、扉へと手をかける。頭に疑問符を浮かべているみたいな表情の彼女に、俺は。

 

「今から走るぞ。近くのスーパーまで」

「……はい?」

「ちなみに負けたらウナギゼリーな。よっしゃスタート!」

「はい!? ってトレーナーさんフライングじゃないですか!」

 

 知らんなそんなこと。さぁ、とにかく走るぞ!

 

 

 

 

 

 

 突如として始まったクラフトとの走り勝負。結果のほどは。

 

「ゼェ、ゼェ……ひ、久々にこんなに走ったっ」

「あ、あの、トレーナーさん? 大丈夫ですか?」

 

 ウマ娘のクラフトに人間の俺が勝てるはずもなく。クラフトから心配されるくらいには惨敗した。なんなら道中は心配そうにずっとこちらを見ていたおまけつき。当然の結果である。

 

 用意したタオルで汗を拭き、お互いに飲み物を飲んで身体を休める。いやはや、久々に走ったが悪くない。

 

「中々楽しいもんだ。カイザーが夢中になるのも分かる」

「カイザーさん、走るの大好きですもんね」

「あぁ。大好きすぎて一日中走り回るような奴だからな」

 

 カイザーのことで話に花を咲かせる。クラフトも笑顔を浮かべていた。

 

 

 さて、と。勿論意味もなくこんなことをしたわけではない。ちゃんとした理由がある。

 

「なぁ、クラフト。俺は今の競走が楽しかった」

「はい。さっき言ってましたね」

「お前はどうだ、クラフト? お前は楽しかったか?」

 

 真っ直ぐに、彼女の目を見て聞く。真意を探るように。

 

 わずかな時間もない。ほぼノータイムで答えは返ってきた。

 

「楽しかった、です。別にトレーナーさんに勝ったからとかそういうわけじゃなく、トレーナーさんと走るのが新鮮でしたし」

「おう。そうかそうか」

「急に走るぞ、って言われたのはびっくりしましたし、何考えてんだろうとも思いましたけど、走ったらどうでもよくなっちゃって。軽くでも楽しいんだなって」

 

 そうか、それは良かった。

 なら。

 

「楽しかった、か。軽くでも、お前は楽しめたんだな?」

「はい。それがなにか」

「カイザーもきっと、同じ気持ちだと思うぞ」

 

 それはきっと、カイザーにも同じことが言える。本気であろうがなかろうが、アイツにとっては関係ない。走ることが楽しいアイツにとっては、クラフトがどうあっても変わらないんだ。

 

 クラフトが気づいたようにハッとした表情をしている。視野が狭まっていて、気づかなかったんだろう。

 

「俺はウマ娘じゃない。だからお前たちの気持ちが全部分かるわけじゃないし、本気で走れない辛さも少ししか分かってあげられない」

「トレーナー、さん」

「だけどさ、軽くでも走るのが楽しいって思えるなら、それでいいんじゃないかって俺は思う」

 

 勝負ごとにおいては別かもしれない。真剣勝負の世界で、そんな甘いことは言ってられないかもしれない。

 けれども、一生走れなくなったら余計に悲しむ。もう二度と走れないってのは、とても辛いことだと思う。ただの逃げかもしれないけどな。

 

「お前の気持ちも分かる。そりゃ、憧れの人にはもっと気持ちよく走ってもらいたいもんな」

「は、はいっ」

「けれど、それで無茶して。クラフトが二度と走れなくなったりでもしたら、カイザーは絶対に悲しむ。そうなることを、お前は望むか?」

 

 先の未来を想像したのだろう。目尻に涙を浮かべて、首をフルフルと横に振っていた。

 

「カイザーに満足してもらいたい、一人にしたくない。でもそれは、無茶して追いつくことで達成できるものか?」

「……違い、ますっ」

「そうだな。きっと、なにか別のいい方法がある。その方法を、俺と一緒に模索しよう」

 

 カイザーは走れるだけで満足するタイプだ。心の内は分からないが、少なくとも表面上はそうだ。

 

「後はそうだな、カイザーの言葉を言葉通りに受け取ってみたらどうだ? 深く考えずに、アイツの言葉をそのまま受け取るんだ」

「そのまま、受け取る?」

「そう。アイツの言葉の裏を考えようとするんじゃなくて、アイツの楽しいって気持ちをそのまま受け取ってやれ」

 

 だからこそ、深く考えずにいけばいい。受け入れがたいことかもしれないけどな。

 

「なんにせよ、無茶なトレーニングは止めてくれよ? お前が走れなくなったらカイザーが悲しむし、俺なんて1ヶ月は寝込むぞ。なんならずっと引きずるぞ」

 

 最後にそれだけ伝える。クラフトは、俯いたままだった。

 

 

 どれだけ経ったかは分からない。10分は経っていないだろう時間。

 クラフトが、口を開いた。

 

「ごめんなさい、トレーナーさん。また迷惑をかけてしまって」

 

 申し訳なさそうにしているが、謝る必要なんてない。

 

「いいんだよ。前にも言ったろ? 好きなだけ迷惑かけろって。俺はトレーナーでお前は担当ウマ娘、当然のことだ」

 

 なんでかちょっとむっとしているクラフト。なんで? なんか気に障ったか?

 

 けど、すぐにふっと微笑む。

 

「気が楽になりました。わたし、焦りすぎちゃってたみたいです」

「まぁな。毎度毎度俺に懇願してくるくらいだし」

「い、言わないでくださいよ~!」

 

 クラフトの表情を見るに、もう心配はないだろう。焦りも不安もない、晴れやかな表情だ。俺の言ったことも、理解を示してくれたらしい。

 

「カイザーさんにとって大事なのはきっと走ることで、全力を出すことじゃない。そうですよね?」

「あぁ。実際のところは分からんが、大体合ってるだろう」

「やっぱり、焦っちゃってたんだなぁ、わたし。追いつきたくて、それこそがカイザーさんのためになるって信じてて。その先のことなんて、少しも考えてなかった」

 

 自嘲するような笑みのクラフト。けれども、それも一瞬のことだ。

 

「カイザーさんを一人にしないための最適解は、できるだけ長く走ること。わたしは、そう感じました」

 

 気を取り直して。クラフトは俺へと向き直る。決意を固めた表情で、彼女は宣言した。

 

「ラインクラフト、これからも無理をしない程度に頑張ります! 長く走れるように、トレーナーさん達を悲しませないように!」

「おう、ケガには気を付けてくれ。俺もしっかりと監督するけど」

「はい!」

 

 憑き物が落ちた顔。もう不安はないだろう。クラフトの意識は、確かに変わった。

 

 

 これならばもう大丈夫だろう。一安心だ。

 

 

 

 

 

 

 ちなみに、後日ウナギゼリーはしっかりと食しました。

 

「トレーナー、それって何?」

「……ウナギゼリー」

「あぁ、あの。美味しいの?」

「……ウナギって味がする」

 

 美味しいかどうかに関しては、ノーコメントで。




暴君フラグが1つ、折れました。
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