クラフトの悩みを聞いたさらに数日後。日本からやってきた記者のインタビューに答えている。目的はハレヒノカイザー達のレースプランだ。
悩みに悩んでいたカイザーとクラフトの次走。決まったのはドバイのレースから1か月後の4月だった。
「では、ハレヒノカイザーはプリンスオブウェールズに、ラインクラフトはジュライカップに、ですね?」
「そうですね。ハレヒノカイザーはマイル・中距離路線を、クラフトは短距離・マイル路線を狙う予定です」
「プリンスオブウェールズの後はエクリプスステークスですか?」
「そうなります」
カイザーが狙うのは6月中旬開催のプリンスオブウェールズステークス。距離は約1990mの中距離戦だ。距離が微妙な理由は距離の数え方が日本と違うからである。
クラフトはジュライカップ。約1200mの短距離戦だ。日本の勝ちウマ娘もいるので、そちらに続きたいところ。
目先の目標はこの2つ。6月と7月なので、まだちょっと余裕がある感じだ。気づけばあっという間に過ぎている期間でもあるけど。
「それにしても、海外でも榊トレーナーは大躍進ですね! 活躍は日本にも届いていますよ!」
「あはは、ありがとうございます」
いざ言われると照れくさい。記者さんはかなり興奮気味だ。乙名史さんよりはマシだけど。
(だけど、良いことばかりではないのも確か、か)
懸念点が一つある。それが、ファンの期待だ。
「ファンのみなさんも口を揃えていますよ。今度こそ凱旋門賞を取れる、って!」
「一応、今回の海外遠征の大目標ですからね。頑張らせていただきますよ」
「さらには、ディープインパクトも海外遠征に意欲的! こちらも凱旋門賞に出走するかもしれない、と期待が出てきています!」
「待ってそれは知らん。何それ初耳なんだけど」
記者さんの反応からも分かる通り、カイザーへの期待が高まっている。クラフトやハーツクライも期待されているが、やはりカイザーは頭一つ抜けているというか。
それも仕方ない。クラシック級の宝塚記念制覇に秋シニア三冠なんて前代未聞だし、年明け初戦のドバイターフも快勝。期待するな、って方が無理な成績だ。いまだに無敗だし。
レースで何を選ぶのかにも注目が集まるし、勝つことにも期待が寄せられる。悪いとは言わんよ、悪いとは。良くもないだけだ。
そして、多くなってきたのが一つ。レースの取捨選択だ。
「キングジョージの出走も期待されていたんですけどねぇ。ローテ的にもポピュラーだと思いますが」
「プリンスオブウェールズに出ますし、エクリプスステークスも出ますから。キングジョージは見送ります。元々身体が強い方ではないので、ローテを詰めすぎるのもどうかと思いますし」
日本がまだ取れていないレースへの期待は、凱旋門賞だけに留まらない。同じように権威があるキングジョージへの出走を望む声が特に多い。なお、カイザーは見送りである。
「状態を見て8月のインターナショナルステークスに。昨年ゼンノロブロイが制しましたからね。カイザーも続きたいところです」
「楽しみですね~。ハレヒノカイザーさんの強さは誰もが知るところ、期待が高まります!」
強さに期待してくれるのが嬉しいが、加減をしてほしいもんだ。それだけ評価されているということだけど、こちらのことも考えてほしいものである。
繰り返しになるが、記者やファンが悪いわけじゃない。誰だって強いウマ娘には期待したくなるだろう。クラシックの頃のディープインパクトみたいなもんだ。その流れがカイザーにも来た、それだけの事。
(ま、なんて言おうが決定権はこちらにあるんでね。問題はない!)
「って、言い切れればいいんだけどなぁ」
「どうかされましたか? 榊トレーナー」
「いえ、なにも。記事ができるの楽しみにしています」
愛想笑いを浮かべて握手。確実にいえることは、いろいろと山積みだということだ。
インタビューを終えてホテルの部屋へ。部屋に戻るとカイザーたちが待っていた。なんでいるのかは気にしないでおく。
「おかえりー、トレーナー。インタビューどうだった?」
「ただいま。特に問題はない、いつも通りだよ」
期待が重いってだけでそれ以外は問題ない。その期待が大分問題がある気がするのは気のせいだ。
ベッドに腰かけて寛いでいると、クラフトが不思議そうな顔をして俺を見ていた。どしたん。
「カイザーさんって、キングジョージってレースを走らないんですよね?」
「そうだな。走る予定はないし、出す気はさらさらない」
「どうしてですか? 中距離で有名なレースですよね? それに、コロネーションカップもそうですし。有名な中距離のローテらしいですけど」
疑問符を浮かべているクラフト。理由は単純だ。
「いいかクラフト、よく覚えておけ。アイツらはオークスの皮を被った春天だと思え」
「え、えぇ?」
「はは、言い得て妙かもしれないねそれは」
俺の言ってる意味が分かってなさそうなクラフト。いろいろと分かっているためか苦笑いを浮かべているスピードシンボリと佐岳さん。いつも通りニコニコ笑顔のカイザー。我関せずのハーツクライ。
キングジョージとコロネーションカップ。この2つの区分上は確かにL区分、オークスやジャパンカップと同じだ。距離も近いし、同じようなもんだと思うだろう。
だが、違う。全くもって違う。これは俺も教えられて知ったことだが、キングジョージとコロネーションは日本の長距離に該当すると言っても過言ではない。
その理由をクラフトへ説明するスピードシンボリたち。
「まず、なんといってもコース体系の問題がある。コロネーションカップが開催されるエプソムタウンズ、キングジョージが開催されるアスコットレース場は、どちらも勾配が凄いんだ」
「す、凄いんですか!」
「そう、凄いんだ。なんせ日本ではお目にかかれないからね」
「エプソムタウンズは高低差約40m、アスコットは約22mにも及ぶからな。走破することも厳しいぞ」
佐岳さんの口から出てきた2つのレースの高低差に目を見開くクラフト。それだけじゃない。
「エプソムタウンズは前半に上り坂が集中し、後半は下り。アスコットはその真逆だ。前半下り坂の後半は全部上り坂。コーナーも厳しいときた」
「ひ、ひえぇ」
これで俺の言っている意味が分かっただろう。オークスの皮を被った春天の意味が。
距離こそ同じかもしれない。しかし、コース設計を考えるとオークスなんて比じゃないほどタフなレースになる。アスコットレース場なんておにぎりだぞおにぎり。
恐ろしいことに、これはエプソムタウンズやアスコットに限った話じゃない。欧州のレース場はどこも勾配が日本の比じゃない。
「ロンシャンでさえも、高低差20mあるからなぁ。本来ならカイザーには合わないと思うんだが」
「それでも、欧州の中では比較的マシな方だよ。コース設計もシンプルだし」
「それはそうなんですけどね」
ここのレース場の中距離は中距離じゃない、長距離だ。それが俺の認識である。
「ま、そんなコースだからカイザーには合わないと思って見送りなんだ。プリンスオブウェールズの距離ならなんとかなるかもしれんから、こっちには出走するけどな」
とはいっても、カイザーならどっちも問題なく勝ちそうな気配があるが。一応区分上は中距離だから、適性はAだろうし。
後、キングジョージに出走しないのにはもう一つ理由がある。
「ま、キングジョージにはハーツクライが出走する。こっちは問題なくこなせるだろう」
「フン」
話題に出してハーツクライの方を向くが、鼻を鳴らしてそっぽ向かれた。どういう感情なのやら。
と、出走しない理由を説明していると、カイザーがなにやら唸っている様子だった。
「う~ん。でも、みんなはこのレースで勝ってほしいと思ってるんだよね?」
「まぁ、そうだな。じゃなきゃ口にしないだろうからな」
なんとも嫌なことを考えていそうなカイザー。次の言葉が容易に想像がつく。
「じゃあ出走した方が良くないかな? ほら、私なら問題なく行けるし。ローテはちょっと過密だけど、大丈夫だよ」
「ダメ」
やはり出走と言い始めた。無論、ノータイムで断るが。ぶー垂れるカイザーだが、もう決めたローテを覆すつもりはない。
「え~? みんなが願ってるんでしょ? なら頑張らないと」
「ダメダメ。プリンスオブウェールズにエクリプスステークスに出走、キングジョージは見送り。これは決定事項だ」
てかキングジョージにはハーツクライが出走するし。俺の担当ウマ娘ではないが、今は同門。直接対決は避けたいのだ。
これ以上しつこく言われるのか。身構えていたが、カイザーはあっさりと引き下がった。
「トレーナーが言うなら仕方ないね。分かった、目先のレースに集中するよ」
「おう、分かってくれたか。なんにせよ、次のレースはプリンスオブウェールズステークスだ」
分かってくれたようで何よりである。何よりなのと同時に、期待が増えたことに対する懸念点に頭を抱えそうになった。
期待が寄せられる。人気が出始めてきたのだから良いことなのかもしれない。けれど、悪いことも相応にある。
今のカイザーがまさにそうだろう。期待されることが、カイザー自身のレースに影響を及ぼし始めた。
(元々他人優先主義なところがあったからなぁ。ファンがこのレースにこのレースに、なんて言い始めた結果、今みたいなことを言うようになったか)
カイザーは強い。強いからこそ、いろんなレースを勝ってほしい。それも有名なレース、世界最高峰のレースを勝ってほしいと願う人が増えてきた。そして、カイザーはそれに応えようとしている。
懸念していたことが現実になりつつある。課題は山積みだが、これが一番解決しなきゃいけないものだ。
(しかも、カイザーの場合できかねない、ってのが怖い。普通に勝っちまいそうなのが怖いんだよ)
合わなそうだからと見送っているが、実際出走したら勝てるか、という疑問。俺は勝てると踏んでいる。カイザーはそれだけ強い。
しかし、ここでファンの願い通りに出走するのは悪手だ。願いを叶えてしまうという実績を得てしまう。
そしたらどうなるのか? 容易に想像がつく。
(より多くのレースを要求する。ローテ的に可能ならばと、口に出すようになる。そうなったらマジでヤバい)
カイザーのことだから絶対に出走する。みんなが願うからと、みんなが望むからと出走する。自分のことすら厭わずに。
ただでさえ【ガラスの身体】なんてバッドコンディションがあるのに、自滅へと一直線になりかねん。それだけは避けなきゃいかん。
というか、カイザーもカイザーでアレだ。拒もうとしないのが妙に気になる。
(普通だったら、できないものはできないとか言いそうなもんだ。期待されるのも楽じゃないし。でもカイザーって上限が高いからな~)
本当によく分からん。しかも、叶えてしまうだけの才能があるのがヤバい。
思えば最初からそうだ。自分に対して何を願う、とか俺に問いかけてきたわけだし、カイザーはどうも人々の願いや思いを大事にしている節がある。
その理由は分からん。けど、それで楽しそうにしているからなぁ。【ガラスの身体】以外問題はないわけだし。
(楽しい、ってのも嘘じゃない。人のために走っても楽しそうにしている。これがどういう意味なのやら)
考えても分からんから、この辺で止めておくけど。そのうち分かるようになったら嬉しい。
なんにせよ、こちらでしっかりと調整しなきゃいけない。
「次のレースに向けて頑張るぞ、カイザー。それに、知らないウマ娘と走れるからな。楽しいレースになるぞ、これは」
「楽しみだね~。うん、とっても楽しみ!」
俺の言うことちゃんと聞いてくれるし、理解を示してくれるし。めちゃくちゃ助かっている。
次走は決まった。欧州遠征頑張るか。
明日は更新できない可能性が高いです。申し訳ありません。