担当はハイスペックウマ娘   作:カニ漁船

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止まらない進化

 次のレースに向けて頑張っている中、それは唐突に訪れた。

 

「トレーナーさん、少しいいですか?」

「うん? どうしたクラフト。なにかあったのか?」

 

 深刻そうな表情を浮かべているクラフトから相談を持ち掛けられる。この時はまだ気楽な対応をしていたが、内容を聞いて仰天した。

 

「左足にちょっと違和感があって。こう、なんとな~く違うかな、程度の違和感なんですけど」

 

 脚に違和感がある。そう言われて、俺の正気度は一気に削られた。ウマ娘にとって脚は大事なもの、最もケガしやすいところでケガしちゃダメなところだ。そこに違和感があるだなんて、間違いなくヤバい。

 

 聞いてからの行動は早かった。

 

「スピードシンボリさん、佐岳さん!」

「大丈夫だ、こちらに俺も世話になった病院がある!」

「車の手配も終わっている。すぐさま向かうぞ!」

 

 俺だけじゃない。スピードシンボリも佐岳さんもめちゃくちゃ慌てている。それだけの事態なのだ、脚の違和感というのは。

 クラフトを車に乗せてみんなで病院へ。ハーツクライとカイザーには自主トレを言い渡した。心配そうにしていたが、あまり大人数で行くのも仕方ない。2人はスピードシンボリに任せて、俺と佐岳さんで向かうことに。

 

 結果だけ言うと。

 

「『軽い炎症だね。心配せずとも、少し経てば回復するよ』」

 

 軽い炎症だった。診断結果を聞いた俺の肩の荷は一気に軽くなる。まだ安心できる段階ではないが、医者の話を詳しく聞いていくうちにどんどん気が楽になった。

 

「『トレーニングのし過ぎだね。負荷の強いトレーニングをつい最近までやってたんじゃないかな?』」

「あ、あ~。『少し前まで、そうですね』」

「『それが原因だね。ただ、さっきも言ったように軽い症状だ。しばらく休めば回復するし、7月のレースまでには確実に間に合う。それぐらい軽い症状だよ』」

 

 どうも無茶をしていた時のトレーニングの名残らしい。それがちょうど今の時期にやってきた、というのが医者の見解だ。

 ただ、この無茶も最近は止めており、普通のトレーニングしかしていない。居残りは勿論ないし、俺に隠れてトレーニングなんてこともない。無茶さえしなければ、これ以上悪化することはないとのこと。

 

 ひとまず、クラフトはしばらくの間トレーニングを禁止して安静に。治るまでは病院通いと軽いランニング程度に留めておく必要がある。

 

「ごめんなさい、トレーナーさん。わたしの無茶が原因で」

「いや、致命的なものじゃなかった、ってだけでよかった。しっかりと治して、また走れるように頑張るぞ」

「当面はトレーニングは禁止、軽い走り程度に留めておこう。分かったな? ラインクラフト」

「はいぃ」

 

 気落ちしているクラフトを慰めつつ、病院から撤退。ケガはアレだが、深刻過ぎるものじゃなくて本当に良かった。

 

 帰ってからはスピードシンボリたちに診断結果を報告。3人とも、ホッと胸を撫で下ろしていた。

 

「ケガは無視できるものじゃない。軽い症状でまだ良かったが、今後は同じようなことが起きないように気を付けていこう」

「分かりました……今回は本当にごめんなさい」

「ま、あまり気落ちしすぎるなクラフト。ここは問題が深刻じゃなくてよかったと思え」

 

 いや、本当に。これでこの先走れない、なんてレベルのケガだったらヤバかった。俺のメンタルもそうだし、この場にいる全員のメンタルが死ぬこと間違いなしである。

 ケガをした事実は変えれない。ならばここは、まだ軽い症状でよかったと意識を変えた方がいいと言える。あまり引きずりすぎるのも良くないし。

 

 カイザーもしょんぼりとした表情だ。

 

「クラちゃん大丈夫? 痛くない?」

「大丈夫ですよカイザーさん。症状も軽いですし、すぐに良くなります。治ったらまた、一緒に走りましょうね!」

 

 笑顔でまた一緒に走ろう、と声にするクラフト。それを受けてカイザーも、少し笑顔を見せた。

 

「……そうだね。治ったらまた一緒に走ろうね、クラちゃん」

「ま、医者からの診断は1週間程度で治る見込みだ。走ること自体はすぐにできるようになるさ」

 

 佐岳さんからの言葉でさらに笑顔を深くするカイザー。良かったね。

 

 

 クラフトはしばらくトレーニングを休みに。治療に専念して、しっかりとリフレッシュしてもらった。

 その甲斐もあってか、クラフトは1週間ほどで完治。後は再発しないように気を付けるだけだ。

 

「これでまた走れますよ~!」

「あんまり調子に乗りすぎて、走りすぎるんじゃないぞ」

「は~い!」

 

 笑顔が戻るクラフト。一大事にならなくて一安心である。

 

 

 

 

 

 

 クラフトの一件があったものの、それ以外は特になく。気づけばあっという間にプリンスオブウェールズステークスの日を迎えた。バ場の状態は堅めの良バ場とか、そんな状態。良バ場みたいなもんだ。

 

 カイザーが出走するのだが、堂々の1番人気である。前年度のジャック・ル・マロワ賞、今年のドバイターフを受けて、このレースでも好走が期待できるとのこと。こっちのファンからもちらほらとカイザーの名前が上がっていた。

 対抗となるのは、昨年のジャパンカップにも出走していたプランシェット。カイザーのロケットスタートのあおりを受けた、あの子だ。

 

「他にはエレクトロランサムにプレザントジュニア。プレザントジュニアはドバイターフでも戦ったな」

「カイザーの対策に燃えているらしい。油断すれば、足を掬われるだろう。ここは彼女のホームスポットだからね」

 

 スピードシンボリの言うように、ここがプレザントジュニアが走ってきた舞台。最も力を発揮できる場所だろう。チャンピオンステークスも勝ってるし、油断ならないのは確かだ。

 

 だが、俺が懸念しているのはカイザーの方。とりわけ、真面目になったアイツの走りだ。

 

(良いこと、ではあるんだろうがな。どうにも考えることが多すぎるということか)

 

 その懸念点に関しては、今は良いだろう。考えてもまとまらんし、レースの方が大事だ。応援に集中する。

 

 

 今まさに始まろうとしている瞬間。ゲートが開いて、ウマ娘達が飛び出した。ハナを取ったのは、勿論カイザーである。

 

《始まりました伝統の一戦。飛び出したのは日本のハレヒノカイザー。ドバイターフ同様、他のウマ娘を置き去りにする圧倒的なスタート。後続は、追いかけない。静観する構えだ。まだ追いかけない、その差を2バ身3バ身と広げていく》

 

 他の子達は追いかけないようだ。下り坂だし、今のうちに追いかけた方がいいとも思うが、なにか考えがあるのだろう。その考えとやらがカイザーの自滅なら、すでに勝負は決したも同然だが。

 

 ただ、追いかける子が現れた。それがプランシェットだ。何かを感じ取っているのか、カイザーに置いていかれないようにマークする姿勢を見せる。

 

《おっと、ここでプランシェットが上がってきました。プランシェットがハレヒノカイザーをマークする。広がろうとする差を埋めようと、プランシェットが飛び出してきたぞ。先頭を走るカイザーとの差は4バ身、プランシェットは3番手エレクトロランサムとの差が1バ身と広がります》

 

 おそらくだが、カイザーを警戒している故、だろう。一度対戦して、大まかなことを察しているのかどうか。そうなると、プレザントジュニアも上がってくる可能性が高いが。

 

「プレザントジュニアは静観、か。これも分からんでもないが」

「ドバイターフでは、追いかけていったがために脚を残せなかったからね。頭に残っているからこそ、今回は足を残す方を選択したんだろう」

 

 追いかける選択をしたプランシェット、追いかけない選択をしたプレザントジュニア。どちらに転ぶのか、そしてカイザーはどう走るのか。目が離せない。

 

 

 早々にアスコットのコーナーであるスウィンリーボトムを越えて、上り坂であるオールドマイルコースへと入るウマ娘達。先頭を走るのは勿論カイザー、ここは変わらない。

 追いかけるプランシェットは3バ身の位置。そのプランシェットからさらに4バ身離れた位置に集団が固まっている。引っ張っているのはエレクトロランサムだ。

 

《ここから上り坂、アスコットのオールドマイルコース。先頭を走るのはハレヒノカイザー、ちょっとペースが早いか? しっかりスタミナを残せるのか注目したいところ。追いかける2番手プランシェット、3バ身離れた位置で様子を見ます。プランシェットからさらに離れて3番手、集団を引っ張るのはエレクトロランサムだ》

 

 ここから最後の200mまでずっと坂だ。いくらマイル戦とはいえ、ここでスタミナを消費したら最後の勝負まで持たない。ジャック・ル・マロワ賞とはまた違った展開になっている。

 

「ジャック・ル・マロワ賞ではガンガンペースを上げての叩き合い、こっちでは中距離戦さながらの様子見。レース場の特色、ってやつですかね」

「そうだな。私も走ったことがあるが、アスコットの坂は日本の比じゃない。まるで壁のように立ちはだかる」

 

 この坂でいかに我慢できるか。そして、最後の直線でどう末脚を爆発させるかが勝利のカギ、なんだろうな。普通なら。

 

 レースをしっかりと見る。そして、先頭を走るカイザーに対して能力をONにする。

 開示するのは彼女のスキル。ここに変化が表れていた。

 

 

ハレヒノカイザー

・爆発的初速

・覇道晴天

・ハヤテ一文字

・王手→進化可能!

・ライトニングステップ

・連鎖反応

・好天一息

・レースプランナー

・アンストッパブル

etc.etc.

 

 

 相変わらずのスキル群に開いた口が塞がらないが、進化可能スキルが増えている。なんなら、爆発的初速の時と同様ノイズがかっているので今にも進化しそうだった。ちなみに、覇道晴天は万里一空の先行版スキルみたいなもんだった。俺の知らないスキルを実装するんじゃねぇ。

 

(ここからさらに進化するのか。どんなスキルになるのやら)

 

 少なくとも、今のカイザーの状態で進化するんだ。とんでもねぇスキルなのは間違いない。王手の進化スキルとかどうなるのやら。

 

 

 オールドマイルではレースは動かない。プランシェットがわずかに差を詰めようとしていたぐらいか。

 それにしても、アレだな。

 

「カイザーのレーススタイル、攻撃性が増しましたね」

「え?」

「あぁ、そうだね。今までは守りに比重を置いていたが、より攻撃的になった」

「え、え?」

 

 よく分かっていなさそうなクラフト、理解を示すスピードシンボリ。抽象的なものだから分からないのも仕方ない。

 なので補足説明。今のカイザーがどんな状態か。

 

「今までのカイザーならそうだな……今よりもっと下がった位置で勝負していただろう。それこそ、プランシェットを前に出していた可能性が高い」

「あ、はい。それはなんとなく分かります」

「だが、今のカイザーは先頭を走っている。これはドバイターフでも見られた兆候だが、より相手に何もさせないことを重要視しているんだ」

 

 本来、カイザーの持ち味を活かすのであれば先行ではなく逃げだ。あの圧倒的スタートからの高速巡行、その方がカイザーに合っている。どっちがより強いかは置いといて、だ。

 同じ位置での真っ向勝負以外を封じるカイザースタイル。そこからさらに攻めに尖らせているのが今のカイザー。逃げでペース支配することで、後続の行動を縛り付けている。結果、相手は何もできずにカイザーの巡行を見守ることになる。うーん強い。

 

「より分かりやすく言うなら、今までは受身だったカイザーのスタイルが攻めに変わった、ってことだ」

「あ、なるほど!」

 

 どうやら分かってくれたようである。

 

 カイザーは先頭で最後の直線で。脚色は鈍っておらず、そのまま突き放しそうな勢いさえもあった。

 

(そりゃあんだけ回復スキル積んでればな。カイザーのことだから適切なタイミングで使ってるんだろうし)

 

 後続が差を詰めようとしてくるが、脚色が鈍らないカイザーには追いつけない。むしろ離されようとしている。は?

 

「……いや待て! さすがにそこから離すのは予想外だぞ!?」

「なんだ、彼女の強さはっ!?」

 

 佐岳さんもこれにはびっくり。というかこの場にいる全員がびっくりしていることだろう。

 先頭を走っているカイザーの脚色は衰えない。これはまだ理解できる。しっかりと脚を残していたんだと理解できる。

 

《最後の直線、先頭で入ってきたのはハレヒノカイザー、日本のハレヒノカイザーだ! なんとさらに差を広げようとしている! プランシェット必死に追いつこうとしている、プランシェット引き離されないように粘っている! なんとか追いつこうと躍起になる3番手以下の集団、しかしハレヒノカイザー脚色は衰えない!》

 

 しかし、プランシェットとの差がさらに広がっている。これは全く理解できん。どうなってんねんマジで。

 

 慌てて能力の欄を見る。そこにあったのは。

 

 

ハレヒノカイザー

スキルが進化しました

王手→暴虐の月

 

 

 あらやだとんでもなく物騒なスキル名、じゃない。なんかいつの間にか進化してるし。

 

 差は縮まらない。ドバイターフのように、真面目にレースを展開している。恐ろしく冷たいレース運び、より勝利することを目的としているような、そんな走りだ。

 

「は、はは。君はそれで、まだ底を見せていないのかい、カイザーっ」

 

 スピードシンボリの呟きが耳に入る。え、アレでまだ本気じゃないってマジ? ヤバすぎんだろ。

 

 

 結局、番狂わせは起きない。というか起こさせない。カイザーが5バ身のリードを保ったまま、プリンスオブウェールズステークスを逃げ切った。

 

《カイザーだカイザーだ、日本が誇る【太陽の皇帝】が、このアスコットでも天高く上る! これがハレヒノカイザーの強さだ圧勝ゥゥゥ! 2着のプランシェットに5バ身差を叩きつける大楽勝! 終始ペースを支配していました!》

「『素晴らしい! やはり、彼女のスタートは惚れ惚れするよ!』」

「『道中も最高ね! 全く動じないんだもの!』」

 

 周りではカイザーの虜になっているファンが多い模様。これもまた、カイザーの魅力だろう。

 

 

 間違いなく変わろうとしている。レース中の笑顔がなくなったし、より高みへと至ろうとしている。

 カイザーの魅力が、なんて思う時もあった。笑顔じゃない、楽しさよりも勝つことを優先し始めたのかもしれない。

 けれど。

 

(レース後は笑顔になる。これはいつもと変わらない)

 

 周りがそう願うから、周りが望んでいるから。その重圧に圧し潰されるんじゃないかとも思ったが。

 カイザーは笑顔だ。ファンの笑顔を受け取って、彼女もまた笑顔で返す。その笑顔に、偽りはない。

 

 楽しいって気持ちも嘘じゃないんだろう。笑顔こそなくなったが、走ることを楽しんでいるのかもしれない。

 

「また話してみるか」

 

 カイザーとの個人面談だな、と思いつつ。プリンスオブウェールズステークスは幕を閉じた。

 

「カイザー最高! カイザー最高! お前らもカイザー最高と言えぇぇぇ!」

「カイザーさん最高でーす!」

 

 カイザーと一緒にVサイン。カイザーしか勝たん。

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